お姉様はズルいって言いたくなる人です
「お姉様はズルいです」
私はレベッカ。アルブレヒト侯爵家の子で、姉ヘルミーナとは双子の姉妹です。
双子なのでよく似た容姿、顔の作りもほぼ同じなのですが、美人と言われるのは姉の方。
私一人を見れば美人と言われることもあるのですが、どちらかと言うと愛嬌のあるタイプだそうで、姉と共にいると自然と存在が霞むとでも言いましょうか。とにかく持て囃されるのは姉の方なのです。
そして、姉は何でも卒なくこなす方。
ある日、温厚な父が珍しく難しい顔をして家に帰ってきたときのことです。
私とお母様は、きっと王宮で面倒事があったのであろうと、そっとしておくことにいたしました。
家族とは申せ、女子供が政に口を出すなど憚られるという気遣いでありますが、姉はそのような素振りも見せず、父に向かって「お城で何かあったのですね」と話しかけるのです。
案の定、父から余計な口出しをするなと叱責されましたが、姉は怯むことなく自分が案じるのは父のこと。あまり思いつめて身体を壊しては心配だと案じる娘の想いだと言い、ここで話しても解決は出来無いだろうが、口にするだけでも気が楽になりますよと仰います。
あくまでも父の身を案じるという体の語り口に、難しい顔をしていた父の表情が緩み、お城であったことを家族に話し出しました。
それは貴族間の利権を巡るトラブル。いくつかのお家の名前が出てきましたが、問題の時系列を追うので精一杯。
私も侯爵の娘ですから、どの家がどのような生業を持ち、国内でどういった立ち位置なのかということくらいは分かりますが、どうしたら解決出来るかなどアドバイスのしようもありません。
父は聞いてくれるだけで大丈夫だと仰いますが、非常に難しい問題なのは私でも分かりました。
「お父様、そのことでしたら……」
そんな中、姉が父に妙案があると言い出します。
政に関与することもない学生の身で、何が分かるのかと姉を訝しみましたが、父が聞くだけ聞いてみようと姉に促すと、トラブルの当事者である一人の貴族の資金経路を洗い出せと仰られます。
「おそらくは不当な利益を得ている証拠が得られるはずです。それを交渉材料にして手を引かせるもよし。罪を暴いてお取り潰しにするもよし」
父は半信半疑でしたが、他に糸口も無いので試しにと調べを進めたら、姉の言葉通り不正の証拠がザクザク出てきて、その家はお取り潰し。
トラブルは無事解決となり、姉を絶賛しながらも、何故そのことに気付いたのかと問う父に、「学園の友人達からきな臭い噂を聞いたのです」と答える姉。
「話には聞いていたが、ヘルミーナは想像以上に優秀な子だな。頼もしい友人も多いようでなによりだ」
姉は学園に入学以来常に成績トップ。それに伴って交友関係も優秀な者が多いのであろう。だからこそこのような小さな気付きに繋がったのだなと得心する父。
「レベッカも姉に負けず頑張りなさい」
ほら来た。姉が何かを成し遂げると、必ず二言目にはそうやって言われる。
私だって努力している。みんなが半分も正解すれば御の字と言っているテストで、7〜8割は正解を取っているから、集団から見たら十分優秀だと自負している。
私もそれなりに点は取っているので、褒められはするのだが、更に上がいて二言目にはそれを言われるから、いつも褒められた気がしない。
そう、姉が別格なのだ。毎回テストは全問正解、たまにケアレスミスで1,2問落とすこともあるが、それだって、わざとやっているのではないかと勘ぐりたくなる間違い方だ。
昔から姉はそうなのだ。普段は完璧なのに、たまにどうでもいいところに限って、つまらない失敗をする。
自分でリカバリー出来たり、人にかける迷惑が最小限で、使用人も「この程度、迷惑のうちに入りません」と言われるくらいのミス。お嬢様でも失敗することがあるんですねなんて、逆に好感度がアップするものだから余計に腹が立つ。
それに今回の一件。同じ学園に通いながら、私はそのような噂を聞いたことなど無い。
どこからお姉様はその情報を仕入れたのかと思えば、恐らく交友関係の違いからでしょう。
お姉様は高位の令息令嬢との交流は面倒だからと、最低限失礼のない程度にとどめ、基本的には子爵や男爵などの下位貴族や平民の子弟との交流を重視しています。
貴族、それも高位になればなるほど、どの家にも後ろ暗い話など一つや二つはあるものですから、敢えてそこには触れないように振る舞います。
しかしながら、下々の方は口さがないと言いますか、噂話も意外と核心を突く内容が多いそうで、そのあたりから情報を掘り出したようです。
このような感じでお姉様はズルいというか、上手く立ち回り、面倒事や気の向かぬことを避け、自身のやりたい事をやりつつも、周囲から高評価を得ている。
一方の私は、側で常に比較される立場のため、ちょっとやそっとのことで褒められることがない上に、冗談で双子の劣る方なんて呼び方をする人もおります。
そういう方には本気で、だったら代わりに妹役をやってみなさいよと言いたい。どれだけ努力しても追いつかず、褒められてもあまりいい気分がしない哀しみを味わってみろと。
まあ……思うところはありますが、だからと言ってお姉様を一方的に嫌っているわけでもありません。ズルいと申してますが、一緒に居ることで得られるメリットも多いからです。
まずは私がテストで点を取れる理由。それは姉が教えてくれるから。
彼女は時間を割いて分からないところを教えてくれる。それが妹の面倒を見る優しい姉と言う評価につながってちょっと悔しいけど、教え方が上手で、下手な家庭教師を付けるより効率的だし、何より私だって点数は取りたいから、ありがたく教えを請うている。
そして、姉が高位の者と交流を控えているのも私のため。
我が家の子供は私達二人。姉は婿を取り家督を継ぎ、私はどこかへ輿入れするはずである。
なので姉は自身の手足となる家臣の子弟や、将来を見据えて有望な若手をスカウトするために、彼らと交流を結び、輿入れ先に苦労しないよう、社交界には私を率先して送り出しているのです。
お姉様は今の社交界の若手に私以上のご令嬢はいないから自信を持てと仰いますが、自身が私の目の前に立ちはだかる大きな壁だと気付いておられないのでしょうか。
高位の方達と付き合うのは肩がこるから任せるわと言っていたのですが、分かっていて身を引くための方便だとしたら、それはそれでムカつくのですが、お陰様で仲の良いご令嬢にも恵まれております。
ただ、お姉様が羨ましくは思います。
下々の方とお出かけになると、貴族同士だけでは決して起こり得ぬ様々な体験をされております。要は遊んでいるだけ。私だって遊びたい。
でも、ただ遊んでいるだけではなく、市井の噂だったり流行だったりと、家業の益となる情報を持ち帰り、それを利益という結果に変えているのは、姉の才能が成せる業にほかなりません。
立場が逆になって、私が下々の方と交流しても、侯爵令嬢としての本分を忘れ、遊び惚ける不良娘と誹られるのは目に見えていますし、姉にも私がきちんと役目を果たしているからこそ、自分が自由に振る舞えることを感謝されているので、妬み嫉みはあれど納得はしています。
……と、姉とは持ちつ持たれつで、それほど不満のある生活ではありませんでした。
あの日が来るまでは……
◆
「私が……王子殿下の婚約者ですか……」
先日、王宮でヨーゼフ王子殿下の誕生日を祝う宴が開かれ、貴族の当主はもとより、彼らのご令嬢も数多く招かれました。
王子様の婚約者選びを兼ねていたのは分かりましたが、王宮からの申し入れが来たことに、何故私なのだと思います。
「レベッカにはお妃の素質が十分にある。心配しなくていい」
「でも、お姉様の方が優秀ですわ」
「ヘルミーナは別格だ。私達はお前も優秀であることは分かっている。小さい頃から姉に負けるなと発破をかけてきたが、その成果が今日の婚約の申し入れではないか」
両親はそう言うが、あの場には姉がいなかった。
姉も招待は受けていた。王家の召集なので断ることは出来ない話だったが、当日彼女は急に体調を崩し欠席。未だに床に臥せっている。
私は嘘だと思っている。小さい頃に一度だけ熱病にうなされたっきり、無病息災を地で行く姉がこんな大事な日に限って都合よく体調不良になるものだろうか。
姉はこんな大事な日にごめんなさいと詫びていたが、今まで手のかからなかった子が初めて見せた姿に、両親は残念そうであったが、今はゆっくり休めと声をかける。
だからこそ消去法で、私が選ばれたのでしょう。
「お姉様、お体の具合はいかがですか」
「レベッカ……ええ、だいぶ良くなったわ」
少しの間なら話が出来ると言うので、王子殿下の婚約者に選ばれたことを報告します。
「お姉様がいらっしゃったら、私が選ばれるはずはないのに……」
「だから行きたくなかったのよ」
「やっぱり仮病ですか?」
姉の言葉に確信した。何故かは分からないが、王子殿下の婚約者になりたくないから、仮病を使って欠席したのだ。
「どうしてですか? お姉様ほどの才覚があれば、私などより余程王子妃に相応しいと思いますが」
「姉は病欠だと……チッ、肝心なときに使えない女だな」
「え……?」
「ヨーゼフ殿下からそう言われなかった?」
お姉様は殿下の言葉を、その場を見ていたかのようにピタリと言い当てます。
「その顔は当たっているようね」
「なぜ分かったのですか……」
この人は預言者なのでしょうか。まさにその通りです。ヨーゼフ殿下に挨拶した際、姉の不在を問われたので病欠を詫びたときにそう言われました。表向きは心配する口ぶりでしたが、そのあと顔を背けながら小声でそう言ったのを、私はたしかに聞き取っていたのです。
「あの会が殿下の婚約者選びの場であったことは承知しているわよね」
お姉様が言うには、あの会は多くの者にチャンスを与えているように見せかけつつ、実際は我が家と縁を結ぶための出来レース。その目標はお姉様であったのに、その場にいないものだから同じ家の子である妹の私が選ばれたということらしいです。
王家が妃を我が家から出したいとお望みなどどいう話、お父様もしていらっしゃいませんでした。婚約の申し入れがあった際、本気で驚いていたのがその証拠です。なのに、お姉様はどこからそんな情報を手に入れたのでしょうか?
お姉様をお望みであれば決定を日延べしてもいいのに、即決で私に話が来たのは、あくまでも王家が望むのはアルブレヒト侯爵家の人間をということで、自分がいなければ私に話が回ってくることも、お姉様の想定内だったという話を聞き、それを知った上で欠席された理由を考えると、答えは1つしかありません。
「つまりお姉様は自分が嫌だから私に押しつけたのですね!」
「そうじゃないわ。私は殿下に、才をひけらかす高慢ちきな女と嫌われているから。レベッカなら受け入れてくれると思ったからよ」
「何故お姉様だけが嫌われていると思うのですか? 私に対してもかなり辛辣でしたよ」
だってお姉様の不在を知った後、二人きりで話がしたいと言われて席を変えた途端、不機嫌そうな表情を崩さず、舐め回すように私を見るんですよ。
しかも挙句には『仕方ない、お前で我慢するか』と宣う。とても歓迎されている雰囲気ではないし、何よりあの舐め回すような視線と、人を見下す態度が気持ち悪いったらありません。
殿下は温厚で柔和な御方だと思っておりましたのに、裏ではあれほど男尊女卑の激しい一面をお持ちであったなど知りもしませんでした。きっとお姉様はそれをどこかで聞きつけて、婚約を回避したのですね。
「私もあのような御方だと知っていれば、仮病を使いましたよ!」
私がそう吐き捨てると、お姉様は「あれ~おかしいな~」などとブツブツ一人で物思いに耽りますので、蚊帳の外に置かれたようで、受けた仕打ちもあって余計にイライラします。
「ねえレベッカ、殿下の婚約者になるのは嫌?」
「その言葉、そっくりそのままお姉様に聞き返させていただきます」
自分が嫌だと思うものを、人に押しつけておいてその言い草はあんまりです。
「仮によ、仮に婚約者となったとして、貴女は殿下にどのように向き合うかな?」
「仮定の話でも嫌ですが、王子妃として相応しい振る舞いを心がけるでしょう」
「そうか……今やレベッカも完璧な侯爵令嬢。あのときとは条件が違うのか……なんでそんな初歩的なことに気がつかなかったの……」
取り留めもない質問に、ごくごく当たり前の回答をしたのですが、再びお姉様がブツブツと何かを唱え、自己解決を図っております。何なのよまったく……
「お姉様もういいです。貴女のお考えはよく分りました。アルブレヒト家から妃を出すのが決定事項であれば、私は嫌がるお姉様の代わりに渋々ではございますが、婚約を受けます」
「待ってレベッカ、この話には理由があるのよ」
「理由なんてご自分が嫌なものを人に押しつけた以外に何があるのですか。そんな言い方をして、さもまっとうな理由があるように装うなど、ズルいにも程があります!」
貴族の結婚など政略によるもの。そこに愛など無いことは重々承知していますが、王子との婚約などという一大事を私に教えず、自分だけが逃げた分際でどの口がそのような痴れ言を仰るのかという怒り。
このまま場に留まってはもっと酷いことを口走ってしまいそうだったので、姉が何かを話しかけてくる声を一切無視して、部屋を後にしました。
(お姉様がそうお考えなら、こっちにも考えがあるわ。完璧な王子妃になって見返してやる……)
このときの私は、姉に対する怒りに満ちあふれ、王子妃になれば初めて彼女より上に立てるなどとつまらぬ考えを抱くのでした。
それがどれほど私の心労になるかなど想像もつかぬままに……
◆
「レベッカ・アルブレヒト! 嫉妬に狂いグレーテに危害を加えたその罪、断じて許せん!」
ああ、とうとうこの日が来てしまいました……
お姉様のズルによって、私がヨーゼフ殿下と婚約を結んでから2年。私は王子妃、そして将来の国母となるべく研鑽を重ねてまいりましたのに、ついにあらぬ罪でもって断罪されることとなっております。
出会いこそ最悪ではありましたが、心を通い合わせればいつか真に想い合える関係になるだろうと、殿下に真摯に向き合おうと努力いたしました。無論、姉を見返すという一心であったことは否定しません。
なのに、殿下はこちらに寄り添う気配すら無く、ただただつまらぬ女だと一顧だにしません。
最初は私に何か落ち度があったのかと、王宮で働く皆様にもお伺いしましたが、特に問題はないどころか、これ以上ない振る舞いであったと口を揃えます。
ならばと殿下に直接お伺いすると、「では二人きりでゆっくりと教えて進ぜよう」と仰り、部屋に連れ込もうといたします。
私も初心ではありません。お目にかかるときは邪推のないよう、必ず侍女や護衛騎士が側におりますのに、婚約者とはいえ、それを排してまで二人きりに拘るのは、邪な考えからくるものであろうことは容易に想像できます。
なので、角が立たぬようやんわりとお断りしますと、「それがつまらぬ女という理由だ」などと仰ります。
殿下にとって女性とは弄ぶだけの存在のようでした……
そんなわけで、お茶会などの交流の機会は日に日にその頻度を減らし、ようやく日取りが決まったと思えば当日になって急なキャンセルなど、あからさまに私を避けるようになり、それと入れ替わるように、殿下と仲睦まじくする女性の存在が明らかになります。
お相手は男爵令嬢のグレーテ様。殿下は「ツンツンと澄まして可愛げの無い婚約者とは大違いだ」と、これ見よがしにその仲を見せつけ、噂では既に一線を越えているとか。
当然婚約者として看過できませんので、殿下に苦言を呈し、グレーテ様本人にも分を弁えるように注意いたしましたが、これが殿下の心証をさらに悪くすることとなります。
婚約者の冷たい態度に加え、日に日に増す「やはり姉上の方が王子妃には相応しかったのでは」という周囲の冷ややかな声に神経をすり減らす毎日を送る私に、姉は何やら声をかけたそうにしていましたが、あの日以来話もしたくないと、あえて無視するようにしていました。
ここで姉に泣きついては負けを認めるという小さなプライドがあったことは否定しません。
さらにこの頃から姉は姉で、領主の代替わりを見据えて父の仕事を少しずつ引き継ぎ、領地と王都の邸を往復するようになりましたので、余計に会話出来る機会は少なくなり、そうこうするうちにおかしな噂が王都を駆け巡るようになったのです。
それは私がグレーテ様を闇に葬ったという物騒な噂。
言われてみればここ1ヶ月ほど、グレーテ様と殿下が逢引している話を聞きません。
グレーテ様がようやく手を引いたのか、殿下が彼女に飽きたのかなどと呑気に構えておりましたが、市井では私が彼女の存在を厄介に思い、秘密裏に消したと囁かれているそうです。
馬鹿な話です。注意をしたり、苦言を呈したことは何度もありますが、直接危害に及んだことなどありません。
にもかかわらず、私がそれを為したという噂が駆け巡るということは、殿下と彼女のなさっていたことが、それ相応の報いを受けて然るべき行いだったと、皆が考えている証ではありませんか。
こうなれば、いずれ殿下から何か言ってくるはずだと覚悟しておりましたら、珍しくあちらから会いたいお誘いがございました。
彼が改心したなどと考えるのは思い違いもいいところ。絶対に何か企んでいると思っていましたら、この断罪劇でございます……
「レベッカ! グレーテに何をした!」
「何もしていませんが?」
「嘘をつくな! 連絡がつかぬ故、男爵家に使いを出せば、『グレーテはアルブレヒト侯爵家の方達の手によって遠くへ旅立った』などと申すのだぞ。お前は何をした!」
「何と仰られようとも、知らぬものは知りません」
王子がこのためだけに開いた集まり。周囲を取り囲むのは彼に付き従う、虐げられる私を双子の出来損ないの方と揶揄する腰巾着ども。
味方などいない場ではありますが、私も栄光あるアルブレヒトの娘。姉に劣ると揶揄されようとも、その矜持は持っておりますので、謂れのない彼らの断罪に怯むものではありません。
「おのれ……あくまでしらを切るつもりか。お前達、こやつを身ぐるみ剥いで拷問にかけろ」
「身ぐるみ剥いで、でございますか」
「ああ。罪を白状するならば拷問の方法は問わぬ。好きにせよ」
「傷物にせよと?」
「構わぬ、どうせ罪人送りとなる者だ。つまらぬ女だが、最後に少しは楽しませてもらおうではないか」
「殿下もお人が悪い」
「嫌か」
「いえいえ、殿下に従いまする」
命じられた男たちが下卑た視線を送りながらこちらに向かって来ます。分かってはおりましたが、同じ穴の狢ですね。
「それ以上近づけば自害いたしますよ」
隠し持っていたナイフで脅しをかけますと、一瞬彼らの動きが止まります。部屋に入る前に身体検査をされなかったのが幸いしました。
「自死出来るならやってみろ。どうせお前は死ぬんだ、こっちは別に構わないぞ」
身体検査をしなかったのは、私が疑いもなくここにやって来たと信じているからと侮っていましたが、どうやら最初から私を殺すつもりだったようで、それぞれが徐に剣を取り出します。
「女の細腕でこれだけの人数を相手にする気か?」
「殿下、相手にしてもらうんですよね」
「そうだったな。別の意味で相手にしてもらうんだったな」
「死なれては困るのでは?」
「そのときはそのときだ。女などコイツ以外にも掃いて捨てるほどいる」
どこまでも腐った奴らです。このような輩に辱めを受けるくらいなら……
「おっと、本当にお前はつまらん女だな。そう簡単に死なれては楽しめぬではないか」
「離しなさいよ!」
やってみろと言ったのはそちらであるのに、取り巻きの一人に飛びかかられ、ナイフを持つ手を拘束されます。
「クソ真面目な女だ。処女であるかどうかなど死ねば関係なかろう。ならば生きているうちに一度くらいは婚約者を楽しませろ」
「貴男の快楽のために婚約者になったわけじゃない!」
「剥げ」
床に伏せられた私を見下ろすように、王子が辱めを与えよと指示を出します。もう打つ手無しです……
何でこんなことになってしまったのでしょう。もしかしたら、お姉様が私に話そうとしていたのは、こうなる未来を回避するためのアドバイスだったのかもしれません。いえ、今更ですね。その手を取らなかったのは私自身です。
散々ズルいズルいと騒ぎ立てながらも、お姉様の助けがあってこそ王子の婚約者にまでなれたのに。
でもお姉様、この男はダメですよ。この男とは上手く結婚まで辿り着いても、いずれ方々に女を作ります。
王子妃なれば妾の一人や二人とは思いますが、それどころでは済みそうにありませんし、婚約段階でそんな未来が明確に見える相手など……
勘弁してよお姉様……
「お待ちなさい!」
「誰だ!」
今から拷問の時間が始まると覚悟を決めたそのとき、バーンと扉を蹴り破る音と共に現れたのは……
「お、ねえ……さま……」
「レベッカ! 無事だったのね…… 良かった……」
お姉様が完全武装の屈強な騎士達を連れて現れ、彼女が目配せをすると共に、私に襲いかかろうとした男達、そしてヨーゼフ殿下はあっという間に騎士達に組み伏せられます。
「ヘルミーナ! 貴様俺が誰だか分かってやっているのか」
「分からぬわけがありませんでしょう、ヨーゼフ」
「王子たる俺を呼び捨てだと……貴様! 不敬であるぞ!」
「貴男は既に王子ではありません」
「何?」
お姉様はそう言うと、一人の騎士が手渡した書状を広げます。
「本日私はアルブレヒト代侯として、正式に国王陛下の臣、勅使として参りましたのよ」
書状は陛下のサインが入った勅書。お姉様は皆に分かるよう、それを読み上げます。
その内容はヨーゼフ殿下の廃嫡と、次期王太子に王弟殿下の嫡子を据えるという決定。
「バカな! 何をもってそのような決定が!」
「婚約者に対する不義、並びにそれを諌めたアルブレヒト侯爵令嬢を不逞の輩と共に恥ずかしめんとした罪。王族として不適当と陛下は処断されました」
それでも不服なヨーゼフ殿下は、そもそもの発端は私がグレーテ様を害したのが原因だと騒ぎますが、お姉様はそれの何が悪いのかと冷たく言い放ちます。
「レベッカが王子の婚約者となったのは、国王陛下のご意思。つまりは彼女が陛下から与えられた権利です」
「だからどうしたと言うのだ」
「分りませんか? 王子妃となるのには多くの時間とお金がかかっているのです。その対価として得た王子妃になるという権利を、どこの誰とも知れぬ者に奪われるとあっては己の権利を守るために行動するのは当然ではありませんか」
「だからと言って殺すことはあるまい!」
「ありますよ。王子妃となれば命を狙われる危険とは背中合わせ。その覚悟の無い方に務まる役目ではありませんよ」
何だか私が殺したのが前提で話が進んでおりますが、殺してませんよと言おうとした瞬間、お姉様の口から「グレーテさんは死んでませんけどね」という言葉が出ます。
「死んで……ない?」
「いつ殺したと言うのですか?」
「いや、しかし……『アルブレヒト侯爵家の方達の手によって遠くへ旅立った』と……」
「言葉通りですよ。グレーテさんは隣国のとある伯爵家で侍女となるため旅立ちましたのよ」
二人の出会いはまず殿下から声をかけたそうです。彼女自身、最初は将来妾妃にでもなれるかと気安く身体を許したそうでしたが、いつの間にか自分を正妃にするなどと言う彼の発言に恐れを抱いたとのこと。
さらには私から直接注意を受け、手を引きたいと考えたが、殿下からの報復を恐れ困り果てたところで、下位貴族に顔の広いお姉様が伝手を辿り、直接本人と話をしたそうです。
「易々と身体を許したグレーテさんにも非がありますが、立場と境遇を考えれば言い出しにくいのは当然のこと。故に母国へ戻らないことを条件に、当家がお知り合いの伯爵家へ侍女として推挙しましたのよ」
グレーテさんも男爵家の娘で、それなりの教養はありますから、伯爵家の侍女くらいであれば務まるであろうと送り出したそうです。
「それに……ヨーゼフさん達の悪事の証人でもありますしね。身の安全を保証するためでもありますから」
「悪事? 私が何をしたというのか!」
「王子の権力を濫用した国家予算の横領、贈収賄、文書改ざん、その他諸々ですわ」
グレーテさん絡みでは、本来婚約者の私に使うべき予算を偽って高価な贈り物を用意したりとか、身分を偽って彼女が本来参加出来ない場に招いたりとか。
他にも色々とやらかしているうちのほんの一部ではありますが、生きた証人として必要であれば証言するという、司法取引の約束をしたことも保護した理由のようです。
「何故だ。父上は私のやることに何も言わなかったのに……」
「貴男が王子妃を勝手にすげ替えようとしたように、王太子も変えようと思えば簡単に変えられるんですよ。『国王たる者、清濁併せ呑み、必要であれば手を汚す覚悟を持たねばならないが、必要も無く私利私欲のために悪事に手を染め、それが悪いことだと指摘されなければ分らないような愚物は必要ない』陛下のお言葉です。謹んで承るように」
そうなる前に警告されなかったわけではありません。王子は何も言われなかったと言っていますが、実際にはその行動をよく考え直すように指摘されていました。私も何度か苦言を呈しましたし、他の方にも言われているところを見ましたので間違いはありません。
しかし、その行動は改まらなかった。これまでは悪さと言っても内輪で処理できる範囲だったので、我慢の限界まで大目に見られていただけ。自身が選んだ王子の婚約者であり、国の重臣の娘を冤罪で辱めた上、害そうとしたとなれば、さすがに限界を超えてしまったということです。
「ま、待ってくれヘルミーナ。お前が、お前が婚約者であればこのような愚行はしなかった。お前が……あの日欠席したのが悪いのだ」
殿下はそう言って、お姉様が婚約者にならなかったのが全ての原因だと言います。
ヘルミーナが婚約者であればきっと自分を止めてくれたと。だから今からでも遅くない、婚約者となって自分を助けてくれと懇願します。
私もお止めしたのに聞かなかった方が、例えお姉様であっても聞き入れるとは思えませんのに。どこまでも勝手な方ですね……
「あら、私は使えない女ではなかったのですか?」
「え?」
「仕方ない、お前で我慢するか。と、出来損ないと蔑む妹を選んだのは貴男自身ですよね? 大事な妹を出来損ない、つまらない女などと言って憚らぬような方をどうして助ける義理があるのですか」
どこをどう切り取ってもクズだなと呆れておりましたが、お姉様の呆れようは私以上だったようで、申し開きしたければ陛下達の御前でどうぞと、騎士達に命じて一党を連行させていきます。
「お姉様」
「レベッカ、怖かったよね。もう大丈夫だからね」
「お姉様……」
◆
あの後、正式な取り調べを経て、ヨーゼフ殿下は廃嫡。放逐してまた悪さをされても王家の恥になると、城外の寂れた尖塔の一室に生涯幽閉となりました。
そして私は無事に先方の有責で婚約破棄。普通ならこちらにも瑕疵があったのではと勘ぐらることもあるでしょうが、今回は事情が事情なので私は無傷です。
「あの日の一件は秘中の秘になっているから、醜聞にもならないはずよ」
平穏が戻った私は、久しぶりにお姉様と共にお茶を飲みながら話をしています。
「お姉様は殿下が……」
「レベッカ、もう殿下ではないわ」
「しかし、長らくそうお呼びしていたので、なんと言ったらよいか」
「アイツとかクソ野郎でいいんじゃない」
「お姉様、はしたのうございます」
久しぶりの姉妹の会話。他に誰が聞いていることもないから、砕けた雰囲気で多少汚い言葉遣いでも咎める者はいないわよと言うお姉様に従い、アイツと呼ばせていただきます。
「お姉様はアイツがあんなクソ野郎だと何故ご存じだったのですか」
「信じてもらえるか分からないけど…… 私にはね、前世の記憶があるの……」
お姉様の言葉に衝撃より先に、何を言っているんだこの人はという思いを抱きます。
「まあそうなるよね。でも本当なのよ」
彼女はヘルミーナとして2度目の人生。
1度目はお姉様が婚約者だったそうですが、私と同じように婚前交渉を求められ断った結果、当てつけのように他の女性と懇ろになったそうです。
「そのとき、今回のグレーテさんの立場だったのは……レベッカ、貴女なのよ」
「私が! 私があの男と……」
つまり私があの男に身体を許したと……とても信じられません。
「今回は前世の記憶があったからね」
前世のお姉様は、今ほど完璧なご令嬢ではなかったそうで、学力も礼儀作法も今の私と同じくらい。今を10とすれば、前世は8くらいかなと仰います。
なるほど……前世の記憶があれば、1度受けた授業ですから前回出来なかったところを重点的にカバーすれば高得点が取れますね。納得です。
そうすると前世の私とやらは、今の私よりレベルが低いわけです。そうですよね、10の力のお姉様に引っ張っていただいて8まで来れたのですから、前世のお姉様が8であれば、よくて5か6くらいですよね。
それでも今の私がお姉様を除けば同年代のご令嬢の中で一番の出来であるように、前世ではお姉様に並び立てる方はいなかったわけですが、相対的に一番と評されていただけで粗も多かった。
前世の私はそんなお姉様を僻むばかりで全く向上心の無い女で、能力的には6どころか、良くて2か3くらいだったと言います。
「そんなに酷かったんですか」
「毎日顔を合せればズルいズルいと口癖のように。気を悪くしないでよ、前世の話だからね」
自分のこととはいえ、自分の与り知らぬ話なので何だか不思議な感じで、怒る気にもなれません。
「でも……だからこそアイツの話にホイホイ乗っかったと思えば理解できます」
頭ユルユルの妹が姉に一泡吹かせたくて、姉の婚約者を寝取っていい気になる。それが貴女だと言われると、今の自分のことではないと分っていても、何やってんだ私と恥ずかしくなります。
「そうよ。身も心もアイツの上に乗っかっちゃったのよね」
「お姉様、言い方!」
お姉様は前世の記憶を辿るうちにだんだんムカついてきたのか、言葉遣いが汚くなっています。私のせい、いや、私じゃないのに……
ただ、前世では今回の私のように助けてくれる方はおらず、私を害さんとした罪でお姉様は修道院行き。死罪を免れたのは新たな婚約者が妹ということで、殺すまでには至らなかったからだとか。
「その後、貴女はどうなったと思う」
「その聞き方だとハッピーエンドでは無さそうですね……」
婚姻後間もなくアイツは即位したそうですが、すぐさま後宮に数多くの妾妃を囲い込み、政務はほったらかしで酒池肉林の毎日。
前世の私が家臣の助けも借りて何とか政務を代行するものの、さすがにこれはマズいと諫めた結果、案の定疎まれることに。
そして後宮内の妾妃同士で権力争いが発生。一番のお気に入りであった妾妃が目障りな他の女を暗殺したのだが、この罪を私になすり付けられて、私は処刑されたそうです。
うん、なんとなく想像はついたけど、中々酷い最後ですね。
「死に戻りということは、お姉様はその先まで生きられたということですか」
「そんなに長くはなかったけどね」
両親はお姉様が罪に問われたときも冤罪ではないかと疑っていたようですが、私が処刑されるに至りその怒りが爆発し、王家と一触即発の事態に。
その後、王家の方から謝罪と和解の提案があり、両親は王宮へ出向いたのですが、それは罠。最初からアイツに和解する気などなく、反乱を企てた容疑で両親も処刑されたそうです。
しかし、燻っていた火種は両親の処刑を機に燃え広がることとなり、一族の残党や王家のやり方に反発する貴族、圧政に苦しむ民衆などが蜂起し、内戦が勃発したそうです。
「で、私はアルブレヒト本家の血を継ぐ最後の一人として、旗印にされては適わないから、反乱軍に保護される前に殺してしまえと、アイツの手の者が追ってきたのよ」
追っ手が迫っていることを察知したお姉様はひたすら逃走を図ったそうですが、逃げ込んだ山中で足を踏み外し、崖の下に転落。
「で、気付いたら幼少期に戻っていたというわけよ」
小さい頃にお姉様が一度だけ煩った熱病。あの時に戻ってきたと言うのです。
「信じられる? こんな話を突然したって、頭がおかしくなったとしか思われないわよ」
「そうですね……」
普通ならそうであろう。だが、さほど勉強している様子も無い(私に教える時間の方が多かったはず)のに好成績を取ったり、お父様が悩んでいたトラブルを即座に解決したり(友人からきな臭い噂を聞いたと言うのは誤魔化すための方便でしょう)、両親も知らなかった婚約の裏側を知っていたり(一度婚約者の経験があるからこそ知っていたんでしょう)と、ただの令嬢が知っているとは思えないことを全て把握していたのは、前世の記憶があればこそと思えば頷ける話です。
「だから2度目の人生は面倒を避けるように上手く立ち回ろうとしたのよ」
「私に勉強を教えたのも?」
「そうよ。前世で貴女が言われたくない言い方は十分に知っていたから、上手く誘導させてもらったのよ」
「おかげで私はそこそこ立派な令嬢になってしまい、王子の婚約者にさせられたわけですね」
自分が避けるために、私をあんなゴミみたいな男に嫁がせようとしたのね……
「それに関しては申し訳ない。私の見立てが間違っていたわ」
陛下が我が家から妃をもらい受けたいと仰せなのに、姉妹揃って断っては心証が悪い。ならば一度は愛し合って結ばれた私の方が芽があるのではと、お姉様は考えたそうです。
「もちろんその先に不幸が起こらないようフォローするつもりだったんだけど……」
「あのとき私が怒って部屋から出て行ってしまったせいですね」
「仕方ないわ。何も知らない状況ではそう考えるのも無理はないもの」
あのときにお姉様が言っていた理由とは、前世にまつわる話だったのでしょう。ただ、今考えてもあのときにその話を持ち出されても、信じられたかと言えば逃げの言い訳で突拍子も無いことを言っているとしか聞こえなかったと思います。
「おかげで私は断罪を回避出来たけど、貴女が幸せに暮らせなければ意味は無い。私から貴女に婚約者が変わってアイツが少しでも変わればと思ったけど……ダメだったわね」
お姉様が言うには、今の私は考え方も振る舞いも前世の彼女と似ているそうです。
よって前世の彼女が嫌だと感じたことは、私も同じように嫌悪感を抱くので、アイツは私を受け入れることはしなかった。
アイツが求めていたのは頭もお股もユルユルな女であり、レベッカ・アルブレヒト個人ではなかったということ。お姉様はそれを読み違えたと詫びられます。
「それでお姉様はアイツを破滅に追いやる方向へ舵を切ったわけですね」
私がグレーテさんを殺したと風説を流したのも、彼女を秘密裏に隣国へ脱出させつつ、遠くへ旅立ったなどと勘違いするような物言いを男爵にさせたのも、全てはお姉様の仕組んだことですね。
「アイツがいる限り、私と貴女が幸せになれる道は無かったんだもの。それに、前世の恨みもちょっとはね……」
「……もしかして、殿下をギリギリまで泳がせて、私が危ういところまでいったのも、前世の恨みですか?」
「うふふ、意趣返しと言ったら貴女は怒るかしら?」
もう……お姉様はズルい人です。助けてもらっておいて、そんなこと言えるわけないじゃありませんか。
恨んでいてもおかしくない私を助けた理由が、「たった一人の妹なんだから当たり前じゃない」なんて言われたら。
ホントにズルいです……
お読みいただきありがとうございました。




