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時計塔のシルヴィア


### **◇朝靄の時計塔◇**

夜明け前の薄明かりが硝子窓から差し込み、埃の舞う書庫をかすかに照らしていた。ベンは硬いベッドの上で目を覚ますと、体中の筋肉痛に顔を歪めた。昨日のサソリの毒のせいか、左腕がひどく痺れている。


枕元の木箱の上には、まだ温かい薬草茶が置かれていた。紅茶色の液体の表面には、細かく刻まれたレモングラスの葉が浮かんでいる。ベンはゆっくりと体を起こすと、慎重にカップを手に取った。


「……熱い」


一口含むと、甘みの後に爽やかな酸味が広がった。喉の渇きが少し和らぐ。階上からは、規則的な「カチ、カチ」という音が聞こえてくる。シルヴィアがいつものように、あの奇妙な砂時計の調整をしているのだろう。


### **◇村の朝市◇**

朝市はすでに活気に満ちていた。新鮮な野菜が並ぶ露店の間を、主婦たちが買い物籠を提げて行き交っている。パン屋の前では、焼きたての黒パンから湯気が立ち上り、食欲をそそる香りを放っていた。


ベンは蜂蜜売りの店先で立ち止まった。琥珀色に輝く液体が、陽光を受けてきらめいている。


「……こいつ、本物の蜂蜜か?」


売り子の老婆はにっこり笑うと、小さな木のスプーンを差し出した。「試してみなさい」


ベンが慎重に舐めると、濃厚な甘みが口の中に広がった。


「……うまい」


「ベンさん!」


シルヴィアが慌てて駆け寄ってきた。彼女の腕には、薬草の入った籠がぶら下がっている。


「勝手に試食しないでください! ちゃんとお金を払わないと……」


「ああ、悪かった」


ベンは素直に謝ると、ポケットから小銭を取り出した。老婆は楽しそうに笑いながら、小さな瓶をシルヴィアに手渡す。


「お前さん、いい人を見つけたね」


シルヴィアの耳が少し赤くなった。


### **◇時計塔の書庫◇**

昼下がり、埃っぽい書庫でシルヴィアが古い記録を整理していた。ベンが入ってくると、彼女は慌てて一冊の本を棚に戻そうとした。


「おい、それ『転移記録』って書いてあるじゃねえか」


「……!」


シルヴィアの手が止まる。彼女はゆっくりと振り向くと、本を胸に抱えた。


「……時計塔の歴史が書いてあるんです。修理の記録とか……」


ベンは本棚に寄りかかり、腕を組んだ。


「ふーん。で、なんで隠す?」


「……秘密にしておきたいことがあるから」


「そっか」


ベンはそれ以上詮索せず、別の本を手に取った。シルヴィアはほっとしたように肩の力を抜くと、そっと本を元の場所に戻した。


### **◇夕暮れの屋上◇**

夕日が西の空を茜色に染めていた。ベンは階段を上がり、屋上の扉を開けた。


シルヴィアが手すりにもたれ、小さな砂時計を抱えている。中の砂がゆっくりと上へ登っていくのが見える。


「おい、シルヴィア」


「わっ!」


シルヴィアは驚いて砂時計を隠そうとしたが、手が滑りそうになる。


「……見られた」


「ああ。砂が逆さまに落ちてたな」


シルヴィアは俯き、砂時計をぎゅっと握りしめた。


「……特別な時計なんです」


### **◇夜の告白◇**

ろうそくの灯りが揺れる部屋で、シルヴィアが静かに語り始めた。


「私……時を、少しだけ戻せるんです」


「……は?」


「ほんのちょっとだけ。何度も練習して……」


ベンはシルヴィアの手を見た。細かい傷がたくさんある、職人の手だ。


突然、頭を鋭い痛みが襲った。──燃える塔、泣き叫ぶ声……


「……くそ」


「ベンさん?」


「……なんでもない。飯に行こう」


### **◇星空の下◇**

屋上で二人は星空を眺めていた。シルヴィアが小さく息をついた。


「ベンさんも……普通じゃない」


「……どういうことだ?」


「同じ『時のにおい』がするんです」


シルヴィアの指がベンの手首に触れた。その瞬間、ベンの視界が歪んだ──無数の時計が浮かび上がった

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