上書きする未来 6
愛は困惑したまま桐谷をみていた。
目をそらさない桐谷をみて愛は本気なの……と波の音に掻き消えるようなボリュームでつぶやいた。そしてぽつりと言葉を発した。
「わたし、本当は桐谷くんのことすきだったの」
はじめて会った時から素敵な人だなって思っていたの。
ささやいた声は波音に乗るように消えていく。
「でも自分のそういう恋愛的な気持ちよりもずっと、それ以上に友達がほしかった」
泣きそうな顔で、それでも泣くのをこらえた愛は桐谷の前にしゃがんだ。そして桐谷のほほに手を当てた。小さくペちんと頬をたたく。
「これでいいよ、もう」
「は」
「だって。桐谷くんが志乃ちゃんを私のところに連れてきてくれたし。だから仲良くなれたし」
ぽかんとした顔を向けられた愛は困惑したまま泣きそうに笑った。
「だからいいの」
優しさにあふれたその言葉の意味は許しで、みるみるうちに桐谷の表情が強張っていく。
そんな桐谷を見ずに愛は立ち上がるともう月が上がっていく海に顔を向けた。海水につかったはずのツインテールの髪先も風にながれるように揺れる。
「ほんとうはね」
知ってたんだぁ。
そういった愛に私も桐谷も凝視してしまう。濡れた服は愛にへばりついてどこか艶めしかった。
「知ってたの?」
言葉を発することもないまま愛を見つめる桐谷の代わりに疑問を口にする。
「知ってたよ。教えてもらったの」
愛はへへへと笑う。
「いつだったかなぁ。ほら、保健室で会ったとき。机の上に百合の花がおいてあったって言ったでしょう?」
「うん」
愛が私に言っているのか桐谷に言っているのか判断が付かないままうなづいた。そのとき私はなんで百合の花なのだろうと考えていたはずだ。
「クラスの女の子にいるの。ゆりさんって人。ポニーテールの人。志乃ちゃんはしらないかなぁ。桐谷くんなら知っているでしょう?」
桐谷は強張った顔のまま首を不自然に横に動かした。愛は桐谷の答えなどは気にもせずに話を続ける。
「深津由里さんっていう人なんだけどね。前に、百合の花は自分の花だって言っていたのを思い出して、勇気を出して話しかけたんだ。これをおいたのは深津さんですかって」
うん、と頷いて聞く。
「桐谷くんが嫌いなあなたと話すことはないって言われた」
それで、と愛はなんていったらいいのかな。と悩みながら口を開く。
「桐谷くんが私をどれだけ嫌っているのかとか、そういうことを聞いたの」
「それは……」
何かを言おうとして言葉が見つからない。
「信じられなかったし、信じたくなかった。だってそうなら志乃ちゃんを私のところに連れてきてくれた理由もわからなかったから。疑心暗鬼になったし、志乃ちゃんもそうなのかなとも思った」
でもね。とつづけた言葉は晴れやかだった。
「どういう理由にせよ。私は志乃ちゃんと友達になれてよかったから。志乃ちゃんがもし、裏切るつもりで来ていたとしてもうれしかったから。少なくともそれまでは本気で死のうとか考えてたけど、そういうのもなくなったから。それくらい私には特別なことだったし、それにほら、今も会いに来てくれたから。だから、もう、いいの」
ぱっと顔を向けた愛は笑みを浮かべていた。
「私の特技なんだ。人を許すの。へへへっいいでしょ」
明るく言った愛の声が海に溶けた。どこか悲しい特技だと思ってしまった。
月が海面に反射していた。
■桐谷
今回は空気
■愛
初めてじゃないかな?こんなに話したのは。許すのが特技。
■深津由里
クラスメイト。百合の花事件の方。ポニーテール。
■志乃
夜になってしまった。母親からきっと怒られる。
今回で愛ちゃんのターンは収束に向かいます。しかし問題は桐谷くん問題。
桐谷くんのターンがもう少し続きますよー。




