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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
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第四十八話 真なる力の解放

 それは一瞬の出来事だった。

 気がつけば、神条の腕がこちらに迫ってきていて、それを庇うように玲菜が俺の前に割り込んでくる。そして、神条の腕が玲菜の腹部を貫いた。

 派手に吐血しながら倒れ、ドロッとした赤い液体が、玲菜を中心にゆっくりと広がっていく。


「れ、玲菜っ!」

「ちっ、殺す順番が変わってしまったか……まあいい、次はお前だ!」


 神条は自分の手についた玲菜の血を汚げに払い、俺を指差す。

 怒りに任せてソードを薙ぐ。

 その攻撃を神条は、軽々と後ろへ跳び避ける。

 俺から大きく離れて、馬鹿にするように神条が鼻で笑う。

 非常に腹立たしい態度。だけど、神条となんか戦っている場合じゃない。

 俺の視線は、倒れている玲菜に自然と向けられる。

 玲菜に意識はなく、ぐったりとしたまま。腹部からは止めどなく真っ赤な血が流れ、青ざめていく顔に、傷のヤバさを思い描かせた。

 一刻も早く傷の手当てをしないといけない。

 どうすればいい。どうすればいいんだ。


「そこを退け、小僧!」


 突然、怒鳴り声が舞い降りてくる。驚いて顔を上げると、目の前には見たことのある、みすぼらしい格好をした片腕のない中年の男が立っていた。

 その額には大粒の汗が滲んでおり、慌てて来たのが窺える。


「織辺! な、なんでお前が!」

「退けと言っておるだろ! その娘……玲菜を治してやる!」


 織辺が玲菜を、名前で呼んだことが引っかかる。

 だけど、それ以上に、絶望の先に一筋の光明を見た気分だった。


「玲菜を助けてくれるのか!?」

「もちろんだ。玲菜は四番を発動させておらんのだろう? ならば、急がんと本当に死んでしまうぞ!」


 四番とは、一番から七番まである雪城家の秘術結界のことだろう。

 確か、四番には直接的な死を無効にする力があったはずだ。

 きわめて反則に近い性能だな。

 それにしても――なんでコイツはそんなことまで知っているんだ。

 怪しい、怪しすぎる。でも、玲菜を助けられるのもコイツしかいない。


「わかった。玲菜を――」


 頼むと言って、道を開けようとした。

 しかし、不意に詩子の顔が頭をよぎる。

 そういえば、コイツは詩子に不意打ちをかけて、魔力を奪ったヤツだ。

 もしかしたら、玲菜になにかするかも知れない。

 嫌な想像だけが頭の中を駆け巡っていく。

 なかなか道を開けない俺に、織辺が怪訝な顔を向けてくる。


「……小僧。儂が信じられんならお前が治せ! 出来ないのなら、邪魔だけはするなっ!」


 織辺は倒れている玲菜を指差す。腹部から激しい出血。

 悩んでいる間に、死んでしまいそうだ。


「くっ……」


 織辺を信じられないが、他に方法もない。

 言い返す言葉も無く、道を開ける。

 織辺は俺を一睨みして、急いで玲菜に駆け寄った。

 玲菜の腹部の傷口に手を当て、織辺はホッと息を吐く。


「よかった。なんとかなりそうだ……」

「ほ、ほんとうか!」

「ヤツが黙って治療をさせてくれれば……な」


 織辺の視線の先には神条がいた。

 神条は不敵な笑みを浮かべる。今すぐにでも襲って来そうだ。

 セカンドも使えない俺では、神条を倒せるはずもない。

 だけど、玲菜の治療をする間の時間稼ぎくらいはやらなきゃ。

 俺を庇って傷ついた玲菜を絶対に助けるんだ。


「――わかった。俺が時間を稼ぐ」

「お前では無理だな。ソードの力もろくに使えんじゃないか……」

「っ、命を賭けてでも、絶対に時間を作ってみせる!」


 ――セカンドを使ってでも。

 俺が覚悟を決めると、織辺は口元を上げた。


「ほう、そこまでの覚悟か。ならば、ソードの隠された力を教えてやろう」

「か、隠された力? なんでお前が――」

「セカンドの上、サードだよ。本当に命を賭ける気があるなら……使えるはずだ」


 俺の疑問と不安を遮り、織辺は一方的に話を続ける。

 そして、本当にサード解放の呪文を教えてくれた。

 セカンドに負けず劣らず、とても厨二病ぽくて、恥ずかしい呪文だ。


「どうして俺に力を貸してくれるんだ?」

「……勘違いをするな。儂はお前を助けようとは思っていない。その力を使って、時間を稼いで死んで来い。そう言っているのだ」


 俺の問いに、織辺は肩を竦めて答えた。

 サードと言うくらいだ、セカンドよりも力の消耗は大きいだろう。

 使えば確実に死ぬ。だからこそ、織辺は俺に教えた。

 玲菜の治療の時間を確保するための、捨て駒にしたのだ。

 もやもやとした嫌な感情がわき上がるが、それでも今はやるしかない。

 玲菜を助けることが最優先だ。治療のための時間を作る。

 血だまりで倒れている玲菜を見て、俺は強くソードを握り締めた。

 

 ※ ※ ※

 

「お前一人で時間を稼げると思っているのか?」


 近づいて来た俺を見下すように、神条は薄い笑みを見せた。

 玲菜を傷つけたムカつく相手。今すぐにでも潰してやりたい。


「その薄ら笑みを、今から消してやるよ!」


 俺はソードを掲げ、サードを使うために魔力を解放する。

 焦げ付くような臭いの中、自分でも驚くほど、全身が強化されていく

 高まっていく魔力に、神条は驚愕の顔を見せた。


「なに!?」


 セカンドよりも上の強化。サード。

 もしかしたら、神条にも勝てるかも知れない。

 しかし、そんな俺の淡い期待と魔力は、ソードによってかき消された。


「マスター、さっきも言いましたが、自殺に手は貸せません……」


 トーンダウンするように、俺を包んでいた強化が消えていく。

 考えてみれば、セカンドでさえもソードに反対されたんだ。サードの発動に、手を貸してくれるはずがない。


「頼むソード! 力を貸してくれ、玲菜を守りたいんだ!」

「さっきと同じ問題ですよ、マスター。玲菜も言っていたではありませんか。『どんな状況でも、アンタが死んでいい理由にはならないわ』と……」


 確かに言われた。だけど、今はこれしか手がない。

 意地でも発動させなきゃならないんだ。

 だったら、どうする。ソードを無視して、呪文を唱えてしまうか。


「……言っておきますが、何をしてもサードは発動させませんよ?」


 ダメだ。この手は使えない。

 ソードをなんとか説得するしかないのか。

 どうすれば良いか悩んでいると、神条が落ち着きを取り戻し、バカにしたような声を上げる。


「ふ、ふははははっ。マスターのくせに神器すら満足に扱えないか! 生き恥をさらすよりもここでとっとと死ぬがいい!」


 さっきまでビビっていたくせに、発動が出来ないとわかったらその態度か。

 神条が一気に襲いかかってくる。

 まるで疾風迅雷。『強化』しか施してない俺では、とても追いつかない。

 それでも玲菜を守るため、必死になって、神条の攻撃を防ぎ続ける。

 だが、それは長くは持たない。いつしか体勢を崩され、大きく吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられ、激しい痛みを覚える中、それを堪えて立ち上がる。

 フラフラの俺に、神条が憐れみの声を出す。


「弱いとは本当にかわいそうなことだ。……守りたい女一人、守るコトも出来ないのだからな」


 グッと唇を噛み締める。悔しいけど、言い返すコトができなかった。

 俺はなんて弱いのだろうか。

 最初にソードを握ったときから、まったく成長していない。

 ソードが力を貸してくれなかったら、何も出来ないのだ。

 戦えてきたのはソードが力を貸してくれていたから。ただそれだけ……。

 俺は自分の弱さを痛感し、神条のニヤケ面から眼を逸らし、俯いてしまう。


「情けなく顔を下げていれば、強くなると思っているのか?」


 不意に響き渡った織辺の声に、ハッとして俺は顔を上げた。

 蔑むような嘆息を漏らし、織辺は言葉を続ける。


「情けない顔だな……。力で負けても気持ちでは負けるな。戦いの基本だぞ?」

「で、でも……俺は……弱い」

「――弱いというのは、自分の意志に負ける人間だ。命を賭けて、戦える人間は絶対に弱くなどない。おぬしはどっちだ?」


 命ならいくらでも賭けられる。玲菜の為に死ぬなら惜しくはない。

 だけど、そんな精神論は無意味だ。

 命を賭けたところで、ソードが力を貸してくれないなら、俺が神条に勝てる道理なんてない。


「う、うるせぇ……俺だって、出来るならそうしたい。でも、ソードが力を貸してくれない……だから――」

「お前はバカか。何を勘違いしている? マスターとは神器を従えるものだ。その意志とは関係なくな」


 言葉の意味がわからず俺は首を傾げる。

 俺をしばらく見つめ、織辺はニヤリと口角を上げた。


「ソードが言うことを聞かんと言うなら、聞かせればよかろう。マスターとしてな」

「そ、そんなこと出来るのか?」

「……出来るかどうかなんて関係ない。本気でそうしたいなら、そのために動け。死んでもいいから、使えばいいじゃないか。無理矢理に言うことを聞かせてな」


 俺は何を俯いていたんだ。織辺の言う通りじゃないか。

 サードしか手がないのだから、死んでもやらなきゃいけないんだ。

 決意しかけたところで、ソードの叫びが聞こえた。


「挑発されてはいけません。マスターの魔力では発動すらさせられません。消費する魔力はセカンドの比ではなのです!」


 ソードは使うとどうなるのかわかっている。

 これは忠告じゃない。警告だ。サードは俺には使えない。

 発動する前に死んでしまう。それがソードの考えなのだろう。

 ――だからどうした。


「俺はサードを発動させる。そして、神条を倒すんだ」

「ま、マスター……」


 ソードが俺を心配するような声を漏らした。

 

 ※ ※ ※

 

 玲菜の意識は戻っていない。

 俺を助けたから、腹部が真っ赤に染まるほど、大きな傷を受けたんだ。

 これで俺だけが助かったら、それは俺が一番嫌う展開ではないのか。

 『自分の為に誰が傷つくのがキライだ』

 そんなことを言いながら、俺はまるで成長をしていない。

 どうすれば、俺の為に誰も傷つかずにすむのだろう。

 いつになれば、俺は強くなれるのだ。

 ――今、しかないだろう。

 きっかけなんてどうでもいい。

 強くなろうと決めて、行動を始めるから強くなれるんだ。

 俺はソードを高らかに掲げ、大きな声を発した。

 

『――我は汝の王なり。その力を我が求めに従い顕示せよ。深淵の導き手よ!』

 

 とても恥ずかしい厨二病ぽい呪文。サードの発動が始まる。

 しかし、サードが発動しようとするのを、ソードが全力で止めた。

 俺とソードの魔力が反発し合い、眩い光が辺りを包んでいく。

 ビリビリと耳障りな音が響き、体には異様な負荷がかかってきて、危険を感じさせる。それでも俺はソードに魔力を込めた。

 魔力によってソードを従えるため、全力で魔力を込めるのだ。


「ま、マスター。お止め下さい! 本当に死にますよ?」

「構わない! ソード頼む。力を、力を貸してくれ!」

「……しかし――」


 納得していないような声を出すソード。

 

『――我は汝の王なり。その力を我が求めに従い顕示せよ。深淵の導き手よ!』

 

 もう恥ずかしさなんてなかった。何度も声を大にして叫ぶ。

 詠唱の度に、ソードが自分の意志を貫こうと光輝く。

 俺に死んで欲しくないと訴えてくる。

 だけど、そこには限界があった。

 織辺の言ったように俺がマスターなのだ。

 ソードが言うことを聞かないなら、力尽くで聞かせてやる。

 このまま神条と戦っていても、勝ち目なんかないんだ。


「……本当にどうなってもしりませんよ? マスター……」


 少しだけ拗ねたようなソードの声が響く。


「ああ、それでいい! 今、この時に、俺は全力を出したいんだ!」


 その瞬間、ソードから圧倒的な魔力が放出される。

 サードの覚醒が始まった。

 大地が揺れ、暴風が吹き荒れ、怒号が鳴り響く。

 この地上を全て覆い尽くすかのような力がソードから吹き出す。


「こ、これが……。ソードの本当の力だというのか……」


 あまりにも膨大で、俺の魔力が一瞬にして空になるような勢い。体中から血液が抜かれ、内蔵が潰されていくように思える。

 今までのことが走馬燈のようによぎり始めた。

 やばい、これはマジで死ぬんじゃないか。

 ソードが必死になって止めるわけだ。俺の魔力ではとても扱えない。

 目の前がだんだんと真っ白になっていく。

 甘かったか。なんて、そんな間抜けな言葉が浮かんでくる。

 魔力がなくなっていくのと同時に、意識もだんだんと遠く……


「や、やめなさいよ! ば、バカっ!」


 気を失いかけた俺は、ハッとして顔を上げる。

 そこには苦痛に顔を歪めながらも、立ち上がっている玲菜の姿があった。

 治療をしていた織辺も動揺を隠せない顔をしている。

 おそらく、まだ無理を出来る状態でないのだろう。


「……れ、玲菜……?」

「何やってんのよ! アンタは……無理ばかりしないでよ……作戦は『命を大事に』だったはずよ……?」


 嘆き悲しむような玲菜の寂しげな声。

 だけど、今の状態を止められないし、多分、止めても……。

 もう俺は死ぬまで突き進むしかないのだ。

 目をつぶり、玲菜に構うこと無く、魔力を解放しようとする。


「や、やめないか! 無理だ。本当に死ぬぞ!」


 ふいに織辺の大きな声が響く。

 目を開けると、腹部から血を滲ませ、玲菜がこちらにこようとしていた。

 完全とは言えない状態。織辺は玲菜をそれを必死に止めている。

 玲菜はその手を振り払い、血を滴らせ、前に進む。


「……っ。春馬にだけ、死ぬような思いはさせられないわ!」

「れ、玲菜……おちつけ……やめるんだ!」


 織辺が必死に怒鳴りつけるが、玲菜は止まらない。

 虚ろげな眼でふらつきながらも、必死になって俺に近づいてくる。

 そして――


「……もう、やめて……死んじゃ、やだよ……」


 玲菜が悲痛な叫びをあげ、俺の背中に抱きついてきた。柔らかい感触。

 ほとんどの感覚をなくした中で、玲菜の暖かさだけが唯一、生きていることを時間させる。


「やはり……こうなってしまうのか」


 諦めたような織辺の声。

 それと同時に、俺の心臓はなにかに共鳴するかのように鼓動を早めていく。

 玲菜に抱きつかれて、ドキドキしているとか、そう言う感覚じゃない。

 心臓とは違う、もう一つの心臓が鼓動を始めたような感じ。

 自分でも何を言っているのかわからない。

 大きな力の片鱗がそこにあった。

 今にも死にそうだった俺は、玲菜から伝わってくる不思議な力に包み込まれ、倒れずにすんでいる。一体、なんなんだ、この力は。


「っ!」


 不意に玲菜が小さく悶え、表情が曇った。

 それと同時に、玲菜の体からの流れ込んでくる力が、より顕著になっていく。

 いつからいたのかわからないが、織辺が玲菜の背中に手を当てていた。


「てめぇ、な、何をしている……」

「感謝することだな。解放の手助けをしてやる……」


 織辺が呟くと、玲菜から流れ込んできた力がさらに激しさを増す。

 得体の知れない力が、心臓から全身に流れていく。

 なんだこれ。苦しい、苦しい、苦しい。


「はがががぁぁぁっぁぁぁぁっ!」


 否応なしに、苦痛に満ちた声が漏れてしまう。

 だけど、様子がおかしいのは俺だけじゃない。玲菜もだった。


「あっ……んっ、はぁはぁ……あぁあっ!」


 耳まで真っ赤にして、玲菜が必死に俺に抱きつき、胸元に顔を埋める。

 玲菜がどんな顔をしているのかわからないが、玲菜の体が熱を帯びる度に、限界だった魔力が、体中に満ちていく。

 そして、ドクンッとさらに心臓が鼓動を早める。

 吐き気がするほど膨大な力。

 眠っていたなにかが、無理矢理に目を覚まし、体を食い破って出てきそうなおぞましい感覚が襲ってくる。全身が張り裂けてしまいそうだ。


「うあぁぁぁぁぁっっっっ!」

「耐えろ! 死ぬ気でその力を自分のものにしろ!」


 織辺が声を張り上げる。

 自分が今、どんな顔をしているのかさえもわからない。

 ただ、玲菜を通じて力が流れてきて、俺の体中になにかの力と融合している。

 どろどろに体が溶けていくようだ。


「は、春馬っ!」


 玲菜が俺を見上げて心配そうな顔を見せた。

 そんな玲菜を見た瞬間、俺の中でなにか切れる。


「~~~~~~~~~~~っ、がぁぁぁぁぁっっ~~~!」


 声にならない叫びと共に、俺の魔力が全て弾けて消えていく。

 頭は真っ白になり、俺は倒れて、死んだ――


「死なずに生き残ったか。……やはり、主だと認めているのか……」


 織辺の囁くような声が耳をつく。

 自分がまだ倒れてないことに気がついた。

 なぜか、ギリギリで魔力が残っていたのだ。

 いや、体の奥から魔力が供給されている。

 俺の全身に魔力が満ちると、玲菜が力なく崩れ落ちていく。


「玲菜っ!」


 俺は急いで抱きかかえようとすると、織辺が代わりに肩を貸す。

 玲菜は小さく瞬きをして俺を見つめる。


「……は、春馬……無事……?」


 ぼんやりとしているが、玲菜に意識はあるようだ。

 玲菜に声をかけようとしたところで、織辺が俺を顎でしゃくる。


「……今は自分の成すべき事をなせ!」


 そう言って、織辺は視線を遠くに向けた。視線の先には神条がいる。

 動けて、戦う力があるなら、今やるべきことはひとつしかない。


「玲菜を頼んだぞ……」


 俺はそれだけ言うと、神条に目を向けた。

 自分でも驚くほど落ち着いている。

 セカンドとは比べものにならないほどの魔力に包まれていた。

 

 ※ ※ ※

 

 神条は俺の変貌に、おののき、後退っている。

 もうアイツの顔は見飽きた。ここで終わらせるんだ。


「ソード行くぞ」

「はい、マスター。仰せのままに……」


 俺は湧き上がる力に身を任せ、膝を曲げると一気に飛びかかった。

 自分でも信じられない移動速度。

 全ての時間が止まっていた。いや、止まっているのように感じる。

 俺の動きが速すぎて、誰も追いついてこないのだ。

 魔法使いの優劣は単純に魔力の量で決まる。前に座学でそんなことを習った。

 圧倒的な魔力は、何者にも勝る力になるのだ。

 全ての時間を越え、俺は一直線に神条に斬りかかった。


「ば、バカなっ! こ、この俺が……こんな奴に……」


 神条は避けることも防ぐこともできず、ただ苦痛で顔を歪めるだけ。

 止まった時間の中で、俺だけが動いている。ずっと俺のターンだ。


「あぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 神条を斬り、悲鳴を聞く度に色んな感情が蘇ってくる。

 今までのこと、玲菜を操らせたこと、七海の復讐などなど、思い出せば思い出すほどに、神条への怒りに変わっていく。


「ぬおぉぉぉぉぉっっ!」


 力と感情をもてあますように俺は叫び、ソードを振り上げた。

 尻餅をついた神条は死に脅え、歪な顔を見せる。


「ま、参った! 許してくれっ!」


 泣いて謝ってくる神条。

 だけど、俺はそんなの無視して、ソードを勢いよく振り下ろした。


「ひぃっ!」


 神条の情けない叫びが響く。

 ソードは神条の目の前を通り、地面に突き刺さる。ほんの数センチ手前を。

 殺されたと思ったのか、神条は泡を吹いて気を失っていた。

 俺の勝ちだ。そう思った瞬間、体から力が抜けていく。

 

 ※ ※ ※

 

 戦いが終わり、玲菜は俺の治療をしていた。

 玲菜自身の治療は、すでにすんでおり元気を取り戻している。

 無事で本当に良かった。

 正直、こんな光景を生きて見られるのは奇跡だ。

 玲菜から流れてきた力のおかげか。それとも、織辺の力か。それとも……

 理由はわからない。だけど、俺はサードを発動させても死ななかった。

 それだけが事実だ。


「春馬? どこか辛いところない?」


 治療を終えても、玲菜が不安な眼差しで俺を見つめる。

 俺は体をゆっくりと起こして立ち上がってみた。


「……大丈夫みたいだな」


 自分でも驚くほどの平常ぶり。異常などなさそうだ。

 玲菜はホッと胸をなで下ろすと、今度はプゥーと頬を膨らませる。


「なんでアンタは毎回毎回、無理ばかりするの?」


 とても不満そうな声だ。

 まあ、確かに今回は死んでもおかしくないことをやったと思う。

 玲菜が心配するのも無理はない。


「お前を助けたかったから……かな」

「っ。ななな、なによそれ! ば、バカじゃないの!?」


 急激に顔を赤らめて、玲菜はワタワタと慌てる。

 そんな俺たちの様子を寒々と見ている視線に気がつく。織辺だ。

 聞きたいことはたくさんある。


「なあ、なんで助けてくれたんだ?」

「ふん、別にお前を助けた覚えはない。気にするな」

「わかってるよ。だから、なんで玲菜を助けてくれたんだ?」


 織辺はチラッと玲菜を見て、眼を逸らした。

 おかしな態度。やっぱり玲菜と何かあるのか。

 その時、ぼんやりと織辺を眺めていた玲菜が、ワッと目を大きく見開く。


「あ、思い出した! あなたは……坂上のおじさん?」

「――っ、な、なんの話だ?」


 思わぬ質問だったのだろう。

 織辺は顔を歪め、言葉を詰まらせた。

 明らかに動揺したような挙動。


「なんだよ、玲菜。織辺のことを知っているのか?」

「ええ。私と言うか、お父さんの知り合い……。ですよね?」


 俺に答えて、玲菜は試すようなに、織辺に視線を投げた。

 言葉を詰まらせ、織辺は後退りする。

 俺でも織辺が何かを隠しているのがわかった。

 レガリアを持っていたり、雪城家の結界やサードのことを知っていたり、玲菜を名前で呼んでみたりと、おかしなことは多々ある。

 だけど、玲菜の親と知り合いだったなら、色々とまとまる気がした。

 返事をしない織辺に向かって、玲菜は一歩踏み込む。


「どうして名前を変えて、私の前に姿を見せたんですか?」


 丁寧な言葉ながらも脅しを含んでいた。

 玲菜の敵ではない。でも、味方と呼んで良いのかもわからない。

 一体、織辺の目的はなんなんだ。

 しばらく考えていた織辺が口を開こうとして――

 先に遠くから神条の叫び声が響く。


「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁっ! 俺は上級魔闘師だ。こんな極東の田舎者たちにやられるはずがないんだ!」


 気絶していた神条が、いつの間にか立ち上がっていた。

 地団駄を踏み、怒鳴り散らす神条。

 それを見て、玲菜が憐れみの表情を浮かべる。


「往生際が悪いわよ。約束通りに五人倒したわ。アンタの負けよ!」


 神条は歯噛みをし、眉間をピクピクと振るわせた。


「もう模擬戦など関係あるか! 協会の力を思い知らせてやる! 全員、集まれ!」


 神条が手を上げると、黒いローブの人間が俺たちの周囲を覆った。

 魔闘師だ。その数、数十人を軽く超えている。

 逃げ道さえないほど、圧倒的な包囲網。


「……なによこれ? どういうつもり?」

「殺してやる! お前たち一人残らず、ここで殺してやるんだよ!」


 怪訝な顔をする玲菜に向かって、神条が怒声をぶつけた。

 それに合わせて、魔闘師たちが一斉にこちらに向けて構える。

 もうルールなんて関係ないと言ったところか。危機的な状況。

 だけど、俺は落ち着いていた。

 神条よりも強い奴がいないなら、なんとかなる。そういう自信だ。

 俺はソードを掲げ、サードを発動させようとした。

 だが、ザワついた風が広場を通り抜けて、ゆっくりと姿を見せた奴がいる。

 俺をここに連れてきた――


「け、蛍火……っ!」


 忘れていた。神条よりも遙かに魔力の高いの持ち主、謎の女、蛍火のことを。

 蛍火は俺に向かって微笑み、親しげに手を振ってくる。

 どこかで信頼できる相手だと思っていた。

 だけど、蛍火は魔闘師。やっぱり俺の敵だったようだ。

 嫌な汗が全身を伝っていく。まだ戦いは終わっていないのか……。


「ねえ、あのかわいい娘と妙に親しげだけど……魔闘師よね? どんな関係?」


 玲菜が蛍火を眺め、俺にジト目を向けてくる。

 全身から冷や汗がドッと出てきた。

 どうやら、別の意味でも危険が迫っているようだ。


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