第七話 日常との決別
内と外で性格の違う外面のいい人間なら、割とよくいる。
だけど、雪城の場合、少々いきすぎだ。
ハッキリ言って、学校では別人にしか見えない。
魔法使いであることを隠すために演技しているらしいが、そんなことをしなくても正体なんてバレない気がする。
となると、別の理由があるのかもしれない。
答えを得るには、もっと雪城のコトを知る必要がありそうだ。
明けて、木曜日の朝。
そんなことを考えながら、登校していると、校門前で声をかけられる。
「おはよう、赤羽君」
振り返ると、そこには雪城が笑顔で立っていた。
昨晩とは別人にしか見えない柔らかい表情に、眩しくて目眩がする。
学校でしか見かけない作られた雪城だ。
俺が挨拶を返すと、思い出したように雪城は手を叩く。
「あ、そうだ。赤羽君――」
「赤羽! おはようっ! って、雪城も一緒か!?」
雪城の話を遮るように、挨拶を被せてくるタイミング悪い戸田がいた。
ジロッと雪城が戸田を睨み、戸田は焦って俺の後ろに隠れる。
どことなく不機嫌なため息を吐き、雪城は立ち去っていく。
「お、おい……雪城……?」
話の途中だった気がして、俺は慌てて声をかけるが、雪城は振り返ることはなかった。なぜか怒らせてしまったようだ。
首を傾げる俺の肩を戸田が掴む。
「お前、雪城にまたなにかやったのか……?」
「やってない……っていうか、またってなんだよ!」
「昨日、散々セクハラしてたじゃねえか……」
「その話はもう忘れてくれ!」
「……なんか困ったことあるなら、親友の俺に相談しろよ!」
戸田はニカッと笑い手を振ると、前方にいる女子のグループに向かっていた。
言葉と行動が全く一致しない奴だ。親友なら、少しは聞く姿勢を見せてくれ。
それから休み時間になる度に、雪城が俺の席に近づいてくる。
しかし、どうにもタイミング悪い。それよりも先に誰かに話しかけられるのだ。
クラスメイトととりとめのない話をしていると、雪城は残念そうな顔をして去っていく。気にはなったのだが、話があるなら話しかけてくるだろう。
どこかでそう楽観視していた。
昼休みになってもその様子は変わらない。雪城は散々、周りからの誘いを断っておきながら、俺にだけ視線を向けてくる。
嬉しい展開ではあるが、こんな人の多い状況で誘う勇気なんてない。
それにもしも、俺の勘違いだったら、また変な噂が立ってしまう。
俺は眼をそらすと、逃げるように教室から飛び出す。
振り返った時、雪城が少しだけ寂しそうな顔をしていたような気がした。
※ ※ ※
購買部で人混みをかき分け、やっとの思いで手に入れたパンとカフェオレを手に教室に戻っていると、屋上に雪城が一人でいるのが見えた。
どうしてアイツって、クラスメイトからあれだけ誘われているのに、一人で食事をするんだろう。なんとなく気になり、思い切って屋上へ駆け上がる。
屋上のドアを開けると、そこには絶景が広がっていた。
美沢市の街と海が一望でき、澄み渡る青空がキラキラと景色を輝かせているように見える。ほんの少しだけ、乾燥した冷たい冬の風が通り抜けた。
屋上ってこんないい場所だったんだな。考えてみれば、入学して一度も屋上に来たことがない。というか、鍵がかかっていて入れないんじゃなかったっけ。
フェンスの前で腰掛けていた雪城が俺に気づき、目を丸くして驚いている。
「……な、なにしに来たの?」
少し怒った口調で、ほんのりと期待した表情を浮かべていた。
雪城に近づくにつれ、その顔が赤みを増していく。
「一人じゃつまんないだろ? 一緒にメシ喰おうぜ」
「……さっき逃げたくせに、よく言うわね」
やはり教室でのあの視線は誘っていたようだ。
逃げたと言われればその通りだが、文句言われる筋合いはない。
「あれだけ誘いを断ってるヤツに、声なんてかけられるか!」
「それもそうね……非リア充の赤羽君じゃ、女子を誘うなんてハードルが高すぎるわよね」
トゲのある言い方。さっき逃げたことがよほど気に入らなかったらしい。
そんなに怒る事でもない気がするが。つーか、寂しいなら誘われた奴と一緒に食べればいいんだ。
「寂しいなら、どうして、クラスの奴らからの誘いを断るんだ?」
「べ、別に、寂しくなんかっ! ……って、そういうことじゃないわ。ご飯食べるときくらい気をつかいたくないのよ」
雪城は演技と素じゃ、かなり性格が違う。
あんなコトをしていたらそりゃ、疲れるのも無理はない。
「だったら、ネコかぶるのやめたらどうだ?」
「イヤよ! むしろダメよ! このイメージはもう確立されているのよ!」
ダメだ、コイツマジでダメだ。自分を演じて酔っている。
素を見せればもっと楽になれると思うのだが……
「けど、こんな場所で飯食ってたら、下から見つかるんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ。ここは結界の中よ――」
屋上には認識阻害という結界が張ってあるらしく、魔力のない人間には認識されないし、ここに来ようという気もならないらしい。
俺が今まで一度も屋上に来たことがなかったのは、雪城の結界のせいだったようだ。こんな景色のいい場所を独り占めとか、なかなか性格がいい。
雪城は得意げに説明を終えると、やや厳しい目を俺に向ける。
「――だからこそ、アンタと目が合って確信したのよ。魔力を使ってるってね」
それで昨日、いきなり雪城から睨まれたわけだ。
常軌を逸した恐い顔をしていたので、何事かと思った。
「じゃあ、俺がここにいることも、下の奴らは気づいてないのか?」
「そうなるわね。――戸田がアンタを探して、うちのクラスに入っていくわ」
フェンス越しに雪城が俺たちの教室を指差す。
戸田がまた違う女を連れていた。あのリア充、爆発しねえかな。
こっちに気づいてもらおうと手を振ってみるが、全く気づく様子がない。それどころか窓の近くにいる他の生徒たちですら、こちらを意識しない。
「本当に誰もこっちを見ないな……」
「だから、そう言っているじゃない。…………ねえ、アンタはこのまま、周りと普通に接するつもり?」
なにか思いついたかのような顔を見せて、雪城の表情が少し険しくなった。
質問の意味を掴み損ねて、俺は首を傾げてしまう。
「とぼけないでよ。今日、たくさんの人に話しかけられて、普通の対応してたじゃない。そういうことについてよ」
「……まずいのか?」
「アンタね……。さっきのような話を、人がいるときにできると思ってるの?」
魔力がどうのとか、結界がどうのとか、魔法についての話だろう。なにも知らない人に聞かれたら――厨二病的な頭のおかしいヤツだと思われるに違いない。
「……できないな」
「でしょ。だったら、周りとの距離感を考えて欲しいのよ。――特に親しい友人たちとの関係をね……」
雪城はそう言って、俺たちの教室に目を向けた。
戸田はまだ俺のコトを探しているのか、教室内をうろうろしている。
アイツよく他人のクラスで、あんなに堂々とした態度取れるよな。
あの図々しさはある意味羨ましい。
俺と同じように、雪城も呆れた顔を見せている。
「親しくない人は放っておいても、そんなに関わってこない。だけど、親しい人は遠慮なく距離を詰めてくるわ。どうするつもり?」
雪城が横目に鋭い視線を向けてきた。きちんと考えろと言うことか。
相手がクラスメイト程度の関係なら、いくらでも距離を置ける。
疎遠になってしまっても構わないほどだ。
そもそも俺は、あまり交友関係は広くはないし、友だちと言える人間だってあまり多くはない。むしろ、少ないと言うべきか。
だけど、それが悪いことだとは思っていない。
体はひとつしかないし、時間も限られている。制限がある以上、友だちは多ければ多いほど、個々の関係は希薄なものになってしまう。
つまり、誰かと深く関わると、どうしても交友関係は狭くなる。
俺の場合、戸田とは小学校からの付き合いだし、家にもよく泊まりに行く。朝まで遊んでいるなんてこともしょっちゅうだ。親友と呼べる間柄だろう。
問題はそんな戸田との関係だ。
簡単に切るなんて言えるはずがない。いや、言いたくない。
「……距離を考えて付き合う、かな……」
俺の答えに雪城は肩を竦めると、食べ終えた弁当箱を丁寧に包む。
それから、屋上のフェンスに身を預けながら、遠くに目を向け、ぽつりぽつりと口を開く。
「私の家はね、代々、この街を管理しているのよ……」
いきなりの話題が変わったこともよりも、その内容があまりに現実離れしていて、頬が引きつったような気がした。
「か、管理って……支配者か? じゃあ、お前がお嬢様って話は本当なのか?」
「大げさよ。お嬢様なんかじゃないわ」
照れるでもなく、雪城は肩を竦めた。
そんなに大げさなものではないというコトだろうか。
俺の驚きなど気にもとめずに、雪城がこの街について話してくれた。
美沢市を三百年に渡り、雪城家が支配・管理してきたらしい。五年前、先代である両親を亡くしたことで、今は雪城家の当主は雪城になった。
わかりづらいな、雪城玲菜が雪城家の現当主だ。
支配・管理と言っても、地主のようなものではなく、この街にある魔力の源の『霊脈』の管理をしているらしい。
「霊脈は魔力の源だから、魔法使いにとって、とても貴重なものなの。だから、争いが起こるわ。……殺し合うほどのね」
『殺し、殺されたが日常的』と昨日、雪城が言っていた言葉。
正直、理解出来なかった。いや、今でも理解出来ないが……
「魔法使いってヤツは、そんなに殺し合いをしたいのか?」
「バカなこと言わないで! 一部の組織、協会とか魔技会とかが権力争いで殺し合っているけど、普通の魔法使いは殺し合いなんて望んでないわよ」
「だったらなんで――」
「殺した方が楽。そう考える人間が一人でもいる間はしかたないのよ。――やらなきゃやられるもの……」
絞り出すように呟いた最後の一言。
それが雪城の本質を現しているような気がした。
雪城はこの土地を守るためとはいえ、誰かを殺すことに関して、決して軽く考えているわけではないようだ。少し安心した。
平気で誰かを殺すような人間だったら、どうしようかと悩んでいたところだ。
安心している俺に、雪城は言葉を続ける。
「とにかく、色んな経験をしてきたわ。その経験から言わせてもらうと、友だちは作れない。いえ、作るべきではないと言うべきね」
何かあった時に悲しませるだけだから、友だちは作らない方がいい。
それが、この街の管理人として生きてきた雪城が、散々悩んで辿り着いた結論なのだろう。
でも、そこまで自分を律する必要があるのか。友だちを作っても、一緒にいる時間を減らしたりすれば、関係はいくらでも調整できる。
第一、雪城だって、高校卒業までは両立すると言ってたし、日常を完全に捨てるのは望んでいないはずだ。
「友だちを完全に切る必要はないよな?」
俺の問いに雪城は大きな眼をさらに大きく広げ、瞬かせた。
「なるほど。さっきの話を訊いて、そういうふうに考えたワケね……」
「……? 何か違ったか?」
なにかがずれているのだろうか、俺は首を傾げた。
落胆にも似たため息を吐き、雪城は踵を返す。
「そうね。……放課後まで考えてみて、今後の身の振り方もね……。覚悟を決めなければ、なにもできないわよ?」
雪城は一方的に言って、屋上から出ていった。
最後に付け足した言葉。『それができないなら、色々と考え直さなきゃいけなくなる……』が何度も頭の中で繰り返される。
必死に考えたつもりだった。
だけど、雪城の求めていたものとは、違う答えを出してしまったようだ。
きちんと答えを出さなければ、雪城との関係を考え直されてしまう。
雪城と敵対するのはもう嫌だ。
でも、だからと言って戸田を切れるほど、浅い付き合いでもない。
どうするべきなのだろうか。
考え込んでいた俺の耳にチャイムの音が届く。
昼休みは終わったのに、雪城の真意はまだ掴みきれずにいた。
※ ※ ※
放課後になり、神妙な面持ちで雪城が俺の席に近寄ってきた。
昼休みのことがあったから、なにを言われるのかと冷や汗が止まらない。
だが、雪城が口を開くのと同時に、教室の外から俺に声がかかる。
「おーい、赤羽いるかぁ?」
普段通り、バイトに誘いに来たのだろう。相変わらずタイミングが悪い。
雪城のこめかみに小さく青筋が浮かび、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「校門前で待ってる。日常との決別ができるなら来て……」
返事を待つことなく、雪城は教室を出ていった。
おそらく最後通牒。校門前に行かなければ、手を切られてしまうのだろう。
ずっと雪城が差し出していた選択だ。今すぐに選ばなければいけない。
「でも、どうしろって言うんだ……」
親しい人を中心に切れと言われても難しい。
ふさぎ込んでいた俺を、不思議そうに戸田が見ている。
「赤羽。なんて顔してんだよ……何かあったか?」
「い、いや……なんもねえよ。あっても相談できない……」
「なんだよ。親友の俺に相談できないって……そんなことあるのか?」
心配そうな顔をしながらも、その言動は軽い。
戸田は親友とか、恥ずかしい言葉を平然と使う。
「お前って、簡単に親友って言葉を使うよな?」
「はあ? だって、親友に親友って言うのは普通だろ? 女の子見かけるたびにかわいいって、褒めるのと同じだ」
全然同じじゃないぞ。親友なんて言え――でも、女にかわいいというのもハードルは高い気がする。余計な誤解を与えて『キモい』とか言われそうだ。
なんで戸田は簡単に言えるんだろう。別の人種に思えてきた。
「悪いがお前なんか親友じゃねえ……」
「そうか。すまん、そうだったな。俺たちは大親友だ」
まったく悪びれた様子もなく、こんな切り返し。
コイツのことで悩んでいる自分がアホらしく思えてくる。
「お前の言葉って本当に軽いよな……」
「……そうか? まあいいや、さっさとバイト行こうぜ」
ジト眼を向ける俺に、戸田はにこやかに背を向けた。
それはいつもと変わらない風景。
このまま一緒に行けば、いつもの生活に戻れるかもしれない。
「……っと、その前に飯でも食っていかねえ? 俺、腹減ってさ――」
不意に踵を返し、戸田が笑いながら俺に訊いてきた。
その瞬間、昼休みの雪城の光景が頭をよぎってしまう。
雪城はこの寒い冬の屋上で、一人で食事をしていた。
誘ってくる相手がいないわけでもない。だけど、アイツは一人を選んでいる。
それはなぜか。
――特別な相手を作らないためだ。
いきなりたちの悪い魔法使いが襲ってくるかもしれない。
そうなれば、そばにいる人間は確実に巻きこまれるだろう。
まともな高校生活なんて送れるはずがない。
雪城が『気をつかいたくない』と言ったのは、ネコかぶるという意味ではなく、周りの人が襲われる心配から、逃れたいという意味だったのではないだろうか。
巻きこまないため、可能な限り雪城は一人でいる。
寂しくないはずがない。哀しくないはずがない。辛くないはずがない。
それでも、魔法使いと高校生を両立するには、そうするしかなかったのだ。
俺は自分のコトしか考えていなかった。
大事な人だからこそ、距離を取る。雪城の言う通りだ。
一番、巻きこみたくないのは、大事な人なのだから。
俺は拳を握り締め、覚悟を決める。
「悪い。バイトしばらく休む。ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだ」
「はあ? なんだよいきなり……なんか困ってるなら力になるぞ?」
戸田は心配そうな顔を俺に向けた。
付き合いが長いから、なにも言わなくても、伝わってしまうのだろう。
だからこそ、ハッキリと言わなきゃいけない。
「――っ、大丈夫だ。しばらく放っておいてくれ」
「なんだよ、水くせえなぁ。俺たち親友だぞ? お前の悩みなら――」
「親友、だから言ってんだよ!」
驚いた顔で俺をしばらく眺めていた戸田。
その目は鋭く、なにもかもを見透かすような達観したものに見えた。
一瞬だけ寂しげな顔を見せるが、すぐに肩を軽く竦める。
「……そっか、わかったよ。なら話せるようなったら説明しろよ?」
戸田は何も聞かず、笑顔で手をあげて去っていく。
実に清々して、かっこいい姿だった。
だけど、その先には、いつものようにキレイめの女たちが待っている。
こういうところだろうな、戸田が軽く見えるのは……なんか、全部台無しだ。
あのリア充、本当、爆発しねえかな。
※ ※ ※
校門の前で雪城が不安な面持ちで待っていた。
こちらに気がつくと、小さく微笑み、先に歩き出す。
その姿がどことなく儚げで可憐に見えて、俺は黙って後に続く。
しばらく会話のないまま歩いていたが、ふいに雪城が振り返った。
「日常との決別もできたと考えていいかしら?」
俺は雪城の質問に強く頷いた。雪城がどれほどの覚悟をしているのかわからないが、自分なりにけじめはつけたつもりだ。
雪城が俺の返事に、満面の笑みを見せる。
「そう、よかったわ。これで、ゆっくり話ができるわね……今日は邪魔がたくさん入ったし……」
なんか妙に気になる言い回しだ。
考えてみれば、今日、雪城が話しかけてくるたびに、誰かしらが話しかけてきた気がする。その度に雪城が不機嫌な顔をしていた。
「まさかお前……自分の話を聞いてもらえなくて、拗ねていたのか?」
「ば、バカ、言わないでよ! そ、そそ、そんなわけ無いでしょ!」
雪城は顔を真っ赤にして、必死に首を横に振った。
日常との決別って、自分の話を優先的に聞いて欲しいとか、そんなワガママな感情のような気がしてならない。
仮にそうだとしたら、どれだけ身勝手で自己中心的なお嬢様なんだろう。
先が思いやられる。
でも、雪城は魔法使いであるが故に、ずっと寂しい高校生活を送ってきたんだ。
共通の話題を持つ相手ができたのが嬉しいのだろう。俺なんかで、寂しさを癒やせるなら、神器争奪戦が終わるまで、雪城の隣りにいるのは悪くない。
むしろ大歓迎と言うべきか。いや、ずっと一緒にいたい。
それに魔法使いに襲われたときに、巻きこむかもしれないのは事実だ。
これでよかったのだろう。
でも――
「脅しはやめてくれ、心臓に悪い……」
「は? 脅してってなによ。私、なにかしたっけ?」
雪城はキョトンとして、まるで心当たりのない顔を見せた。
無自覚で脅したって言うのか、コイツは。
「俺が戸田になにも言わなかったら……手を切る気だったんだよな?」
「……なんで?」
「なんでって、色々と考え直すって……」
昼休みの最後に言われたコトを雪城に告げる。
それを聞いて思い出したかのようにポンと手を叩く。
「バカね、私たちがなんで手を組んでると思ってるの。アンタは囮で時間短縮のためよ? こんなコトで手を切るわけないじゃない」
言われてみればその通りだが、非常に紛らわしかった。
「だったら、なんであんなコトを……?」
「赤羽君が関係を変えないなら、私が戸田を脅して、言うこと聞かせるしかないじゃない? バイトの件とか、ちらつかせてね……」
雪城は髪を払うと、可愛らしく笑顔をみせる。
恐い。そこでその件を持ち出すのか。
本当に敵には回したくないヤツだ。
戸田。結果的にお前の平和は俺が守ったぞ。感謝しろよ。
そんなことを考えていたら、住宅街を抜け少し寂しげな場所になってきた。
黙ってついてきたが、どこへ向かっているのだろうか。
一抹の不安がよぎったとき、前を歩いていた雪城が、不意に足を止める。
「さて、着いたわ。ここが私の家よ!」
「へ? ちょっ、――はあぁ!?」
雪城が指さした先にある家を見た俺は、その規模の違いに叫び声をあげる。
普通の家は三十坪くらいだが、雪城の家は軽くその五倍はある。下手をすれば十倍以上だ。もはや、家と言うより屋敷。
外観は映画に出てくるような見事な洋館だ。年季が入っており、雰囲気が醸し出されている。きっと近所では有名な屋敷だろう。お化け屋敷的な意味でも。
裏の方には、うっそりと茂った森が見えた。アレも敷地内だとすると、かなり馬鹿でかい土地に違いない。どれだけ金持ちなんだよ。
昼休みにお嬢様じゃないと否定したのは、一体何だったんだ。
「なによ? ジッと見つめて……」
俺の視線に気づいたのか、雪城は不思議そうな顔を見せる。
「いーや、こんなところに住んでて自慢しないだなって……」
「……悔しくて夜眠れなくなるほど、嫌味っぽく自慢して欲しいの?」
「いや、結構です! 勘弁してください!」
本当に寝られなくなるほど、生活レベルの違いがありそうで恐い。
ガクガクと震えていると、雪城は肩にかかった長い黒髪を払う。
「安心して、相続しただけのものを自慢する気はないわよ」
そう言って笑った顔は、学校で見るどんな雪城よりも素敵に見えた。
学校では、決して見せない素の雪城。
この顔を知っているのは、学校の中でもごく一部だろう。
なんだかそれがとても嬉しい。
雪城のコトを知った分だけ、分からないコトも増えたような気がした。