6話 合同調査 その2
レストラン近くのコインパーキング、ワンボックス車内
「犬神さん、室内で何があったのかもう少し詳しく教えてもらえますか?突然通信が途切れてしまったので、僕も北王子さんも状況を把握しきれていません」
「あと少しで入力が終わるのでちょっと待って欲しい、ヨシ、完了。まず、盗聴防止措置を施しているから普通ではない。表面上は会社員とその妻という至って普通の家庭で、あえて言えば、少し裕福なくらいなので心配性と言うには過剰な対処だ。
次にお茶を持て成してくれたが、その場でカップに注ぐ必要も感じないし、そもそも菫が家政婦に付き添うように応接間にやってきたことがおかしい。主人なら発注主とは言え接客を優先するはずだ。
登記簿謄本を先ほど確認して毒島 浩二氏が持ち主であることは確認が取れたが本人確認が出来なかった。同じように毒島 菫の顔写真付き身分証明書も発見できず。これでは仮に他人が偽名を騙ったとしても確認が取れようがない」
「そんなことがあるんですか?」
「怖いことだけどあるんだよ。とにかく、毒島云々の名称にはあまり捉われず確実な事は大鷹君たちがこれから会う男性と香水瓶に残っていた匂いが一致するで、フードジーンに繋がる手掛かりになること」
「大鷹さんたちは大丈夫でしょうか?」
「北王子君のサイコメトリーがあるので上手くやってくれるはずさ」
「先輩にそんな能力があったんですね、具体的にはどんな能力なんですか?」
「残留思念を読み取れると北王子君が言っていたが、いつでも安定して使えるわけではないそうだ」
セダン車内
「紫陽花さん、無事で何よりです。」
「あら、有難う」
「つれないっすね、俺っちは後輩の子守でクタクタっす」
「軽口を叩けるならこれからの任務も問題ないわね」
「お酒だけは勘弁してください」
「そんななりで下戸なんだから、店内ではアルコールを頼まないと余計な注目を集めるから飲むふりだけはお願いね」
「ウイース」
レストラン駐車場に到着した大鷹と北王子
「犬神さん、聞こえますか?これから店内に潜入します」
「大鷹君、よく聞こえるよ。毒島 浩二氏は自称の可能性があるので注意されたし」
「了解、案内される座席によっては会話が十分に聞き取れない事も考えられるのでそちらでも録音をお願いします」
「了解」
「先輩、胃薬を準備して待っていますので、目立つような量の食べ残しには気を付けてください」
「ウップス、魚のコース料理じゃない事を祈るよ」
「いらっしゃいませ、リストランテ・リュクスへ。ご予約はございますか?」
「いえ、知人に勧められたのでフラッと寄らせて貰ったわ」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
フランス語で会話を始める大鷹と北王子
「大、鈴木さん、俺っち、フランス語は苦手っす」
「北、渡辺君、私たちの外見で日本語で会話する方がまだまだ珍しいから我慢して。英語だと理解できる人が増えているからフランス語なら少しはましよ」
「俺っち、大丸の評価、ストップ高なん」
「そうよね、確かにここの料理も美味しいのだけれど1回食べれば十分かな。彼の料理の凄さを再確認したわ」
「あっ、男来ました、右2つ隣」
自称 毒島 浩二と女
「赤城さん、バイシュピエル(サンプル)の成分をもっと増やしましょう」
「富田さん、過ぎたるは猶及ばざるが如しですよ、実用レベルではあれが限界です。営業職のあなたには分からないと思いますが」
「あなたも強情だな、ベットの上ではあんなに素直なのに。客が欲しがっているんだからさっさと作ればいいんだよ。さもないと君も二階堂の様に首になるよ」
「富田さん、私をあんまり脅さない方が良いわよ。今となっては私しか協力者がいないでしょ?」
「なあに、製法は分かっているから後は何とかなる」
「あんまりいじめないでよ」
引き続きフランス語で会話の大鷹と北王子
「鈴木さん、聞いたっすか?」
「ここでは毒島ではなく富田と名乗っているのね、ツーショット写真はとれた?」
「多分、OK、」
「赤城という女性の下の名前が分かれば申し分ないけど頼めるかしら?」
「ウイ」
北王子は赤城が席を立ちあがるのを確認して胸ポケットに写真撮影に使用したペンを差し込み後に続いた。お手洗いに向かうようなので、飲食スペースと隔絶された細い通路でワザとペンを前方に落として赤城に拾わせた。
「すんません、おとした、拾ってくれへん(フランス語)」
「落としましたよ、どうぞ(英語)」
「メルシーボークー」
北王子は男性用トイレの個室に入ると他の客の不在を確認して耳に装着した無線に向かって話しかける。
「女の名前は赤城 彩芽、フードジーンの研究員のようです」
「分かった。車内のパソコンから会社のデータベースにアクセスする」
大鷹の待つ座席に戻った北王子は退店を提案して現金払いでレストランを後にし、急いでセダンをコインパーキングまで運転した。ワンボックス組と役割を交代したので、犬神は富田を、僕は赤城を尾行するためにレストラン近くで下ろしてくれた。
「私がサポートするけど味蕾君は初めての尾行だからあまり近づきすぎないように注意して。北王子君は犬神さんのフォローをお願い」
店の前で別れた赤城と富田はそれぞれ別方向に歩き出した。犬神の能力はまさに尾行特化ともいうべき嗅覚能力なので僕が赤城の後をつけるように歩き出しても動く気配はなく、通信が途切れるまで細かいテクニックを教えてくれる。
「大鷹さん、マルタイは地下鉄に乗る模様。暫く通信できないと思われます」
「マルタイって、ドラマの見過ぎよ。スマホの電源だけは忘れずに入れておいてね」
大鷹は僕のサポートをする為にセダンで通信機の信号を確認しながら追従してくれるので精神的に助かるが、あとは都内の渋滞に巻き込まれないように祈るだけだ。赤城の乗り込んだ隣の車両に電車の出発間際に飛び乗る。
「犬神さん、ぶすとみは随分と慎重っすね。デパートを皮切りに色んな建物に入り込み、乗車するのは都営バスだけでタクシーも利用しない」
「ぶすとみ?毒島と富田の略か?まあ、呼び方はどうでもいいし、俺の嗅覚なら一切問題が無い。ワンボックスに乗る北王子君の方が目を引きそうなので気を引き締めてくれ」
「ウース、しっかし、器用な奴ですね。普段から名前の使い分けをする生活なんて俺っちにはムリっす」
「確かにな。ところでレストランで撮影した写真を取り込んでくれているか?」
「終わってます。顔認識に引っかかったのは、やはり赤城 彩芽だけっす」
「ありがとう、詳細な情報は帰社してからみんなで共有しよう。対象がUGのバーに入るようだ。店名を確認し5分待機しても外に出てこないようなら追跡は中止する」
「了解っす、ピックアップは必要ですか?」
「一駅先のコンビニで合流しよう」
結局男はバーdipから出てこなかったので犬神は北王子と合流して帰社した。
「大鷹さん、マルタイは都営バスに乗り込みますがどうしますか?」
「乗客がそれなりに居ればそのまま尾行を続けて」
「そのまま続けます」
《本日も都営バスをご利用いただきありがとうございます。終点のフードジーン前まで私山田がご案内させて・・・・》
どうしよう、終点まで乗り合わせるのはほとんどがフードジーン関係者のはずで、バス停を通り過ぎる毎に僕の存在が周りから段々と浮くのが簡単に想像できる。大鷹に連絡を取るにも車内では目立ちすぎる。ヤバイ
今まで順調だと思われていた尾行に暗雲が漂い始め、焦り始めた味蕾であった。