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俺達が見てる前で森人は大きな力を示した。それは今後の道筋が霞むような
衝撃を俺達に与え、精神的に四肢から力を奪う足りる力だった。
体一つで、この惑星に降りて行動している俺達にとっては大きな壁になって
いる。
だが装備が無いからと呻いて道具の責任にして、目の当たりにしたことを
誤魔化して現実逃避している場合では無いのだ。
出来るだけ早く対処方法を考え無ければ、先ほど見た鹿や狼と同じ道を歩まない
とも限らないからだ。
命に係わることなのだ。
fuck you elf!
◇◇◆◆◇◇◇◇◇◇◆◆◇◇
俺達は確認できた森人の斥候のようなものに細心の注意を払い、彼等の新たな
ターゲットになら無いように二人を撤退方向に対して正面を向かせ、残りは
殿として後ろ向きながら、森林の木を盾のように利用しながら、ゆっくり
歩くかのように離れていた。
自然とゆっくりになった後退速度は、俺達の心の状態をまるで現しているかの
ようだった。
森人が弓矢を射っていたであろう距離から用心を重ねて五倍ほど離れた時に、
おもむろに田中が意思を投げかけてきた。
『いや―あいつも森人だったらすごいな、ここであれはないわ―』
いつも口調でいつもの緩さ。でもこのいつもさが良い。
『たしかにな、あきらかに狙撃手みたいな攻撃だよな。しかも弓矢であの距離
の的を外した回数のほうが多分少ないんだぜ、笑っちゃいそう』
あの弓矢は脅威だ。しかも矢を黒くしてるとかどこかの暗殺者かよ、なんだ
森人はみんながみんなAssassinなのかな。
『気に入らない!』
その中で明確な拒否反応を示した者がいた。
皆の歩みが止まり、強い意志を投げかけてきた近藤に目線を向ける。
その目はとりあえず何についてなのかと、問いかけているような気がしたし、
俺は実際に問いただす目付きをしていた。
『手も足も出なかったことが気に入らないんだ!』
なるほど、近藤は相変わらず熱いな。
気に入らないのは皆も一緒だと思うぞ、皆の目を見てみろよ、語っているぞ。
『だが考え無しに突っ込むと……あの確認出来ていた森人はまだよかったかも
しれないが、その後からどんどんまずい状況になるだろう』
安田はいつも冷静さを心掛けているな。
おそらく皆もだろうが未来を念頭に置いて考えているのだろう、顔を見れば
何かを悩んでいるような、嫌いなものを食べた時のように酸っぱそうな顔だ。
『まぁまぁ、確かに脅威を感じさせる攻撃だったけど。まだ森人がやったとは
限らないんじゃないかな、だから考える事は大事だけど、まずは目の前の事から
進めていったほうがいいのではないかな』
渡辺がまだ希望はあると励ましているのか、目を背けさせようとしているのか、
どっちとも取れそうな分かりにくいフォロー? をしている。
でも皆の意思をなんとかまとめようとしているのは伝わってくる。
この人はいつも自分の感情より相手のフォローを優先してるな。
伝えておきたいな……いつもお疲れさまです渡辺さんと。
そしてそんないつもの皆の姿を遠目に観るように見ていると、問題は山積みだが、
その問題をなんとか片付けて行こう、という気になってくるし、俺の心には
まだまだ、やっていけるんじゃないかという気持ちが溢れてくる。
『問題は山積み、解決策が書いた答えの紙は惑星に取り上げられて、しかも
消滅させられていると来てる。でもやらないと、いつまでも残るし、後回しに
したらその回数だけ増えて帰ってくるよな。とりあえず俺たちが狩った狼食いに
行こうぜ、火がないから生になるけど……』
mediumとは言わないけど、なんとかレアぐらいまで焼くことは出来ません
かね。
あぁ、太陽が昇ればなんとか火が手に入るかもしれないな。
虫眼鏡の原理みたいなやつがあったよな、毛も燃えやすいはずだし……でも狼は
四匹いるんだよな、担ぐと重たそうだし背負ってたら今度は機動力が減るよな。
もしも背負って、皮膚に密着させている時にナノマシンが勝手に体に吸収しだ
したり始めたら、俺は仲間を自分自身を人類として見続けることが出来るのだろうか。
余った時の保存とかとかどうしよう。
皆を次の目標へ促し、自らもそれに続きながらでも色々な問題で頭を休ませる暇は
取れそうになかったのだった。
◇◇◆◆◇◇◇◇◇◇◆◆◇◇
あれからあのまましばらく歩きながら、先の戦闘内容のすり合わせを行った。
あの弓矢の先のほうにあった不思議そうな力のこととか、もちろん鹿と狼に
ついてのことも新たに得た情報があったりしたので含まれている。
一人一人の考えを五人で共有し、それを考査していった。
その間に二匹の狼を回収している。
今は三匹目の狼を、鹿に接敵してから数えると二匹目の獲物の回収に向かって
いる所だ。
ここまでで、致命傷を与えて放置していた狼は全て事切れていた。
そして俺達の内の田中と渡辺さんは黒っぽい毛皮のようなものを纏っていて、
残りはというと俺達の手にも肩にも、背中にも何も持っていなかった。
これは皮を毟るように力ずくで剥いだ後に、まず残っていた水分を吸って……
そして食べた結果だ。
AIから受けた報告には一応、改造したし大地の恵みを食べさせましたよと説明
を受けていたが、実際にやって目で見たことと、情報として教えられたことと
では全然違うと思い知らされた。
今回は主に精神的に。
まぁその精神的な落ち込みも既に治療済みで、こうして思い出してられるの
だけど。
だけどまた新たな心配事が増えてしまっている。
もしこの先にmagicを習得できたとして、そして幸運が重なって迎えが来て
くれたら、俺達自信もsampleになり得るんじゃね……
空に宇宙に帰りたい気持ちはもちろんあるが、必死に帰っては駄目だと別の
自分が引き止めているような気がする。
たぶん気のせい……
森人から撤退する時とは違い、今は追跡していた時のように一列になって
走っている。
周りを見れば、だんだんと森の木の密度が上がって来ているようだ。
その木の密度が増えたことによる視界不良が原因ではないと思いたい。
戦闘続きで最終的には敗走したから、どこかで気持ちの切り替え方に無理が
いったのかもしれない、狼の毛皮という戦果を得たことで気が大きくなって
いたり、その戦果の残りを、早く確認して回収してみたいと、逸る気持ちが強く
出たのかもしれない。
もしくはその全てが当てはまったのかもしれない。
かもかもだらけだが、敵が現れた事だけは確かな事だった。
『contact! 猪もどき、一、外皮色黒!』
発見したら確認支持をとばすという合図ではなく、その確認する必要が無く、
すでに向こうにはばれていて接敵しているという合図。
後手に回っている俺達は相手を確認する時間などなく、続けざまに次の支持が
先頭を走る近藤から荒々しくとんだ。
『緊急回避左! 体重移動、頭を地面にぶつける気で曲がり切れ!!』
走っている状態で体を左に無理やり倒す、まずは体の重心移動をさせるための
初動として、左に曲がる勢いを付けるように頭を言われた通りに地面へ
ぶつけるように倒す。
その後は体が引っ張られ続くかのように左へ急激に倒れていく。
俺達は単車がカーブを曲がるようなことを体勢で現しながら、森の木に身体を
擦りながら、突っ込んでくる猪の斜線上から緊急回避する。
走っていたルートから左へ外れた瞬間、猪は俺達の横三メートルほど先を走り
抜けていった。
通り過ぎる時に目線だけで見た猪の横顔は、食いしばった口元がまるで苦々しく
歪んでいたような感じがした。
その顔を近くで見た俺の心は、狩られる物となった時のようにシワジワ炙られる
ような沸いてくる恐怖を心に感じた。
だがその心をナノマシンが治療を始める前に新たに燻っていたものが、
その沸いてきたばかりの恐怖を塗りつぶしていく。理不尽に対する怒りだ。
俺の中にその熱いような怒りが沸き上がり続け、この先の行動に対する考え
が出てこなくなった。
微かに出てきた考えも、単語のようなもので文章のようにまとめることが出来ず、
言葉として表すことが出来ない。
その単語もだんだんと数が少なくなり、最後には何も考えられなくなってしまった。
俺の体は考えをまとめることが出来なくなるにつれて、頭の先から熱湯をかけ
られ続けているかのように、体温が少しずつ高くなってきているのが分かった。
その熱の波のようなものが頭の上から足の爪先までを飲み込み続けて、体全体
が高温になった時に、頭の中は真っ黒に塗り潰されたようになったのだった。
その時に、俺の中の何かがキレてしまったらしい。
その後は暖められた状態を巻き戻ししてるかのように、急速に冷えてきた。
そして体はまだある程度の熱を持ち、頭だけは恐ろしいほど冷え切った状態で
思考が静かに動き出す。
猪を分解する最適な方法を。
頭はキンキンに冷えて、そのフリーズしてしまいそうな状態でも猪をどうやって
バラすか考えることだけは、意識が割かれているのが分かる。
メンバー構成では、渡辺はちょっと気弱な面があり、田中はちょっといい加減だ。
だとしたらやっぱりここは、ガンガン行きそうな近藤と、どんな時も冷静で
こなしそうな安田で行こう。
纏まりきった思考が意思として支持を紡ぎ出し初めた。
『three man cell近藤、安田、俺で俺が囮! それぞれbackup田中、渡辺!
gogo!! Move!!』
普段なら苦労人の渡辺さんのことを苦労人の仲間意識から、さん付けしていたの
だけど今はそれどころではなく端折る。
どちらかといえば、そんなことはどうでもいい気持ちになってしまっている。
あいつをあの猪を早く分解してやる。
その気持ちが俺から必要の無いことを省いていく。
それに伴って、この惑星に墜ちることになった事から今までうまくいかなった
ことの全てがあいつのせいだと思え、強く憎んでしまう。
そうした憎しみや怒りの全てを含めて、急に接敵した猪にぶつけ始めたのだった。
武器を手に持ち、隊列を組む。
武器といっても木の棒だ。隊列といっても俺を先頭にして後ろに近藤と安田が
並んだ三角形のような形で、それぞれに田中、渡辺が付いている。
彼等にも役目がある。
猪は三十メートル先のほうで、こちらの様子を見ているようだ。
俺は片手に田中から奪った木の棒も持ち、自分の物も併せて両手に持っている
状態になっていた。
俺達の横を走り抜けた猪は、自らに自信でもあるのだろうか止まっている。
俺達は田中を近藤と、渡辺を安田とで先にTwo man cellの形にしてから、
その二人を一人とみなした形をとり、四人と俺でthree man cellにした状態を
とった。
走り続けるはずだったルートに戻ってきた時に相手がその先にいることを
確認することが出来た俺は、それから猪の目から視線を離してはいない。
後ろの準備が出来たことを意思で知った俺は猪と目を合わせたまま、おもむろに
背伸びをする姿勢になり、そのまま自然に前へと倒れた。
倒れていく俺に猪は唖然とした顔を見せていた。
もうここは戦場だぞ、阿呆が。
完全に倒れ込み地面と接吻するまで身長の長さの1/3になった時、左足を前に
出した。
そのまま地面に近い位置を這いずるように前方へ走り出す。
他の仲間達はそれを合図にしたように、一人は後方へ向かって、一人は後ろ向き
でその場を離れるように走り出した。
這って進むような状態なので低姿勢とは言えないような極低姿勢のまま、両手は
下に伸ばし、握った木の棒はたまに地面に掠っている。
伸ばし気味の腕と木の棒はまるで下側に伸びる飛行機の垂直尾翼のように見えた。
顔の位置は下げない、目で相手を捉えたまま、睨んだような顔を相手に晒し続け
ながら走っている。
地面をまるで這うかのようにして猪との距離を高速で詰めていく。
さすがに接近してくる俺をそのままに出来なかったのか、猪は姿勢を低くして
飛び出しきた。
お互いが同じ場所に対面になる位置から走っていっているので、片方だけが走り
寄っている状態よりも早く距離が縮んでいく。
俺の頭の中では、相手との距離と目的の場所への到達時間をずっと計算し続けて
いる。
もともと走って行き帰りした道だ、距離はもちろんのこと地面の状態もすでに
分かっている。
初めは小さな黒っぽいものだった猪は、今では大きくなったように見えている。
相手の顔は口を噛み締めたような力んだ顔になっていた。
おもわず威嚇の笑みが出そうになったが心の中だけで笑っておきながら、俺は
今まで這っていたような姿勢を徐々に起こし始めた。
猪とのチキンレースのようなものも残り五メートルを切りそうになった時に、
俺は別の行動を起こした。
上体のほうはすでに殆ど起き上がっている、その状態で右足を曲げ、体重を右
だけに預けた。
右足は叫びにならない悲鳴を上げ、血管ははち切れ、もれた血の血圧で圧迫された
神経は、俺に刺すような痛みを伝えてくる。
その状態にもかまわずにナノマシンへ足の機能に係わる主要箇所だけの治療を
優先させる支持を出す。
そして治療中にも係わらず負傷した右足で今度は地面を強く踏み切った。
踏み切ったことによって空中へ上がっていく俺の体、浮いてしまったことで
走るために地面を蹴る必要が無くなる左足を、浮き始めと同時に何も無い右方向へ
蹴り上げる。
その左足は右に流れるように空中を滑り。空中では何も阻むものが無いので
止まることが出来ず、その左足の動きは繫がっている下半身を胴体毎、巻き込み
右に回した。
空中で体がコマのように回る。踏み切りに使った右足は、今度は左後方へ左足が
通った線を追いかけるように蹴り下げた。
空中で地面へ体の前面が向くようにバランスをとり、俺が空中にいる状態で、
寝転がって地面から浮いたような状態で、猪と交差した瞬間に顔を拝む。
あいつは驚いているようだった、口が開いてしまっていたから多分になるんだけどね。
そのまま交わらないラインで通りすぎた後に、地面へ着地するためにバランスを
とり、両足を使って着地を行う。
両足が悲鳴を上げた。
治りきってない右足なんて痛みが酷すぎてすでに痛覚が遮断されているが、
ダメージは計算出来てしまい気分が重たくなる。
そんな体の状態なのだが、普通に怪我を無視して足を前に出し、俺は駆け抜けて
行った猪の後を追いかけ出したのだった。