3話 癖(へき)に貴賎はありません 後編
「ちょっと、味蕾君、何してるの!鳥の餌って食べても大丈夫なの?」
「モグモグ、、なるほど、こういう味が好みなのか。因みに逃げ出したオカメインコの好みも同じですか?」
「ピー助はたまに豆苗も食べるけど粟穂が一番好きかな。」
「ちょっと、ピー助ちゃんの種類は?」
「ルチノーですよ。」
「キター!待ってなさい。直ぐに見つけて匂ってあげるわ!」
大鷹と男のオカメ談義が始まったので許可を取って台所でササっと調理した。飼育室に戻ると人馴れしているオリーブ個体(名前はマックス)は、大鷹の指先で楽し気に一生懸命さえずっている。
僕は手のひらに特製の餌を少し広げてマックスに近づくと、初めは警戒していたが直ぐに飛び乗ってきて啄み始めた。
「君、非常識だぞ。オカメインコは食べ物に対する警戒心が強く初見の餌はまず口にしてくれないのに。勝手に与えないでくれ給え」
「いいじゃない。こんなにも美味しそうに食べているのですもの。」
マックスは余程特製の餌が気に入ったのか、直ぐに食べ終えてしまい僕の手のひら目掛けてヘッドバンキングを開始した。
「仕方が無いなー、あと少しだけだよ。」
やっと満足したのかマックスは肩に飛び乗り毛繕いを始め、次第にジョリジョリと嘴を鳴らし始め何だか眠そうにゆらゆらしている。
「君は一体何者だね。通常オカメインコは男性よりも声のトーンが高い女性に慣れ易い。しかも、こんなにリラックスしているマックスは見たことが無い」
大鷹は、私のマックスちゃんが、と若干嫉妬したような目つきで僕を見つめるが、本来の目的はピー助を探し出すことなので、まずは外出しなければならない。二階堂に頼んで保護した際に入れておく小さめのゲージを準備してもらい、どの個体がピー助なのか分かるように写真をもらった。僕にはオカメインコの個体区別は出来なそうにないが、そこは愛好家の大鷹の出番なので問題ないようだ。
「二階堂さん、そもそもピー助ちゃんはどうして逃げ出してしまったのですか?」
「運動不足にならないように時々この部屋で放鳥しているのだが、普段閉めてある窓がなぜか開いていてね。あっという間に逃げてしまったよ。」
「以前にも逃げ出したことはありましたか?」
「初めてだよ。元々ブリーダーさんから直接のお迎えだから、外の世界では餌の取り方も分からず長くは生きられないはず。今朝逃げたばかりだけど、早く見つけてほしい。小鳥は飛び回ることを前提に生活しているので食い溜めなどしないから。」
二階堂も同行を申し出たが大鷹が断ったため、ピー助の足環に刻まれている個体識別番号が書かれたメモを取り出して、よろしくお願いいたします、と丁寧にお辞儀をして見送ってくれた。
僕が小さなゲージを運びながら高級SUVの方に向かうと、大鷹に車で移動しながらでは探しようがないでしょ、と窘められたので歩いて探し回ることになった。
「大鷹さん、逃げ出してしまったオカメインコをどうやって探すのですか?飛べるってことは行動範囲が他の動物と違って格段に広いですよ。」
「個体差があるから一概には言えないけど、ピー助ちゃんがマックスちゃんぐらい人馴れしているなら、同じ鳥類よりも人間に近づきやすいはず。臆病な子ならそれほど遠くに逃げ出さないと思うけど、これは希望的観測ね。まずはマンション周りを探しましょう」
他の動物を探す時のように、ピー助、と何度も呼び掛けながらマンションの外周を回り終えて近場の公園に移動すると大鷹が、あれ見て、とはるか前方にある橡を指さしながら走り出す。400メートル程進み上を見上げると確かに写真に写っているオカメインコに似ている気がするが僕には良く分からない。
「大鷹さん、確かにピー助に似ていると思いますが、良くあんな距離から発見できますね」
「詳しい話は後で良いからまずは保護優先よ。ピー助ちゃん、おいで」
オカメインコは緊張しているのか羽毛を膨らませてこちらを観察しているようだ。
「味蕾君、私の手のひらに特製の餌を用意して。あと、ゲージを解放しておいてね。オカメインコは食べることに夢中になるとゆっくり手を動かしても逃げないから」
近くに設置されたベンチの上にゲージを置いて扉を全開にし、大鷹の手のひらに少し多めに特製餌を載せ、再度呼び掛けるとおなかが空いていたのかピー助はバタバタと羽ばたきをしながら大鷹の手のひらで餌を啄み始めたので、そっとゲージに移して保護した。足環の個体識別番号も合致しているので間違いないはずだ。
二階堂宅に戻りゲージごと引き渡し、代わりに規定料金を受け取って依頼完了した。帰社の車内ではお互いの能力に関して情報交換をする。
「大鷹さんは視力がとてもいいんですね。2.0ですか?」
「通常測定方法ならそれが限界値だけど、正確には不明。」
「伊達メガネはファッションですよね?」
「それもあるけど、欺瞞工作の一つかな」
「どうゆうことですか?」
「車椅子で登場したラスボスがクライマックスシーンで派手なアクションをやってのける映画のあれよ。思い込みを利用するの。それよりも味蕾君の味覚の鋭敏さは突き抜けているわね。」
「母方の家系は古くは鯰を祀っていた神社のようで、その辺りの影響のようです。僕の様に隔世遺伝が起きると色濃く能力が発現するみたいで、、詳しくは分かりません」
事務所に戻り大鷹が簡単な完了報告を社長に済ませると、北王子もやってきたので僕が簡単なお茶請けを用意するし癖の暴露大会が食堂のテーブルで始まった。犬神は別件ででかけているらしい。
「オホン、まずは儂からじゃな。所謂収集癖になるかな。あれは高校生の頃だったかの、自分で言うのもおこがましい話じゃが、当時から万能で家も裕福だったので女子生徒からも男子生徒からもモテモテの人気者だった。
ところがある日、男子生徒が呟いた一言がとげの様に心に突き刺さったのじゃ。佐藤 一郎君の名前以外は完璧だ、名前以外は。初めは気にもしなかった男子生徒の負け惜しみが段々と気になりだして、成人してからは婿養子になれば少なくとも佐藤性は変えられるなと半ば本気になったが馬鹿馬鹿しさをある人に指摘されてハッ気が付いた。それからは周りの人の名前に意識が向いたのじゃ。」
「道理で僕以外にも珍しい名前の先輩が多いわけですね。もしかして、依頼を受ける基準も名前だったりしますか?」
「当然じゃ。」
北王子がお茶とドーナッツという明らかに合わないだろうという組み合わせで食べながら話し始めた。
「俺っちの場合は静脈だ。美しい女性の美しいそれを見るだけで目が幸せ。」
「北王子君の癖ははっきり言ってセクハラです。しかし、あなたの容貌が女性にそう思わせないみたいで世の不条理を感じるわ。」
「紫陽花さん、俺っちもバカじゃないからTPOはわきまえてまーす。因みに大丸の癖は?」
「僕は靴が好きです。収集癖だと思います。理由は、、僕は小柄なので少しでも大きく見せたくて一時期シークレットブーツを探し回っていたことがあって」
<努力の方向音痴?>
「いざ、購入しようとすると何だか靴の仕組みの方が気になりだして。それから、北王子さんの言うTPOに合わせた靴の役割や単純に機能美の興味が移り、いつの間にか靴自体が好きになっていました」
一通りの暴露大会が終了したので解散となった。
最上階のバーカウンターにて
「社長、確認をお願いしてもよろしいでしょうか。」
「うむ、、オールクリア」
「恐れ入ります。社長の聴力は有効範囲を調整すれば下手な盗聴器では太刀打ちできないほどですから、話が他に漏れる心配がありません」
「大鷹君、毎回褒めてくれてもどうしたらいいのか対応に困る。ところで、2点報告があるそうで早速頼むよ」
「まず、味蕾君の能力に関して報告いたします。彼の味覚能力は我々のように後天的に獲得したものとは明らかに次元が違うと思われ、時間的制約もなく無意識に発動されるようです。
もう一つは本日の依頼人である二階堂 剛氏の自宅書斎にてフードジーンと記載された封筒を発見し、書棚には免疫学、細胞学、遺伝学などの様々な書籍も見て取れました。やはり元研究員だった可能性が高いと思われます」
「君の能力も大概だと思うよ。疲れている所悪いがこの後ラボにて記憶複製もお願いする。」
「かしこまりました。私の場合は視力特化で瞬間映像記録は1日しか持ちませんから忘れてしまう前に向かいます」
大鷹の熱の含んだ視線と若干の心拍数の乱れを感じ取った佐藤は、お疲れ、と言ってそそくさと退室した。