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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
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第六話 共闘の申し出

 最初は雪城を守ろうと思っただけだった。

 だけど、どこで間違えたのか、やることなすこと雪城の足を引っ張っている。

 諏訪に襲われたのも、俺がソードを持っていたからだ。

 それを助けようとしてくれた、雪城にひどいケガを負わせてしまう。

 本当に最悪だ。どうすれば雪城の力になれるのだろうか。

 俺と諏訪の戦いは激しさを増していた。

 しかし、戦況は芳しくない。

 俺が、と言うより、諏訪が少しずつ力を見せつけてくるのだ。

 すでに即死レベルの攻撃なのに、さらに上があるとなると目眩がしてくる。

 それでも諦められない戦いなのだ。

 戦況が有利になったところで諏訪が蔑んだ声を出す。


「その程度か。くだらんな……死ねっ!」


 嘆息と共に上段から振り下ろされた諏訪の拳。

 ソードとぶつかると、激しい怒号を轟かせる。

 吹き飛ばされそうになり、ふと横目に映った雪城。

 両手を胸の前に合わせ、不安げな表情を浮かべていた。

 そんな顔をされたら、踏ん張るしかない。


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 何かが俺の中で弾け、ソードを持つ手には力が籠もる。

 俺はその力を全て込めて、ソードを大きく振りかぶった。

 さっきまでと同じ、諏訪は余裕な顔をしている。

 ――しかし、振り下ろした瞬間、全てがスローモーションになった。

 なぜだか分からない。諏訪の動きが止まって見えたのだ。

 気がつけば俺の振るった刀が、諏訪の胴体を右上から斜めに斬りつけていた。


「なにっ!」

「……う、うそ……っ!」


 雪城と諏訪の驚嘆した声が響き、血しぶきが飛び散る。

 ――いける。

 そこに俺は一歩踏み込み、もう一撃喰らわせようとした。

 しかし、ギリギリのところで諏訪は大きく後ろに跳び、それを避ける。

 悠々と着地すると、諏訪は自分の胸の傷に触れた。


「ふははははっ! 良いぞ良いぞ! やはり戦いはこうでなくてはな!」


 馬鹿笑いをあげると、諏訪の魔力が跳ね上がる。

 目眩のする光景だ。どこまで強くなるんだコイツは。

 俺が構えると、諏訪は一直線に襲いかかってきた。

 ガキンと金属の甲高い音が響き、魔力で強化された諏訪の拳とソードがぶつかり合う。だが、諏訪の攻撃の方が圧倒的に重い。

 俺の足はアスファルトに埋まり、地面に大きな亀裂が走った。

 踏ん張るたびに地面に埋まっていき、体が安定しない。


「マスター、堪えてください。これは危険な攻撃です!」

「わかってる……だけど――」


 諏訪の力はドンドン増していき、防ぐのもやっとになってくる。

 だけど、押し返すこともできない。このままでは潰されてしまう。

 そう思った時、諏訪の拳がフッと軽くなった。

 諏訪に向かって、魔弾が襲いかかったのだ。

 魔弾を放ったのは雪城。右手を諏訪に向かって伸ばしていた。

 諏訪は左手で魔弾を打ち消すと、俺から距離をとる。


「玲菜よ。そこまで、その少年を庇うのか……。気分や思い付きで酔狂な行動しているわけではないのだな?」

「当たり前でしょ! 思い付きや気分で命を賭けるバカはいな――」


 雪城はそこで言葉を止めて、ゆっくりと俺を見て気まずそうな顔をした。

 小さく咳払いをすると、改めて言葉を続ける。


「――っ、ほとんどいないわよ!」

「おい、俺に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」


 雪城は誤魔化すように、苦笑を浮かべ、ポリポリと頬を掻く。

 そんな俺たちを見て、諏訪が小さく笑う。


「ならば、事情を話してもらおうか? 神器を貸し与えている理由を、な」

「……嫌だって、言ったら?」

「交渉や相談に聞こえたのなら、おめでたい耳だな」


 口角を上げると、また諏訪の魔力が跳ね上がる。

 化け物だ。アイツの底が全く見えない。

 隣りにいる雪城の額からも大粒の汗が零れる。


「っ、わかったわ。どうせすぐにバレることだもの……」


 雪城は観念したような顔を見せ、全てを話した

 神器たちがその手を離れ、俺がソードを使っているその理由わけを。

 話を聞き終わり、諏訪が楽しげに笑う。


「なるほど。聖印レガリアもなく、全ての神器に逃げられたとなれば、協会から人を派遣して調査せねばならん。お前のマスター権についてもな」


 諏訪の言葉に、雪城の顔がどんどん青ざめていく。

 相当まずいことを言われているのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってよ! すぐに取り返すわ。なにも問題はないわよ!」

「ならば一週間だ。一週間で全ての神器を取り戻せ。そうすれば、協会への報告もやめてやろう。『すぐに』と言うなら、十分な期間のはずだぞ?」


 諏訪の顔には、明らかな笑みが含まれていた。

 無茶な期間だと、諏訪自身、思っているのかもしれない。しかし、この状況で拒否をすれば、その期間すら失ってしまう。選択肢のない選択。

 雪城は拳を強く握ると、諏訪を見る。


「……っ、わかった。やってやろうじゃないの!」

「心がけは見事だな。今日は水曜日か……では期限は来週の水曜日いっぱいだ。木曜日になった地点で期限切れ。問題ないな?」


 雪城は一度だけ唇を噛み締めると、強く頷いた。

 そんな様子を満足げに眺め、諏訪は言葉を続ける。


「――期限の延長はない。せいぜい、二人ともこうならないようにするんだな」


 諏訪が指をパチンと鳴らすと、転がっていた女性の死体が一瞬で灰になった。

 ざわっと全身の毛が逆立つ。

 容赦しないという警告だろうが、アイツには人としての心がないのか。

 雪城は見ていられないのか、苦しそうに視線を逸らす。


「ふ、その少年との結末を含め、楽しみにしているぞ」

「――っ、うっさいわよ! アンタって本当に悪趣味よね」

「よせ、そんなに褒めるな……」

「褒めてないわよ! 死ね、バーカっ!」


 苛立ちを押さえきれない様子で、雪城が罵倒する。

 随分ひどい言葉だが、俺もそう叫びたい。

 諏訪は満足した笑みを見せ、その場を後にした。

 アイツ、罵倒されて悦んでるのか……。

 

 ※ ※ ※

 


「ま、まあまあ、だったわね……。さっきのアンタ……」


 諏訪が立ち去った後、雪城が批評するように呟いた。

 どう考えても一方的にやられただけで、『まあまあ』のわけがない。

 中途半端な慰めをされるくらいなら、ダメと言われた方がまだマシだ。

 俺は言い訳することなく、頭を下げる。


「なんの役にも立てなくて……すまない」

「え? 違……う。……そ、そんなに卑屈になるほど、ひどい結果じゃないわよ。ううん。むしろ、すごい。そう言った方がいいかもね……」

「そ、そうなのか?」

「だって、相手は協会の魔闘師まとうしと呼ばれる存在よ? 一太刀浴びせただけでも十分だわ」


 まさか、『まあまあ』が褒め言葉だったとは思わなかった。

 十分なら、素直に褒めてくれてもいいような気がする。

 しかし、そこでハッと思い出した。


「そういえば、お前は一撃も与えられなかったモンな」

「――っ、ええ、そうよ! 悪い? なに、自慢? 自慢したいの?」


 雪城の顔は真っ赤に染まり、表情が険しくなっている。

 自分よりも俺が良い結果を出したから、素直に褒められなかったようだ。


「そんなことはない! ……そ、それより、協会? 魔闘師? なんだそれ?」


 俺は慌てて話を逸らそうとする。

 そんな俺を雪城は一睨みし、落ち着かせるように短く息を吐いた。


「協会って言うのは、イタリアに本部をおく『魔法管理協会』の略称よ。魔闘師って言うのはそこの殺し屋。……それも魔法使いに特化した、ね」


 フィクションにしか存在しないものだと思っていた殺し屋。

 それの魔法使いバージョン。

 想像すらつかないが、諏訪がすごいのはなんとなくわかった。

 驚いている俺を満足げに見て、雪城が言葉を続ける。


「アイツらは誰も頼んでないのに勝手にルールを作って、魔法使いの愛と平和を守っているつもりなのよ。本当に余計なお世話……」


 小馬鹿にしたように雪城は鼻で笑った。

 愛と平和の部分に揶揄やゆしたものを感じる。


「どんなルールがあるんだ?」

「魔法を一般人に知られてはならないとか、狂信じみたものばかりね。まあ、諏訪を見てれば、協会の頭がおかしいって、よくわかるでしょ?」


 雪城はそう言って楽しげに笑った。

 本当に頭がおかしいと思っているようだ。


「……魔法の存在を知るだけでもやばいのか?」

「私はどうでもいいと思っているんだけど、協会は必死になって隠そうとしているわ。それこそ、口封じに殺してでもね」

「ま、まさか……冗談だよな?」


 知るだけで殺されるとか、どんな秘密だよ。

 さすがに、雪城が大げさに言っているだけだろう。

 そんな俺のささやかなる希望を、雪城は首を横に振って否定する。


「アンタも見たでしょ? 諏訪が女性を平然と殺したのを……」


 ぞわっと毛が逆立ち、強烈な吐き気が襲って来た。

 声をかけてきただけの女性。それを諏訪は何のためらいもなく殺した。

 確かに頭のおかしいカルト集団だ。雪城が揶揄するのも当然か。

 どうして雪城はそんなヤツと知り合いなのだろうか。


「……お前と諏訪って、どんな関係なんだ?」

「諏訪? アイツは私の魔法の師であり、後見人みたいなものよ」

「後見人? 後見人って、親代わりだろ? お前、親いないのか?」

「ええ、五年ほど前に二人とも死んだわ。ある戦いでね……」


 雪城がさらっと話をしたので、こちらもあっさり聞いてしまったが、結構まずいことに触れたような気がする。後見人の段階で察するべきだった。


「……わ、悪い。変なコト聞いた」

「いいのよ。魔法使いやっていれば、殺す、殺されたは日常的なものだから、気にしてないわ」


 気にしてないと言われても、余計なことを聞いた感はぬぐえない。

 言葉に困っていると、何かを考えていた雪城が口を開く。


「それに私たちだって、もうすぐそうなるかもしれないし……」


 諏訪と雪城がさきほど交わした約束。

 それは絶望的な話だったのかもしれない。

 でも、俺も無関係ではない。諏訪はハッキリと『二人とも』と言ったのだ。

 おそらく、神器を集められなかったら、俺にも影響が出る。


「……どうするんだ? 諏訪の言ってた通り、俺たち手を組むか?」

「な、なに言ってんのよ! そ、そりゃあ……さっきは……。で、でも! アンタは私からソードを奪ったのよ? 手なんか組めるわけないじゃない!」


 雪城の言う通りだ。

 ソードのことがある以上、雪城が俺を許してくれるはずがない。

 それは最初からわかっていたことだ。


「そ、そうだよな……。わかった。だったら、互いに気をつけようぜ……」


 俺は肩を落とし、その場を立ち去ろうとする。

 ――その時。


「ま、待ちなさいよ!」


 振り返ると雪城は顔を真っ赤にして、視線を俺から逸らしていた。


「……? まだ何かあるのか?」


 モジモジと手をあせて、何かを言い出せずにいる。

 なぜ、俺を引き留めたのだろうか。

 しばらくの沈黙が続き、雪城は決心した顔を向けてきた。


「じょ、条件があるわ!」

「はあ? なんの話だよ?」

「さっきの話よ。アンタが手に入れた神器を、全て私に渡してくれるなら、手を組んであげても良いわよ!」


 ビックリするほど上から目線。何様だと思っているのだろう。

 雪城と手を組めるのは嬉しいが、素直に頷けない。


「……随分、一方的な話だな?」

「神器集めに興味ないのかと思っていたけど……違うの?」


 違わない。

 降りられるなら、今すぐ降りたいくらいだ。


「興味はないな。七つ集めたら、願い事でも叶えてくれるなら、別だけど……」

「ないわよ。あるわけないでしょ。……でも、その気になれば、相当なコトはできるわ。例えば、この国を地獄と化す、とかね」


 真剣な顔を雪城が見せた。

 冗談かと思ったが、ソードだけでもこれだけの力があるんだ。

 その話は間違っていないだろう。

 全部の神器を一人で使えば、きっと圧倒的な力になる。


「――けど、俺には必要ないか……」


 誰かを守れる力は欲しいが、傷つけるような力はいらない。

 それに雪城の手に渡ったとしても、もともとアイツの物だったんだ。

 悪いことをしようと思っているなら、とっくにそうしているはず。

 深く追求する必要はないか。

 俺の答えが決まったところで、何を思ったのか雪城が一歩近づいて来た。


「神器を独り占めにしたら、私だけが強くなる。……そういう心配をしているのね? ……だったら、こうしましょう。アンタに魔法を教えるわ」


 全くそんな心配はしてなかったが、先読みして出された提案は、予想を超えて嬉しいものだった。現代の魔法使いになれる!


「俺が魔法? 本当か?」

「ええ、魔法を覚えれば、ソードの性能をもっと引き出せるようになるはずよ。順当に力をつけていけば、そのうち諏訪にも勝てるかもしれないわね」


 諏訪と聞いて、自分の表情が険しくなったのを感じる。

 底知れない相手。一人ではどうやっても勝てない。

 いつ襲われても対処できるように、一刻も早く強くなるべきだろう。


「その条件なら、こっちからお願いしたいくらいだ」

「じゃあ、確認するけど、私が神器を回収する、で問題ないのよね?」

「ああ、もともとお前のものだしな。……だけど、一つ教えてくれ」

「……なによ?」

「そ、その……どうして、急に俺と手を組もうと思ったんだ?」


 急な雪城の心境の変化。一番の謎だ。

 『あなたのことが好きなの!』

 質問をして、そんな答えをどこかで期待していなかったとは言わない。

 いや、むしろ期待していた。

 でも、肩を竦めた雪城の言葉は、現実味溢れていた。


「アンタは神器全てに顔バレしているわ。つまり、最初に狙われるでしょ? わざわざ探すより、襲ってきた奴らを返り討ちにした方が楽、じゃない?」


 俺を餌として利用した実にうまい方法だ。

 哀しくて涙が出そうになる。


「ま、まあ、そんな答えだよな……」


 俺はガクッと肩を落とす。


「余裕ないのよ。諏訪との約束は一週間しかない。できる限り効率的に神器を集めたいと思うのはおかしくないでしょ?」


 少しだけ気まずそうな顔をするが、それでも雪城の目は真剣だった。

 本当に一週間で全ての神器を集めようとしている。

 その手伝いが出来るなら、それでもいいかと思えてしまう。


「わかった。だったら、せいぜい俺を利用してくれ。その代わり、俺にも魔法をきちんと教えてくれよ? 強くなりたいんだ」

「ありがとう。わかったわ。……強くなって、諏訪に勝ちたいの?」


 もちろんそれはある。

 だけど、本当の理由は――


「……強くなれば、もっとお前の力になれるんだろ?」


 雪城の顔が、一瞬の間のあと、音を立てそうなくらい急激に真っ赤に染まる。

 わたわたと両手を動かし、


「っ! そ、そそそ、そこまで言うなら、てて、手を組んであげるわよ!」


 雪城は腕を組むとぷいと横を向いた。

 なぜか俺からの提案になってるが、この際、気にしない。


「じゃあ、これからよろしくな」


 俺は自分の手を、ズボンで何度か拭いてから差し出す。

 それを照れた顔でみつめ、雪城はゆっくりと握り返してくれた。


「今日はお互いボロボロね。もう休んだ方がいいわ。詳しい話は明日の放課後にしましょう」

「でも明日、俺――」


 バイト、と言いかけて、先ほどの諏訪との約束を思い出した。

 命がかかってるんだ。バイトなんてやってる場合じゃない。


「わかった。明日だな」

「ええ、よかったわ。バイトとか言ったら、ぶん殴ってやろうかと思ってたのに」


 雪城はクスッと笑う。


「ちょっ、なんでそれを……」

「知ってるわよ。今日のうちにあらかた調べたもの」


 全てバレていたと知り、頭がカッと熱くなってくる。

 相手は生徒会長。まずいのではないだろうか。


「――っ、あ、あのっ! 学校には……」

「言わないわよ。同じクラスの方が都合いいでしょ?」


 楽しげに微笑みを浮かべる雪城。なんだか非常に恐い。

 そもそも学校なんて行っている場合じゃないような気がする。


「つーか、バイト休むなら、学校も休もうぜ!」

「……学生のくせに、授業よりバイトが大事とかいい度胸ね?」

「で、でも、時間がないんだったら……」

「ダメよ。怪我とか病気とか、事情があれば別だけど、私は基本的に高校卒業までは、学業と両立したいの。たとえ、どんな無理をしてもね」


 決心に満ちたような眼をしていた。学業トップで魔法使い。

 それを両立させるには、想像を遙かに超えた努力が必要なのだろう。

 雪城の力になりたいなら、その何倍も努力しなければいけない。

 これから一週間、とんでもなく忙しくなりそうだ。


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