第八話 雪城家のメイドさん
自分ではうまくいっているつもりでも、周りに余計な敵を作ってしまうなんてことはなんてことはよくある。
目立つ人間には必ずアンチがつくように、誰かと仲良くなることで、誰かの反感を買ったりするものだ。
俺は雪城に案内され、雪城邸の前に来ていた。
あまりにもスケールの違う大きな家に、ただただ呆然とするばかりだ。
そんな俺に雪城が呆れた顔を見せる。
「ほら、何ぼうっとしてるの? さっさと行くわよ」
雪城はスタスタと慣れた足取りで入っていく。
派手な装飾の玄関の扉を開けると、さらに驚きは増した。
年代物の金ピカがあふれており、金持ち趣味満載。
大金持ちの家を想像した人がみんなするであろう、玄関から見える二つに分かれる吹き抜けの階段なんて初めて目にした。どれだけ広いんだよ、この家は。
「……お、お前、こんな屋敷に一人で住んでいるのか?」
「いえ、メルと二人よ。後で挨拶させるわ。さ、入って」
上がろうとすると、金髪の女性がやってきた。
その顔は以前にコンビニで見かけた顔だ。メルという名前だった気がする。今日は黒いローブではなく、メイド服のような格好をしていた。
メルは俺たちの前にやってきて、小さく頭を下げる。
「お帰りなさいませ、玲菜様……」
平坦な表情に抑揚のない声。感情というものが全く見えてこない。
「あ、メル。ただいま」
雪城はメルに軽く挨拶をし、振り返って手で刺す。
「赤羽君。この間会ったと思うけど、改めて紹介するわ。彼女はメルフィオーネよ。私の使い……この家のお手伝いさんってところ!」
私の使い、で切れたところが気になる。使いっパシりとでも言うつもりだったのだろうか。いくら何でもそれはひどいぞ。
「で、メル。こっちが昨日も話したけど、赤羽春馬君」
急に俺の紹介をされたので、慌てて会釈をした。
そんな俺をメルが、ジッと見つめる。
「お考えを改める気はありませんか……」
不満げな声で含むような言い回し。あまり歓迎されてはいない様子だ。
「メル。その話は昨夜したはずよ。蒸し返さないで」
雪城に諭され、メルはしばしの沈黙の後、ゆっくりと体を向けた。
「……以前お見受けしておりますが、改めて、よろしくお願いします」
抑揚のない声に表情も平坦なまま。何を考えているのかさっぱりわからない。
俺はぎこちない笑顔で挨拶を返す。
「あ、こちらこそよろしくお願いします。メルフィオーネさん」
「……敬語など結構ですよ、赤羽様。メルと気軽にお呼びください」
「あ、だったら、俺も赤羽で――」
「いえ、玲菜様のお客様に、そのような真似は致しかねます」
「え、でも……」
何度かメルと言い合っているのに見かねたのか、雪城が腕を組んだ。
「いいのよ、赤羽君。メルって呼んでおけば」
明らかに年上を呼び捨てにするのは気が引けるが、雪城がそう言うなら、その方がいいのだろう。
「わ、わかった」
俺が頷くと、メルはほんのりと笑顔を見せた。
あまりにも唐突な笑顔に思わず魅入ってしまう。特に取り込まれそうな緑色の瞳から目が離せなくなっていく。そして、だんだんと意識が――
そこで雪城がコホンと咳をして、俺はハッと我に返った。
雪城はジロリと俺を一睨みすると、メルに目を向ける。
「手を組むことになったわ。そういうのはやめて」
「……申し訳ありません。以後気をつけます」
雪城は肩を竦めて、小さくため息を吐いた。
「い、今、俺……何かされそうだったよな?」
「――応接間に案内するわ。ついてきて」
凜として髪を払い、雪城が奥に向かって歩いて行く。
「わかった――って無視かよ!」
俺の的確なノリツッコミに反応しない雪城。悲しい気持ちになるが、止めてくれたようだし忘れよう。
その瞬間、背筋がゾワッと凍り付く感覚に襲われ、慌てて振り返る。
メルがこちらを見ていた。しかし、その表情は全くの無表情。睨んでいる様子はない。気のせいかな。俺は首を傾げ、雪城の後を追った。
※ ※ ※
豪華な家具の並ぶ応接室に案内され、おっかなびっくりにソファーに腰掛ける。
そのあまりの柔らかさに思わず腰が上がってしまったほどだ。
雪城が俺の向かいのソファーに座ると、その後ろに姿勢よくメルが控えた。
真っ正面に美人が二人並んでいると落ち着かない。
とくにメル。無表情な美人はなぜか気持ちをざわつかせる。
睨まれているようにも見えるのだ。
「え、と、あの……」
俺が思わずそんな声を出すと、雪城は何かに気づいたように尻目でメルを見て、ため息を吐く。
「気にしないで、メルはあまり感情を表に出さないから、不機嫌に見えるだけよ」
「そうなのか?」
「ええ、一緒に住んでる私が言うんだもの。間違いないわ。――そうでしょ、メル?」
メルは間を少し開け、コクンと頷いた。
非常に気になる反応だが、雪城が自信満々に言っているのだ。別に怒っているわけではないと信じよう。怒ってるようにしか見えないが……
「ところでアンタ、ソードは持ってきているわよね?」
身を乗り出してきて、当然のように聞かれたが、学校に行くのにわざわざ持ってくるはずがない。
「え? 持ってきてないけど、なんで……?」
「はあ!? バカなの? 本気? 殺されたいの?」
俺の返事に雪城は本気で呆れているようだ。
「そ、そこまで言うかよ……」
「言うわよ。小さくする方法も教えたのになんで持ってこないのよ。危機感なさすぎて、呆れ通り越して、殺意を覚えるわ……」
雪城はソファーに深く背もたれ、頭を痛そうに抑える。
ソードを持ってこなかったことがよほどまずいコトらしい。
大きくため息を吐く雪城。
「……まあいいわ。今日は使わないし……けど、明日からは絶対に持ち歩きなさいよ? 殺されたくなかったらね」
「わ、わかった」
どうやら身を守るという意味でも持ち歩いたほうが良いようだ。明日からは気をつけよう。雪城に殺されかねない。
そう反省していると、メルが俺を見えていた。どうやら、メルも俺に何か思うところがあるらしい。そして、それは多分いい感情ではない。
嫌でもそんな考えが浮かんでくるような厳しい目だった。
「ねえ、ちょっと聞いてるの?」
考えている俺に雪城が不満げな声を出した。
俺は慌てて雪城に視線を戻す。
「わ、悪い……ソードを忘れたコト、反省してた」
「……アンタね。ボッーとしてると大けがするわよ?」
「…………なんで?」
「だから、これからアンタはメルと修行するのよ。魔法使えるようになりたいんでしょ?」
雪城と手を組んだ時の条件を思い出した。
「あ! そ、そうだった! 俺に魔法を教えてくれるんだよな?」
「……さっきからその話をしてるのに、アンタが聞いてないだけじゃない」
「わかった!」
「返事だけはいいのね……」
「当たり前だろ! さっさと魔法を教えてくれよ!」
雪城は一瞬だけ目を丸くしてたが、すぐに呆れたようなため息を吐き、メルの方を振り返る。
「じゃあ、そういうコトだから、コイツに初歩の術式を試してくれる?」
「……わかりました。玲菜様はどうなさいますか?」
雪城は腕を組み、逡巡して立ち上がった。
「そうね……長期戦になるだろうから、着替えてくるわ」
「では、私たちは先に中庭の方に移動しています」
お辞儀をして立ち去ろうとするメルを、雪城が神妙な面持ちで引き留める。
「くれぐれも『よろしく』頼むわね?」
メルは体半分雪城に向け、小さく頷く。それを見て満足げに雪城は微笑むと、俺に『ちゃんとやりなさいよ』と付け加えた。
ひどい言いぐさではあったが、気にしてくれたのがどこかしら嬉しい。
ニヤケそうになる俺を、感情のない顔でメルが見つめている。
「赤羽様……荷物はそのままで構いませんので、ついてきてください」
抑揚のない声でそう言って、メルは先に扉を抜けた。
俺はせかされるようにその後に続く。応接室を出るとき、雪城が心配そうな顔をしていたのが妙に引っかかった。
なんだか嫌な予感がする。
※ ※ ※
メルに連れてこられたのは、広くて大きな中庭。
造園も整っており、素人でも上品さを感じさせる。
学校の寂れた中庭しか見たことの無い俺は、思わず言葉をなくす。
こんな場所で一体何をするのだろうか。
吹き抜けていく風に流されるように、メルがゆっくりと振り返った。
表情はまったくなかったけど、瞳の色だけがどこまで澄んでいる。まるで何かを決心したかのようだ。
俺はゴクッと息を呑み、雰囲気に押し殺すかのように明るい声を出す。
「こ、こんな場所で、一体何をやるんだ?」
「難しい事ではありません。私の攻撃を全力で避けるだけです」
「……? どういう――」
俺の質問が終わる前に、メルがいきなり魔法を放ってきた。
なんかデジャブ。先日、雪城に襲われた時のコトを思いだす。
俺は反射的に体をひねり、転がるようにその魔弾を避けた。
爆音が辺りを激しく揺らし、メルの放った魔弾の威力を如実に示す。明らかに先日見た雪城の魔弾よりも威力は高い。
まともに喰らったら命に関わることになりそうだ。
メルにどういう意図があるのかわからないが、こんなのは危険すぎる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は身を起こしながら、メルを止めようとした。しかし、そんなのお構いなしにメルがつっこんでくる。
危険を察して、後ろに跳んだ。しかし、メルがそれよりも早く、俺に迫ってきた。ソードも無い俺にそんな速度に対応できるはずもない。
――殺される。
死の戦慄が襲ったとき、激しい轟音と共に俺の目の前に影が降りた。
それはバチバチと光を放ちながら、メルの攻撃を止める。
「やめなさい!」
俺を庇うようにメルと対峙したのは雪城だった。
「雪城!」
俺の声に反応して慌てた様子で雪城が振り返る。
「……大丈夫そうね。ケガはない?」
俺が頷くと雪城はホッと息をつき安心した顔を見せた。それから思い出したようにメルに顔を向ける。
後ろからなので、雪城がどんな表情をしているのかはわからない。だけど、メルの顔には焦りどころか、なんの感情も浮かんではいなかった。
いつも通りの無表情。
少なくとも雪城や俺に悪いとは思っていないのだろう。
「玲菜様、そこをお退きください」
「メル! こんなことを頼んだ覚えはないわよ! 一体どういうつもり?」
「手を組む価値のない相手、だからです」
「それについては昨夜、何度も話をしたわよね? 勝手なことしないで!」
「……私こそ、何度も言いました。納得できる相手ではありませんと……」
おそらくメルは素人である俺と手を組む価値はないと、ずっと反対していたのだろう。それをなんとか無理矢理、雪城が言い含めていたに違いない。
「だからっ!」
雪城は叫び声をあげた。静まりかえる空気の中、雪城はハッとして、一度大きく深呼吸をし、静かに口を開く。
「……納得できないのは、赤羽君が素人で弱いから?」
「もちろん、それもあります。でも、それだけではありません」
素人で弱いと思われているのは間違いないようだ。
「他には、どんな理由があるの?」
「ソードすら持ち歩かない危機感のない人と一緒では、玲菜様に危険が及びます」
「そ、それはわかるけど……」
わかるんだ! 言われたい放題だな俺。
「でも、コイツは素人だし、意識の改革はこれからやればいいわ!」
「……ソードを持っていない今がチャンスだと思います。今なら簡単に――」
ジリッとメルは近づいて来て、俺に向かって腕を掲げた。
そこから魔弾が放たれる。雪城が素早く手を伸ばして防ぐ。
大きな音が響き、辺りを土煙が舞った。雪城はそのまま動かずにメルを睨む。
「メル、もう一度言うわ。やめなさい! これは命令よ!」
「……私にとって玲菜様の命令は絶対です。でも、今回は殺した方が玲菜様の為になると思いますので、申し訳ありませんが、その命令には従えません」
「え?」
「玲菜様こそ、邪魔をされるなら、多少痛い目を見てもらいます」
メルは重圧感のある足取りで、その手に魔力を溜め、雪城に向かって近づいていく。それに対して雪城も膝を曲げて構える。
「メルを相手に無事ですむわけないけど……私だって引けないのよっ!」
二人の空気が変った。本気で戦う気だ。
諏訪にやられて傷ついていた雪城の姿が思い返される。
放っておいたら、また深く傷ついてしまうのではないだろうか。
そんなことを考えたら体が自然と動いた。俺を守って誰かが傷つくのを、黙って見ていられない。
「やめろっ!」
強く足を踏み出した瞬間、ズルッと力の抜けるような感覚に襲われ、転びそうになった。でも、それは一瞬だけ。その違和感はすぐに消えた。
俺は急いで体勢を整えふと、雪城とメルの間に割り込み叫ぶ。
「もうやめろよ! 二人が争うのは間違ってるだろ!」
「あ、赤羽君? すぐにそこをどきなさい! メルのターゲットはあなたなのよ?」
雪城の大きな声が響く。自分でも無謀なコトをしたのはわかっている。
だけど、黙っていられなかった。
目の前のメルが落胆したような息を吐く。
「本当にあなたは何も考えていないのですね。そんな場所に立ったら、玲菜様の苦労が台無しです。殺してくれと言ってるようなものですよ?」
スッと俺に向けて腕を伸ばす。その手には今にも発射できるように魔力が込められている。さっきまでは怖かった。だけど、今は違う。
俺を庇うために雪城とメルが争い傷つく姿なんか見たくない。
「うるせえ! 俺は別に助けて欲しいわけじゃない! ましてや俺のために傷ついてなんか欲しくない!」
無表情のメルが眉間を小さく動かす。
「ではなぜ、玲菜様と手を組んだんですか? 玲菜様に助けてもらうためですよね?」
「俺が雪城の力になりたいからだ!」
「素人のあなたにそれが出来ると……?」
ジリジリと空気が焼けるような音が耳に付く。
今にも魔法が放たれそうだ。
「出来ないから、魔法を教えてほしいんだ。雪城と肩を並べられるくらい強くなりたい! 死ぬ気で努力する覚悟だってある」
「死ぬ気ですか……だったら今すぐに死んで――」
鬼気迫るメルの話に割って入る声があった。
「そもそもの前提条件が間違っているわ。私がソイツを庇って危機に陥る様な真似、絶対にしないもの」
余裕のある雪城の表情。自分はそんなことするはずがないと言った様子だ。
だけど、知っている。雪城が危険を顧みず、俺を何度も助けてくれたことを。見殺しにするような真似が出来るはずがないことも。
おまけに今も俺を庇って、危機的な状況に陥っているんだけどな。
「すると思うぞ。間違いなく……」
俺の言葉にメルがハッとして、瞳をパチパチと瞬く。
それから、俺に同調するように頷いた。
「私も……そう思います」
「な、何よ二人して……まるで私が考えなしみたいじゃない……」
プクッと頬を膨らませると、雪城はそっぽを向いた。
わかってないのは本人だけらしい。
これはメルが心配するはずだ。お人好しすぎる。
「考えなしとは言わない。だけど、お前がピンチの奴を放ってはおけない人間なのは知ってる」
雪城は少しだけ頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。
そんな雪城を一瞥し、メルは俺を見つめる。
「死ぬ気というのは……玲菜様の性格を理解した上だったのですか?」
「もちろんだ。軽い気持ちで言ってるわけじゃない。俺のために誰も傷つかずにすむように死ぬ気で強くなるんだ!」
メルは探るような面持ちで、その手を俺に向けたまま黙ったまま。
勢いで出てきたが、どうすれば納得してくれるのかわからない。
しばらくメルと対峙していると、雪城が後ろから俺を押しのける。
「危ないぞ! 雪城――」
俺は驚き、制止しようとするが、雪城はまるで気にせず、メルに近づいた。
「もういいわ。やめましょう、メル。数値も取れたんだし……」
言いくるめるような雪城の声。
その言葉にあっさりとメルが頷き、手を下ろす。
「……はい。わかりました」
驚くほど、平然としている二人。
何が起こったんだ?
「ちょっ、な、なんだよ一体……お前ら揉めてたんじゃ?」
「そんなわけないでしょ。演技よ演技。……まあ、メルが迫真の演技すぎて、私も驚いたけど……」
雪城は肩を竦めて苦笑した。
唐突すぎて、展開に全く付いていけない。
「な、なんの話だ?」
「アンタの魔力を調べるために演技したの。魔力が一番高まるのは非常時なのよ」
目の前が真っ白になった気がした。
さっき二人の間に割り込んだときに吸われるような感覚。
魔力を測定されたのはあの時だろう。
すべては俺の危機感を煽るための演技だったらしい。
「ふざけるなよ。一歩間違えたら死んでたかもしれないんだぞ?」
「……バカね。そうならないように手を抜いたに決まってるじゃない。メルが本気でやったら、神器のないアンタなんて瞬殺よ」
言われてみればその通りだ。なんだかんだと言ってもメルは一発しか魔法を使っていない。それが脅しただったと言われればそれまでだ。
俺が避けられる位置を狙ったのだろう。
「で、どうだったんだよ? 俺の魔力ってヤツは……」
「……まったく才能がないわね」
雪城は地面に浮き上がってきた変な文字を見て、ため息混じりに呟く。
よくない数値だったのだろう。二重の意味で傷ついた。
「……悪かったな」
悪態をつく俺に、雪城は目を丸くして視線を合わせてきた。
「落ち込む必要はないわよ。訓練もしてこなかった寝たきりの人に、短距離走をやらせたようなものだもの。いい記録が出るわけないわ」
フォローのつもりだろうか。
「だったら記録なんて取るなよ」
「そうね。でも、アンタはソードと契約をした。それは走れもしない人に、シューズ会社のスポンサーが付いたようなものよ。普通ではありえないわ」
「魔力のない俺には、神器のマスターになる資格はないって事か?」
雪城は容赦なくハッキリと頷いた。
そこまで肯定されると落ち込むどころか逆に清々しい。
俺の顔を見て雪城がウィンクする。
「だから、調べておいて、損はないと思わない?」
「……かわいく言えば、許してもらえると思ってないか?」
えへへ、と雪城は苦笑いを見せた。
どうやら悪いことをしたとは思っているらしい。
なんにしても、俺は相当異常な状況にあるようだ。確かにどうしてソードは俺をマスターに選んだのだろうか。気になる点ではある。
「話はわかった。とにかく、もうこんな試し方はやめてくれ」
「大丈夫よ。……少し疲れたわね。応接室に戻りましょう。お茶を用意するわ」
雪城は言って、玄関の方に歩いて行く。
その様子をメルは、姿勢正しく見送っていた。
本当に全て演技だったのだろうか。言葉の中から、メルが俺のことをよく思っていないのは感じられた。どうしても気になり、俺は声をかける。
「本当に演技だったのか? 俺と手を組んだこと、反対してたんだろ?」
メルはジッと俺を見つめて頷く。
「……反対ですよ。もちろんです」
「だったら、どうして演技だなんて言うんだ?」
「玲菜様がそう望んでいるからです。私はそれに従いつつ、危険を排除すればいいだけですから……」
心からの忠誠心の感じさせる言葉だった。
反対するのではなく、全てを受け入れて、それでもなおかつ守るという強い信念を持っているのだろう。
それだけメルは雪城を大事に思っているに違いない。
「なら、俺と一緒だな。俺も雪城の目的を叶えてやりたい」
「…………なぜですか?」
意外な答えだったのか、メルはキョトンとした不思議な顔を見せた。
「改まって、なぜって言われると困るけど……多分、それだけ大事に思ってるからだろうな。メルと同じだろ?」
「そう、ですか……」
「ちょっとぉ! なに二人でコソコソ話してるのよ!」
俺達が付いてきていないことに気がついたのか、遠くから雪城が叫んでいる。
やばいと気がつき、向かおうとすると、後ろからメルの声が聞こえた。
「では、私はお茶の用意があるので……こちらから」
メルは小さく頭を下げると、裏口の方へ歩いて行く。
少しだけ歩き方が跳ねているような気がする。
見送っていると、また雪城が大きな声が聞こえてきた。
「ほら、何してんのよ! 早くしなさい!」
怒り心頭の雪城の元に急いで駆けつける。
「わ、わりぃ、待たせた……」
「アンタ一体、メルと何を話したの?」
腕を組みながらジト目で雪城が睨み付けてきた。
「なにって、お前の……――っ!」
俺はカッと頭に血がのぼり、大げさに口を押さえた。
メルに話したコトを改めて考えてみると、ものすごく恥ずかしいコトを口走った気がする。『メルと同じくらい大事に思ってる』とか、聞きようによっては告白と変わらない。
「なんで隠すわけ? なんか怪しい……」
「べ、別にいいだろ! どうしてそんなこと訊いてくるんだよ!」
「あんなに機嫌良さげなメルはめったに見ないからよ」
先ほどのメルを思い出しても、全くそんな風に感じられない。
無表情のままだった。
「…………機嫌良さげ?」
「メルは表情には出さないんだけど、機嫌がいいと少しだけ跳ねて歩くのよ」
そう言えば、さっき跳ねていたような気がする。
あれってそういうコトだったのか。だとすると、喜んだのはその前の会話。
ジッと俺の目を見つめて、雪城が顔を少し近づけてくる。
「アンタがメルが喜ぶことを言ったのよ。なんて言ったの?」
「わ、わかんねえよ! っていうか、知らねえ!」
知ってても言えるわけがない。
熱くなる頬を誤魔化すように俺は大きな声を上げた。
「そ、それより、俺も訊きたいことがある!」
さっきから一番気になっていることだ。
ビクッと雪城が驚いた顔をする。
「な、なによ、急に……?」
「魔力の調査って言ってたけど、俺が本気になる必要があったんだよな?」
「? そうだけど、それがなに?」
「もしも、俺が二人を止めなかったら、どうするつもりだったんだ?」
止めなかったら、本気にもならないわけだから、調査も出来ないはずだ。
雪城は逡巡して小さく笑う。
「その時はアンタが止めるまで、延々と演技が続いていたわ。それこそ、アニメのワンクールくらいのね」
「長すぎだろ!」
「冗談よ。とにかく、止めてくれるって信じてたわ」
「……ずいぶん信用あるんだな、俺」
「当たり前でしょ。それが手を組むってコトだもの。疑っていたら、手なんか組めないわ」
スッと心に響いた。一度信じた相手は決して疑わない。
きっと雪城がこんな性格だから、メルは雪城のために全てを捧げているのだろう。雪城の気持ちに応えられるように……。
ニコッと雪城が俺に微笑みかける。
その表情は心を奪われるような、どこまでも魅力的で美しい表情だった。
こいつはきっと、魔性の女に違いない!