消えないドンブリと消えた杖
「ドンブリよ、消えよ」
……。
昼に食べた牛丼のドンブリがいつまで経っても消えない。ずっと僕の部屋の机の上に置いたままの状態だ。だったら、もずみんと氷川きよピはあれからどうなったのだろう。あの二人は本人で間違いないはずだ……。さらには、この金はどうなる。元々は誰の物だったのだろう。銀行の金庫に入っていたのだろうか。
「お金よ、消えろ」
……。
「消えて」
……。
何でも出せるのはいいが、消せなかったら……いったいこれからどうなるんだ。急に部屋に物が増えれば、ママだって怪しむはずだ。新築一戸建ての一軒家を出すのも不自然過ぎる。買うにしたって……お金の出所が不確かで、怪しまれるに決まっている。
ママにだけに杖の秘密を話そうか……いや、それは駄目だ。僕が使いたい時に使えなくなってしまう可能性大だ。
とりあえずは、部屋中に散らばった札束を集めベッドの下へと押し込む。僕が寝ている間に、たまにママが部屋の片づけや掃除をすることもあるのだ。こんなにたくさんの札束が見つかったら大変なことになる。
ベッドに寝転び、部屋の電気を豆電球にすると、ぼんやりと杖を見つめながら考えていた。
いったい、この杖はあと何回使えるのだろうか。それに、出した物が急に消えたりはしないのだろうか。
せめて取扱説明書くらい付けておいてくれれば良かったのに。
なぜサンタクロースは僕にだけ、こんなプレゼントを持って来てくれたのだろうか……。
「颯太ちゃん、燃えるゴミある」
「……ううん……」
外はまだ暗い。朝早くから勝手に部屋に入って来ないで欲しい。でも、ゴミ箱の片づけは面倒くさいからやってほしい。
週に二回だけは必ず朝、ママが部屋に入ってくるのだ。
「年末だから今年の燃えるゴミはもう今日で最後なのよ」
「……」
どーでもいいことだ。布団を頭まで被り直す。
「これも捨てておくわよ」
これって……どれだ。まだ眠たくて頭がぜんぜん働いていない。昨日のドンブリか。あちゃー、片付けておいた方が良かったか。
ママが部屋から出て行くと、布団から起きて机を見た。
……机の上には牛丼を食べたあとのドンブリが置いたままになっている……。ドンブリは……燃えないゴミだから仕方ないか。それに、洗ったらまた使えそうだ。
……だったらママはいったい、何を捨てておくと言ったんだろう……。朝には弱い方だが、だんだん目が覚めてきた――!
「ちょっと――ママ待って!」
慌てて階段を降りると、外から帰ってきたママに出くわした。
「あら、もう起きるの」
「ママ、あの、杖を知らない? 木の棒だけど、もしかして捨てちゃった?」
「ええ。今さっき捨ててきたところよ。あまり変な物拾って来ないのよ、家中がゴミ屋敷みたいになっちゃうから」
「ママの馬鹿!」
慌ててサンダルを履き、ママを押しのけて玄関を飛び出した。
「まあ! 颯太ちゃんったら、プンプン」
ママには子供の宝物なんて、何一つ分からないんだ!
僕が小学生の頃、お金が貯まるからと蛇の皮を丸々一匹分、机の引出しに入れていたのに、気持ちが悪いからといって勝手に捨ててしまったことがある。
あれから僕の家は貧乏になったんだ。パパも出て行ってしまった――。
それに、恥ずかしいから「颯太ちゃん」って呼ばないでって、いつも言っているのに聞いてくれない!
ママにとって僕は、いつになっても颯太ちゃんのママだ――? ままだ――!
「ハア、ハア、ハア、ハアー。ふー」
家を出て公園を横切り道路の角まで辿り着く。まだゴミの袋はたくさん積まれたままになっていた。
大きなゴミ袋を掻き分けて確認したが、杖は見つからない。あんな黄土色したスコーンみたいな木の棒を珍しがって持って行く人なんていない筈なのに――。
「くそー。どこだ、どこに捨てたというんだ」
あの杖はどこへ……って、まさか……。
ママが……昨日、僕があの杖を使って氷川きよピを出したことに気付いていたのだろうか。だとすれば、杖はここではないどこかに隠してある可能性もある。
でも、ママは僕を裏切らない――。僕に隠し事や嘘をついたことなんて……一度もない――。思春期の僕をちゃんと見守ってくれているんだ――。
クリスマスが終ったから、効力が無くなって消えたのだろうか。
それとも、あれは僕のクリスマスプレゼントだから、持ち主である僕の手元を離れたことによって、消えたとか……。
杖だけを……誰かに盗まれたとか……。
家に帰ると玄関に鍵が掛かっていた。ママは普段通り仕事に出掛けたのだ。こういう時はポストに必ず鍵が入れてあるはずだが……。
錆びだらけの赤茶色をした郵便受けに手を突っ込む。鍵はちゃんと入っていた……。普段と変わらず仕事に出掛けたということは、やっぱりあの杖の秘密なんて、ママは気付いていない。
だとすれば、ママが捨てて僕が探しに行くまでのあの短時間に、いったい誰が何処に持って行ったといのだ――。
「はあー」
大きなため息が出る……。
まだほとんど遊んでもいないラジコンを「遊んでいないから」って捨てられた気分だ。電池の減りが激しくて、遊ぼうにも遊べないだけなのに……電池は買ってくれないし……。
……警察に杖を失くしたと届け出ることなんかできない。探すなら自分一人で探さなくてはいけないが……見つかる筈がない。
あの杖を持ち去った人が、「何でも出せる最強の杖」だと気付くこともないだろう。近所のお年寄りが拾い、杖として使っていたのなら取り返すのも……容易い。
部屋の窓を開け、カーテンの隙間から外を見る。冬の寒い空気が足元に流れ込んでくる。
漠然とした不安と、何もできない苛立ち。安易な結末を考え何もしようとしない自分に、ただただため息ばかりをついていた。
「はあー」
壁に貼ってあるもずみんのポスターだけは、いつでも僕に優しく微笑んでくれていた。
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