3課での仕事
少しの静寂の後ミーティングルームには一転ざわつき喧騒が訪れる
「え?何今の?」「あんな説明じゃわからねーし」「結局これからどうしたらいいの?」
皆が皆誰かと会話しているというよりは疑問が思わず口からこぼれているように感じる
偉そうに観察しているけれど私も戸惑っている
どうしたらいいのだろう?
もしかしたら新入社員を試しているような試験的なものかな?
少ない情報から読み取り何を行い、何を成すのかそんな事を見るのかな?
などど思考していると美月から声を掛けられる
「あははーお兄から聞いてはいたけど面白そうな職場だねーとりあえず駐車場に向かおうか。ここでこうしてても何も進まないし」
彼女の声からは不安などは感じない
むしろ先ほどまでより明るく楽しんでいるような声だ
彼女の言っていることは正しいと思う
ここでこうしてても何も進展しない
駐車場に担当者がいるという情報があるのだからまずそこにいくのは正しい
だから美月の発言の中で唯一理解できなかった発言を口にしてしまう
「お兄?」
すでに駐車場に向かおうとしていた美月が振り返る
「あーごめん、ごめん、うちこの会社に兄がいるんよ。とは言ってもお兄から直接何か聞いてる訳ではないんだけどねー」
「あっ!そうなんだ。お兄さんがいるんだ。それならいざとなればお兄さんに聞けば何か分かるね」
いざとなる前に今すぐ聞いて欲しいのが本音だがこれは心強いと思い紬は安心して答えた
「それはどうだろうね。お兄は仕事の話をあまりしようとはしないから」
少し声のトーンが下がった
それは普通の人なら気付かないレベルだと思う
良いか悪いかはわからないが私は今まで人の顔色を伺って生きてきた
問題が起こらないよう当たり障りなく過ごせる為に
だから人間観察には自信がある
そして美月は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で付け加える
「それにお兄は会社の中でも特殊みたいだから」
きっと今のは彼女の保険というか線引きの為の発言なんだろう
これ以上お兄さんについてこたえるつもりはないし踏み込んできて欲しくないという
「そ、そーなんだ。なんかごめんね」
別に悪い事を言ったつもりはないけど何と返せばいいかはわからない
ベストな選択は私にはわからない
でもその場をやり過ごす方法くらいはわかる
愛想笑い、ごめんね、ありがとう
この3つを使うだけでかなりの場面をやり過ごすだけならできる
まぁ仲良くなれもしないけど…だから友達という友達もいないんだけど…こういうやり方しか知らないから
「ごめんねかー。つむぎんは変わってるねー。うん、面白いよ!改めて宜しく」
暗かった表情をパッと明るくして笑顔を美月は向けてくる
「変わってる?私が?面白い?」
何の話だろう?つまらないの間違いではないかな?
「面白いよ。適当に無難を選ぶんではなく、自分の意志で無難を選んでるって感じかな?いや、それすらもう馴染み過ぎて自然とそれが出来てる感じかなー?あっ!別に嫌味とかじゃないよ。私には真似できないなと思えることがすごい興味あるな♪」
などと本当に嬉しそうにいう彼女に本当に他意はないように感じた
嫌味でなく本心なのだろう
それよりも私の本質をいきなり見抜かれた事に驚く
いや、まぁみんな本質を見抜く程深く仲良くなった人がいないだけかもしれないのだが
想定外の発言に返答に困っていたら見つけが続ける
「駐車場に行こう♪つむぎん」
返答に困っていた事すら見抜いての発言だろう
この話は終わり。次へいこうと
「うん。行こうか美月さん」
結果だけを言おう
堀江臥竜の言った事は本当にそのままだった
駐車場に向かった私達は担当者から自分達の使う社用車を教えられただけだった
後は勝手にやれということだった
もちろんその後も臥竜の言った通りでそれ以上でもそれ以下でもない
ひたすら美容室を周り話を聞いて欲しいと頼み聞いてくれるところを探す
探す、探す、探す、探す、ひたすら探し見つけたら日時を決め3課に行き臥竜に報告し後は臥竜に任せて自分達はまた探す、探す、探すの繰り返し
初日は私も動揺していきなりの行動などできなかった
とりあえず冷静に話そうと美月の提案でカフェで今後の行動を決めた
2日目からは美月と行動を共にし、一緒に美容室を周った
1週間、たったこれだけの間に臥竜の言った通り既に数人が辞めたようだった
具体的な数がわからないのは接する機会など皆無だから
朝タイムカードを打ち課を出て周り終わったら課に戻り成果があった者のみ臥竜に報告、成果のなかった者は3課の売上2位の安井 白兎に報告し帰る
タイムカードの数が日に日に減っていることから辞めたのだろうと推測するだけだ
私には美月がいてくれて良かったと心から思う
彼女の積極さはすごく私を助けてくれた
一人なら私の心ももたなかったかも知れない
お客として行く美容室はとてもウェルカムだろうか
だが仕事は別だった
スーツを着た人間はあの美しさを作る為の空間にはとても浮く存在だしとても警戒される
扉を開けた瞬間のあの警戒された目のみで引き返したくなる
そしてこちらがディーラーだとわかると相手にとっては私達でいう保険や新聞の勧誘に近いのだろう
かなりの確率で聞く耳もたず、ひどく冷たく帰れるよう言われて終わる
正直美月と励まし合い相談していなければ心が折れていたかもしれない
だが心を折るのはまだある
成果を出せず課に戻ってからの安井への報告の時間だ
成果が出ていないのだからダメでした以外な報告などないのだが質問責めに合う
しかも具体的な質問ではなくただ一言を繰り返されるだけだ
「なんで?」
別になんて事ない一言がこんなにもこちらにダメージを与えるとは思っていなかった
「今日はダメでした」
「なんで?」
「どのお店もお客様がいて忙しそうで話を聴く暇がないようでして」
「なんで?」
「土曜日なので忙しいのは当然だと思うのですが?」
「なんで?」
こんな感じでひたすらに繰り返される
成果を出せない日の方が圧倒的に多い中で毎日毎日毎日毎日毎日毎日なんで?と繰り返される
自分ができなかった理由をひたすら問いただされる
自分がダメな理由をひたすら説明しなければならないのはかなりこたえる
正直これからもこれが続くなら辞める者はまだまだ増えていくだろう
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月とすぎ美月との相談のおかげでずいぶんと成果も出るようになってきた
まず、ただ闇雲に周る事をやめた。数をこなすようにひたすら順に周っていたのだけどそれをやめた。
土日関係なく忙しいお店はある。平日も常にお客様の多いお店は朝お店を開いた直後と最後と思われるお客様が出た直後の閉店直前を狙う
他の店も駐車場にお客様が多いようなら一度後にする
数をこなすでなく、相手がまず話ができる状況なのかを確認する
当たり前のようだがそこに至るまでにも結構時間は掛かってしまった
これに気付いてくれたのは美月だ
もうひとつ、しっかり相手を見る、観察する事だ
今まで相手に冷たく帰らされる事が初めてに経験してしまったせいで相手に何かを言われる前にこちらから一方的に話したい事を一方的にしていた
それをやめ、相手を見る、聞く
これを重視する
美容室はやはり女性が多い
女性は話が好きだし、普段はお客様の雑談を聞く側なのだから話をしたがっている先生は多かった
何度か通い雑談を笑顔で聞く
そうしてると中にはこちらに情を抱いてくれる人もできる
話を聞くだけでいいのでお願いできないかと。
商品を買う必要はないとまで言い切る
事実買ってくれる必要はない
私達に今求められているのは何かを売る行為ではなく話を聞いてくれる相手を見つける事なのだから
気付いてしまえばそんな事かという2点だが今もそこに気付いてない者は多いし、その2点に気付いてからは3日に1件は成果を出せるようになってきた
最近では安井への対応も馴れてきた
美月には感謝している
最初こそいきなり性格を見抜かれ少し警戒というか接しずらかったけど、彼女は自分の意見をはっきりと言ってくれるので分かりやすく気付いたら私にとってとても居心地が良いものだった
でも問題はそれからだった