白雪のようなその人は
「やってられるかあああああああ!!!!」
そう叫んだのは何とも愛らしい少女だった。
しかし、その容姿に反して声は低めだ。
それもそのはず、『彼女』は本当は男の子なのだ。
昔々あるところに――そんな出だしで始まる物語、それは誰もが一度は耳にしたことがあるんではなかろうかというほど有名な物語。
だけれどこれは少しだけ、違った。
艶やかな黒い髪。
雪のように白い肌。
赤く熟れたような唇。
そのどれもを持ち合わせた美少女が、なんと美少年だったという物語。
すっかり呼び名は「白雪姫」だ。
その国では男児の出生~成長までの過程での生存率が低めであったから、王家に生まれついた男児は幼少期女として育てられるのが慣例になっていた。
これがまた、少年が女装が似合うことがまた問題だった。
家臣のいずれもが愛らしい愛らしいと姫、もとい少年は本当に残念ながら女顔で、似合ってしまうのだ。
どう見たって男の子、な子供だったならば皆も不憫がったかもしれない。
けれどどっからどう見ても女の子。それもとびっきりの美少女の出来上がりとくれば元々の性別を忘れる位の勢いだ。
それに加えて少年にとって不幸はまだあった。というよりこちらが本題だ。
この少年、なんと前世の記憶がある。しかも異世界と来たもんだ。
それゆえ本来こういうものだと納得できたであろう慣例も、納得が出来ない。何故なら幼いうちからそれなりの年齢の男児だからだ。
ひらひらふりふりのピンクの服を喜ぶ乙男だったならば喜んだかもしれないが、少年は前世思いっきりスポーツマンでごりっごりの体育会系男子だった。
故に、今――少年は城を抜け出してはこうして森で叫ぶのだ。
流石に腐っても王族教育を受けている身だ、あまり長くは抜け出せない。
父も母も優しい人間であることは間違いない。いずれは男児としての生活に戻れるとわかってもいるし、女として育てることで生き延びられるならみたいな願掛けを馬鹿にするつもりもない。
だけれど今日も今日とてひらひらドレスを用意されれば叫びたくもなるのが本音である。
しかも何が何やらわからないが、少年の周囲はいつも動物たちがやってくる。
おかげで家臣たちは「姫は優秀なテイマーになれますな!」とか言い出す始末。
「ここぁ童話の世界じゃねーのかよ! テイマーとかRPGかってんだー!!」
「あ、いたいた白雪姫ーぇ、そろそろ戻んねーと皆脱走に気付いたぞー」
「ちくしょーなんで同じ記憶持ちのお前はそんな自由なんだよ?!」
「自由って……これでも狩人で狼とか熊とか狩れなかったらおまんま食いっぱぐれる過酷な労働者よ?!」
「女装させられるよりマシだろーが!」
「今日は特に荒れてるねエ」
そう、森には少年の友人である狩人もいる。その狩人もまた前世の記憶持ちとやらで――ここが童話の世界だと教えてくれたのも、彼だった。
ちなみに彼は別童話の登場人物だということで、またそれは別の話だ。
「男でもいいからとか見合いの話が来てみろよ……平静でいられんのか、アァン?!」
「ちょっと見た目美少女で凄むの止めてくんない? 割とマジで」
「知るかボケェエエ!!」
「うわー見た目とのギャップ。これは萌えない」
やれやれと肩を竦める狩人を他所に、少年はぐるぐる唸っている。
その様子を兎だの小鳥だの、小動物がハラハラした面持ちで遠巻きに見ているのがまた滑稽だ。
「もうさーちゃんと嫌なら親に相談すりゃいいじゃん。それだけ元気ならもう男の恰好してもよくね?」
「おう……そりゃ勿論言った。けどさあ、慣例で成人までダメだって言われた。物語と全然ちげーよこの世界」
「そりゃそうだよ、前世の記憶持ちとかいたらおかしくもなるってもんだろ?」
「そりゃそうか。……そうか?」
「あんまり深く考えンなよー、頭いいわけじゃないんだし」
「うっせー!!」
そう、少年の言う通り物語と全然違う面が多々見られる世界でもある。
大筋はあっている。
少年に関して言えば、ある国王夫妻の元に愛らしい子供が生まれて数年後に母親が病死、その後国王は継母を連れてきて紹介する。少年は『白雪姫』の愛称で周囲に愛され、小鳥などにも懐かれる。
どこからどう見ても童話と似た設定だが性別が違うし継母は意地悪でない上に魔女なこともオープンだ。
「じゃあ家出してみれば?」
「はあ?!」
「物語の通りなら、継母に疎まれて殺されかけるけどそれは見込めないしお見合いが嫌になりましたーとか言って家出でもしたら?」
「それはできない」
「お? どうして?」
「そんな無責任なことはできない! 昔部活の先輩も言っていた!! 何かを任される立場になったからにはやり遂げないといけないって!」
「……ああ、アンパンとか買いに行く話ね」
「うるさい! パシりじゃない!!」
悲しき間違った縦社会の思い出を引きずりつつ、白雪姫(男)は今日も見合い写真を前に絶望するのだ。
「義母上! いっそ毒林檎で俺を成人まで眠らせてくれええええええ!!!!!」
「ええええ?!」
「姫、落ち着くのだ!!」
「これが落ち着いてられるかあああああああ!!」
結局、この後心が落ち着くまで森の別荘に行ってらっしゃいと狩人を護衛に送り出された先で7人の小人に出会い、歌って踊って飲み食い明かし、気持ち悪くなったところを美少年の恰好をした少女(ややこしい)に介抱されて恋が芽生えたりなんかしちゃったりなんかするなんて。
めでたし、めでたし?