閑話 志乃の知らない物語 1
読まなくてもとくに支障のない話。
文具ヤマアキのライトが消えた。
秋山は店内の戸締りしてからペットボトルを1本もって倉庫に向かう。倉庫の奥にある扉を躊躇なく開けた。
「ナツメさん、だって」
「あ?」
「お客さんできたんだよ。ナツメシノちゃん」
話しかけた男に持っていたお茶を投げるとその男はなんなくそれを捕まえた。
「へぇ」
「いい目をしている」
「まぁ、俺の娘だからな」
少しだけ顔をほころばせたその男はのびきった髪をむしる。
「いい子だな」
「だろう?」
「家に帰りたくなったんじゃないのか?」
「まだ、だ。まだだめなんだ」
ぎりっとかみしめるように言うその言葉に秋山ははぁと溜息をついた。
「なにがあんたをそんな風に追い詰めるのか知らないけどな」
ぐいっとお茶をのんだまま男は秋山に視線を向けた。
「たぶんあの子は答えにたどり着くよ」
その言葉に男はふっと笑った。
「さぁ。それはどうかな?」
「なんでだよ」
「志乃はまだ俺が残したメッセージにも気が付いていないからな」
「あ?」
なぁ。と男が秋山に声をかける。鉄筋のコンクリートにはその声がよく響いた。
「志乃を呼び出した」
「は」
「ここに、だ」
「お前、なにしてんだよ!」
「だから、頼む。あいつがこの件に絡まないようにしてほしい」
あたまを下げた男に秋山はため息をこぼす。言い出したらきかない男だということを秋山は知っていたのだ。秋山と男の付き合いは長い。でかい恩がその男にはあるのだ。
秋山は何度か視線を動かしてしぶしぶ口を開く。
「わかったよ」
「助かる」
そういって、男は空になったペットボトルを秋山に渡す。秋山はそれをうけとって倉口から出ていく男の背中を見送った。
「あんたの娘なら。たぶん、そんなことしても無意味だと思うけどな」
誰もいなくなった倉庫にそうつぶやいた秋山は着なれた緑のエプロンをそこに投げてはその部屋から出て行った。




