第四十八話 真なる力の解放
それは一瞬の出来事だった。
気がつけば、神条の腕がこちらに迫ってきていて、それを庇うように玲菜が俺の前に割り込んでくる。そして、神条の腕が玲菜の腹部を貫いた。
派手に吐血しながら倒れ、ドロッとした赤い液体が、玲菜を中心にゆっくりと広がっていく。
「れ、玲菜っ!」
「ちっ、殺す順番が変わってしまったか……まあいい、次はお前だ!」
神条は自分の手についた玲菜の血を汚げに払い、俺を指差す。
怒りに任せてソードを薙ぐ。
その攻撃を神条は、軽々と後ろへ跳び避ける。
俺から大きく離れて、馬鹿にするように神条が鼻で笑う。
非常に腹立たしい態度。だけど、神条となんか戦っている場合じゃない。
俺の視線は、倒れている玲菜に自然と向けられる。
玲菜に意識はなく、ぐったりとしたまま。腹部からは止めどなく真っ赤な血が流れ、青ざめていく顔に、傷のヤバさを思い描かせた。
一刻も早く傷の手当てをしないといけない。
どうすればいい。どうすればいいんだ。
「そこを退け、小僧!」
突然、怒鳴り声が舞い降りてくる。驚いて顔を上げると、目の前には見たことのある、みすぼらしい格好をした片腕のない中年の男が立っていた。
その額には大粒の汗が滲んでおり、慌てて来たのが窺える。
「織辺! な、なんでお前が!」
「退けと言っておるだろ! その娘……玲菜を治してやる!」
織辺が玲菜を、名前で呼んだことが引っかかる。
だけど、それ以上に、絶望の先に一筋の光明を見た気分だった。
「玲菜を助けてくれるのか!?」
「もちろんだ。玲菜は四番を発動させておらんのだろう? ならば、急がんと本当に死んでしまうぞ!」
四番とは、一番から七番まである雪城家の秘術結界のことだろう。
確か、四番には直接的な死を無効にする力があったはずだ。
きわめて反則に近い性能だな。
それにしても――なんでコイツはそんなことまで知っているんだ。
怪しい、怪しすぎる。でも、玲菜を助けられるのもコイツしかいない。
「わかった。玲菜を――」
頼むと言って、道を開けようとした。
しかし、不意に詩子の顔が頭をよぎる。
そういえば、コイツは詩子に不意打ちをかけて、魔力を奪ったヤツだ。
もしかしたら、玲菜になにかするかも知れない。
嫌な想像だけが頭の中を駆け巡っていく。
なかなか道を開けない俺に、織辺が怪訝な顔を向けてくる。
「……小僧。儂が信じられんならお前が治せ! 出来ないのなら、邪魔だけはするなっ!」
織辺は倒れている玲菜を指差す。腹部から激しい出血。
悩んでいる間に、死んでしまいそうだ。
「くっ……」
織辺を信じられないが、他に方法もない。
言い返す言葉も無く、道を開ける。
織辺は俺を一睨みして、急いで玲菜に駆け寄った。
玲菜の腹部の傷口に手を当て、織辺はホッと息を吐く。
「よかった。なんとかなりそうだ……」
「ほ、ほんとうか!」
「ヤツが黙って治療をさせてくれれば……な」
織辺の視線の先には神条がいた。
神条は不敵な笑みを浮かべる。今すぐにでも襲って来そうだ。
セカンドも使えない俺では、神条を倒せるはずもない。
だけど、玲菜の治療をする間の時間稼ぎくらいはやらなきゃ。
俺を庇って傷ついた玲菜を絶対に助けるんだ。
「――わかった。俺が時間を稼ぐ」
「お前では無理だな。ソードの力もろくに使えんじゃないか……」
「っ、命を賭けてでも、絶対に時間を作ってみせる!」
――セカンドを使ってでも。
俺が覚悟を決めると、織辺は口元を上げた。
「ほう、そこまでの覚悟か。ならば、ソードの隠された力を教えてやろう」
「か、隠された力? なんでお前が――」
「セカンドの上、サードだよ。本当に命を賭ける気があるなら……使えるはずだ」
俺の疑問と不安を遮り、織辺は一方的に話を続ける。
そして、本当にサード解放の呪文を教えてくれた。
セカンドに負けず劣らず、とても厨二病ぽくて、恥ずかしい呪文だ。
「どうして俺に力を貸してくれるんだ?」
「……勘違いをするな。儂はお前を助けようとは思っていない。その力を使って、時間を稼いで死んで来い。そう言っているのだ」
俺の問いに、織辺は肩を竦めて答えた。
サードと言うくらいだ、セカンドよりも力の消耗は大きいだろう。
使えば確実に死ぬ。だからこそ、織辺は俺に教えた。
玲菜の治療の時間を確保するための、捨て駒にしたのだ。
もやもやとした嫌な感情がわき上がるが、それでも今はやるしかない。
玲菜を助けることが最優先だ。治療のための時間を作る。
血だまりで倒れている玲菜を見て、俺は強くソードを握り締めた。
※ ※ ※
「お前一人で時間を稼げると思っているのか?」
近づいて来た俺を見下すように、神条は薄い笑みを見せた。
玲菜を傷つけたムカつく相手。今すぐにでも潰してやりたい。
「その薄ら笑みを、今から消してやるよ!」
俺はソードを掲げ、サードを使うために魔力を解放する。
焦げ付くような臭いの中、自分でも驚くほど、全身が強化されていく
高まっていく魔力に、神条は驚愕の顔を見せた。
「なに!?」
セカンドよりも上の強化。サード。
もしかしたら、神条にも勝てるかも知れない。
しかし、そんな俺の淡い期待と魔力は、ソードによってかき消された。
「マスター、さっきも言いましたが、自殺に手は貸せません……」
トーンダウンするように、俺を包んでいた強化が消えていく。
考えてみれば、セカンドでさえもソードに反対されたんだ。サードの発動に、手を貸してくれるはずがない。
「頼むソード! 力を貸してくれ、玲菜を守りたいんだ!」
「さっきと同じ問題ですよ、マスター。玲菜も言っていたではありませんか。『どんな状況でも、アンタが死んでいい理由にはならないわ』と……」
確かに言われた。だけど、今はこれしか手がない。
意地でも発動させなきゃならないんだ。
だったら、どうする。ソードを無視して、呪文を唱えてしまうか。
「……言っておきますが、何をしてもサードは発動させませんよ?」
ダメだ。この手は使えない。
ソードをなんとか説得するしかないのか。
どうすれば良いか悩んでいると、神条が落ち着きを取り戻し、バカにしたような声を上げる。
「ふ、ふははははっ。マスターのくせに神器すら満足に扱えないか! 生き恥をさらすよりもここでとっとと死ぬがいい!」
さっきまでビビっていたくせに、発動が出来ないとわかったらその態度か。
神条が一気に襲いかかってくる。
まるで疾風迅雷。『強化』しか施してない俺では、とても追いつかない。
それでも玲菜を守るため、必死になって、神条の攻撃を防ぎ続ける。
だが、それは長くは持たない。いつしか体勢を崩され、大きく吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、激しい痛みを覚える中、それを堪えて立ち上がる。
フラフラの俺に、神条が憐れみの声を出す。
「弱いとは本当にかわいそうなことだ。……守りたい女一人、守るコトも出来ないのだからな」
グッと唇を噛み締める。悔しいけど、言い返すコトができなかった。
俺はなんて弱いのだろうか。
最初にソードを握ったときから、まったく成長していない。
ソードが力を貸してくれなかったら、何も出来ないのだ。
戦えてきたのはソードが力を貸してくれていたから。ただそれだけ……。
俺は自分の弱さを痛感し、神条のニヤケ面から眼を逸らし、俯いてしまう。
「情けなく顔を下げていれば、強くなると思っているのか?」
不意に響き渡った織辺の声に、ハッとして俺は顔を上げた。
蔑むような嘆息を漏らし、織辺は言葉を続ける。
「情けない顔だな……。力で負けても気持ちでは負けるな。戦いの基本だぞ?」
「で、でも……俺は……弱い」
「――弱いというのは、自分の意志に負ける人間だ。命を賭けて、戦える人間は絶対に弱くなどない。おぬしはどっちだ?」
命ならいくらでも賭けられる。玲菜の為に死ぬなら惜しくはない。
だけど、そんな精神論は無意味だ。
命を賭けたところで、ソードが力を貸してくれないなら、俺が神条に勝てる道理なんてない。
「う、うるせぇ……俺だって、出来るならそうしたい。でも、ソードが力を貸してくれない……だから――」
「お前はバカか。何を勘違いしている? マスターとは神器を従えるものだ。その意志とは関係なくな」
言葉の意味がわからず俺は首を傾げる。
俺をしばらく見つめ、織辺はニヤリと口角を上げた。
「ソードが言うことを聞かんと言うなら、聞かせればよかろう。マスターとしてな」
「そ、そんなこと出来るのか?」
「……出来るかどうかなんて関係ない。本気でそうしたいなら、そのために動け。死んでもいいから、使えばいいじゃないか。無理矢理に言うことを聞かせてな」
俺は何を俯いていたんだ。織辺の言う通りじゃないか。
サードしか手がないのだから、死んでもやらなきゃいけないんだ。
決意しかけたところで、ソードの叫びが聞こえた。
「挑発されてはいけません。マスターの魔力では発動すらさせられません。消費する魔力はセカンドの比ではなのです!」
ソードは使うとどうなるのかわかっている。
これは忠告じゃない。警告だ。サードは俺には使えない。
発動する前に死んでしまう。それがソードの考えなのだろう。
――だからどうした。
「俺はサードを発動させる。そして、神条を倒すんだ」
「ま、マスター……」
ソードが俺を心配するような声を漏らした。
※ ※ ※
玲菜の意識は戻っていない。
俺を助けたから、腹部が真っ赤に染まるほど、大きな傷を受けたんだ。
これで俺だけが助かったら、それは俺が一番嫌う展開ではないのか。
『自分の為に誰が傷つくのがキライだ』
そんなことを言いながら、俺はまるで成長をしていない。
どうすれば、俺の為に誰も傷つかずにすむのだろう。
いつになれば、俺は強くなれるのだ。
――今、しかないだろう。
きっかけなんてどうでもいい。
強くなろうと決めて、行動を始めるから強くなれるんだ。
俺はソードを高らかに掲げ、大きな声を発した。
『――我は汝の王なり。その力を我が求めに従い顕示せよ。深淵の導き手よ!』
とても恥ずかしい厨二病ぽい呪文。サードの発動が始まる。
しかし、サードが発動しようとするのを、ソードが全力で止めた。
俺とソードの魔力が反発し合い、眩い光が辺りを包んでいく。
ビリビリと耳障りな音が響き、体には異様な負荷がかかってきて、危険を感じさせる。それでも俺はソードに魔力を込めた。
魔力によってソードを従えるため、全力で魔力を込めるのだ。
「ま、マスター。お止め下さい! 本当に死にますよ?」
「構わない! ソード頼む。力を、力を貸してくれ!」
「……しかし――」
納得していないような声を出すソード。
『――我は汝の王なり。その力を我が求めに従い顕示せよ。深淵の導き手よ!』
もう恥ずかしさなんてなかった。何度も声を大にして叫ぶ。
詠唱の度に、ソードが自分の意志を貫こうと光輝く。
俺に死んで欲しくないと訴えてくる。
だけど、そこには限界があった。
織辺の言ったように俺がマスターなのだ。
ソードが言うことを聞かないなら、力尽くで聞かせてやる。
このまま神条と戦っていても、勝ち目なんかないんだ。
「……本当にどうなってもしりませんよ? マスター……」
少しだけ拗ねたようなソードの声が響く。
「ああ、それでいい! 今、この時に、俺は全力を出したいんだ!」
その瞬間、ソードから圧倒的な魔力が放出される。
サードの覚醒が始まった。
大地が揺れ、暴風が吹き荒れ、怒号が鳴り響く。
この地上を全て覆い尽くすかのような力がソードから吹き出す。
「こ、これが……。ソードの本当の力だというのか……」
あまりにも膨大で、俺の魔力が一瞬にして空になるような勢い。体中から血液が抜かれ、内蔵が潰されていくように思える。
今までのことが走馬燈のようによぎり始めた。
やばい、これはマジで死ぬんじゃないか。
ソードが必死になって止めるわけだ。俺の魔力ではとても扱えない。
目の前がだんだんと真っ白になっていく。
甘かったか。なんて、そんな間抜けな言葉が浮かんでくる。
魔力がなくなっていくのと同時に、意識もだんだんと遠く……
「や、やめなさいよ! ば、バカっ!」
気を失いかけた俺は、ハッとして顔を上げる。
そこには苦痛に顔を歪めながらも、立ち上がっている玲菜の姿があった。
治療をしていた織辺も動揺を隠せない顔をしている。
おそらく、まだ無理を出来る状態でないのだろう。
「……れ、玲菜……?」
「何やってんのよ! アンタは……無理ばかりしないでよ……作戦は『命を大事に』だったはずよ……?」
嘆き悲しむような玲菜の寂しげな声。
だけど、今の状態を止められないし、多分、止めても……。
もう俺は死ぬまで突き進むしかないのだ。
目をつぶり、玲菜に構うこと無く、魔力を解放しようとする。
「や、やめないか! 無理だ。本当に死ぬぞ!」
ふいに織辺の大きな声が響く。
目を開けると、腹部から血を滲ませ、玲菜がこちらにこようとしていた。
完全とは言えない状態。織辺は玲菜をそれを必死に止めている。
玲菜はその手を振り払い、血を滴らせ、前に進む。
「……っ。春馬にだけ、死ぬような思いはさせられないわ!」
「れ、玲菜……おちつけ……やめるんだ!」
織辺が必死に怒鳴りつけるが、玲菜は止まらない。
虚ろげな眼でふらつきながらも、必死になって俺に近づいてくる。
そして――
「……もう、やめて……死んじゃ、やだよ……」
玲菜が悲痛な叫びをあげ、俺の背中に抱きついてきた。柔らかい感触。
ほとんどの感覚をなくした中で、玲菜の暖かさだけが唯一、生きていることを時間させる。
「やはり……こうなってしまうのか」
諦めたような織辺の声。
それと同時に、俺の心臓はなにかに共鳴するかのように鼓動を早めていく。
玲菜に抱きつかれて、ドキドキしているとか、そう言う感覚じゃない。
心臓とは違う、もう一つの心臓が鼓動を始めたような感じ。
自分でも何を言っているのかわからない。
大きな力の片鱗がそこにあった。
今にも死にそうだった俺は、玲菜から伝わってくる不思議な力に包み込まれ、倒れずにすんでいる。一体、なんなんだ、この力は。
「っ!」
不意に玲菜が小さく悶え、表情が曇った。
それと同時に、玲菜の体からの流れ込んでくる力が、より顕著になっていく。
いつからいたのかわからないが、織辺が玲菜の背中に手を当てていた。
「てめぇ、な、何をしている……」
「感謝することだな。解放の手助けをしてやる……」
織辺が呟くと、玲菜から流れ込んできた力がさらに激しさを増す。
得体の知れない力が、心臓から全身に流れていく。
なんだこれ。苦しい、苦しい、苦しい。
「はがががぁぁぁっぁぁぁぁっ!」
否応なしに、苦痛に満ちた声が漏れてしまう。
だけど、様子がおかしいのは俺だけじゃない。玲菜もだった。
「あっ……んっ、はぁはぁ……あぁあっ!」
耳まで真っ赤にして、玲菜が必死に俺に抱きつき、胸元に顔を埋める。
玲菜がどんな顔をしているのかわからないが、玲菜の体が熱を帯びる度に、限界だった魔力が、体中に満ちていく。
そして、ドクンッとさらに心臓が鼓動を早める。
吐き気がするほど膨大な力。
眠っていたなにかが、無理矢理に目を覚まし、体を食い破って出てきそうなおぞましい感覚が襲ってくる。全身が張り裂けてしまいそうだ。
「うあぁぁぁぁぁっっっっ!」
「耐えろ! 死ぬ気でその力を自分のものにしろ!」
織辺が声を張り上げる。
自分が今、どんな顔をしているのかさえもわからない。
ただ、玲菜を通じて力が流れてきて、俺の体中になにかの力と融合している。
どろどろに体が溶けていくようだ。
「は、春馬っ!」
玲菜が俺を見上げて心配そうな顔を見せた。
そんな玲菜を見た瞬間、俺の中でなにか切れる。
「~~~~~~~~~~~っ、がぁぁぁぁぁっっ~~~!」
声にならない叫びと共に、俺の魔力が全て弾けて消えていく。
頭は真っ白になり、俺は倒れて、死んだ――
「死なずに生き残ったか。……やはり、主だと認めているのか……」
織辺の囁くような声が耳をつく。
自分がまだ倒れてないことに気がついた。
なぜか、ギリギリで魔力が残っていたのだ。
いや、体の奥から魔力が供給されている。
俺の全身に魔力が満ちると、玲菜が力なく崩れ落ちていく。
「玲菜っ!」
俺は急いで抱きかかえようとすると、織辺が代わりに肩を貸す。
玲菜は小さく瞬きをして俺を見つめる。
「……は、春馬……無事……?」
ぼんやりとしているが、玲菜に意識はあるようだ。
玲菜に声をかけようとしたところで、織辺が俺を顎でしゃくる。
「……今は自分の成すべき事をなせ!」
そう言って、織辺は視線を遠くに向けた。視線の先には神条がいる。
動けて、戦う力があるなら、今やるべきことはひとつしかない。
「玲菜を頼んだぞ……」
俺はそれだけ言うと、神条に目を向けた。
自分でも驚くほど落ち着いている。
セカンドとは比べものにならないほどの魔力に包まれていた。
※ ※ ※
神条は俺の変貌に、戦き、後退っている。
もうアイツの顔は見飽きた。ここで終わらせるんだ。
「ソード行くぞ」
「はい、マスター。仰せのままに……」
俺は湧き上がる力に身を任せ、膝を曲げると一気に飛びかかった。
自分でも信じられない移動速度。
全ての時間が止まっていた。いや、止まっているのように感じる。
俺の動きが速すぎて、誰も追いついてこないのだ。
魔法使いの優劣は単純に魔力の量で決まる。前に座学でそんなことを習った。
圧倒的な魔力は、何者にも勝る力になるのだ。
全ての時間を越え、俺は一直線に神条に斬りかかった。
「ば、バカなっ! こ、この俺が……こんな奴に……」
神条は避けることも防ぐこともできず、ただ苦痛で顔を歪めるだけ。
止まった時間の中で、俺だけが動いている。ずっと俺のターンだ。
「あぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁっ!」
神条を斬り、悲鳴を聞く度に色んな感情が蘇ってくる。
今までのこと、玲菜を操らせたこと、七海の復讐などなど、思い出せば思い出すほどに、神条への怒りに変わっていく。
「ぬおぉぉぉぉぉっっ!」
力と感情をもてあますように俺は叫び、ソードを振り上げた。
尻餅をついた神条は死に脅え、歪な顔を見せる。
「ま、参った! 許してくれっ!」
泣いて謝ってくる神条。
だけど、俺はそんなの無視して、ソードを勢いよく振り下ろした。
「ひぃっ!」
神条の情けない叫びが響く。
ソードは神条の目の前を通り、地面に突き刺さる。ほんの数センチ手前を。
殺されたと思ったのか、神条は泡を吹いて気を失っていた。
俺の勝ちだ。そう思った瞬間、体から力が抜けていく。
※ ※ ※
戦いが終わり、玲菜は俺の治療をしていた。
玲菜自身の治療は、すでにすんでおり元気を取り戻している。
無事で本当に良かった。
正直、こんな光景を生きて見られるのは奇跡だ。
玲菜から流れてきた力のおかげか。それとも、織辺の力か。それとも……
理由はわからない。だけど、俺はサードを発動させても死ななかった。
それだけが事実だ。
「春馬? どこか辛いところない?」
治療を終えても、玲菜が不安な眼差しで俺を見つめる。
俺は体をゆっくりと起こして立ち上がってみた。
「……大丈夫みたいだな」
自分でも驚くほどの平常ぶり。異常などなさそうだ。
玲菜はホッと胸をなで下ろすと、今度はプゥーと頬を膨らませる。
「なんでアンタは毎回毎回、無理ばかりするの?」
とても不満そうな声だ。
まあ、確かに今回は死んでもおかしくないことをやったと思う。
玲菜が心配するのも無理はない。
「お前を助けたかったから……かな」
「っ。ななな、なによそれ! ば、バカじゃないの!?」
急激に顔を赤らめて、玲菜はワタワタと慌てる。
そんな俺たちの様子を寒々と見ている視線に気がつく。織辺だ。
聞きたいことはたくさんある。
「なあ、なんで助けてくれたんだ?」
「ふん、別にお前を助けた覚えはない。気にするな」
「わかってるよ。だから、なんで玲菜を助けてくれたんだ?」
織辺はチラッと玲菜を見て、眼を逸らした。
おかしな態度。やっぱり玲菜と何かあるのか。
その時、ぼんやりと織辺を眺めていた玲菜が、ワッと目を大きく見開く。
「あ、思い出した! あなたは……坂上のおじさん?」
「――っ、な、なんの話だ?」
思わぬ質問だったのだろう。
織辺は顔を歪め、言葉を詰まらせた。
明らかに動揺したような挙動。
「なんだよ、玲菜。織辺のことを知っているのか?」
「ええ。私と言うか、お父さんの知り合い……。ですよね?」
俺に答えて、玲菜は試すようなに、織辺に視線を投げた。
言葉を詰まらせ、織辺は後退りする。
俺でも織辺が何かを隠しているのがわかった。
レガリアを持っていたり、雪城家の結界やサードのことを知っていたり、玲菜を名前で呼んでみたりと、おかしなことは多々ある。
だけど、玲菜の親と知り合いだったなら、色々とまとまる気がした。
返事をしない織辺に向かって、玲菜は一歩踏み込む。
「どうして名前を変えて、私の前に姿を見せたんですか?」
丁寧な言葉ながらも脅しを含んでいた。
玲菜の敵ではない。でも、味方と呼んで良いのかもわからない。
一体、織辺の目的はなんなんだ。
しばらく考えていた織辺が口を開こうとして――
先に遠くから神条の叫び声が響く。
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁっ! 俺は上級魔闘師だ。こんな極東の田舎者たちにやられるはずがないんだ!」
気絶していた神条が、いつの間にか立ち上がっていた。
地団駄を踏み、怒鳴り散らす神条。
それを見て、玲菜が憐れみの表情を浮かべる。
「往生際が悪いわよ。約束通りに五人倒したわ。アンタの負けよ!」
神条は歯噛みをし、眉間をピクピクと振るわせた。
「もう模擬戦など関係あるか! 協会の力を思い知らせてやる! 全員、集まれ!」
神条が手を上げると、黒いローブの人間が俺たちの周囲を覆った。
魔闘師だ。その数、数十人を軽く超えている。
逃げ道さえないほど、圧倒的な包囲網。
「……なによこれ? どういうつもり?」
「殺してやる! お前たち一人残らず、ここで殺してやるんだよ!」
怪訝な顔をする玲菜に向かって、神条が怒声をぶつけた。
それに合わせて、魔闘師たちが一斉にこちらに向けて構える。
もうルールなんて関係ないと言ったところか。危機的な状況。
だけど、俺は落ち着いていた。
神条よりも強い奴がいないなら、なんとかなる。そういう自信だ。
俺はソードを掲げ、サードを発動させようとした。
だが、ザワついた風が広場を通り抜けて、ゆっくりと姿を見せた奴がいる。
俺をここに連れてきた――
「け、蛍火……っ!」
忘れていた。神条よりも遙かに魔力の高いの持ち主、謎の女、蛍火のことを。
蛍火は俺に向かって微笑み、親しげに手を振ってくる。
どこかで信頼できる相手だと思っていた。
だけど、蛍火は魔闘師。やっぱり俺の敵だったようだ。
嫌な汗が全身を伝っていく。まだ戦いは終わっていないのか……。
「ねえ、あのかわいい娘と妙に親しげだけど……魔闘師よね? どんな関係?」
玲菜が蛍火を眺め、俺にジト目を向けてくる。
全身から冷や汗がドッと出てきた。
どうやら、別の意味でも危険が迫っているようだ。