初寝ミクルん
「出でよ、初寝ミクル!」
……。
「初寝ミクル、出てこい! 出てきて!」
……。
おかしい。待てど暮らせど何も出てこん。ひょっとすると、二次元キャラはダメなのか。現実に存在する物しか出すことはできないのか。
せっかく熊のアップリケがたくさんついたパジャマからお洒落なノーダメージジーンズとネルシャツに着替え、髪形もポマードでセットしたというのに、僕の心のアイドル「初寝ミクル」はどこにも姿を現さない。
ママはもう仕事へと出掛けた。近くのパン工場で朝から晩まで働いて、帰りには賞味期限が切れたパンを持って帰ってくる。毎日パンばかりで本当は嫌なのだが、それは言わない。我慢することが大人なんだ。
そんな生活も今日でおさらばなのだが、空腹うんぬんよりも、今は目の前に可愛い女の子を出すことに夢中になっていた。これが男の性ってやつなのは、誰でも分かってくれるだろう。
二次元キャラが無理なら、次に出す子は決まっている。
アイドルグループ保坂303(スリーオースリー)のメンバー、「もずみん」こと木南鵙美だ!
初寝ミクルとは対照的で、短い髪と活発な性格。見ているだけで体のあちらこちらからヨダレが垂れてしまいそうなくらい可愛い子だ。白い制服姿で歌って踊る姿はまさに――エンジェル! 白いニワトリ……いや、白いタンチョウヅル!
部屋にはもずみんの大きな等身大ポスターが貼ってある。実際には会ったこともない神的な存在。そのお方がいよいよこの部屋に降臨され、僕の……。
僕だけのものになるんだ――!
「出てこい、もずみん!」
杖を掲げると、ポンッとコミカルな音とともに、部屋の中央に白い制服衣装を身にまとった木南鵙美ご本人が現れ、畳に尻餅をついた。
「――キャッ」
「やったー!」
出た! 本当にもずみんが出てきた!
僕だけのもずみん! 僕だけのもずみんが、本当に目の前に現れてくれた~!
「初めまして、もずみん! 僕は天池颯太……二十五歳、もちろん独身」
そっと右手を差し出す。
「キイイイイヤアアアアー!」
――なんて大声を出すんだあ。近所まで聞こえてしまうじゃないか! 発声練習の賜物なのだろう。
「キャー! いやあー!」
大声を上げながら周りを見渡す。壁に貼り付けてある自分の等身大ポスターを見てさらに声量を上げる。
「ちょっと、静かにして、あの、ほら……」
「イヤアー! 近づかないで!」
どうしたらいいんだ。とても怯えた顔をしていて……滅茶苦茶可愛い。ヨダレが出る。
「ほら、お金あげるからさ、静かにしてくれたら悪いようにはしないよ」
慌てて床に落ちていた一万円札の束を数個拾い上げて見せる。これを欲しがらない子はいない。人間なんて所詮、お金のためだけに働いているのだから。
――ボコッ!
「うおっぷ!」
細くて白い可愛い握り拳で、思いっきり顔面を正拳突きされ、一瞬目がくらむ――。チカチカと星が目の前を周っているように見える。
「キャー、誰か助けて! 早く警察呼んで!」
鼻を殴られ涙で前がよく見えない。鼻血が畳に滴り落ちる。
――バン、トットットットット。
部屋の襖を開けてもずみんは階段を下りていってしまった。
「あ、待って! 待ってよ、もずみん!」
僕の呼びかけに待つはずもなく、階段を下り玄関の扉を開け、走って逃げて行った……。
ちくしょう……ずっと、ずっと、ずーっとファンだったのに……。ファンをこんなに粗末にするアイドルだったなんて!
あんなに嫌がるなんて……僕は何もしていないのに――。
まだ何もしていないのに……。
部屋の襖に突っ張り棒を取り付け、簡単に開かないようにしておけばよかったのだろうか。扉じゃないから頑丈な鍵なんて付けられない。あとは、吸音材を部屋中に取り付けたら声や悲鳴は外には聞こえないのではなかろうか……。それか、もっと年下の女の子を出してみようか……。
いや、それは違う。誰を出したって結果は同じだろう。大好きだったアイドルが見せる軽蔑する視線を……これ以上、見たくない。見ていられない。
お金を持って、街に出た方がいいのだろうか。
……せっかく何でも出せる最強の杖があるのに、お金を払って店に行くなんて……なんか嫌だ。
時間はたくさんある。ゆっくり他の方法を考えればいいさ。
明日も明後日もずっと先まで暇なんだ。でも、なんか高揚感が半減しているのは……何故だろう。
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