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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
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第五十一話 レガリアの覚醒

 昼前の授業中。後ろには非常ベルの備わった行き止まりの壁がそびえ、俺は校舎の三階で玲菜に追い込まれていた。

 近くに窓や階段も窺えるが、玲菜の隙をつくのは難しい。

 捕まれば、そこで終わりなのだ。


「春馬、私に内緒でどこへ行くつもりなのかしら?」

「た、頼む。見逃してくれ……」


 俺の必死な嘆願を聞いても、玲菜は腰に手を当てたまま、ゆっくりと距離を詰めてくる。コツコツと靴音が近づくたびに、焦りは深さを増していく。

 約束の時間はもう過ぎている。今から、玲菜に悟られずに、ある人物に会わなければならないのに……。

 逃げる隙を探して、壁に腕を伸ばすと、玲菜の眼がスッと細くなった。


「大人しくしてなさい! 言うこと聞かないなら力尽くになるわよ!」


 俺を見逃す気などない、熱を帯びた玲菜の怒声が響く。

 下手なコトをしたら、やばいことされそうで、正直、恐い。

 だけど、約束を果たすには、やるしかないのだ。

 俺は周りを見回し、大問題になる覚悟を決めて、壁を強く叩いた。

 ――レガリアの欠片を持つ織辺と会うために。

 

 ※ ※ ※

 

 織辺との約束が出来たのは、今から一時間ほど前。

 俺が保健室で寝ていたときのことだ。

 誰一人欠けることなく、魔闘師を追い払い、遅刻せずに学校に来られたのは、まさに奇跡だろう。自然と会話は弾み、楽しい学校生活になるはずだった。

 しかし、悲劇がそこで襲ってくる。魔法を使わなければ平気だと思っていたのだが、教室へ着く頃、心臓が急激に痛み、俺は倒れてしまったのだ。

 倒れたのなら病院へ運ぶべきと、誰もが考えるだろう。


「はあ? 戸田、アンタバカなの? 病院へ連れて行ってどうするつもり? 医者じゃ栄養剤でも出して終わりよ。そんなものじゃ治らない」

「お前なら何か出来るのか、雪城?」

「出来ないわ。魔力が足りないんだもの。寝ているしか方法はないでしょうね」

「使えねえ奴だな……なんかしてやりてぇよ!」

「数時間、いえ、数日かかるかもしれないけど、使わなければ魔力は回復していく。大人しく休んでいればいいのよ。それと『使えねえ奴』って発言忘れないから……」

「ちょっ、ご、ごめんなさい……」


 などの愉快なやりとりの後、保健室に運び込むと言う結論で落ち着いたらしい。

 休むなら家に帰って寝ていたいところだが……。

 玲菜曰く、家で休むよりも何倍も効果的だとかなんとか。学校内は結界に守られて安全な上、保健室なら魔力の供給がスムーズに出来るらしい。

 以前、玲菜が学校を『第二の拠点』と言っていた意味がわかった気がする。

 それから数時間、保健室のベッドで横になっているうちに、玲菜の言う通り、体は楽になっていく一方だった。

 そんな時、見覚えのない番号から俺の携帯に電話が来たのだ。

 ――相手は織辺だった。出るかどうか悩んだが、意味のない電話ではないと予感し、電話に出る。織辺は不躾で短い挨拶のあと、さっそくと本題を口走った。


『さっきは魔闘師によってうやむやにされたが、儂は諦めたわけじゃない。お主を殺し、レガリアを奪い返したい。今すぐに会うべきだ』

「あのな……その話なら俺と玲菜で何とかするって言ったはずだ。それだけなら、もう切るぞ?」

『ちょっと待て、ゆっくりとしている暇はないのだ。急いでレガリアを一つにしなければならない』

「気持ちはわかるけど、少しは休めよ。お前は蛍火にやられて、結構なケガをしていただろ?」

『ケガなど気にしている場合か。この街にはすでに邪悪な魔力が入り込んでいる。今の玲菜ではとても歯が立たんぞ。そいつがこちらの状況を顧みてくれると思うのか?』


 目の前が真っ暗になりそうだった。魔闘師をようやく追い出したところでまた新しい敵の登場? いや、そうとも限らないか。

 すでに顔見知りで、この街を狙っている人物が一人いる。


「それは、この街の先代の管理者マスター、伊勢島か?」

『心当たりはあるのか……だが、あいにくだが、相手はわからん。ただ、誰であろうとも、玲菜に傷ついて欲しくはない。それだけだ。……お主はどうだ?』

「もちろん、俺だってそうだ!」

『ならば、今すぐにケリをつけるべきじゃないのか?』


 織辺の意見は正論だ。伊勢島自身が『魔闘師を追い出せたら、また来る』と言っていた。俺と織辺がレガリアの小競り合いを続けているうちに、玲菜が襲われてしまう。一刻も早く、戦う力を身につけなければならない。


「……わかった。場所はもう決まってるのか?」

『もちろんだ。誰にも邪魔されない場所を用意した。そこへ来てもらいたい。誰にも言わず、お主一人でな……』


 話が一方的すぎる。どう考えても罠だろう。そもそも、玲菜にも話してはいけない理由が不明だ。


「どうしてだ? 当事者として、玲菜も連れて行くべきじゃないのか?」

『玲菜が来てしまうとまた邪魔をされる。それではお主から奪えない』


 数時間前、玲菜は俺を殺さずにレガリアを取り出すと宣言したのだ。玲菜が知れば、必ず止めに入るだろう。

 レガリアがいつまでも完成しないままでは、玲菜に危険が及び続ける。俺のせいで玲菜が死んでしまうかもしれない状況が続くのは避けたい。


「……わかった。俺一人で行く。そっちも一人なんだろ?」


 質問をしながら自分でもバカだなと思う。織辺が正直に答える保証など何もないのだ。行けば、卑怯な罠で殺され、レガリアを奪われるかもしれない。

 だけど、俺はどんな状況でも織辺の元へ向かう必要がある。魔闘師が立ち去った今、相澤を化け物にした伊勢島がいつ襲ってくるかわからないのだ。

 玲菜を救うには、レガリアを一つにするしかない。

 

 ※ ※ ※

 

 玲菜に追い込まれ、授業中に非常ベルを鳴らすという暴挙を犯し、俺は学校を脱出した。突然の出来事に、玲菜の隙を突けたのが大きい。

 どんな人間でも咄嗟に大きな音が鳴ってしまうと、ビクッと体を硬直させる。特に静かな環境で、警報器のような危険を知らせる音であればなおさらだ。

 キッチンでちょっと激しい料理をして、煙探知機のバカみたいな警告音で、体を震わせた人は少なくないはずだ。

 けたたましく鳴り響く非常ベルに、生徒たちが一斉に姿を見せて、玲菜は思わず振り返り、周りを確認してしまったのだ。

 学校ではネコをかぶっている玲菜なら当然の行動だろう。

 俺はその隙について、人混みに姿を消した。

 教師や生徒たちで騒然となった場所で、玲菜が俺を探しながら、何度も心配そうな声を上げていたのが耳に残って辛い。

 さすがにやり過ぎだったようにも思えるが、織辺との約束を守るためだ。生きて帰ってこられたら、心配をかけた分、大人しく怒鳴られよう。

 気持ちを切り替えるように息を吐くと、俺は目の前にそびえ立つ廃ビルを見上げた。織辺と待ち合わせした郊外にある廃ビルを。

 このビルは少し前までは、寂れた商業施設ではあったが、老朽化が進み、買い手がつかないまま放置されている。天然のお化け屋敷のようなビルだ。


「こ、こんなところに織辺は本当にいるのかよ……」


 まだ日は高いのに中はかなり暗く、とても薄気味悪い。

 念のため、ソードをポケットから取り出し発動させようとするが、驚くほどに魔力が弱く感じられる。

 そう言えば、神条との戦いでソードにも無理をさせていた。今、無理をさせては本当に大事なときに使えなくなるかもしれない。

 俺は不安な気持ちを押し隠し、ソードをそのままをポケットにしまった。

 覚悟を決め、注意深く、ビルに足を踏み入れると、いきなり全身に電気が走ったような感覚に襲われる。おそらく織辺が施した結界に触れたのだろう。

 迂闊に入ってしまったことに後悔しながらも、今さらであることに気がつく。

 殺すつもりなら、今、結界を使って、殺していたはずだ。きっと悪い効果ではない。そう信じて、先へ進む。

 ビルに入るまでは魔力などまったく感じなかったが、複数の魔力が一ヶ所に集まっている気配があった。一つは織辺の魔力。それと――


「この魔力……確かどこかで……」


 自分の索敵能力の低さにため息が漏れる。玲菜のような正確な魔力計測があれば、おそらく誰なのかすぐに把握できるのだろう。

 残念なコトに今の俺では、知っているような魔力がある、程度の低い情報しか得られない。一体誰なんだ?

 罠の予感に進退を思い悩んだところで、織辺の魔力が急激に弱っていくのを感じる。それもかなりの勢いだ。

 もしかしたら、織辺の身に危険が迫っているかもしれない。


「くそっ! 罠じゃねえのか? 一体誰が何をやっているんだ……」


 知っている相手が織辺のそばにいるなら、放っておいてはまずい気がする。

 俺は舌打ちをして、遠くにある階段が目を向ける。

 幸いなことに非常出口の灯りはついており、まだ電気は通っているのが窺えた。もしかしたら使えるかもしれない。

 足下を確保しながら、急いで織辺たち魔力の感じる方へと走り出す。

 

 ※ ※ ※

 

 かなりの階数を登り、フロアの中心部分の広いホールようなところで、人影をようやく見つけた。運が良いことに相手はまだ、こちらには気づいていない。

 俺はごちゃごちゃとした廃材に身を潜め、状況を確認した。

 織辺の向かい側には二人の姿があり、一人は髪の長い女、もう一人は、とても人間とは思えない姿をしている。

 暗がりで顔は見えないが、それが誰なのかすぐにわかった。

 というか、どうして思い至らなかったのか不思議になるくらいだ。

 ――伊勢島と相澤。どうして二人がこの場所にいるんだ。

 すでに戦いは始まっており、俺の接近に気がつかなかったのも、戦闘に忙しかったからなのだろう。

 これは罠なんかじゃない。伊勢島たちの攻撃を受けているのだ。

 俺は急いでソードを取り出し、織辺の元へ駆け寄った。

 近くで見た織辺のケガは予想以上にひどく、薄暗い中でもハッキリわかるほどの流血。それに鉄のような臭いが広がっている。思わず言葉を失ってしまう。

 織辺は俺に気がつき、横目を向けてきた。その眼光はハッキリとしている。


「……随分待たせてくれたものだな……」

「す、すまない。れ、玲菜に見つかって……」

「な、なに? ここに連れてきたのか?」

「まさか。玲菜を巻くのに時間がかかったんだ」

「そうか……」


 織辺は小さくつぶやき、口元を緩ませた。決して偽りで出せる顔じゃない。織辺は本当に玲菜のコトを気にかけているようだ。

 友人である玲菜の父親から頼まれただけじゃなく、本気で玲菜個人を心配しているのだろう。


「それより、どうして伊勢島がいるんだ? 二人でケリをつけるはずだろ?」

「……この女がそうなのか……儂はつけられていたらしい。お主を待っている間にこの様だ……」


 織辺はボロボロになった体で肩を竦めた。明らかに疲労している。

 こんなになるまで、織辺は伊勢島と何を争っていたのだろうか。いや、そんなものはわかりきっている。玲菜に関係していて、織辺と共通している物なのだ。


「お前を狙ってってコトは、アイツの狙いは――」

「その通り、レガリアだよ。まさか、あなたも来るとは、ね。赤羽くん。ふふふ、わたしって本当にラッキーだな」


 俺たちの会話に伊勢島が不遜な声で、悪びれもなく割って入ってきた。

 伊勢島の隣には、何も言わずに相澤が俺を見下ろしている。その瞳は移ろいでいて、正気を持っているようには思えない。あの時、教会で会った時のままか。

 伊勢島と相澤を見ていると、織辺が俺を強く後ろに引っ張る。


「さっきの話はもうなしだ。小僧、さっさと帰れ!」

「は? 帰れって? 帰っていいのか?」

「いいから急げ! 儂が時間を稼ぐと言っているんだ!」


 いきなりの展開に意味がわからずに首を傾げると、伊勢島の楽しげな笑い声が後ろから響き渡る。振り返ると、伊勢島が後ろに立っていた。


「ダメだよ。逃がすわけないでしょ? 赤羽くんが持っているレガリアも渡してもらうからね」


 言い終えると伊勢島が手を振る。その瞬間、相澤が襲いかかってきた。

 前回を遙かに凌ぐ、そのスピードとパワー。ソードでなんとか攻撃を防いではみたが、相澤の二撃目、三撃目と威力が増していく。

 ソードの強化がない状態では、現状維持さえままならない。腹に鉄球のような重い拳を受けて、俺は耐えきれずに吹き飛ばされた。

 地面を何度か転がりながらも、何とか体勢を整えようとする。

 その度に殴られた腹部を中心に、激しい痛みが全身を駆け抜けていく。

 攻撃を頭に食らえば即死だっただろう。恐怖が走りそうになるが、ビビっている場合じゃない。生きるには前を向くしかないのだ。

 相澤に視線を移したときには、もう本人は目の前に突っ込んできていた。紛れもないトドメの一撃が迫ってきている。

 立っているのも精一杯の状態。避けられるはずもない。

 ――やられる。

 死が頭をよぎったところで、相澤の体が激しく壁に打ちつけられた。織辺が横から相澤を蹴り飛ばして助けてくれたのだ。

 織辺は肩で息をしながら半身をこちらに向ける。


「状況はわかっただろ! 奴らはお主のレガリアも狙っている。さっさと逃げろ。儂が足止めをする!」


 思いがけない言葉。すがりついてしまいたくなる言葉だった。

 けど、ダメだ。織辺に任せたら、織辺は確実にここで殺され、レガリアの欠片を奪われてしまう。もしも、そうなったら――


「バカを言うな。ボロボロのお前にそんな大役を任せられるかよ!」

「わからんか! 儂ら二人がやられたら、レガリアを全て失うのだぞ? 玲菜のためにもお主だけでも逃げるのだ!」

「お前こそわかってるのか? レガリアの欠片がアイツらに渡れば、どうしようもなくなる。俺たちは二人とも逃げきらなきゃいけないんだ!」


 織辺の目が険しくなる。しかし、それ以上なにも言い返してこない。

 自分が死ぬことで、レガリアの欠片を奪われることをわかっているのだろう。

 織辺とにらみ合っていると、愉しげに伊勢島が近づいて来た。


「ふふふ。無駄な相談はやめた方が良いよ。二人とも逃がさないから、ね」

「わかっただろ? もう問答は無用だ。急げ! 儂が二人とも足止めできるうちに逃げ切るのだ!」


 今にも襲いかかってきそうな伊勢島の言葉に、織辺が焦りを露にする。

 言い争っていたら、二人ともやられてしまう。可能性があるうちに一人でも逃げた方がマシなのもわかる。けど、嫌だ。

 俺は誰かを犠牲にして自分だけが助かるような道は選びたくない。

 それがどんなに嫌いな相手だったとしても、関係ないのだ。

 考えろ、考えろ、俺たち二人が助かる方法を考えろ。


「だから、二人とも逃がさないって言ってるでしょ?」


 伊勢島の顔には、満面の笑みが浮かぶ。その後ろでは、静かに灯る非常階段の光に照らされ、倒れていた相澤も立ち上がり始めていた。

 それらの様子を見て、俺はあるコトを思いだす。


「――待て、俺たち二人とも逃げられる方法があるぞ!」

「……? 何の話だ?」

「玲菜から逃げたときの方法だ。いいから耳を貸せ!」


 俺は作戦を織辺に伝える。

 話を聞き終えると織辺は小さな笑みを溢した。


「ふん。そんなことをしていたのか。よかろう。ダメもとだ。やってみようではないか」

「なら行くぞ! そろそろ始まるからな!」

「はぁっ、無駄ってわからないかな? 魔力の差は絶対――」


 勝ち誇った顔で伊勢島が言い放とうとしたところで、大きな音がビル全体で響き始める。咄嗟に身構え、伊勢島と相澤の視界が周りに逸れた。


「な、なによ、この音って、あれ?」


 遠くから伊勢島の間の抜けた声が聞こえてくる。だけど、俺たちは足を止めない。警告音に紛れて、このまま逃げ切るのだ。

 

 ※ ※ ※

 

 俺と織辺は伊勢島達から少し離れたところにあった物陰に隠れた。全力で出口まで走っても、落ち着いて追いかけられたら、逃げ切るのは困難だ。

 だったら、逃げたと思わせて、相手から立ち去ってもらった方が良い。


「玲菜に追い込まれたときに思いついたんだ。非常ベル。大きな音がするから、人がすぐに集まってくる。誰もが怯む、俺の必殺技だ」


 このビルは廃ビルでありながら、まだ電気が通っていた。非常階段の灯りがその証拠だ。電気が通っているなら、非常ベルも使える。

 織辺を油断させるために、時限装置は魔力障壁を利用して、魔力が切れたら、ボタンを押すような仕掛けを作っておいたのだ。

 このうまいタイミングで発動したのは、実に幸運だった。

 俺のドヤ顔を見て、織辺が呆れた息を吐く。


「バカが……こんなことで儂に勝てると思ったのか?」

「普通なら無理だろうな。だけど、蛍火に大ケガをさせられたばかりのお前なら、押さえ込めると思ったんだ」

「希望的観測か。まあ、そのおかげで逃げることができた。作戦としては見事だ。だが、この後はどうするつもりだ?」


 伊勢島と相澤の魔力が激しく動き、俺たちを探している。探し回られたらそのうち見つかってしまうだろう。


「誰かが音に気づいて、助けが来てくれるのがベストだけど……」

「残念だがこの廃ビルで非常ベルを鳴らしても、外へは響かない。助けなど期待できん」

「そ、そうなのか?」

「外界と完全にシャットダウンする結界がこのビルに仕込んである。でなければ異常を感じて、玲菜がすぐに駆けつけてくるだろう?」


 俺がどんなに隠れていても、この街の管理人である玲菜なら、魔力を見つけて容易に探し出せるはずだ。それがない以上、織辺の話は真実なのだろう。

 だとすれば、外部からの助けは絶望的だ。そもそも、玲菜がここに来たら危険に晒してしまう。伊勢島の本当の目的は玲菜からこの街を奪うことなのだ。


「アイツらに見つからずに逃げるしかないのか……」

「……ふむ。しかし、出口はひとつしかない。エントランスからの出入りしか出来ないように結界を組んである」

「な、なんだよそれ、窓から飛び降りたりも出来ないのか?」

「当たり前だ。玲菜の乱入を防ぎ、お主を逃がさないための結界だ。もちろん、隠れられたときために、結界が入ってきた人間、出ていった人間を把握する」

「つまり……?」

「あの女が結界を調べれば、儂らがまだ残っていることに気がつく。見つかるのは時間の問題だ」


 諦めを含んだ絶望的な織辺の回答。

 だけど、諦めたらレガリアが伊勢島に渡ってしまう。それだけはダメだ。

 手がないなら考えればいい。逃げ道がないなら作ればいい。

 見つかるのが時間の問題なら――


「時間はゼロじゃない。見つかる前に二人で無事に逃げる方法を探そうぜ!」

「…………二人で、か。……忘れているようだが、儂は用意周到に結界まで用意して、お主を殺したがっていたのだぞ?」

「忘れてねえよ。けど、置いていくわけにもいかないだろ? 玲菜が悲しむ……」

「……玲菜だと? 何の冗談だ? 儂を助ければ、自分が殺されるんだぞ?」

「わかってるよ! けど、どんな事情であれ、玲菜が悲しむなら放っておけない!」


 照れ隠しで強めに答えてみたが、俺の言葉に織辺の目が大きく見開かれた。

 呆然とした様子になんだか恥ずかしくなり、思わず眼を逸らす。

 しばしの沈黙の後、呟くような織辺の声が聞こえる。


「……儂は、お主を見誤ったかもしれんな。……最初から信じていれば、こんなコトにはならなかったのだろうな――」


 言い終わる前に、織辺がいきなり苦しそうな咳を始めた。

 何度目かの咳と共に、激しく吐血し、織辺の左手を真っ赤な血が覆い尽くす。


「だ、大丈夫か?」

「……もう、長くはもたない。……約束だ。ここでケリをつけるぞ……」


 織辺は言って、先のない右腕をそっと掲げた。

 その手から凄まじい魔力が発せられる。


「ば、バカ! なにをするつもりだ?」

「構えろ。レガリアを一つにして、完成させる。今、ここでだ!」


 逃げる方法などないと諦めたのだろう。俺を殺すために魔力を高め始めた。

 死にかけているとはいえ、織辺の魔力は圧倒的だ。戦いを始めて伊勢島たちが気づかないはずがない。


「すぐにバレちまうぞ?」

「それでもだ! 行くぞ、小僧。全てを受け止めるのだ!」


 覚悟した織辺の声。今さら後にはひけない。俺はソードを構える。

 しかし、戦いになるよりも早く、大きな笑い声が響いた。


「あはははっ! 見つけた! 隠れても無駄だってわかったみたいだね」


 伊勢島と相澤が凄まじい速度でこちらに近づいてくる。

 迎えようと体を反らそうとした瞬間、織辺が大きく叫ぶ。


「小僧! 眼を逸らすな! 儂を見ておれ!」

「な、なんだって言うんだよ! 伊勢島がもうそこにいるんだぞ! 俺たちで争っている場合じゃ……」

「眼を逸らすなと言っておるだろ! 行くぞ!」


 一方的に言って、織辺が俺の心臓に向かって手を伸ばし、突っ込んできた。

 目で追えるはずもない圧倒的なスピード。為す術もなく、心臓に手刀を叩き込まれる。その瞬間、心臓が焼かれているような感覚して、俺は蹲ってしまう。


「う、うわぁぁぁぁぁっっっっ!」


 思わず奇声が漏れてしまう。全身の魔力が暴れだし、激しい痛みでもがき苦しむことしか出来ない。


「はぁっ、はぁっ……うまくいったようだな」


 息も絶え絶えに織辺が俺を見下ろし、囁く。

 驚いた顔で一連の流れを見ていた伊勢島が小さく笑みを浮かべる。


「あらあら、あなたがレガリアを奪ったの? じゃあ、完成したレガリアの力でわたし達に勝つつもりかな?」

「……はぁぁっ、はぁぁぁ……残念だが、それは違うな」

「……? 逃げる気かな? あははは。わかんない人だね。誰もここから逃がさないって言ってるでしょ?」

「……そんな必要は……ない」


 そこまで言って、織辺は糸の切れた人形のように膝が折れ、倒れこむ。視線はずっと壁に打ちつけられた俺の方に向いていた。


「なに? どういうこと?」


 状況がつかめず伊勢島が慌てた顔をする。

 思わず泣いてしまいそうになった。まさか、こんな展開になるなんて。


「織辺……どうして……?」


 体をゆっくり起こすと、相澤に殴れた腹部を含め、全身から痛みは消えていた。

 俺の全身を襲った痛みは、レガリアを受け取った痛みだったんだ。

 ――織辺が命を捨てて、俺にレガリアを譲ってくれたんだ。


「コイツらに、レガリアを……渡すな……玲菜のために…………な……――」


 満足げに言い放つと、織辺の体が力なく崩れた。

 命を感じさせない不気味な形に、命が失われたことを想像させる。


「織辺ぇぇぇぇええええええっ!」


 大きな叫び声と共に、心臓がドクンと音を奏でる。

 その瞬間、信じられないような魔力が全身を駆け抜けていく。


「やだな。なんか嫌な予感がするね。相澤くん、彼を殺して、今すぐに!」


 諏訪は勝てないほど強かったし、織辺は蛍火にひどいケガを負わせられていたとは言え、実力は本物だった。その二人になんなく勝った化け物の姿をした相澤。

 サードを使っても、勝ち目なんかなかったかもしれない。

 

 ――でも。

 

 俺はソードを手に取り、相澤と迎え撃つ。

 耳を裂く大きな爆発音が響き、壁に叩きつけられ、手足が変な方向に曲がっているのは、化け物の姿をした相澤だった。

 辺りはシーンと静まりかえる。伊勢島の額からは嫌な汗が流れ落ちていた。ビビるのも無理はない。まるで大人と子ども。魔力の差はそれほどまでに圧倒的だった。


「マスターお見事です。最大限の力が発揮されています」


 力を失っていたはずのソードの声が聞こえる。

 俺の力に反応してソードも目覚めたようだ。力がどんどんみなぎってくる。

 織辺が命を賭けて守り続け、そして、俺に託してくれた力。負けるはずがない。


「そ、それがレガリアの力……なの?」

「悪いがもうお前なんか相手じゃない。死にたくないなら、この街から消えろ!」


 俺はソードを構え、伊勢島に向けた。

 溢れ出る魔力と共に、詩子が言っていたように魔法語も自然と頭に流れ込んでくる。どんな魔法だって、今の俺なら使いこなせるに違いない。

 湧き上がる膨大な魔力をグッと握り締め、伊勢島に勝てる力がようやく手に入ったと実感する。玲菜を守れる力だ。

 だが、勝ちを確信した俺を見て、伊勢島はふいに薄い笑みを浮かべた。

 これだけの魔力を持った俺を前にして、余裕さえ見えるその表情。

 視線の先に立ち上がっている相澤の姿があった。折れていたはずの骨は、何の損傷も見えないほどに回復している。

 たびたび見せる脅威的な回復力、アイツは不死身なのか。


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