第4話 缶コーヒージャックポット
とある放課後。
部室には神崎さんと五十嵐さんがいた。なにやら楽しげに話し込んでいる。
どーもと軽く挨拶をし、近くの椅子に座る。
「よーす千紘ちゃん」
「どうも荒川先輩」
2人が楽しげに話しているテーブルの上には、缶コーヒーが2本。
そのうちの1本を神崎さんが持ち上げる。
「ねー聞いてよ千紘ちゃん! 1階の食堂の自動販売機なんだけどさ、調子が悪いみたいでさ。
ほら、120円で2つも出てきたんだよ。1本あげる」
缶コーヒーを1本、私の前に差し出す神崎さん。
「・・・・・・神崎さん。私コーヒー飲めないの知ってますよね」
「あーそうだったね。ねぇ、知ってる深雪ちゃん?
千紘ちゃんはコーヒー飲むと気絶ししちゃうんだよ」
「え? そうなんですか、荒川先輩。さすが弱すぎませんか?」
五十嵐さんも会話に入ってくる。余計なお世話だ。飲めないものは飲めないんだよ。
っていうか、まさか分かってて飲まそうとしたんじゃないだろうな。
五十嵐さんもニヤつくんじゃない。
そういえば、と五十嵐さんがぽんと手をうつ。
「荒川先輩。これから何か予定とかあります?」
「ん? なにかあるの」
「いや、実は今から神崎先輩の家に遊びに行くので、もしよろしければ一緒にどうかと」
「どうする? 千紘ちゃん?」
目を輝かせる神崎さん。
「残念ながら、今日は予定がありますので」
私はそう言って、カバンから勢いよくチラシを引っ張り出すと、2人に見せつける。
タイヤキの小田原堂のチラシである。神崎さんと五十嵐さんはぐっとチラシに顔を寄せる。
「・・・・・・タイヤキ全品100円タイムセール?」
「そうです! なんと今日だけ、4時半から! 全部のタイヤキが100円!
いつもなら150円のタイヤキが、なんと100円で! 買える! ああ、なんて素晴らしい!」
いつもとは違う、高いテンションでまくしたてる私に、2人はぽかんとしている。
しかし私にとってコレほど重要なイベントもそうそうない。これの前にはあらゆるものが霞んでみえる。
この日をどれだけ楽しみにしていたことか。
暇さえあればこのチラシを舐めるように眺めては、タイヤキたちへの思いを馳せていたものだ。
「というわけで、今からまっすぐ小田原堂に向かうので、今日は付き合えません」
時刻はもう4時を少し過ぎている。これ以上ここに留まるわけにはいかなかい。
「というわけで、お二人ともこれにて失礼」
カバンを掴んで教室のドアに手をのばす。
すると突然、目の前のドアがものすごい速さで勝手に開いた。
「ひゃい?」
突然の出来事に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
あれ、この教室のドアって自動ドアだっけか。
そうではなく、誰かが向こう側からドアを開けたようだ。
「おう、3人ともそろってるな」
凄みのある声。目の前にいたのは、髪を後ろでくくって、赤いジャージを着た目つきの鋭い女性。
ボランティア部顧問の森宮先生だった。
・・・・・・なんだか嫌な予感がする。
「お前ら、これから時間はあるな?」
圧倒するような鋭い目。さすがスパルタ体育教師。
それにしても先生、体育教師で剣道部の顧問だからって
竹刀を持ち歩くのは流石によくないような気がします。
「・・・・・・今日はどのようなご用件ですか? 先生」
先生を前に固まる私をよそに、おそるおそる神崎さんが要件を尋ねる。
「ああ、今日の食堂の掃除を担当している生徒会が会議で
手が離せないらしいから、かわりに掃除を頼もうと思ってな」
嫌な予感、大当たり。
未来予知ができるようになったのかもしれない。ってそんな馬鹿な。
「じゃあ、あと1時間たらずで食堂の利用時間が終わるから、
それに合わせてよろしく頼むぞ。・・・・・・逃げるなよ?」
森宮先生の刺すような視線。
この視線をうけて何か言い返せる人間はおそらくこの世にいない。
「じゃあ、よろしく」
ばしんとドアが閉まって、森宮先生の足音が遠ざかっていく。
まるで突然、嵐がやってきて通り過ぎていったようだった。
先生が去ったあとの教室はしーんとしている。
ゆっくり神崎さんたちの方を振り返る。五十嵐さんの目に生気がない。
「・・・・・・あれが顧問の森宮先生ですか・・・・・・。
噂には聞いていましたがあれほどのものとは」
おそるおそる口をひらく五十嵐さん。
「そりゃあ、私と神崎さんが、去年どれほどひどい目に合わされたか」
口に出すのもはばかられるような地獄の数々。ちなみに先生の二つ名は鬼軍曹。
・・・・・・これから先はご想像におまかせする。
「はー・・・・・・」
思わずため息がでる。掃除をすれば間違いなく帰りは5時を過ぎてしまう。
「このタイミングで、食堂に誰もいなければさっさと掃除を終わらせて万事解決といくんですけど。
どうですか神崎さん?」
神崎さんがこめかみに指を当てて目を閉じる。クレアボヤンスで食堂の様子をうかがう。
「あー。いっぱい人がいる・・・・・・」
神崎さんの眉間に深い深いシワが寄っている。
「あっ、またあの自販機バグってる」
「もういいですよ。神崎さん」
体中の空気をため息にして吐き出す。
ああ、あと30分以上も待たないといけないなんて・・・・・・。
ああ、遠ざかっていく100円タイヤキ。なんて儚い夢だったんだろう。
目をとじると瞼の裏にタイヤキたちが楽しそうに泳いでいる。
「・・・・・・そういえば、荒川先輩って電化製品を操れるんでしたっけ?」
先程まで沈黙していた五十嵐さんが、おもむろに口を開く。
「・・・・・・どうしたの急に?」
「どうなんですか、荒川先輩?」
「まぁ、そうだけど・・・・・・。しょぼいけど」
じっと考え込む五十嵐さん。
「荒川先輩、私に考えがあります」
数分後、私たちは食堂にいた。食堂の大きな壁時計は4時半まえを指している。
「おっ、またバグったー。ラッキー」
また100円で2本コーヒーが出たらしい。
私達のすぐそばの自動販売機の前で神崎さんが小躍りしている。
「で、五十嵐さん。作戦ってのいうのは?」
こっちは必死だった。なんせタイヤキがかかっているのだ。
ここでこんな風に時間を浪費している暇などない。
五十嵐さんが静かに口を開く。
「荒川先輩、仮に今、ここにいる生徒たちを無理やり追い出したらどうなりますか?」
「そりゃ、森宮先生の耳に入って・・・・・・殺される」
あの眼光を思い出す。たぶんあの目はカタギのそれじゃない。
「まぁ、そうなりますね」
「でもそれってどうしてでしょう?」
「どういうこと?」
・・・・・・なんだか話が見えてこない。
「今が5時じゃないからですよ」
「ん・・・・・・うん?」
「逆を言えば、5時になれば生徒たちを追っ払っていいわけですよ」
やっぱりまだよくわからない。
「というわけで、先輩には、「今」を5時にしてもらいます」
「・・・・・・どういうこと?」
「まだわからないんですか?」
そういってい五十嵐さんはびしっと食堂の大きな壁掛け時計を指差す。
「えっと、まさか?」
「そのまさかです」
・・・・・・エレキネシスで、時計をはやめろと。
「あまりにもリスキー過ぎない?」
「でも、こうでもしないと食べられませんよ、タイヤキ。
それに私も神崎さんのお家に行きたいんです。神崎さんのお家で・・・・・・むふっ」
最後のむふっ、は何だ。五十嵐さん、なんか欲望がはみ出ている。
それはさておき、多少のリスクはあるが、タイヤキに少しでも近づけるチャンス。
これはやるしかない。
「大丈夫です、私がフォローしますから」
後輩が背中を押してくれる。
やるしかない。待っててくれ、愛しのタイヤキたち。
「じゃあ、ほんとにフォローだけ頼むよ。コレやる時は周りが見えなくなるから」
「まかせといてください」
五十嵐さんが親指を立てる。
「じゃあ・・・・・・」
立ち上がって、時計に向かって手をかざす。
なんかこうモーター的なものが回転して針が進むイメージ。
・・・・・・集中力を極限まで高める。
「セイッ!!」
できるだけお腹の底から大きな発声。
今更だけど、これを五十嵐さんはどうフォローするつもりなんだろう?
どうだ手応えあり。なかなか今日はうまくいった気がする
・・・・・・って時計、全然動いてない。
それにしても案の定、食堂中の注目集めちゃってんじゃん私。
ていうか、さっきから隣でガコンガコンとすごい音がしている。
見ると、自動販売機から次々と缶コーヒーが排出されていて、
五十嵐さんと神崎さんが缶を必死に拾い集めている。
動いてない時計。隣でバグってる自動販売機。
エレキネシスがどうやらこっちに当たったみたいだ。
・・・・・・ああ、やらかした。
ガコンガコンという無慈悲な金属音が食堂中の視線をさらに集める。
五十嵐さんがあわてて缶を1本開けて、私に押し付けてくる。
「やだなぁ荒川先輩! コーヒーが飲みたいからってそんな奇声をあげなくても!」
今まで見たことのないような必死の形相の五十嵐さん。
「あ、ああ、千紘ちゃんはほんとに、無類のコーヒー中毒者ね!」
状況を察した神崎さんもあわてて缶を差し出してくる。
(先輩! みんな見てますから!!)
(千紘ちゃん! みんな見てる!!)
2人が必死の形相で訴えかけてくる。
まわりの生徒たちも突然起こったよくわからない出来事に、ますます奇異の目でこちらを見ている。
混乱のさなか、ふと森宮先生の顔が頭をかすめる。
「部の外で超能力は使うなよ?」
ボランティア部の鉄の掟。
このことがバレたら、先生の教育的指導(多大な苦痛を伴う)を受けることになるのは間違いない。
・・・・・・・・・・・・。
少しの逡巡のあと、私は覚悟を決めてコーヒーをぐいっとやるしかなかった。
直後、目の前がゆっくりと暗くなって、意識が遠のいていく。ああ。
保健室で目を覚まし、
私の尊い犠牲も虚しく3人揃って森宮先生の教育的指導(多大な苦痛を伴う)を受けて、
開放されたのが午後六時すぎ。タイヤキははるか海の彼方へと消え去ってしまっていた。
それにしても、森宮先生の教育的指導はある程度免疫のある私や神崎さんはともかく
、五十嵐さんに強烈だっただろう。
実際、1ヶ月ほど五十嵐さんは、森宮先生の姿を見ると動悸が止まらなかったそうな。
ちなみに私は1ヶ月ほど、コーヒーを飲まないと発狂してしまう、
重度のカフェイン依存症患者として生きていくことを余儀なくされた。
机の上に缶コーヒーを置いておかないと、クラスメイトの視線に緊張が走る生活。
・・・・・・なんとなくツラいものがあった。
結局、この一件で無傷だったのは神崎さんだけだった。
まあ、この人は後ろで缶コーヒー買ってただけで、何も悪くはないから当然だろうけど。
一番悪いのは、ポンコツな私の超能力?
・・・・・・それはない、はず。
・・・・・・あってもそれは言わない約束でしょうよ。
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