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小指の糸

作者: 一条 灯夜

 幼馴染を可愛いと思うか否か。


「運命の赤い糸ってあるじゃない?」

 そう幼馴染が前の話から関連不明の話題を持ち出したのは、昼食時だった。ちなみに、この学校では、ロマンチックの定番ともいえる、昼に屋上なんかの自由行動は許されず、教室でのごくごく平凡な昼食時間の中で、だ。

 周囲の物見高い視線が、それでなくとも幼稚園以来の幼馴染である俺達に向けられているのを感じ、緊張感をそこはかとなく漲らせて答えた。

「小指から繋がっているという?」

「そう、小指の糸。恋愛の定番アイテム」

 重く頷いた幼馴染の香織は、ぴんと小指を立てて俺の目の前に翳した。

 寄り目になってソレを見つめる俺に、香織が続ける。

「あれってさ、いつ結ばれるんだと思う?」

 ソフトボール部、ピッチャーの香織の夏場に日に焼けた顔。薄いそばかすで彩られた頬を、不思議そうに傾けられると……。なんとなく、だけど、その小指の先から自分へと伸びる赤い糸を意識させられてしまう。

 まあ、そんなファンタジックなもの、見えやしないんだけどね。ごく平凡な学生の俺には。

「いきなりどうした」

 と、テンプレートというよりかは、周囲の視線の圧力に屈する形で最も無難な返事をした俺に、アンテナの感度が鈍すぎる香織のごくごく普通の表情が向けられる。

「いやさ、あたしって、全然もてないじゃん?」

 き、訊かれても困る……と、心の中だけで返事をする。

 香織は、美人じゃない。学年のアイドルって感じでもない。でも、素朴な魅力があって、運動部とか、そういう恋愛に初心な男子の人気はかなり高い。

 だからこそ、こちらの気苦労が多いんだけど。幼馴染を武器にして、牽制するためのあれこれとかが……。

 尤も、自覚が皆無の香織に、俺が防壁を張り巡らす意味がどれだけあるのか疑問ではあるけどさ。

「この小指の糸は、いったい誰に繋がっているのかと思ってさ。もう高校二年じゃん、あたし等」

 しげしげと、不思議そうに香織は自分の小指を見ている。こんなこと言い出したのは、きっと、なにかの漫画かドラマの影響なんだろうな、とは思うものの……。

 そこで、俺です、と言い出せる勇気が欲しい。

 実際は、勇気が足りなくて、香織を真似て寄り目で香織の小指を見詰めるだけなんだけどね。

「どう思う?」

 香織の大きな目で、不思議そうな目で見詰められて、身体が石化した。どうって、訊かれても……っていうか、俺に訊くな。訊かずに繋げてくれ、その小指の糸を。何年片想いさせてると思ってるんだ、この天然バカめ!

 しかし、俺に出せる最大限の勇気は……。

「いや、ほら……あ――、その、そういう場合って、意外と身近なところが盲点になっているって言うか……」

 所詮、こんな曖昧な表現どまりだ。

 チクショウ、強引に繋げられない小指の糸……というか、縁を怨むぞ。

「んう? まあ、でも、来年は受験だし、やっぱり今年に恋人が欲しいなーとか、そんあことも思うわけですよ、乙女としては。分かる?」

 分かります、必要充分以上に。全く同じ気持ちなので。

 しかし、それをどう伝えればいいかが問題だ。

 香織が、男女の性別を意識しない距離まで顔を近付けている今だからこそ余計に。

「あ――、いや、その、な?」

 なんとなく、流れで問い掛けてみると、予想外なことに「うん」と、香織に頷かれた。

 これはもしかして……、いけるのか?

 言うか言わざるか、そこが問題だ。

 クラスメイトの全員が箸を止め、聞き耳を立てているこの状況で。


 結局、俺は……。

「多分、こういうことです」

 と、小指を立てた左手を香織に差し出した。

 周囲の、おお、とかいう感嘆符は要らない。ついでに、視線も要らないんだけど……。


 一拍後、ふふん、と、どこか楽しそうに香織が笑う声が聞こえてきたと思った次の瞬間、俺の小指は香織の小指に絡め捕られていた。

 目を細めてソレを確認し、三秒後に目を丸くすると――。

「この、鈍感」

 と、拗ねたような声が降って来た。

 成程、香織のアンテナの感度が鈍いと思っていた俺だったけど、どうもどうやら待っていたのは香織の方だったらしい。

「遅すぎた?」

 と、つい訊いてしまったけど、香織ににっこりと笑顔を返され――。

「時期的に、ギリギリ及第点としよう」

 なんていい返されてしまった。

 際ですか。

 まあ、いいけどね。

 ギリギリとはいえ、小指の糸が繋がった今だから。それでも。


 鈍い鈍いと思っていた香織の新しい一面。そうした発見は、きっとこれからもあるんだと思う。

 それが、なんだか、少し嬉しい。

 どうやら、運命の小指の糸とは上手くできているものらしい。

 すんなりと結びつかず、でも、必ず上手くいくように――。


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