4話
――第一訓練場・中央
嗚呼・・・今、俺はなんでここに立っているんだろう。
「さあ、久遠君、準備は良いかい?」
剣崎先輩はやる気満々で剣型の心器を顕現させて構えている・・・。
「そうそう、この訓練場に張られている結界は肉体的なダメージを精神ダメージに変換する効果がある。もし、致命傷を負ったとしても結界の外に転送されるから安心していいよ」
もう逃げることは出来そうにない。覚悟を決めるか。
俺は自分の心器を顕現させた。
「へえ、それが君の心器かい?」
俺の心器は手甲型だ。
「はい、格闘戦は割と得意なんですけど、過度な期待はしないでくださいね」
俺は先輩を観察しながら構える。そこそこの実力に見えるように。
「いや、なかなか様になっているじゃないか。これは期待できそうだ」
う~んこの対戦、理想なのは先輩が手加減している間に負けるか、引き分けにすること。
その為には先輩の実力をいち早くう把握し、手加減している先輩とほぼ同等の力量で戦う事。
いや目立たないためには負けた方がいいのか?
でも完敗したら中間から少し上の成績を取るのが難しいのではないだろうか?
あ~もう羽田先生、全く余計なことをしてくれる。
いやポジティブに考えろ、相手はエリートの隊長、学生の力量を知るには丁度良い。
学園長は学生のレベルが落ちているって言ってたけど隊長クラスならば極一部の実力者と見て間違い無いはずだ。
ならば今ここで見極める。・・・ん?あれ?なんで俺はこの人を見極めるとか上から目線で考えてるんだ?
見極める必要なんてない。ほどほどに戦って、さっさと負けちまおうかな。よし、それでいこう。
「先輩、どうかお手柔らかにお願いしますね」
「うん、わかってるよ、真剣に行くからね」
?なんで真剣?ちょっと待って。
「えっ?」
「では、双方構え、試合開始!!」
俺の混乱を置いて開始宣言がされる。
「ッツ」
開始の宣言と同時に先輩はかなりの速さで懐に踏み込んできた。
右下からの切り上げを上半身を反らせて躱す。
そのままバックステップ。先輩はそのまま踏み込んできてさらに一撃。
躱しきれない。こともないが左腕で受け止める。
心器での斬撃だが、ただの斬撃なので同じ心器で受け止めるのに何の支障もない。
「準備運動はまだ必要かな?」
「先輩、手加減してくれるんですよね?」
「もちろん、ではそろそろ行くよ」
先輩が『心纏』を発動させる。
綺麗な『心纏』だ、力強くそれでいて澱みない。
俺も『心纏』をわかりやすくする。
「うん、随分と慣れている感じだね」
「ええ、基礎はしっかりとやっているので」
「それは良い心掛けだ・・・行くよ」
わざわざ宣言してから攻撃してくれるとは手加減はちゃんとしてくれているようだ。
さっきの3倍ぐらいのスピードで攻撃が来る。
突きが3回、両腕で弾く。斬り込み、斬り払い、両手で反らす。
「躱すだけかい?攻撃はしないのかな?」
「そうですね。行きますよ」
振り降ろされた剣を左手で掴む。
そのまま右拳を叩き込む。
「おっと」
が、先輩はあっさりと剣を手放し、距離を取る。
「なかなかやるね」
そういう先輩の手には俺の手にある剣と同じ形の剣が既に握られている。
「!?・・・先輩の心器は随分と特殊なようですね」
「まあね、種は教えないよ?」
心器は基本一人に一つ、心を顕現させるのだから手元から離れたら、もう一度手にして消さなくてはならない。
同じ形でも複数あるのはおかしい。
普通に考えれば二本一対の剣である。というのが一番在り得そうなのだが、それにしてはあっさりと手放し過ぎている。
「剣、返してもらうよ」
先輩がそう言うと俺の手にある剣が消えて、先輩の手の中に顕現する。
「先輩、そんなに簡単に手の内を見せても良いんですか?」
「大丈夫だよ、全部は見せないし、それにもし手の内が知られても、同じ人類の守護者たるホルダー同士、問題は無いよ」
「!・・・そうですね、確かに隠し事ばかりだと、背中を預けることは出来ないですよね」
俺は少し反省した。
俺は見られてもいいレベルで手の内を晒そう。
「先輩・・・俺も少し手の内を見せますね」
「心纏双手」
「?何か変わったのかな?」
「見た目は変わりませんよ、見た目は」
そう言いながら先輩に向かって歩いて行く。
「そう、君の力見させてもらうよ」
先輩は二刀流で斬りかかってくる。
全て受ける。両腕で。
受けて、受けて、受けて、受け流す。
「随分と硬い防御だね、でも攻撃はしないのかな?」
「その質問二回目ですね、先輩。ええ攻撃はしません。守りだけに集中します。ほら戦闘部隊の隊長さんなんてエリートの攻撃、俺ごときでは防御に集中しないと防ぎきれないんで」
「とてもそうは見えないんだけどな。まあ良いか、防ぎきって見せてくれ」
先輩の攻撃の勢いが増す。
一撃ごとに早く、重く、鋭くなっていく。
・・・先輩、手加減を忘れているのではないなろうか。
「先輩、手加減、忘れてませんか?」
防御に集中しつつ、先輩に尋ねる。
「そうだね、でも、手加減、したままだと、ずっと、このままなんじゃ、ないかい?」
・・・それはごもっともだ。
どうすればいいのだろうか?
そう考え、取り敢えず先輩が持つ二本の剣を握って動きを止める。
すると先輩は二本とも剣を手放し、新たに剣を二本顕現させて斬りかかってくる。
これはチャンスだ。
ここで動揺したように見せかけて、一気に負けよう。
手に持つ二本の剣を投げ捨て、片方は防ぎ、片方は受ける。
ッ痛。いや痛くない?
ああ、そういえば精神ダメージとやらに変換されるって言ってたな。
ま、いいか、だんだんと崩れていこう。
「どうしたんだい?急に動きが悪くなっているよ」
「っつ、先輩、無茶言わないで下さいよ。これでも精一杯です」
それから間もなく、俺の首に剣がそえられた。
「そこまで!!」
存在感の薄い審判が終了を告げる。
「はぁ、負けました」
「そうだね、でも結局君の力は見られなかったな」
先輩は少し不満そうにそんなことを言った。
「いやいや、必死になって防御してたでしょう?あれが俺の全力で・・・」
「嘘はいけないよ。君はもっと強い。まぁ良いよ、本番ではそんなこと言ってられないからね。君の活躍を期待してるよ」
そう言い残し、先輩はギャラリーの方へ歩いて行った。
残された俺は考えていた。どうすれば良かったのかと。
全力では無いが真剣に戦った。負けることを前提に戦うのは意外と難しい。
まぁ考えるのはいつでもできる。
今は羽田先生に文句を言おう。
先生のもとへと向かう
「先生、よくもあんなこと言い出してくれましたね。厄介ごとはゴメンなんですよ」
「えぇ~先生は良かれと思って言ったんですよ~。久遠君だって~学生の実力を知るいい機会だったじゃないですか~」
「俺が知るべきなのは一部の優秀者じゃなくて、学生全体の実力なんじゃないですかね」
「でも~イーター出現時は~一緒になって~戦うこともあるでしょうに~」
「学園長も俺は単独行動で良いと言ってくれてますんで、俺は基本単独です」
「はいは~い。文句はその辺にして学内案内の最後~学生寮にいくよ~」
「先生、ごまかそうってんですか?先生、逃げないでください、せんせ~」
◆◆◆
「恭介、どうだっだ?編入生は」
「大悟か、見ての通りだよ、底が知れないね。全然本気にさせられなかった。少し悔しいね」
「そんなにか?」
「ああ、戦ってみたらよく分かる。彼は最初から勝つつもりは少しもなかったみたいだしね」
「そうか・・・戦力として期待してもいいのだろうか?」
「う~ん、それは分からないかな。学園長が言うには本人は緊急時以外は普通に過ごしたがっているそうだけど」
「それは難しいだろう、お前との模擬戦はネット上に挙げられているはずだ。中盤の防御技術だけでも注目を集めるには十分だろう」
「そうだね。しかし優秀な後輩が出来て嬉しいよ」
「そうだな、我々は人類の守護者。今後の為にも優秀な人材は必要不可欠だ」
「彼がこの学園で何をするのか楽しみだね」
「ああ、そうだな」
◆◆◆
「は~い、ここが~これから君が暮らすことになる~学生寮で~す」
「ここまで来るのに随分と疲れた気がします」
「そ~だね~、大変だったかもね~」
「完全に他人事ですね先生。先生のせいで必要のない労力を使うことになったんですけど?」
「でも~悪い事ばかりじゃあ~なかったでしょう~?」
「まぁ、そうですけど」
確かに学生の実力者の力量は分かった。
だがその代わりにこちらの戦力をかなり探られた気がする。
幸い、心纏双手は使ったけど全部は見せていないし、問題無いだろう。
もしかしたら先輩に手加減したのはばれてしまってるかもだが。
まぁ戦闘部隊の人達とはそんなに関わらないだろうな。
イーターが出ても単独行動だしな俺は。
「まぁ過ぎたことはもういいです。先生、今日は案内ありがとうございました」
そう言って羽田先生に会釈する。
「は~い、また明日から~よろしくお願いしますね~」
羽田先生はそう言って帰って行った。
さぁ明日から学園生活だ。今日はもう疲れたさっさと自分の部屋に行って休もう。
◆◆◆
――男子寮・久遠拳児・自室
寮母さんの寮についての説明とルールを教えてもらい、自分の部屋に入ったのは夕方になっていた。
「はあああぁぁぁ~~~」
ベットに寝転がりため息をつく。部屋にある荷物はほとんどない。
「今日は反省することばっかりだ」
そう反省することが多い。
まず学園長室での事、学園長の威圧に対してもう少し動揺した方があとあと楽だったのではないか。
そして最大の反省点は剣崎先輩との模擬戦を受けたことだ。
いきなり学園最高クラスの人との模擬戦、もっとましな戦い方をすれば良かった。
あんな戦いでは先輩に失礼だったかもしれない。
少し手の内を見せるとか言っておきながら、結局の所、技の名前を言って防御を真面目にやっただけで、手の内なんて少しも晒していない。
わざと負けたのも周りから見ればバレバレだったかも・・・。
嗚呼、早速登校するのが嫌になってしまった。
それに羽田先生に案内された設備はほとんど覚えられていない。
自慢じゃないが考えるのと覚えるのは苦手なんだ。
しかし今日はもう疲れた。
明日の事は明日考えよう。
おやすみなさい