第四十九話 敵と味方の境目
俺はずっと織辺のことを敵だと思っていた。
だけど、アイツは俺に『サード』の力を与えて、助けてくれた。敵だと思っていたヤツが、実は味方だったなんてよくある話だ。敵か味方かハッキリさせたい。
そして、そう思わせるヤツがもう一人いる。
空は紫色に染まり、夜明けを感じさせ、長かった魔闘師たちとの戦いも最終局面。
俺と玲菜、織辺を囲んでいる魔闘師は軽く見ても二十人以上。
そんなざわつく集団の中から一人の女が単身で抜け出し、愉しげな顔を見せたかと思うと、俺のすぐ傍に長い髪をなびかせて、フワリと降り立ったのだ。
「や! 赤羽君」
俺を見てニコッと微笑む黒ローブに身を包んだ女、蛍火だ。
対立する立場でありながら、俺をここに連れてきてくれた。味方だと思ったわけではないが、敵でもないと思っていた。
織辺と同じように真意が全くつかめない。こんな状況であればなおさらだ。
「け、蛍火……なんで……?」
蛍火のいきなりの挨拶に虚を突かれ、俺は間抜けな言葉を漏らす。
俺と蛍火のやりとりに、魔闘師たちも一斉にざわつき始める。敵である俺たちに挨拶をしているのだから当然だ。
中でも一番驚愕の表情を見せたのは神条だった。
「け、蛍火? なぜお前がこの街にいる……? いや、そんなことより――」
神条は蛍火を一睨みした後、俺に不信感を抱いた視線を向けてくる。
まるで大事な人が大嫌いな奴と、親しかったかのような眼だ
「――お前、妹と知り合いなのか?」
神条の妹? 質問の意味がわからなかった。ザワザワと魔闘師たちが騒ぎ、俺に興味が注がれる。頭をひねり答えを探す。妹って……――まさか!
「――お、お前たち兄妹なのか!?」
俺は驚きを隠せずに大きな声を出す。神条が怪訝な顔で小さく頷く。
キョロキョロしていた蛍火は、あれっと、首を傾げ、ポンと手を叩いた。
「あっ! ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私は神条 蛍火。この炎治兄様の実妹よ」
神条の父親は世界最大ギルドのトップだと玲菜が言っていた。
高飛車なジルベッタが蛍火の『兄様』という言葉に反応したのも、蛍火の魔力が凄かったのも、神条の血縁者であれば頷ける話だ。
神条一族はまさに化け物揃いなのだろう。
誰もが戸惑いを隠せない中、よりそわそわとしていたのは、なぜか玲菜。
蛍火を見つめ、俺にジトッとした眼を向けてくる。
「……その人、魔闘師よね? どこで知り合って、どんな関係なのか、教えてくれない?」
言葉がやたらとトゲを含んでいた。もしかしたら、裏切り者とか、そういう嫌な誤解をされているかもしれない。
ここは、素直に関係を白状した方が後々のためだろう。
「えと、彼女と知り合ったのはさっきだ。で、俺をここに送ってくれた。そんな関係だな……」
俺の言葉に蛍火が頷くと、玲菜のこめかみに青筋が走った。
玲菜は引きつった笑顔を見せる。
「まったく説明になってないわね……って言うか、なんで……」
ブツブツとつぶやき、玲菜は頭を抱えて悩み始めた。
そんな玲菜を見て、蛍火がクスッと笑う。
「彼女、無事だったみたいね。よかったわ」
「おう。お前が送ってくれたおかげだ。ありがとうな」
蛍火は俺の言葉に少し目を丸くして、それからまたニコッと微笑む。
本当に玲菜に負けず劣らず綺麗な子だ。思わず見とれていると、大きな声が響く。
「ちょっと待ったぁ!」
玲菜が俺と蛍火の間に、体を割り込ませる。
「なんだよ?」
「ど、どど、どうやって送ってもらったの?」
「そ、そりゃあ……手を――」
そこまで口にすると、玲菜の表情が鬼のように強ばった。
嫌な予感がする。正直に言うと怒られてしまいそうだ。
なんと言うか頭を悩ませていると、キョトンした顔で蛍火が口を開く。
「手を繋いで空を飛んできただけ。抱きついたりじゃないから安心して」
蛍火の言葉に、玲菜の表情がピキッと凍り付き、それは激しく爆発した。
「あ、安心する要素がないわ。詳しく説明してもらおうじゃない!」
「ちょっ、ちょっと待てよ。今はそんなことを言ってる場合じゃ……」
「そ、そんなコトって何よ! 重要なコトじゃない! 敵である魔闘師の女と仲良く手を繋いだのは本当なの!?」
「な、仲良くなんかじゃねえ――」
俺が言葉を言い淀んでいると、ドンと大きな地響きが鳴る。
振り返ると、神条が怒りを露にしていた。
「いい加減してもらおうか、時間の無駄だ。恋人の戯れなら、あの世でやってくれ」
「な、なななっ! 恋人なんかじゃないわよ!」
スイートなやりとりに見えたのか、神条を含め、魔闘師たちが全員、生暖かな目を向けている。
登校したら教室の黒板に悪意のある相合い傘を書かれていたような気分だ。いや、悪意のない相合い傘をなんて存在しない。悪意の塊だ。
されたことがある奴ならわかるだろうが、相手とかなり気まずくなる。
鼻息を荒くしている玲菜に、俺は小声で告げた。
「玲菜、話は後だ。今はこの場をなんとかしなきゃ……」
「――っ、わかった。け、けど、絶対に後で追求するからね!」
状況を理解したらしく、耳まで真っ赤にさせて玲菜が叫ぶ。
そんなやりとりをしていると、神条が蛍火に声をかける。
「蛍火。なぜ、お前がこの街にいるのかは知らんが、俺に力を貸せ。コイツらを殺すんだ」
神条がこちらに向かって指を指す。やはり、敵になるのか。
俺と玲菜は咄嗟に構えをとる。
しかし、蛍火はこちらに微笑むと、神条に視線を戻した。
「残念だけど、兄様の力にはなれないわ。……だって、私は別の用事でここに来たんだもの……」
「用事? 一体、何の用だ?」
不思議な顔した神条の質問に、蛍火は一呼吸置く。
「この街での終戦を伝えにきたの。……兄様、撤退してください。これは協会からの正式な命令です」
いっさい感情をこめず、淡々と伝令を告げた。
一方的な内容だったのか、神条が怒りの表情で喰ってかかる。
「な! なぜだ! まだ戦いは終わっていないぞ!」
「兄様は自分で『五人と戦って勝てば、管理人として認める』と言ったわ。その上で今日を含めて、二度も負けた。約束を反故にする気なの?」
「あ、あれは……侵略行為にしないために……」
「言い訳があるなら、本部で直談判してもらえるかしら? お父様に直接ね……」
「――っ、父上はすでに知っておられるのか?」
「そういうこと。一応、雪城邸を奪取されたときに、諏訪さんから連絡が入ったの。だけど、今日の戦いまで見届けてあげた。感謝して欲しいわ……」
「――っ、ふざけるな……。ふざけるな、ふざけるな――っ! だったら、コイツらを殺すところまで見届けろ!」
神条は地団駄を踏み、殺しかねないような表情で蛍火を睨む。
俺にやられて衰えているとは言え、相当な魔力だ。だけど、そんな巨大な力を前にしても、蛍火は微塵とも焦らず、逆に強く一歩踏み出した。
「……理由はどうであれ、二度負けたコトは事実なの。神条家の人間として、恥の上塗りは許されないわ。これ以上やるなら、私が全力で止める!」
冷たい声を響かせると同時に、蛍火の魔力が跳ね上がる。それは圧倒的な魔力だった。サードを持ってしても抑えられないような恐ろしい魔力量だ。
蛍火の魔力に当てられたのだろう、神条の顔が歪み、額からは止めどなく汗が流れ落ちていく。
「ま、待て! お、俺にも考えが――」
「兄様。さっきも言ったけど、私に言い訳しないで。兄様が決めるのは、撤退するのかしないのか、それだけよ」
丁寧な言葉ながらも、隙を見せない重圧感のある蛍火の態度。
神条は悔しそうに歯噛みをし、蛍火を睨み付けるが、すぐに踵を返した。
「――撤退する。戻るぞ……」
その言葉を皮切りに、魔闘師たちは次々と姿を消していく。
最後に神条が俺に悔しそうな顔を見せたが、何も言うことなく去っていった。
蛍火は神条たちを見送り、こちらに振り返る。
「兄が迷惑をかけたわね……。おめでとう、あなた達の勝ちよ」
俺と玲菜はしばし呆然とし、沈黙が流れた。
そして、だんだんと言葉の意味が理解出来てくる。
あっけないが勝利宣言だった。
「お、おおおっ!」
「本当!?」
俺は玲菜と目を合わせて、思わず笑みがこぼれる。
長かった。本当に長かった戦いが終わりを迎えた。それも俺たちの勝利で。
この街を魔闘師から守り抜いたのだ。
※ ※ ※
神条たちが去り、その場には俺と玲菜、蛍火。
そして、織辺が残っていた。
全員が何か言いたげな顔で様子を伺っている。
俺は思い切って蛍火に疑問をぶつけてみた。
「これで全部、終わりだと思っていいんだよな?」
「全部が何を指してるかわからないけど、協会はこの街から手を引くわ。……一応だけど、ね」
「一応ってどういうことだ? まだ何かあるのか?」
「監督役である諏訪さんの撤退は指示されてないわ。協会が完全に手を引くわけではないと覚えておいて。……協会に手を引かせたいなら、この街の問題を早く解決するコトね」
「……問題?」
「神器やレガリアのことでしょ。言われなくてもわかってるわよ」
考える俺をチラッと見て、玲菜が肩を落とし、投げやりに言い放った。
せっかくの勝利に、水を差された気分なのだろう。
そんな微妙な空気の中、蛍火が俺を見つめた。
「ねえ……。どうしてさっき兄様を殺さなかったの? あなた達は……兄に相当な恨みがあるはずよね?」
蛍火の口から漏れた不意の質問。少し意地悪に、少しおどけて。だけど、蛍火はとても真剣な顔をしている。俺がサードで神条を追い詰めたときの話。
おそらく、俺たちの状況を知った上での質問なのだろう。
神条のせいで大事なものをたくさん無くしたし、殺したいほど憎んでいた。でも、殺さなかった。その理由は簡単。俺は玲菜をチラリと見る。
玲菜に抱きつかれて『死なないで』って言われて、命が大事に思えたからだ。
なんだか気恥ずかしくなって、慌てて蛍火に視線を向ける。
「殺したらアイツと同じになる。神条がどんな人間であっても、アイツを大事に想っている人間を悲しませる権利は、俺にはない」
「殺したいほど憎い人と同じになるか……。そうね。あんな人でも兄だもの、私も仇をとろうと思うでしょうね。殺さずにいてくれて、本当にありがとう」
蛍火はそう言って、はにかむように笑みを溢す。
不意の微笑みは、思わず魅入ってしまいそうになるほど美しかった。
思わず、ドキッと心臓が鳴る。
なんだか照れくさくて、わたわたしていると、コツンと脇腹に痛みを感じる。
「デレデレしてんじゃないわよ!」
表情の恐い玲菜が肘で小突いてきたのだ。いや、殴られたと言うべきか。
理不尽な暴力に不満を口にしようと思ったが、玲菜の雰囲気がそれをさせない。まったく意味不明だ。
「……? なんで怒ってるんだ?」
「べ、別に、怒ってなんかないわ。ふんっ!」
玲菜は顔を真っ赤にさせて、そっぽを向いた。
怒ってないなら、『ふんっ!』なんて意図的につけないで欲しい。というか、どう見ても怒っている。ともすればヤキモチを焼かれたような状態。
張りつめた緊張が解けたからか、その場の空気はどことなく穏やかなものになっていた。しかし、そこに不躾な声が響いた。織辺だ。
「おかしな話だな。兄を殺されたくないのに、なぜ赤羽を連れて来たんだ?」
疑うような眼差しを蛍火に向けている。
一瞬だけ蛍火は苦い顔をするが、すぐに冷静な表情で答えた。
「命を賭けてこの場に来ようとしていた彼を、放っておけなかったのよ」
「笑わせるな。お主のしたことは協会に対する背徳行為だ。死罪も免れん。それに実の兄にあんな態度を取ってまで、見ず知らずの男を助けるのか?」
「……質問の意図がわからない。私に何を言わせたいの?」
「本当はお主ら二人が共謀していて、誰かを騙そうとしているんじゃないのか? ……例えば、この街の管理人である玲菜とか、な」
「面白い考えね。だけど、違うわ。彼とは今日初めて会った。そうでしょ、赤羽君」
「ああ、その通りだ。適当な想像で言いがかりはやめてくれ」
余りにも的外れな推測に呆れつつ、俺は肩を竦めた。
織辺は俺と蛍火を交互に眺め、玲菜に目を向ける。
「だそうだが、玲菜。お主はどう考える? 仲良く手を繋いでここに来た、二人の本当の理由を……」
「――っ、そ、そうね。確かに許せないことをしているわ。でも、それは――」
「自分を助けるためで、他意は何もないと言いたげだな。いや、信じたいと言うべきか。まるで乙女だ。管理人としては偏った考えだとは思わんのか?」
「……春馬を疑うことが正しいというの?」
「もちろんだ。さっきも言ったが、その女のやったことは死罪に値する行為だ。何の見返りもなく、敵である男を重要拠点に連れてくるバカはいない」
「……そ、それは」
「シンプルに考えろ。重罪を受け入れても良いほど、赤羽とその女は親密。もしくは、連れてくること自体が協会に認められた行為だったか、だ」
織辺に追求され玲菜は表情を曇らせた。言い返したいが言い返す言葉が見つからないそんな様子に見える。
何か口を挟みたいが、言い訳だと言われたら、何ひとつ証拠なんて出せない。
玲菜を助けるために魔闘師の力を借りたことが、こんなに問題になるとは思わなかった。黙っていた蛍火が不意に織辺に向かって言葉を紡ぐ。
「あなたの考えがよくわかったわ。織辺さん。私たち、いえ、赤羽君と雪城さんの関係を壊したい。そうでしょ?」
「そうかもな。お主たちが裏で繋がっているなら、玲菜を近づける訳にはいかない。大丈夫なら、大丈夫な証拠を見せてくれ」
「ふーん。あ、そ。だったら、こっちも言うわ。人のコトばかり疑っているけど、あなたはどうなの? 自分が何をやったのか忘れたみたいね」
「儂か? 儂は玲菜に危害など加えん」
「それはどうかしら? ねえ、雪城さん、彼は信じるに値する人間なのかしら?」
「真意はわからないけど、信じてもいい人間だと思うわ」
まさか玲菜が庇うとは思わなかったのだろう。
蛍火の表情がピキッと凍り付く。
「そ、それ、本気で言ってるの? 彼はあなたの友人に危害を加えたり、神器も奪っていったのよ?」
「それはそうだけど……でも、彼はお父さんの親友だった人。私もずっと前から面識があるわ」
「……面識がある? そんなまさか。こちらのデータに彼の名は載ってないわ」
「それは知らないわよ。だけど、この人は坂上さんと言って――」
「――っ、玲菜! それ以上は言うな!」
急に怒鳴られて玲菜がビクッと体を震わせた。
しかし、より驚いていたのはもう一人の方。目を大きく見開き、だらしなく口を開いて呆けている蛍火だ。ハッとして織辺の顔を見詰め、深く息を吐く。
「信じたくないけど、坂上という名前は一人だけ。坂上 雅和……どうして織辺と……? ううん、それよりも本物の坂上さんとはまるで別人の魔力……どういうこと?」
「なんだよ蛍火、織辺のことを知っているのか?」
「もちろんよ。彼は五年前にこの街からレガリアを持ち出し、姿を消した人物よ。知らないはずがない。その魔力まで保管されているわ」
蛍火の話は、俺と詩子が襲われた五年前のあの日と今を繋げるような内容だった。
五年前のあの日、雪城家の当主である玲菜の両親が死んだ。そして、その日にレガリアもこの街から消えた。協会がすぐにこの国を隅から隅まで調べる大魔法を発動し、レガリアの調査を行ったが、まったく反応がなくなっていたのだ。
それから五年間、ずっとレガリアと坂上は見つかっていない。別人として生まれ変わらない限り、消すことの出来ない魔力反応を、織辺が消したのだ。
「実際に別人の魔力になってたんじゃ、見つかるわけないわ……でも、魔力が別人になるなんて、遺伝子レベルでの書き換えでもしない限り無理よ」
「……それでも出来たのだ。こうやってな」
織辺は自分の右腕を前に掲げる。不自然に折れたその洋服。腕の先がないのが窺えた。垂れ下がった洋服を乱暴にはぎ取りる。
姿を見せた右腕は、妖しく蒼色の紋様を描かれ、不気味に輝きを増す。
見るものを魅了する圧倒的な存在感があった。
「なっ! そ、それは――レガリアっ!」
玲菜が興奮した声で叫ぶ。やはり、織辺がレガリアを持っていたのだ。
レガリアを見て驚いていると、落胆した声で玲菜が言葉を続ける。
「……そうか、織辺さんを見てもすぐに気がつかなかったのは、レガリアの魔力と合わさって、魔力が別人のようになったからなのね……」
「レガリアにそんな力があるのか?」
「ええ、レガリアは巨大な魔力を持つ刻印なの。そんなものを取り込めば、本人の魔力が別人のように書き換えられてもおかしくはない。メルに力を借りた時の私のようにね……」
金髪玲菜のコトだろう。確かにあれは全く別人の異質な魔力になっていた。
織辺もレガリアを取り込んだことで、同じようなコトが起きたらしい。
しかし、自信ありげな玲菜の答えを聞いて、蛍火が首を横に振る。
「見事な推理と言いたいところだけど、間違っている。協会の記録にあるレガリアの魔力とまったく違うもの。あれはレガリアじゃないわ」
「適当なコト言わないで! どっからどう見てもレガリアだわ!」
「見た目はね。だけど、中身がスカスカの模造品よ」
玲菜を宥めるように蛍火は告げ、織辺に目を向けた。
「……あなたが持っているそれは……なに?」
「さすがだな。協会の情報網は伊達じゃないらしい。そうだ。これはレガリアであって、レガリアではない」
「……本物なのに、本物じゃないの? どういうこと?」
「これは不完全な欠片だ。レガリアは今、三つの欠片に分かれている。だから、レガリアとして正常な魔力反応を返さないのだ」
織辺の言葉に蛍火は唖然とした顔を見せて、やられたとばかりにため息を吐く。
「そう、だったら、納得だわ。三つに分れて壊れた反応しか返さないんじゃ、協会が五年間あなたとレガリアを見つけられないのも当然ね……」
「ちょっと待って! レガリアが三つに分れたって、おじさんがすべてを持っているなら正常な反応になるんじゃないの?」
「……残念だけど、彼は全てを持っていない。レガリアの性質から考えて、あの程度の魔力であるはずがない。軽く倍はあるでしょうね」
「それじゃあ、残りのレガリアは誰が持っているのよ!?」
「私も気になるわ。ねえ、教えてくれない、坂上さん。残りがどこにあるかわかったから、この街に戻ってきたんでしょ?」
「……お、おじさんが知ってるの?」
玲菜と蛍火に期待の目を向けられて織辺は楽しげに声をあげて笑った。
「もちろんだ。先日、一つはすでに取り返しているし、あと一つもすぐにな」
「そう。だったら、返してくれない? それは私の物よ」
「……残念だが、出来ない相談だ。玲菜よ、今のお主にはこれは渡せない」
「お父さんの親友だと思っていたけど、違うみたいね。お父さんを裏切って、雪城家の土地を狙っている。そういうことでしょ?」
玲菜から敵意の目を向けられて、織辺はがっかりと肩を落とす。
「玲菜、誤解はするな。儂はお主の父を裏切ってなどおらん。これは彼からの譲り受けたのだ」
「ウソを言わないで! だって、それは雪城家当主の証なのよ? お父さんがあなたに当主を譲ったとでも言うの?」
「……違う。そうじゃない。レガリアは間違いなくお主の物だ。だが、渡せない理由がある」
「理由なんてどうでもいい。渡さないって言うなら、実力で奪うわ! 相手が誰であろうともね!」
玲菜は強気な表情で織辺を睨み付ける。本気で織辺とやりあう気だ。
いきり立つ玲菜を目の前に織辺はしばらく見つめて、目を細めた。
「……それはレガリアの欠片を持つ人物が誰であろうとも、ということか?」
「当たり前でしょ。レガリアを取り戻すのが、雪城家当主としての私の使命よ!」
「よかろう。なら、最後のレガリアの欠片を持つ人物から奪えたなら、儂が持つ二つを返そう。それでどうだ?」
にこやかな顔でハッキリと織辺が宣言をした。その顔を怪訝な顔で玲菜が見つめる。逡巡した後、玲菜は小さく息を漏らす。
「わかったわ、約束は忘れないでね? 私が最後の一つを手に入れたら、絶対に返してもらうからね?」
「もちろんだ。お主こそ、絶対に取り返せ。いいな?」
「元からそのつもりよ。で、誰が持っているの? レガリアの最後の欠片は?」
織辺がなぜか俺を見てニヤリと笑う。それはとてつもなく悪意のある顔。全身から震えが来て、嫌な予感が止まらない。
織辺が先日取り返したというレガリア。いつなのかはわからない。だけど、ある人物から魔力が失われたのと、どうしても重なってしまう。
押し殺せない感情のままに俺は織辺を睨みつけた。
「ちょっと待てよ。その前に聞きたい。先日、お前が奪ったと言うレガリアの欠片。それは誰からだ?」
「ふん。聞かなくてもわかっているんだろ? お主の想像通りだ」
「ハッキリ言えって、言ってるんだよ!」
「お主の幼なじみ――白峰詩子だ」
ガツーンとハンマーで頭を殴られたような大きな衝撃を感じる。
目眩がする中で詩子の膨大な魔力を思い出す。素人であるはずの詩子が魔闘師と戦えた理由。それがレガリアの力だというなら納得だ。
そして、それを織辺に奪われ、力を失った。
何もかもが否定する材料になるどころか、事実とリンクしている。
言葉を失った俺を玲菜がチラリと見て、口を開く。
「ウソを言わないで! だって、彼女からレガリアの反応なんて――」
「儂と同じ、と言えばわかるだろ? それともさっきと同じ話をもう一度しないとわからないのか?」
「いえ、バカな質問をしたわ。そうか、レガリアの反応は当てにならない状態だったわね――――って、ウソっ! そ、そんな……」
そこまで言って、玲菜の顔が青ざめていく。なにか思い当たることがあったのだろうか。さっきの嫌な予感がますます自分の中でどす黒く滲んでいく。
「ふ。そうだ。さすがだ。それでこそ、雪城家の当主たる者だ。改めて玲菜、お主に問う。さっきの約束は忘れていないだろうな?」
「……ええ、もちろんよ。信じたくないけど、それが事実なら、私がやるわ」
織辺の言葉に玲菜は思い悩んだ顔で頷く。何か悪い方向に話が進んでいるような気がしてならない。このままではダメになる。そんな予感しかしない。
「待てよ、玲菜。一度落ち着こうぜ! 焦って答えを出すことないんじゃないか?」
俺が努めて明るく、玲菜を励まそうとすると、玲菜は小さく笑みを見せる。
とても美しい表情だった。だけど、その表情は長くは続かない。
鋭い目つきになり、俺を睨みつけてくる。
「春馬、大人しく返してくれない? それは私の物よ」
「へ? 返す……? な、なにを……?」
「とぼけないで! アンタが……アンタが隠しているそれを返しなさい」
「だ、だから、何をだ?」
首を傾げる俺を見て、玲菜が激怒の表情で叫ぶ。
「レガリアよ! 持っているのはわかってるわ! さっさと返しなさい!」
「……はあ? お、俺がか!?」
「ずっと不思議だった。どうして素人であるアンタと、あのソードが契約することになったのか……だけど、レガリアを持っていたなら簡単な話よね!」
玲菜は確信に満ちた顔をして、俺の話を聞き入れてくれそうにない。持っているはずはないが、否定できる材料もない。
変に言い訳をして刺激するより、話を合わせておくべきだろう。
「わ、わかった。返す。俺が持っているというなら返すから!」
「なら、さっさと渡しなさい! ぐずぐずしてたら許さないから!」
玲菜は言って手を差しだしてくる。おそらく、その手にレガリアを乗せろと言うコトだろう。しかし――
「渡すって……どうやってだ?」
「し、知らないわよ! アンタが持っているんだし、方法は知っているんでしょ?」
「俺が知るかよ! 何か誤解しているけど、俺は持っているなんて意識はいまだにないぞ?」
俺の言葉に玲菜はむぅと顔をしかめた。方法がわからないのは玲菜も同じのようだ。困った顔をして、玲菜は織辺に顔を向ける。
「おじさん、どうやって春馬からレガリアを返してもらうの?」
「簡単な話だ。心臓を抜き出して、自分の中に取り込めば良い。それでレガリアの欠片はお主のものとなる」
「なるほど、わかったわ――って、それじゃ春馬が死ぬわよね? 冗談はやめて!」
「冗談など言うか。他に方法などない」
衝撃的な話に思わず玲菜と顔を見合わせた。
玲菜も戸惑いを隠せない表情をし、返事に困っている。
「……け、けど、春馬がレガリアを持っていなかったら……?」
「そうだ! お前の誤解だったら、俺は犬死にだ!」
俺も玲菜に合わせるように抗議の声をあげる。しかし、そんな俺の懸命な言葉に織辺は呆れ顔で大きく息を溢す。
「ふん。まだとぼけるのか……サードの力。あれを使えるのは雪城家当主だけだ。それ以外の者が発動させれば、死ぬ」
「そ、そんな、ウソだろ?」
「いえ、赤羽君、彼の言っていることは本当よ。協会の記録にもきちんと載っている。サードの力は雪城家の当主にしか使えない」
織辺の言葉を裏付けたのは蛍火だった。協会の記録に残っているなら、織辺がウソを言っているはずもない。織辺は全てを知って、あの場で『サード』を俺に使わせたんだ。そこまで考え至って、織辺の真意が見えた。
「……って、お前、俺を殺す気だったのか?」
織辺は俺を助けようとしたわけじゃなかった。むしろ逆だ。殺そうと思っていたのだ。『サード』を発動させ、力を暴走させる形で。
「魔闘師たちと相打ちになってくれれば良かったんだがな」
「て、てめぇ……」
「……だが、お主は生き残った。だから、確証を持ったんだ。サードを使って死なないのであれば、レガリアを持っている。必ずな」
人を殺そうしたのに、のうのうとしている織辺に猛烈な怒りがこみ上げてくる。
ソードを握り締めようとして、玲菜が割り込んできた。
「……話はわかった。け、けど、私は殺すなんて……」
かっこよく登場した割には、言葉は非常に弱く、目を泳がせている玲菜。
どうすれば良いのか、自分でもわからないだろう。
そんな玲菜に織辺は厳しい表情で迎える。
「儂は正直に持っている人物を教えた。お主も約束を守り、雪城家の当主として責務を果たせ! 大義のために殺人を恐れるようでは当主になる資格などない!」
織辺にうながされて、玲菜の強く唇を噛み締めた。だけど、その表情にはまだ明らかに迷いが浮かんでいる。そう、迷っているのだ。
レガリアを手に入れるのは、ずっと玲菜の悲願。諦める選択肢などあるはずもない。だとすれば、俺を殺して良いか答えが出せないだけだろう。
どこから間違えたのかわからない。だけど、ハッキリしている。織辺が俺を殺すために、玲菜をココへと導いたのだ。
敵だと思っていた奴が味方だったと言うのがよくあるなら、仲間かと思っていた奴が敵だったと言うのもよくある話だろう。
レガリアを玲菜に返すなら、心臓を差しだし、死ぬしかない状況。
でも、死にたいわけでもない。もちろん、玲菜の邪魔をしたいわけでもない。
玲菜から本気で命を狙われたら、俺は一体どうすれば良いのだろうか。