8話 賑やかな妹
ボン〇ルディア製90席のリージョナルジェットを改造した機内はさながら細長い高級ラウンジのような空間で、プライベートジェットはおろか飛行機に乗るのも初めての味蕾は、運転席からトイレに至るまで隅々を見て回り興奮しきりだった。
羽田空港離陸後、沖縄は珍しい苗字と地名の宝庫であり、個人的に縁のある与那国島に数年ぶりに訪れることが出来てとても幸せだと社長が語り始め、各々好みのアルコールを嗜んでいる。しかし、下戸のためお酒の飲めない北王子は、手持ち無沙汰なのか機内で軽食を用意している味蕾の手伝いをするために席を立つ。
「大丸、手伝うことはある?」
「先輩、料理できましたっけ?」
「社長の話を聞き続けるのは酔えない俺っちにはムリ」
「そろそろ飾り終えるので一緒に合流しましょう」
与那国空港に到着した一行は社長の長話にいい加減飽きてきたところなので、やっと解放されると一安心し、空港を出ると年季の入ったバンの前方で中年の男性が待ち構えていた。
「喜屋武さん、お久しぶりです。お世話になります」
「佐藤さん、久しぶりですね。今回も潜りますか?」
「時間に余裕があれば頼みます。皆、喜屋武さんは代々サトウキビの生産者さんで民宿併設のダイビングショップも経営されている。以前は妻とよく潜ったものだよ。こちらが秘書の大鷹くん、社員の犬神君、北王子君、味蕾君だ」
<はじめまして>
僕はふと喜屋武の視線を感じたような気がした。
「奥様のことはご愁傷様でした。テレビで事件の事を知りましたが、どのように連絡を取ればいいのか分からず、、」
「あまり気にしないで下さい。また、こちらに遊びに来れたのも何かのご縁ですから。妻も好きな海にまた来れたと喜んでいると思います」
「暫くの間お世話になります。皆ほら、ご挨拶を」
<よろしくお願いいたします>
喜屋武の運転するバンに乗り込んで5分程で海辺近くにある民宿ちゅらうみに到着した。赤い瓦屋根の平屋の隣にプレハブのダイビングショップが併設されていて、実用性重視のようだ。
「佐藤さん、この後はどうしましょうか?」
「アルコールが抜けるまで暫く休ませてください。その後、早速潜ります。大鷹君も犬神くんもそれでいいね」
「社長、慰安旅行を兼ねているのですから遊びもいいですが、味蕾君は早く家族に会いたいはずです」
「そうだな。喜屋武さん、この住所の場所は分かりますか?」
「分かるも何も、これなっちゃんの家じゃないか?」
<なっちゃん?>
ほれ、と喜屋武は青く透き通る海辺を指さすと一人の少女がサーフィンを楽しんでいた。水に濡れたヘルメットヘアはキャラメル色で良く日焼けした小麦色の健康的な顔には笑顔が弾けている。暫くすると身にまとったウエットスーツを脱ぎながら、こちらにやってくると喜屋武に向かって、シャワーを借りるよと裏手に消えていった。
「大丸、あの子が双子の妹?一卵性なのに男女なのか?」
「一卵性双生児ですが、性別にかかわる部分の遺伝子が違うのは珍しいみたいです」
犬神が、味蕾君とは若干匂いが違うな、と言い出して環境要因も大きいはずだと社長と大鷹が議論を始め、喜屋武も僕の顔をまじまじと見て、よく似ているな、と呟いた。
髪を拭きながらこちらへやってきた少女は僕の顔を見て固まった。
「あああ、白い私がいる」
「なっちゃん、丁度良かった。こちら東京からやってきた佐藤さんとその社員さん。何だか、橙さんを訪ねてこられたようで、この味蕾君といったかな、が君たちを探しているそうだよ。」
「味蕾ってアンマー(母親)の名前でしょ?もしかして私のねえちゃんなの?」
「初めまして、兄さんの味蕾大丸です」
「冗談だよ。スー(父親)に聞いた事がある」
「二人とも部屋に入って落ち着いて話さない?」
大鷹が民宿に向かい歩き出し提案してくれたが、橙 夏海はこれからキッチンカーで午後の仕事があるので直ぐに出かけなければならないと言って、あっという間に出かけて行った。ピンクのカラーリングが施された軽トラックに、黒砂糖のパンケーキとシークワーサージュース、とカラフルなロゴが並んでいるトラックを見送ると喜屋武は状況を説明するように話し始める。
「なっちゃんは高校に通うために3年間本島に行っていたんだけど、バイト先の喫茶店でお菓子作りに本格的に嵌ったみたいで、卒業後にこちらに帰ってきてから橙さんに頼み込んで車を用意してもらったようだ。
この島にはわずかな人口しかいないので観光シーズン以外は色々なアルバイトを掛け持ちしながらフードトラックをしているようだけど、とても楽しそうに働いているよ。サトウキビの収穫時期にバイトに来てくれた縁で、うちの黒砂糖も使ってくれているし、さっきみたいに休憩時間にはよくサーフィンをしに来るよ」
民宿の母屋で寛いでいると、ようやくアルコールが抜けたのか社長と大鷹と北王子が素潜りを始めるためにダイビングショップに向かい、僕と犬神は喜屋武の奥さんに案内してもらい、与那国島を一周しながら夕食の為の食材を買い回る。
ダイビングショップ店内
「佐藤さん、素潜りでいいんですか?以前のように海底遺跡を巡りましょうよ」
「喜屋武さん、儂は久しぶりだし、大鷹君と北王子君はライセンスを持っていないので今回は浅瀬で楽しむよ」
「紫陽花さん、ナイス静、、」
「はいはい、ありがとう。北王子君はブーメランパンツだけじゃ体が冷えるから、ウエットスーツを上に着たら?」
「それこそ、ビキニを着ている大鷹さんに言われたく無いっす」
それじゃ、と言って喜屋武は民宿に向かっていったので社長は愚痴を言い始めた。
「喜屋武さんはとても親切でいい人だけど、いつも佐藤呼びするのがな」
「俺っちには分かっちゃいました。サトウキビにかけているんですよ、親近感が違いますよ。佐藤呼びと社長呼びとを比べると」
「北王子君、儂は他人に社長呼びを強要したくないけどここまで喜屋武さんに連呼されると君の馬鹿げた理論に納得してしまいそうだ」
民宿ちゅらうみのバン車内
「女将さん、僕は料理が好きなので食材に興味がありますが、こちらの特産品はなにかありますか?」
「わー(私)は女将なんて立派なもんじゃないけどな。ここでは魚介類が有名だな、特にマグロと養殖している車エビが美味しいし、お酒では花酒もここだけのものだ」
「マグロの解体は見学できますか?」
犬神は断面が見たいのか興味津々に聞いているが、女将さんによると立派な個体は高値で売れる東京に出荷されるので、それ以外の解体の必要が無いような小さな個体はすぐにリリースされ解体の機会はあまりないと聞いて、犬神は残念がっているようだ。
「それでは車エビと花酒を買いたいので案内お願いします」
「分かった」
僕たちが買い物を終え民宿に戻ると、素潜り組も和室で寛いでいて、社長と大鷹は障子全開の吹き抜け状態の畳の上で雑魚寝している。大人のだらしない姿を見るのはなんだか新鮮だ。北王子は喜屋武と一緒に今夜のBBQのために額に大粒の汗を光らせながら
耐火レンガで作られたコンロで炭起こしをしていた。
日が暮れ始めると喜屋武一家と親戚も集まり宴会が催され、僕はコンロに釘付けになる。素焼きにした車エビは真っ赤になり、香ばしい匂いが漂っていて、油で揚げた方は塩を振りかけるだけでそのままいけるのでまた違った味わいがある。女将さんやおばあさんが用意してくれた色々な沖縄料理も堪能し、いつの間にか宴会は解散していて僕らはそのまま和室でまどろんでいると、静寂を突き破るようにフートトラックから降りた夏海がやってきた。
「なっちゃんの夕ご飯が!宴会はもう終わっちゃたの?」