作戦は成功したのか?
杖はもずみんが握ったままだ。僕には指一本触らせてくれない。月は時間と共に大きく膨れ上がっている。
「月の真後ろに離れていく地球よ出ろ! あ、生き物はなしで!」
咄嗟に思いついて言った「生き物なし」の条件は受理されたのだろうか。ポンッとコミカルな音とともに月の後ろの現れた地球が――生々しいくらいに大きくて息を飲む。
この作戦が失敗すれば……本当に取り返しがつかなくなる――これは、最後の手段なんだ。
「最後の手段じゃないわ」
「え?」
もずみんは目をゆっくりと閉じた。
「最後の手段はすべての元凶、この杖を破壊することよ。それでも月が消えなければ、その時が――最後よ」
最後……。
最後の手段が失敗した時が……最後なのか。
本当に……、本当に地球の終焉を目の当たりにしないといけないのか――僕達は――。
「でも安心しなさい。ほら、月が少しずつ小さくなっていくわ」
「――」
ゆっくりと小さくなっていく月。だが、その後ろに現れたもう一つの地球が大き過ぎて、その安心感がどこから湧いてくるのかが僕にはさっぱり分かりません――。
テレビでは月の後ろにさらに現れた地球が大きく報じられ、街中では大混乱が起きていた。
しかし、観測を続けているNASU航空宇宙局から、新たに現れた月と地球が確実に遠ざかっていることが報道されると、世間は大混乱にまでは至らなかった。
なんとか月の墜落は回避できた――。
昼過ぎには空を覆いつくすくらいに見えた第二の月と地球も、夜になればようやく普段通りの月くらいの大きさになっているのが確認できると、太陽へドボン作戦がようやく成功したと確信できた。
「第二の月の横に、太陽へと進む地球よ、出ろ! あ、また生き物はなしでね!」
もずみんが杖を掲げると、ポンッとコミカルな音とともに小さな地球の横に新たな地球がもう一つ現れ、少しずつだが太陽の方向へとスライドするように動き始めた。
近くで観測すれば、きっと物凄いことが起こっているのだろうが、遠く離れたここからでは安心して見ていられる。
すべてが終わったんだ……。
「ふー。やっと終わったな」
「うん。これでこの杖はもう不要ね」
――ボッキ!
なんの躊躇もなく、もずみんは杖を両手に持って振り上げると、太ももに振り下ろして真っ二つに叩き折った――。
「あ、こういうことか」
「なにが。 ――あっ!」
杖の効力がなくなると、ゆっくりともずみんの姿が足元から薄く消え始めたのだ――。
座卓の上のドンブリも一緒に――。
「だったら……もっと早くに叩き折っておけば……よかったのね」
「……」
慌てて上を向いた。鼻の奥がツンと痛くなった……。そんなこと、言わないでくれと……言えなかった――。
「颯太、この杖は……燃やして。それがわたしからの……最後のお願い」
「……わかった。その代わり、最後に一度だけでいいから……、
キスしてくれないか――」
こんな時に、ダメ元でそんなことを言ってしまう僕は……卑怯者なのかもしれない。
「……絶対に嫌。死んでも嫌。……唇が腐るわ」
……。
「――酷い!」
目に浮かんだ涙を、もずみんは一度だけ手の甲で拭った……。
「フフ、ありがとう。気持ちは嬉しいよ、でも駄目なものは駄目なの。この世にはね、報われてはいけない努力があるの。テロリストやストーカー。チートや泥棒。つまり、他の人達から認められてはいけない努力っていうのは、決して実ってはいけないのよ。わたしにキスして欲しいのなら、本物のわたしがあなたに惚れてしまうような、本物の立派な男になりなさい」
「そんな……」
絶対に無理じゃないか――。
「……脈はあるよ……きっと。だから、頑張りなさい。じゃあね……さようなら、颯太」
手渡された杖の重みが重くなり、もずみんの姿は薄く透けていく。とうとう、最期には見えなくなってしまった。
「もず――、もずみーんー!」
手渡された二本に折れた杖を手に、膝から崩れ落ちるように僕はその場にうずくまった。そして泣いた。子供のように格好悪く、鼻水まで垂らして泣きじゃくった……。
「誰か来ていたの。女の声がしていたけど」
「……ううん。テレビの声さ」
「そうよね。あんたの部屋に女の子が来るわけないものね」
「……酷いよママ」
次の日、折れた杖を家の裏で燃やした。パチパチと音を立て、よく燃えた。
なにもなかったかのように落ち着いていた。台所に飾ってある氷川きよピのサインだけは、ママの宝物になった。
部屋に戻ると、もずみんのサインが色紙に書かれて窓際に立て掛けてあったことに気付いた。いつの間に書いてくれていたのだろうか。
「もずみん……」
色紙に惜しげもなく付けられたピンクのキスマーク。
……そっと唇を合わせようとしたが……寸前のところで止めた。
――もうズルいことやキモイことはしない。本当の格好いい男になってやるんだ――。
一年後――。
僕はようやく就職を果たし、社会へと出た。
今思えば、もっと早くにこうしておけば良かったと後悔してしまう。母が新調してくれたスーツは僕にピッタリで、少しカッコイイ男に見えてしまうのが不思議だ。照れ臭い。
サンタクロースのプレゼント、本当はこれだったのかもしれない。
プレゼントといえば……僕には一つだけ決めていたことがあった。それはあの日、もずみんが自分に掛けたスマホの番号。一人前の大人になった時に、あの番号に一度だけ掛けてみようと考えていたのだ。
なんだかんだいって、自分考えのズルさや甘えを実感しているのだが、この番号が心の拠り所になり、頑張れたのは確かなんだ……。
トゥルルルル、トゥルルルル。
ピッーー。
――繋がった!
本当にまた、もずみんと繋がることができた――!
『はい、もきもき~』
――?
『零次郎で~す』
――お前じゃねー。
実は世界を救ってくれた張本人で、頭を下げても下げても足りないくらいなのだが、今は別に喋りたくもない!
もずみんは、あの短時間に発信履歴を消し去っていたのか……自分の番号だけ。
さて、零次郎先生と、いったいなんの話をすればよいのだろうか……。
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