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零次郎先生


 小太りの男の家から立ち去ると、僕の部屋へと戻った。


 玄関には鍵をして、念のために部屋の窓を防弾ガラスに変え、部屋の襖も鉄扉へと変えた。もずみんが杖で出したのだから文句は言えない。

「でも、いったいどうするんだよ」

「それを考えるんでしょ! 頭は生きているうちに使いなさいって、親に怒られたことはなかった?」

 ……一度もなかった。

 もずみんの親の口癖だったのだろう。


「僕達にはそんなこと考えられるわけがないよ。でも、テレビとかに出ている偉い学者とか、知り合いはいないの?」

「――!」

「番組とかで一緒になった人とか」

「いるいる、あー、でも電話番号が分からないわ――」

 もずみんはスマホも手帳も財布も、何も持っていない。電話番号も覚えているはずがないか。

「万事休すか……。いや、もずみ」

「気安くもずみって呼ばないで」

「……ごめん」

 緊急事態でも……そこは駄目なのか。一線は越えられないのか。

「わたしの本名は、鵙原智美(もずはらともみ)よ。本当の友達はみんな、智美(ともみ)って呼ぶわ……」

 ……いいのか、智美って呼んでも……。

「じゃあ……智美」

「……あー、やっぱり駄目だ、ダメダメ。あなたはまだ『もずみん』って呼んで」

 く~!

「――時間のロスだっ、一分一秒を争うんだろ! もずみん、電話番号が分からなくても、自分の番号なら憶えているだろ、それで電話して教えてもらうんだ、テレビ局、友達、何だってつてを使ったらいい!」

「そうか、わたしがわたしに聞くのね、名案だわ――」

「知らない番号からの着信を、取ってくれるかが問題だけど……」

 僕のスマホを手渡すと、スクリーンをゴシゴシと服で拭いてから操作し始めるところとかが……あー、やっぱりもずみんはアイドルなんだなあと感激してしまう。


「大丈夫、わたしの番号は殆ど知られていないから、新しい番号からの着信は必ず取るようにしているの。こんな緊急事態の時にはなおさら取る性格なのよ」

 言って最後に、片目をウインクしたのは……内緒だ。僕だけのためにウインクしてくれた……感激だ。


「あ、もしもし、わたし、久しぶり~元気にしてた?」

 ――そんな挨拶よりも早く肝心なことを聞き出してくれ――!


『わたしって誰ですか。悪戯電話なら切りますよ』

「切ってもいいよ。あの月が落ちてきてもいいならね」

『……はあ?』

 いや、いやいや、もずみん。軽く挑発するのはやめて欲しいです――。


「落ち着いてよく聞いて。あの月を出すのと同じ方法で他の物を出すことだけはできるの。でも、消すことはできない。宇宙物理学者の零次郎(れいじろう)先生に連絡したいけど、番号が分からないから今すぐ教えて欲しいの」

『そんなの分からないわ』

「嘘おっしゃい。先週の収録の時にしつこく言うから登録したじゃない。覚えているでしょ」

 ……番号の押し売り?

『……個人情報は教えられません』

「だったら! あなたが二十一の時に初めてを捧げた相手と場所とシチュエーションを全部ばらまくわよ」

『――!』

 自分から自分への脅迫――! こえー! 今、ちらっと二十一って聞こえたけれど……はえー!

「もう時間がないって言っているでしょ。個人情報も赤裸々情報も、生きていればこそ価値があるのよ。急げ――」

『……○○―○○○○よ』

「ありがとう」

『あなたはいったい誰なのよ――! どこで、わたしの番号を聞いたの?』

 ……。

 もずみんが一瞬黙り込んだ。

「わたしは……あなたよ」

『――』

 通話終了のボタンをタッチした。


 その手を休ませることなく、直ぐに番号をタッチする。一度聞いただけで十一ケタの番号が頭に入っているのが凄いと思った。


「零次郎先生ってね、普段から余計な事ばかり研究している先生なのよ」

 耳元にスマホを当てながらそう言う。

「よけいな事ばかり研究しているって……聞いたら泣くぞ、そのひと」

「収録中もどうでもいい研究の話がウザくてウザくて」

 気のせいだが楽しそうに見える。

 いざという時に最大の力を発揮できるんだ……アイドルって。


「あ、もきもき。木南鵙美で~す」

 ――!

 「もしもし」の代わりに「もきもき」って言う人……まだいるんだ……。ちょっと引いてしまう。業界用語なのだろうか。


 活舌よく早口で冗談交じりに今の状況を伝えるもずみんは、ニュースキャスターも出来るんじゃないかと感心してしまう。


『それは難しいのう……』

 スマホをスピーカーモードに切り替えて、僕にも通話が聞こえるようにしてくれた。

「動く物を出すこともできると思うわ」

『動く物か……。他には』

「大きな物をぶつけて砕いたらいいんじゃないのか」

 名案だと思う。というか、これしかないだろう――。

『駄目だ。引っ込んどれバカもん!』

「なんだと!」

「ちょっと! 今は喧嘩している場合じゃないでしょ。あと数時間しか余裕はないのよ」

 そうなんだけど……。

 あまりにも学者ってジジイがもずみんと楽しいそうに話しているのが悔しくてたまらないのだ。僕ももっと勉強して大学に行けばよかった――!


『ぶつけて砕いても、その破片が地球へと降り注ぐ。ぶつけた物も降り注ぐし、その衝撃は計り知れない』

「だったらどうすればいいのよ。何でも出せるけれど、出すだけで消すことはできないのよ」

『なんでも出せるというのなら、さらなる重力で月をちょうど反対側から引っ張らせ、まずは遠ざけるのじゃ。そして、地球に重力が及ばないところまで遠のいたのなら、次なる引力で太陽へと向きを変えればよかろう。何千年後になるかは分からないが、太陽に飲み込まれれば一件落着じゃ。名付けて、太陽へドボン作戦だ』

「太陽へドボン? カッコいい~!」

『そうじゃろ、へへ』

 酷いネーミングだ。もずみんは持ち上げる天才だな。

「だが、月を引っ張るさらなる重力って、ブラックホールとかか?」

『バカもん! そんな物じゃこの地球も一瞬で吸われてお仕舞いじゃわい!』

 バカもんって……なんか腹立つ~。

『地球くらいの重力で反対側から引っ張るのがベストじゃろう。だが、それほどの重力でも地球に重力が及ばないようにするのは不可能じゃ』

「どうしよう……」

『どうしようもないが、いいじゃないか。365日が、368日や369日くらいになったって』

「さすが先生、太っ腹!」

『へへへ。じゃろ?』

 じゃろ? じゃねーよ。カレンダー屋さんが暴動を起こすこと疑いなしだ。

『もずみんよ。その『何でも出せる最強の杖』とやらを、絶対にその男などに渡してはいかんぞ! また何をしでかすか分からんからのう』

 ――! おい、聞き捨てならないぞ。

「はい」

「はいじゃねーよ。あの月を出したのは僕じゃないって!」

『絶対じゃぞ』

「はい」


 絶対信じていない……泣きそうになる。


読んでいただきありがとうございます!

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