3
堕ちた先は森と呼ばれる、木々が密集していた場所だった。
それが落ちてくるまで、そこには確かに生命の息吹が溢れている場所
だったんだ……
『んぅ…………』
何とも言えない感覚だ。思わず呻いてしまった。
深い眠りに入っていたかのように、さっきまで何かをしていて時間は立って
ないように感じられるのに、そのさっきしてたことが思い出しにくい感じ。
または寝て起きてから、夢を見なかった時に感じる喪失感。熟睡した時に
感じる、しかっり寝たはずなのに寝ていた時間を取り戻したいような感覚
だった。
体の感覚がよく分からない、頭の向きを上下左右に振って、周辺を確認しても
周りは真っ黒で、最後に上を向きながら思った。
俺は逝ってしまったのだろうか……と。
しばらく余韻に浸り、何気なく前を向いたらいつの間にか一人の女性が
立っていた。
曖昧な頭で見た女性はとても俺の好みにあっていて、もともと死後の世界
なんて信じてもいなかったし興味も無かったが、こんな女性と過ごせていける
のなら、この世界も悪くないと暢気にnaturalに考えていると、その女性は
こちらの意識が向いたのを確認できたのか喋りだした。
『おはようございます……奥村 ハチ様、現時刻は三六一一、〇九、二四、〇九、
二三になります。惑星へ突入した三六一一、〇三、一四、二一、二二から
〇〇〇〇、〇六、一〇、一二、〇一後になります。仮死状態に移られてから
約六ヶ月間の出来事についての報告をさせて頂きます』
『あぁ……たの……』『奥村 ハチ様、田中様、近藤様、安田様、渡辺様が――――』
さっきまで目の前の女性は俺の女神だと思っていたが、AIだったという事実
にかなり落胆しながら、報告は必要なのでそこは素直に受けることにした……
だが通常AIは人類を敬っており、人が言葉を話している時には言葉を被せて
くることはない。
今のような状態はめずらしい。俺がそんなことを考えている間も報告を続けて
いるAIを見ながら、目は合わしてくれるが、その目には知性の光が浮かんでなく、
まるでその姿は必要な機能を外した機械のようで、言葉のキャッチボールで
コミュニケーションは出来無さそうだ。
――そしてもしかしてと気付いたことは、目の前に見えるAIはもうそういった
ことは出来ないんじゃないかと思った。
仮死状態になってから堕ちて、今までのことをAIに連絡してもらいながら、
ナノマシンを使った並列思考を使い、話の内容を把握しながら今後についても
考える。
もともと降り立つはずだった大陸ではないようだ。
もともと降り立つ大陸は化け物はいるが、宇宙人はいなかったはずなのに、
この大陸にはいるらしい……地図などは、もともと惑星全体を記録してあるし、
生き物に関しても抜かりは無いのだが空き巣に入る家に、持ち主がいるのと居ない
のでは、お邪魔する時の気分が全然ちがう。
俺は溜息が出そうになるのを堪えながら前向きなことを考えようとした。
『プランを変えないといけないな…………というか艦がなくなってるんだけど、
どうしようかな………』
無理だった。
一番の問題は乗って来た船が無く、帰りの足がないことだろう。
確かこの惑星の文明は中世前ぐらいだったと思う……母星の某国が始めて宇宙に
人を乗せて上がったのが、十九世紀の中頃だからここが中世初期頃としても最低で
十五世紀ぐらい、まてばいいのか……
『I see……いやいや、無理でしょ、俺達がたとえ待てたとしても、さすがに
そんなに長い時間を艦隊が待ってくれないし……』
本当に十五世紀待つ気になりそうだったから、慌てて自分に自分で否定する。
呟いた思いだけで、自分自身に精神的ダメージが入る。
話によると母艦へは、船体に初期異常が起こり、消耗率が四十パーセントを
超えた時に、現状報告と併せてこの先に起こりうる未来予想図も添えて報告した
らしい。
だとすれば、おそらく艦隊は俺達がどういった状態なのか分かり、どうなるのか
最後の道筋まではっきりと分かるまでは、この惑星の近くにいるはずだ。
しかしこれが例えば旅行なら、帰りの切符をなくし、売り場を探したが
見つからず、そればかりかstationすら無い状態だよな……焦燥感より、どちらかと
いえば虚無感が心を侵食していく。気持ちを切り替える意味もあって目先の
現実的なことを考えてみた。
『ハ、ははは…………困ったな。とりあえず、とりあえずのところ。
いまあるものはなんだろうな…………』
仲間と俺。
艦隊にしてみれば、揚陸艦の派手な分解を見させられたのだから、その安全性
が確保されるまで、すぐに救援がやってくることはないだろう。
例え動きがあったとしても俺達が下りる前に行った、半年間の観測だけではなく、
今度は物理的なtestも実行し、安全性がある程度は保障されてからになるので、
救援以前に補給物資の投下に対しても望みは薄い。
そうか補給物資もないとなると辛いどころではない。武器さえもないので生きて
いくこと自体が辛くなる……
『と、とりあえず、俺の体はきちんとあるらしい……体だけ?…………』
裸とか、ただの変質者だ。
AIにはコミュニケーション機能が付いていなかった。
いや付いていたのだが、無くなったらしい。
とりあえず寝惚けていた頭も動き出したようだから、本格的に未来へ向かって
考え出すことにした。
連絡内容を聞いた上で、内容をまとめてみる。
船体はここに到着するまでに殆ど使い切ったらしい。
そして何とか不時着した後は残りの資材で俺達五人を、それぞれ穴を掘って
埋めたらしい……
理由は誰か一人でも生き残るために。
俺達が意識を喪失し、この大地に降りた後にAIは俺が推測していた仮説
のようなものに近い推測をたてて物事を考え、それから現実に目の当りに
したらしい。
それは実際に大地に降りてから証明されたらしい。
どうやら神様のご意思とやらも現実味を帯びてきているらしく、この惑星の大気
には母星の大気には無いものがあるらしい。
その訳の分からんものは、この惑星全体にありそうで、少なくとも地面と周りの
植物には備わっていた。
そう、備わっていた。この惑星の大気にあるものは大気だけではなく惑星
自体にも備わっている可能性が高い。
そしてそれが備わっていないものは消滅させられるような力が働くらしい……服さえも
made in Planetじゃないと今の俺みたいになる……
だとしてもまだAIだけの報告だけでは情報不足だ。なにより研究らしい研究が
出来てない状態だし、そんな機材もすでに失われていたのだから。
そんな現実味の無いことは信じにくい。これはこの惑星にいる限り、これからも
追いかけていかないといけないことなんだろうな。
俺達は仮死状態で生存させられ、その後は無理な船体制御と落下の衝撃で肉体を
酷く損傷させたらしい。
その肉体を再生させるために必要な養分を、土とかミミズのようなものから、地面に
染み込んだ色んなものがmixされて落ちてきた水とか、もちろんそれらに含まれる
微生物も、上げると切が無いほど吸収させていったらしい。
ナノマシンに……
そしてそれらにも不思議物質は含まれていた。
『あぁ……人がなかなか食べられないものを食べさせてくれてありがとう……
それにしても、この状態だと人体の再構築がされてるのか』
たしかに人命優先と伝えていたが、この惑星に適合するように作り変えら
れているとは思わなかった。
だが記録を追いかけていけば、俺達を生かすために立ち止まらずに行動して
くれていた結果であり、そのお陰で活路は作られているんだよな。
『――――――――以上、奥村 ハチ様が意識を失くされてから、私が完全に
ナノマシンに生命維持を委譲するまでの間に行動していたことになります。
最後になりますが、奥村 ハチ様がこれからも武運長久であることを祈って
います』
彼女はAIだが、仕事をしだしてからの付き合いで長い。
献身してくれて、自らの機能が失われて逝きながらも俺を救ってくれたその
自己犠牲に思わず泣きそうになった。
休眠と稼動状態を繰り返し、精神年齢が肉体年齢より歳をとっている
俺ですら、このdamageだ。
歳相応なら立ち直れないんじゃないかとdryなことを考えられるほど精神が
安定してきた時になって、このままAIのことで塞ぎこんでいる場合ではないから、
よかったとこの時ばかりはナノマシンの生体調整に感謝した。
そしてAIに対しては、もう届かないとしても言葉で感謝を伝える。
『長いことありがとう……右も左も分からないどころじゃなく、過酷な状況でも、
立ち止まらずに行動してくれていたから、こうして俺は今を生きてられるよ』
この、人よりよほど人くさそうな、AIを忘れないようにしようと心に誓った。
俺の言葉を受けての返事かどうか分からないが、微かに微笑みながらAIの映像は、
その姿を暗闇に溶け込ませながら姿を消していった。
『さてと…………これからは俺が行動を起こす番だ!』
気持ち新たに、行動を起こすために俺は再起動を行い、現実の世界へ戻ったの
だった。
◇◇◆◆◇◇◇◇◇◇◆◆◇◇
まず意識の浮上と共に初めに感じたのは、耳の近くを飛ぶ虫にも似たあの
不快な高音を感じた。
その後にだんだんと視覚が戻ってきたのか、瞼の裏からでも確かな光を感じる
ようになった。
確かにそうだ半年も寝たきりで真っ暗闇の穴の中にいれば、目も耳も悪くなる。
だんだん羽音にも似た音が言語に近付いてきて、それは人の言葉として耳に
飛び込んできた。
「o……o……o……ok……oku……お……おく……おくむら……奥村!!」
俺が呼ばれていると認識した。緊急かと思い、眼をこじ開けたら、瞼という
sunshadeがなくなったために、上から容赦ない光がふってきた。
「ぐおお…………」
通常なら失明の危険がある行為だが、すぐに生体調整が効き、すぐに視力が
戻ってくる。
戻ってきた目でゆっくり見ていれば初めは徹夜明けの黄色い空のように見えて
いた風景が、きちんと配色された色彩として伝わってきた。
それから顎を軽く引きながら左右を伺えば、近くに誰かの足と土が見えた。
俺を呼んでいたであろう人物に、地面に転がされた姿勢で目線を合わせ、言葉
を放った。
「お前、田中か? …………」
「お前も奥村か? と聞いたほうがいいか~?」
そいつの顔は田中の輪郭をしていたが、記憶の中のあいつとは髪と目の色が
違い、髪は白に、目は赤に、なっていた。
そういえば装備品が無い状態なので、最低でも行動出来るように髪は風景に
溶けめるように色を変えることができる迷彩仕様で基本は白に、目は赤外線
thermography関係の対応を表す赤で、局地対応仕様になったんだったな。
軽く首を振って、田中からの疑問を否定しながら、俺は体が動くことを確認
しながら手を差し出し引き上げてもらった。
それから話の先を促すように相手に目線をあわせた。
先に目覚めていた田中に近況を聞きながら、改めて周囲を伺ってみた。
俺がいるのは森の中に開けた広場のような場所と森との境目で、地面には
草のようなものが生えているがその数は少なく、森を見れば木が森に向かって
もたれ掛かるように立っている。
おそらくこれらは落ちてきた時の俺達の仕業なんだろう。
俺達がいる広場はちょっとした会場に使えるぐらい大きく、観客席を完備した
baseball Groundの移設も出来そうだ。
周りを見回した感じ平坦になっているので、観戦をただ見することは難しそうだ。
一ヵ所だけ森に穴が開いたようになっており、広場を突き当たりにした道が
遥か先まで続いている。
あそこから降りて来たのだとすぐに分かった。
周りを一通り眺めた後は環境などが気になりだした。
湿度は森の近くということもあり、少し多くわずわらしい。
だが空を見上げれば晴天で、そのわずらわしさも払拭されそうだった。
そして森を見る、その先には同胞がいるはずだ。少しづつ気持ちが持ち上がって
着ていたが、ふと空を見上げるといつの間にか観測する側から観測される側のほうへ
変わったことに、なんともいえない気持ちになった。
どうやら俺は寝坊をしていると思われていたらしい、俺のAIは皆のより説明が長く
几帳面だったのかもしれない。
そのため田中がわざわざ掘り起こしてくれたらしい。
もし生きてなかったら、掘り起こされた後はどうするつもりだったのか気になった
ので田中の話を聞きながら目の動きを見逃さないようにした。
今いるのは、すぐに森へ隠れることができる場所だが、早めに森の中に入ることを
促され、他の3人も森の中で待っていることを聞いて、一人ではない安心感を得ながら
ナノマシンのネットリンクを使い、口頭から意思疎通へと対話の仕方を切り替えて、
足を進め始めた。
◇◇◆◆◇◇◇◇◇◇◆◆◇◇
人の手が入ってない森というものはとても歩きにくい。
それでなくても、俺の体には装備品どころか服さえも着てない状態だ。
頭上と股の間には毛が生えているが、今の状況では防御面としてはまったく
役に立ちそうにない。
武器としては三十センチぐらいの木の棒もあるが、今の所は出番が無さそうだから、
俺は唯一の装備品を上下とも森の中に溶け込むように迷彩色を発揮させている。
『頭はいいが、そこの色がカラフルになったら、おかしいだろうが!』
別に遊んでいたわけではなく少しでも緊張感をほぐしたいがためだと言いたい
のだが、近藤から不機嫌を隠さない強い突っ込みが入ったので、俺の唯一の装備
といえる二つの内、下の迷彩を静かに解除する。
これも今の状況が悪いんだ……多分そうなんだ……
森の中では少し歩くだけで、足は見たくない状態になり、腕にはいつのまにか
切れたのか血の跡の黒が残り、体は汗か湿気か判断が難しいが、とてもwetだ。
俺たち五人は一列に並び立って、そんな状態の中を遮二無二に突き進んでいる。
五人が実際に集まって近況の連絡を終えたのち、まず誰しもが激しく必要性を
訴えたのが衣食住の内の衣だった。
まぁ……気持ちは分からなくもない……俺だって男の裸を見て、興奮する性癖は
もってないし、うれしくもなく、どちらかといえば目に入れたくないので潰したい。
それにしても先に、他の二つを抑えて衣が選ばれることが、俺達のこの惑星の
位置関係というか立ち位置というか異物感が際立ってくる。
たしかに食に関しては、知らない内とはいえ土まで召し上がった胃袋だし。
大地を主食に一緒に口に入るであろう微生物をtoppingに、ついでに周りに
生えている草を毟っておかずにしてもいいが、これは冷静に考えるとすごい酷い
と思う……でも食べた後には穴が開き、住居も出来るからいいのか……
いやよくないだろこれ……
『Check! Eleven』
この惑星の生活について考えていると、安田からの唐突な確認支持に皆が反応を
示し、前方方向を十二時としての十一時方向に目線だけを動かした。
そして、その方向を向けない者も、向いている者も、向ける者もとりあえずは行動を
停止し、なによりもまずは音を出さないようにする。
『視認前、目標四十メートル先、大小一、鹿っぽい……外皮色緑……』
相手が視認前だと分かった。
百八十度反対方向を警戒していた俺は腰を落とし、出来るだけ相手から視認され
にくいような姿勢に持って行きながら目標方向へ向きを変えていく。
『緑の鹿か、どんな味がするんだろうな…………』
緑色の鹿の味に興味を持っていそうな発言をした近藤に少し引きながら、実物で
なかなかお目にかかれない色の鹿を視認するために目線を向けようとしたとき、渡辺
から新たな確認支持が伝わってくる。
『Check! Eight』
自然の中では一体多数のlynch的な状況など、初めから望んではいなかったが、
ちょっと敵さんが出てきすぎじゃないですかねこれ…………
どうやらこの惑星は想像していたより、俺達も含めて、獲物が豊かな森らしい。