第12話 フルティア王国共通認識
聖なるたくあんの件については一旦話がつくと、ジェイドさんの声で次の話題へと移ることになる。
「で──……」
「で?」
「お二人はどういう関係で? 殿下が連れられていると言うことは、この方が例のご令嬢ですよね?」
チラリと私を見てから首を傾げるジェイドさん。
「例の令嬢って?」
私は恐る恐る尋ねてみる。嫌な予感しかしない。
「あぁ、殿下の初恋拗らせ物語は、我が国では有名でして。なんでも昔、他国の令嬢に一目惚れをしたものの、その方には婚約者がいて……、それでも諦められず、未だにどんな女性の誘いも断っているという──」
まさかの国を挙げての有名物語!?
その令嬢が私──なのよね?
先ほどのクロードさんとの会話を思い出すだけで顔が火照ってくる。
「それでも一応我が国の第二王子ですからね。聖騎士になったとはいえ、婚約者ぐらいは……、と王も王妃も王太子殿下までもがおっしゃっているのですが、この方はうんともすんとも言わないのですよ。頑なに拒み続けて。だからもう皆ほぼ諦めていたのです。殿下の婚約は」
やれやれ、と苦笑しながら教えてくれたジェイドさんに、「お前ねぇ……言うなよ」と恨めしそうにジトっと睨むクロードさん。本当に気の置けない仲なんだなぁ。
「昨日その令嬢が、婚約者に婚約破棄をされ、しかも追放されたとの情報が朝早くに入りましてね。それを聞くや否や、矢のように飛び出して行ってしまったのですよ、この方は」
あぁ……。呆れられている。
なんだかすごく罪悪感。
いや、私のせいではないんだけれど。
「あーーもう!! そうだよ!! この子が俺の唯一!! 俺の可愛いリゼさんだよ!! ったく、皆して余計な情報を晒して……」
顔を赤くして自棄を起こすクロードさんがなんだか可愛らしくて、自然に笑みが溢れる。
そんなにも想ってもらえる私は、幸せ者なのかもしれない。今はまだ、これからのことに精一杯で向き合うことはできないけれど、いずれ必ず、真剣に向き合わねばと思う。
「あらためまして、元リゼリア・カスタローネ公爵令嬢。今はただのリゼです。よろしくお願いします」
私はにっこり笑って、カーテシーではなく、軽く笑って少しだけ頭を下げる。
「私はジェイド・ダグリス。騎士団の第1部隊・隊長をしております。この度は助けていただきありがとうございました」
爽やかな笑顔のトッピングに目がやられそうになる……!!
クロードさんも美形だけれど、ジェイドさんもとても整った顔をしている。
金色の長い髪を一つに束ねて、目は綺麗な緑色。
どこの王族よ!? と言うようなキラキラした美しさだけれど、とても気やすい雰囲気を醸し出している分、話しやすそうだ。
「リゼさん、あまり見ちゃダメだよ、リゼさんが汚れちゃうよ?」
言いながら私の目を手で塞ぐクロードさん。
一瞬にして視界が暗闇に変わる。
「おや、いっちょまえに嫉妬ですか?」
揶揄うように言うジェイドさんに「うるさい」とふて腐れたように返すクロードさんの声が耳に届く。
「ははっ。お二人はこれからどうなさるおつもりで?」
ジェイドさんがたずねて、私の目を覆っていた手を下ろすとクロードさんは「王都に行くところだよ」と答えた。
「王都で、彼女の居場所を作る。腹ごしらえも済んだし、ジェイドも元気みたいだし、俺たちはこのまま行っちゃおうか。ここにいたらまたいらないこと吹き込まれそうだし」
「ふふっ。はい。引き続きよろしくお願いします」
差し出された手に、私は自然と手を添える。
その様子を見たジェイドさんが、少しだけ呆気にとられたかのように目を丸くしてから「なるほど。この8年も無駄じゃなかったか」とつぶやいた。
そんなジェイドさんに、クロードさんはゴホンッと咳払いをしてから口を開く。
「じゃ、俺たちは行くから。ジェイドも無理はしないように」
そう言って踵返した刹那──。
「お待ちください殿下」
ジェイドさんの硬い声が止めた。
「ん? どうした?」
「私も行きます」
言いながらベッドからゆっくりと降りるジェイドさん。
「は? いや怪我人……」
「リゼ殿のおかげで、傷口を叩いたりしない限りは大丈夫そうなので、私がお二人を王都までお連れしましょう。私自身の口から騎士団本部にも報告に行きたいですし。馬車を用意しますので、お待ちください」
そう言ってジェイドさんは、こちらが口を挟む間も無くするりとベッドから降り立つと、さっさと医務室から出て行ってしまった。
「……クロードさん、ジェイドさんって……」
「ごめんね、リゼさん。あいつ、せっかちなんだ」