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勇者としての歩み

山岳国家ドワーリンは、四方を切り立つ峰々に囲まれた石の要塞。

その中心に広がるのが――中央区。


王城の尖塔は霧の彼方にそびえ、鐘の音が田園の霧を震わせる。

緩やかなうねを描く畑には露が光り、麦穂と豆蔓が風に揺れていた。

村人や商人たちが行き交う街道を越えると、石と木で組まれた低い建物群が広がる。そこが冒険者訓練所だ。


質素な造りだが、毎朝そこからは木剣の打ち合う乾いた音が響き渡る。

「はっ、はっ!」

リンクス・エルダーは額に汗を散らしながら素振りを続けていた。

鍛冶師の家に生まれた彼は鉄槌の重みには慣れている。だが戦槌は鍛冶場の槌ではない。命を断ち、仲間を守るための武器だ。


「おい、また一人でやってるのか」

棒術の稽古を終えたカイルが、半ば呆れたように声をかける。

「昨日だって倒れそうになってただろ。死ぬ気か?」

「……もう少しだ」

「“もう少し”って言い続けたら、一生終わらねえぞ」


そう言いながらも、カイルは水瓶を差し出した。

リンクスは受け取り、喉を潤す。冷えた水が体の芯に落ちていく。



午前の鍛錬が終わると、訓練所の食堂はざわめきで満ちた。

長机に並ぶ黒パンと干し肉のスープ。訓練生たちの笑い声と、椅子の軋む音。

英雄の名を夢想して口にする者もいれば、「俺らに縁のない話だ」と笑い飛ばす者もいる。


「なあ聞いたか?」

ひとりが声を潜める。

「南方坑道で“黒い影”を見たって噂だ」


「またかよ。商人の見間違いだろ」

「いや、近くの鉱夫が震えながら戻ってきたって話もある」

「どうせ俺らには関係ねえさ。英雄候補様の出番だろ」


笑いが散る。だがその笑いは、どこか乾いていた。

誰もが噂の正体に怯えつつ、口に出しては茶化すことでごまかしていた。


リンクスはスープを啜りながら黙って耳を傾けていた。

心臓の奥がわずかに早鐘を打つ。恐怖か、それとも期待か。



午後、広場に訓練生全員が集められる。

中央の掲示板に、新しい紙が打ち付けられていた。


『中央区南方坑道にて不審な影の目撃。調査任務の同行候補を選抜する』


ざわめきが走る。

模擬戦でも座学でもない、初めての“実地任務”。


「……いよいよだな」

誰かがつぶやき、沈黙が広がる。


訓練士ゲルマンドが一歩前に出て、低く言い放った。

「恐れるな。任務は常に現実だ。机上の技では死を防げん」


その言葉は演習場の空気を凍らせた。

訓練生たちの視線が板に刻まれた文字へ吸い寄せられる。


リンクスは拳を握りしめた。

背筋に冷たいものが走る。それでも、胸の奥で確かな熱が燃え始めていた。


――ここから、自分の道が始まる。


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