第20話 ~忘却~
南インド商会アテネ支店から歩いて15分。
まずまずの大きさの屋敷が見える。
「ここが僕の屋敷ですよ。
遠慮なく入ってください」
俺たちは船が出来るまで
カンツオーネの屋敷にお世話になることにした。
宿代をケチるというより
稽古をつけて貰いたいからだ。
昨日の海賊との戦いでは
けんもほろろに負けて捕まってしまった……
あんな無様な様は懲り懲りだ
少しでも生存率を高めたいと切に願った。
そこでカンツさんだ。
カンツさんは前世ゲーム内では
PK海賊として名を馳せていて
かなりの実績があるだけじゃなく、
ラムアタックにかけてはその人有りの有名人であった。
屋敷の中に入ると
「いま帰りました」
中から若い執事と何人かのメイドが出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
穏やかに丁寧な物腰である
うん、よく教育されているわ
「ああ、大切なお客様です。
当分滞在するので世話を宜しく頼みますよ」
「畏まりました」
荷物を部屋に下ろし
食堂に招かれる。
食堂にて晩餐を頂いたあと、
サロンでカンツさんと二人でゆっくり寛ぐ。
「だーのさん、一杯いかがです?アイルランド産ですよ」
目の前にはウィスキーとグラスが置かれる
「いいですね!何年ものです?」
アイリッシュ・ウイスキーか!
久しぶりだな
「30年寝かしたヴィンテージです♪
今日この喜ばしい再会に相応しいと思って。
この前ソリマチ会長が送ってくれたんですわ」
それは素晴らしい!
「アテはチーズにしましょう。水で割りますか?」
ピートが焚かれないために
原料の穀物が持つ芳醇な香りが引きたつ
「いやいや、
ここは敬意を表してストレートのままがいいな」
「そうですね、では再会と幸運に乾杯!」
「この奇跡の出逢いに乾杯!」
チビりと舐め味を楽しむ
まろやかでありながら香ばしい香り。
わずかなシェリー樽の香りも良く、
ナッツやウッディな風味をともなった
滑らかな味わいが堪らない
「ふぅ、たまらないな、
アイリッシュの名に相応しい、まさしく命の水だ」
煌めくグラスはヴェネチアングラス
この時代にソーダガラスに消色剤を加え
透明度の高い無色透明のガラスは貴重品だ
しかもエナメル装飾で、
華麗な絵付けの施されたガラス製品ときた
ムラーノ産か、素晴らしい出来だな
あとで貰おうw
「うんうん♪これは素晴らしい味わいです★」
カンツさんもウィスキーにご満悦だ
「アドリアの海賊カンツオーネはもう復帰しないんですか?
アドリアの海に沈め~ってw」
「え~リアルでさすがに海賊はキツいよー★
こっち来てから南インドに拾われなきゃ乞食になってたかも?」
あんた、なにいってんだぃ
私奴隷だったよw
「今もヴェネチア万歳三回したら喜ぶ?」
「喜ぶ喜ぶ♪」
ヴェネチアばんざーい★
ヴェネチアばんざーい★
ヴェネチアばんざーい★
(ノ゜Д゜)八(゜Д゜ )ノイエーイ
あ~なんか楽しいなぁ~♪
「ところでカンツさんはいつから此方に?」
カンツオーネは
いままでの明るい顔つきから
やや陰りのある寂しげに語る
やばっ、地雷踏んだか?
「僕は10年ちょっと前にミャーと二人、
アドリア近海の離島に飛ばされたんです」
「ミャーさんも一緒だったんですか!?彼女はいまどこに?」
まさか彼女も一緒とは
「島からイカダで脱出する時に、
嵐に巻き込まれて離ればなれになってしまって……」
「それはまた……」
「でもね、僕にはわかるんですよ。
まだミャーは生きてるって★
彼女は此方にくる前は病気がちでしたが、
此方に来てからは元気になって……」
なんだって?
たしかカンツさんは病気で亡くなり、
ミャーさんから
亡くなった知らせを聞いたはずだが。
あの時、
副会長と一緒に、
ずっと涙が止まらず
一時期二人共
ショックから立ち直れなかった。
その後にいざこざがあって引退さ……
あれ?副会長って誰だっけ?
思い出せない……
………………
(涙が一筋)
あれっ、なん、
なんでっ、か、涙が止まらない……
「どうされました!?
なにか気分を害されましたか?」
ぐぅぅ!
落ち着け、冷静に分析せねば!
「いやいや、
ウィスキーのあまりの素晴らしさに感動してしまいましたよ!」
涙を拭き取る
話題を変えよう
「カンツさん、ここに飛ばされる前に病気は?」
「私は今も昔も元気過ぎて困るくらいでしたわ★
ただ池に落ちたみたいでw」
おかしい……
カンツさんは病気で亡くなったはずだが……
そして、涙がなぜ……
いくつか大事な記憶が抜け落ちた感じ、か……
まるで半身を喪ったようだ
今夜のウィスキーは
やたら身に沁みるな……




