第5話 上手にキメましたね
放課後。
部室のドアを開けて一番最初に目に飛び込んできたのは、
机にうず高く積まれた缶コーヒーの空き缶ピラミッドだった。
缶コーヒーは、言うまでもなく前回の騒動の産物。
それを神崎さんと五十嵐さんが毎日少しずつ消費して
ピラミッドを作っているのだった。
しかし、まだ頂上付近の何段かはまだ完成していない。
と言うことは、まだ何本か残っているんだろうか。
一番の当事者ゆえに、なんとなく気まずい気分で空き缶ピラミッドを見上げる。
一体何本あるんだこれ。一段下の段にも結構な本数が並んでるし。
たしか2人が腕いっぱいに抱えるくらいの量があったはずだから・・・・・・。
これ以上考えるのはよそう。さらに2人に申し訳なくなってくる。
そんなふうにピラミッドに向かってもじもじしていると、
神崎さんと五十嵐さんが部室にやってきた。
「すごいでしょ、これ」
神崎さんはそう言って、カバンを部屋の隅におくと
ピラミッドを崩さないようにそっとパイプ椅子に座る。
「いやー、ここまで来るのにだいぶと時間がかかりましたね。神崎先輩」
五十嵐さんも荷物を置くと、
ピラミッドを挟んで神崎さんの正面のパイプ椅子に座る。
「ああ、ここまでいっぱいあったんだね・・・・・・缶コーヒー」
五十嵐さんにおそるおそる話しかける。
「まだ残ってますけどね」
ため息をつく五十嵐さん。
やっぱりそうなのか。ここまで消費してもなお残っているとは、
自分のやらかしたことのヤバさを改めて認識する。申し訳無さで体が圧縮されそうだ。
五十嵐さんは立ち上がって、部屋に備え付けられた戸棚を開ける。
そこには缶コーヒーがぎっしりと収納されている。
五十嵐さんはそれらを一気に抱きかかえると、机の上にそっと置く。
数えてみると、その数10数本。
「これを飲みきれば、ピラミッドが完成するのね・・・・・・」
「ついにこの時がやってきましたね」
どうやらこの10数本を飲みきればこのピラミッドは完成するらしい。
恍惚の表情を浮かべる2人。
・・・・・・2人に缶コーヒーを押し付けてしまっているようで申し訳なく思っていたが、
なんだかんだこの状況を楽しんでいるようだった。
2人は缶コーヒーをそれぞれ右手に持つと、高く掲げた。
「ではでは、ピラミッド建造のラストスパートということで」
「「かんぱーい!」」
2人は缶をコンとぶつけると、プルタブをパカっと音をさせて開け、ぐびっと飲み干し始めた。
ぷはぁ、とため息が2つほぼ同時に聞こえて、空き缶が2つできる。
「ひとーつ」
と神崎さんが空き缶を机にそっと置く。
「ふたーつ」
と五十嵐さんも続く。
すかさずそれぞれ2本目に手をのばす。プルタブを開け、グビグビと飲み干していく。
2人の飲みっぷりを見ていると、自分も何か飲みたくなってくる。
ピラミッド建造に勤しむ2人を部室に残して、自分も何か飲み物を買いに行くことにした。
部室をでて一階まで降り、昇降口で靴を履き替えいったん学校の外に出る。
校門をくぐってすぐ目の前の大通りから脇道にそれる。
すると車一台がやっと通れるほどの幅の道の端にひっそりと自動販売機が佇んでいる。
ラインナップも特に変わったところもない普通の自販機。
決して前回の一件以来食堂に行きづらくなったのではない。
この自販機こそが私の行きつけの自販機なのだ。学校の自販機にはない、ある機能を備えている。
それは、あたり機能。
そう、買ったあとに“7”が4つ揃うともう1本もらえるというアレである。
学校から出られない時以外は、たいてい飲み物はここで買っている。
・・・・・・だって嬉しいし、当たったら。
ちなみに、今のところ勝率は2割位はあるような気がする。もちろんエレキネシスはなしで。
さて今日も、桃の天然水(150円)を買って運試しと財布を取り出したその時。
ふと嫌な予感がよぎった。
財布がいやに軽い気がする。
おそるおそる中身を確認すると・・・・・・102円しかない。
そういえば今日のお昼、クラスの友達の昼食代を立て替えたことを思い出した。
「やったぁ、ギリギリ足りたよー」
などとへらへら笑っている場合ではなかった。
これじゃ、100円のミネラルウォーターしか買えないじゃん。
いや、待てよ。それも買えない。手元の102円には1円玉が7枚含まれている。
ということは、1円玉を受け入れてくれないこの自販機には、
100円分のお金を投入することすらかなわない。
100円分の価値がない100円・・・・・・。どういうこったよ、と悪態をつく。
これでは本当に何も買えない。
普通ならあきらめて引き返すところだが、部室からこの自販機まで割と距離があるので、
手ぶらで買えるのはなんだかシャクだった。
ここは何か買える可能性を極限まで追いたい。
例えば、自販機の下。小銭が落ちているかもしれない。
せめて10円でも落ちてくれていれば・・・・・・。
周りに誰もいないのを確認してそっと狭い空間を覗き込む。
・・・・・・何にも見えない。
まだ夕方前とは言え、狭いこの通りの日当たりはそこまで良くない。
目の前に広がっているのはただの闇。何も見えない。
っていうか今の私、あられもない姿なんじゃなかろうか。
地面にしゃがみこんで極限まで己の肉体を折り曲げている。こんなところ誰かに見られたら・・・・・・。
するとその時、背後でシャーっという音が通り過ぎていった。
・・・・・・。
この音は自転車が走り抜けていった音。
ああ、間違いなく見られた。あわてて立ち上がり自転車が通り過ぎたであろう方向を見る。
どうやらママチャリのようだ。後部座席にヘルメットをかぶった小さい男の子が乗っている。
・・・・・・なぜかこちらを向いて満面の笑みだ。それはもうニコニコとしている。
私を見て、笑顔を浮かべている。大笑いしている。
小さくなっていくママチャリはそのまま曲がり角を折れて姿を消した。
一緒に小さくなっていく男の子は最後まで笑っていた。
恥ずかしい。今、すごく恥ずかしい。小さい子供に笑われる恥ずかしさは一段と身にしみる気がする。
きっと運転してたお母さんも笑ってたんだろうな・・・・・・。
どうしようもない感情が体をめぐる。
・・・・・・ここまできたら、なかばヤケだ。自分の右手をじっと見つめる。私に隠された力を使うしかない。前回の騒動からまったく懲りていないのは百も承知だ。
しかしここまでの辱めを受けて、手ぶらで帰るのはどうしても許せない。
大丈夫。前回だって狙ってなかったからああなっただけで、きちんと狙えばうまくできるはず・・・・・・。
それにほら、この自販機、年式も古そうだから・・・・・・。
と言い訳じみたことをぶつぶつと呟きながら、周りを見回す。誰もいない。
イケるはず。恐る恐る、自販機のボタン(ももの天然水150円)に指を当てる。
一本だけ出るイメージ、一本だけ出るイメージ・・・・・・。一気に集中を高めていく。そして。
「セイッ!!」
いつも通りのお腹からの発声。次の瞬間、下の方からゴトンとボトルの落ちる音がした。
取り出し口を覗き込むとそこにはももの天然水(150円)が1本。
ああ、よかった。やればできるじゃん私。
私の超能力も日々進化しているのかもしれない。いやー、うまくいってよかった。
その場にしゃがみこんだまま、しばしうっとりする。
するとふと、どこからか電池の切れ掛かったおもちゃのような怪しげな電子音が聞こえる。顔をあげると目の前でデジタル表示盤の4つの数字が不自然に踊っている。そうこうしているうちに表示盤に7が2つ並ぶ。
・・・・・・なんとなく嫌な予感がする。冷や汗が一筋、頬をつたっていく。
そんな心配をよそに表示版に3つ目の7が並ぶ。まさか。大丈夫だよね?
そして、表示版に4つ目の7が並ぶ。・・・・・・当たってしまった。
ここでピロピローンと小気味よい電子音楽でも流れてくれれば少しは安心もできたが、
流れてきたのは嫌な不協和音。もう明らかにバグってるとわかる。
ああ、やばい。直感でそう感じた。
あわてて立ち上がった瞬間、よろけて自販機に手をついてしまった。
・・・・・・あろうことか右手はボタンの上に。
ああ、今なんかトドメをさしてしまったような気がする。自分に対して。
おそるおそる手をどける。その下からは缶コーヒーの模型がやぁ、と顔を覗かせていた。
その直後、不協和音はさらに不気味さを増し、音量を増す。
そしてふと、音楽が止んだかと思うと、かわりにゴトンゴトンと嫌な音が足元から聞こえてきた。
・・・・・・これからさきは何も言うまい。
一方、部室にて。
「っぷはーっ! ついにラスト一本飲みきりました!」
「もうお腹タプタプだね・・・・・・」
私、五十嵐深雪と神崎先輩はついにピラミッドを完成させようとしていた。
私はそっと椅子から立ち上がると、飲み干した最後の一本をそっとピラミッドの頂上にのせる。
黒光りするスチール缶のピラミッド。美しい光を放っている。
2人でこれだけの量を飲みきったのだと思うと達成感がある。
「やりましたね、神崎先輩!」
嬉々として神崎さんの方を向く。
「そうね。・・・・・・でも、しばらくコーヒーは飲みたくないかな・・・・・・」
苦しそうな表情の神崎さん。
私も完成直後のハイな気分から一転、胃の苦しさが気になり始めた。スカートのウエストがきつい。
「・・・・・・もうムリです。ちょっとトイレいってきます」
私が席を立った、その瞬間。
「す、すいませーん。誰か、開けてくれませんかー?」
部屋の外から声がする。荒川先輩の声だ。
・・・・・・なんだか嫌な予感がする。
扉を開けると、荒川先輩が冷や汗だらけの、イタズラが発覚したネコのような表情でつっ立っていた。
・・・・・・両手には大量の缶コーヒー。
自動販売機に超能力を使ったのは超能力を使わなくてもわかる。
なんて懲りていないんだこの先輩。
ちらっと神崎先輩の方を見る。神崎さんの様々な負の感情が混ざった視線。
アイコンタクトで先輩と意見をまとめる。
「あの・・・・・・」
冷や汗を滝のように流す荒川先輩。
「飲みませんからね、私達」
そう食い気味に言い放ち、私と神崎さんは荒川さんに冷たい視線を送る。
「そ、そんな・・・・・・」
その場に崩れる荒川さん。
(うう、五十嵐さん。やっぱりズルなんてするもんじゃないね・・・・・・)
荒川さんの悲しい叫びが聞こえてくる。
っていうか、いくら私がエスパーだからって、頭のなかに直接話しかけないでください。
新たに持ち込まれた缶コーヒーは、当たり前ではあるが荒川先輩が家に持って帰ることになった。
ずっしりとした重みのある缶コーヒーたちを両腕に抱えて、家路についた先輩の後ろ姿には
悲哀の色が浮かんでいる。
このあと、たまたま荒川先輩はこの姿をクラスメートに目撃されたらしく、
おさまりつつあった荒川先輩のカフェイン中毒者説はふたたび息を吹き返したらしい。
なんというか、きれいに自業自得キメたみたいですね先輩。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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