少女のあやまち 4
「私にも姉がいるんです」
「そうなんだ」
由香はぽつりと言っては笑った。
「たぶんお姉さんと同い年くらいの」
高校1年生なんですよ、との言葉をつづけた。
「あ、じゃあ同い年だね」
「お姉さんみたいなお姉さんならよかったな」
「どうして?」
「姉は、何を考えてるのかわからなくて」
ずいぶんと話してないなぁ、とぼそりと聞こえた。
「お姉さんからこういう風にもらうのに、姉はきっと何もこういうときしないんだと思ったらなんか、おかしくなって」
にこやかに笑った後、すこしだけ悲しそうに言う。
「……そう。でもわたしもそんなちゃんとした姉じゃないから」
「ちゃんとした姉じゃないようには見えないですよ」
「それは、買いかぶりだよ」
「有生くんともこういうふうにしているんでしょう?」
「それは……その」
「あの、お姉さん」
その反応に疑問を持ったのか、由香は困ったような、疑うような声を出した。
「有生くんと話してますか?」
その瞳はどこか責め立てるようでもあり、反面何かに期待しているようでもあった。
「有生、とは……」
「どうなんですか」
「話して、ない」
正直に口を開くと由香はだと思いました、と先ほどまでの態度とは一転させる。
そこには遠慮も何もない。ただ攻撃する対象だという表情を浮かべる。
「有生くんが、どうしているのか、とか気にしなかったんですか。有生くんが、何を考えているのかな、とか考えなかったんですか。有生くんに対して何も思わなかったんですか。それでもあなたは有生くんのお姉さんですか」
「そう、だね」
何も言えずに肯定するとまるで自分が否定されたように傷ついた顔をしていた。こみあげてくるのは罪悪感か。
「なんで」
かすれた声が聞こえる。
「え」
「なんで有生くんと話さないんですか?」
だってあなたは有生くんのお姉さんでしょう?
「そう、だね」
言い返すことも否定することもできないで頷いた。
彼女、由香はそれを聞いて強がりのように溜息をついた。
「有生くんもこんな人がお姉さんでかわいそう」
吐き捨てるように言ってキッと睨みつける。その声は少し震えていた。
「有生くんが学校に来なくたって、家族は当たり前のようにそれを受け入れるべきなんじゃないの? 有生くんがどうしてそうなったのか寄り添うべきじゃないの? それが年の近いきょうだいならなおのこと、そういう話をするべきじゃないの?」
何もしていないんだ。
ぼそりとつぶやかれた言葉が胸に刺さる。
そうだ、私は有生に関しては何もしていない。ただ、毎日音を聞いて有生がそこにいることを確認していただけだ。会話も、あいさつも、なにもしていない。
何もしようとはしていなかった、というのが正しいのかもしれない。
「有生くんの、家族のことはほおっておいておいて、よその中学生に優しくするなんてただの偽善者じゃない。そんな人にさっきの行動を咎められるのは納得がいかない」
それは違う。
さっきのはあれは犯罪だ、と声を上げようと口を開く。
「さっきのは」
それさえ聞く気がないかのようにに由香は声をかぶせる。もう声は震えていない。
「あなたがどんなつもりで私をとめたのかはわからないけれども」
その瞳に映るものは嫌悪だ。
「家族を大切にできない。家族と話すこともしない。そんなあなたからの言葉や行動にはなんの説得力もなければ、何も響かない」
由香は正直な人間なのだろう。
そういうとふんっと鼻をならした。
有生と自分を重ねているのかもしれない。そう思うと何もいえなくなってしまう。
そうして足早に去っていく由香の背中を見ながら、そこに立ったまま足が動かなかった。
「有生と、ちゃんと、話さないと、なぁ」
わかっていたことではあったがそれがどうしてもできなかった。
自分自身に言うように言うと自然に溜息がこぼれる。
気が重たいとはこのことか。今まで何もしてこなかった付けだと分かっていてもどうしても気は重くなるばかりなのだ。
有生が隣の部屋で何をしているのかはわからない。
けれども、そこにいるという安心は確かにあったのだ。
それではだめなのだろう。
きっと、向き合うべきなのだ。長い間部屋から出ない弟と。
たぶんここで向き合わねば今後も、出てこないと分かっていたからなおのこと。
そのきっかけが由香であることには間違いないが、しっかりと有生と向き合おうと決めた。
空はもう暗くなっていた。地面に映る影はその周囲の暗さに溶け込む。いつか見た赤い車が、文具「やまあき」の駐車場にとまっていることに気が付いた。
■深津由香
姉がいるらしい
■有生
引きこもっている志乃の弟。由香のクラスメイトらしい
■志乃
弟を放置していたことをいわれてぐさっ
少女のあやまちは万引きをしそうになった由香のことか、家族を放置していた志乃のことか。
次回は「あねとおとうと」
有生くんのターンです。




