潜入――青い屋根の家
うちよりもさらに古い、青い屋根の家。玄関には当然鍵が掛かっていた。
怪しまれないようにしゃがみ込むと、どーしてももずみんの見せパンに目が行ってしまい、何度も真剣に睨まれてしまう。だったら短いスカートを穿かないでくれと言いたい。……言いたくない。
「シー。中から声が聞こえるわ」
一階から賑やかな音が聞こえてくる。バタバタ小さい子供が走ったり遊んでいたり。騒いでいる声まで聞こえてくる。
「おかしいなあ。この家はずっと一人暮らしの筈なのに」
「嘘でしょ。こんなに賑やかなのに……」
玄関先にしゃがんでいるのが中から分かったのだろう。新聞受け用の横長の隙間から小さな男の子が逆に覗いてきた。
「お姉さんたち、誰ですか」
「ええっと……ヤク□トの宅配よ」
嘘つけ――。思わず吹き出してしまいそうになる。
「ねえねえ、お姉さんの声、聞こえる?」
「うん、聞こえてるよ」
「この家でなにをしているの」
「毎日玩具で遊んでいるよ。お菓子もたくさん貰えるんだ。夜になったらみんなでお風呂に入って、みんなで寝るの」
お風呂? そんな大きな風呂があるような家には見えないのだが……。
「帰りたくないの」
「うん」
もずみんの視線が曇ったのを見逃さなかった。
「帰りたくないって……どういうことだ」
家に帰りたくない子供なんて、いる筈がない。
「……きっと帰りたくない子供達を選りすぐって出したのよ。大声出されたり逃げようとしたりすると困るから。……そんな幼児ばかり出し過ぎてしまい、一階は託児所のような状態になっているんだわ」
「そんな……」
そんな事細かな設定をして欲しい物を出すなんて――。僕よりもずる賢い。
「あなたが安直なだけよ」
「……」
もずみん、いっつも一言多い。
「ねえ、こっそりとお姉さん達も中に入れてくれる?」
「うん。いいよ」
――ガチャリと玄関の鍵を開けてくれた。
「ありがとう」
「うん。ゴッド様なら二階にいるよ」
「ゴッド様だって?」
幼児に自分をゴッド様と教えているのか。オーマイゴッド様だ。
静かに階段を上がった。手ぶらで来たのは失敗だったかもしれない。小太りの男一人なら二人で掛かれば負けることはないだろうが、せめて修学旅行で買った木刀を持ってこればよかった。
ゆっくり音がしないように部屋の扉を開けると、中から酸っぱ臭い匂いがして気分が悪くなり、思わずむせてしまった――。
「――ゴッホゴッホ!」
「誰だ!」
――しまった! 奇襲作戦は大失敗に終わった――。
「杖を返してもらいに来たわ、ゴッホゴッホ」
もずみんも口元を服の袖で押さえる。涙目になっている。
男はベッドの下へ杖を隠すと、代わりになにやら黒い物を手に持ち替えてこちらへと向けた――。
黒光りした……拳銃だ――。銃口の先がしっかり僕の眉間を狙っている――。
「う、うわああ」
「へっへっへ。ちょっと頭を働かせれば、こいつが本物なのは分かるよな」
ゴクリ。
「どうやって家に入ってきたかは知らないが、まあいい。どうせ、あの月が俺のせいだと言い掛かりを付けに来たんだろ」
「そうよ。ゴッホゴッホ」
「ケッケッケ」
初めてケッケッケって笑うやつを見た。胸くそ悪いことこの上なしだ。
「俺じゃねーよ」
「じゃあ誰だと言うんだ!」
「下の子供達さ。子供達があの杖を手に持って言ったのさ。『落ちてくるような月よ出ろー』ってな」
「子供に杖を渡したのか――!」
――渡したというよりは、奪われたのだろう。ずさんな管理体制だと罵ってやりたい――。
「使い方を誤るに決まっているじゃない! っていうか、あんたもあんたも同じよ――!」
ゴーンと頭を除夜の鐘みたいに叩かれた気分だ。田舎の方ではやまびこもゴーンと聞こえるから、聞いていて数を数えるのが大変なんだせ。
どうせ僕だって……杖の力は変な事にしか使わなかったし、ママに捨てられてしまったし……こいつのことを決して笑ってはいられない。だが、もずみんにこんな嫌なデブ男と……同じに見られてしまうのが……情けない。冬だというのに白いランニングシャツに白色のブリーフ。よく見ると少し黄ばんだ部分があるのが――目に痛い。それを目の当たりにしてももずみんが平気なのが……。
――さらに目に痛い――。
「さて、お喋りはお仕舞いだ。おい女。こっちへ来い」
銃を使って手招きをする。
――こ、こいつ……。保坂303の木南鵙美を知らないなんて――!
とんだにわかオタクだ――!
「さあ、服を脱ぐんだ、ケッケッケ」
「……」
かーその手があったのか! 僕もお金なんかじゃなく、銃を先に準備しておけば、もずみんを思い通りにできたんだ――。
失敗した――なにからなにまで。
「……」
真っ白の上着をゆっくりと脱ぐもずみん。悔しくて悔しくてたまらない――。僕のもずみんなのに――!
「おお、おお。その怒りに満ちた目がいいねえ。ヨダレが出てくる」
「……ゴクリ」
もずみんは、一瞬の隙を狙っていた。脱いだ服を思いっ切り拳銃を握る手に叩きつけたのだ――。
バシッ!
ズドーン!
暴発した銃からの大きな銃声に体が硬直した――。本物とは思っていたが、なんて大きな音がするんだ……。
床には焦げた小さい穴が開き煙が立っている。一階の幼児に当たらなかっただろうか……。
「――大丈夫か!」
幸いに銃弾はもずみんには当たっていなかった。僕が声を上げるのとほぼ同時に、もずみんが小太り男の顔面を渾身の力でぶん殴ると、男は顔を押さえてもだえる。
鼻を殴られると痛いのは……僕もよく知っている――。
「――くそー、なにしやがる!」
再び銃を構えようとしたとき、僕の体は考えるより先に動いていた――。
「もずみんを虐めるな~!」
渾身の力を込め、肩から体当たりを食らわしていた――。
「ぐお!」
後頭部を柱で強打し、男は伸びてしまった。鼻からは血がタラタラと垂れている。素早く銃を奪う。
――重たい。実銃は玩具の鉄砲よりも数倍の重量があった。
「た、助かった」
「まだこれからよ」
もずみんはベッドの下から杖を引っ張り出した。
「使い方教えなさい。早くあの月を消し去るのよ。それとあっち向け、殺すぞ」
――!
一度に色々と言われてパニックになりそうになるが、上着を脱いだままのもずみんにとりあえず背を向けた。今、何でも出せる最強の杖は、もずみんの手中に納まっている。怒らせてはいけない。本当に殺されるかもしれない……。
女の子が「殺すぞ」とか、言ってはならない。
男の子も「殺すぞ」とか、言ってはならない。
「ええっと……言いにくいことなんだけど、駄目なんだ」
「どうしてよ。どうして駄目なのよ」
シュルシュルと服を着る音が……ごめん、なんか興奮してしまいます。もずみんのブラは見せブラではないようだ……。ベージュ色のブラなんて、初めて見た。
「その杖は、何でも出せるけれど消せないんだ。お金も、ドンブリも消せない」
「――なんですって!」
……便利な物にはどんな物にでも裏がある……。魔性の道具なんだ……。
サンタクロースにも……必ず裏があるように。
「だったら叩き折るまでよ」
両手で握り直すと、太ももに強く振り下ろそうとするもずみんを必死に止めた――。
「――待って! もし杖を折っても月が消えなかったら地球は破滅だ! それに……」
息を飲む。
「それに……もし月が消えるのなら……君も消えてしまう」
大好きなもずみんが消えてしまうなんて……考えられない。
「そんなことくらい、最初から覚悟しているわ」
全身に鳥肌が立ってしまった。
……格好いい。
僕と違って……。
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