第四十七話 守りたい相手
正直に白状しよう。
男は好きな女のためなら、命を投げ出せる。
それがかっこいいコトとか、そういうコトではなく、義務感ようなものだ。
きっと本能で、男は好きな女を守るように出来ているに違いない。
仲間に見つかりたくないと、それらしいコトを言う蛍火と途中で別れ、俺一人で術式の下にやってきた。
そこは、ビルの建ち並ぶ一角にある、割と広い空き地。
あまり住民も近寄らないほど、ひっそりしており、おまけに濃い魔力が辺りを覆っている。怪しさ満載の場所だ。
中央に奇妙な文字が浮かんでおり、術式はまだ破壊されていない。
近くには二人の魔闘師が倒れている。おそらく玲菜がやったのだろう。
しかし、術式の前では、神条が勝ち誇った顔を見せている。
玲菜はひどく痛んだ自分の右腕を押さえつつ、悔しそうに俯いた。
ともすれば、戦意喪失したかのようなにも見える。
神条にコテンパンにやられたのだろうか。
俺は急いで玲菜に駆け寄った。
「玲菜っ!」
その声でようやく俺に気がついたらしく、慌てて振り返る。
「う、うそ……春馬!?」
驚きを隠せない様子の玲菜。
キュッと唇を噛み締めると、俺に一目散に抱きついてきた。
やはり、相当恐い目に合ったのだろう。玲菜の肩が小さく震えている。
――ポニョ。
甘い匂いが鼻孔を擽り、ぽよよんと柔らかい二つの感触が胸元を襲う。
それがなんであるのかすぐに思い当たり、顔がカッカッと熱を帯びていく。
「あ、あの……れ、玲菜さん?」
混乱して、思わず敬語になってしまった。
しっかりと俺に抱きついていた玲菜は、ハッとして、おずおずと離れる。
その顔は真っ赤に染まっていた。
「な、ななな、なんで、アンタがここにいるのよ!」
玲菜は全てを誤魔化すようにまくし立てる。
「なんでって、お前を助けに来たんだよ」
「た、助け!? あ、アンタ、自分の持ち場はどうしたの?」
ハッとした玲菜は、さっきよりもさらに動揺している。
どうやら俺が全てを投げ出して、ここに来たと思ったらしい。
俺は詩子に訊いた話を含め、現状を説明した。
その話を訊いて、玲菜の眉根がキュッと締まる。
「端折られているけど、アンタ、すごい魔力の乱れよ? ……約束破って、セカンドを使いまくったわね?」
どうも玲菜の感情が安定しない。
抱きついてしまったことが、よほど恥ずかしいのだろう。
だけど、そんなことを口にしてしまったら、きっと殺される。
それほど、玲菜の表情は恐かった。
「向こうの戦闘で、確かにセカンドを使った! 使ったけど、その一度だけだ。約束は破ってない!」
剣幕にひるみ、俺は言い訳のように言う。
玲菜は大きくため息を吐く。
「……向こうで一度だけね。だったら、どうやってここに来たの? セカンドもなしに移動できる距離じゃないわよ?」
訝しげな目を玲菜が向けてきた。
俺がウソをついていると思っているのだろう。
「本当だって、送ってもらったんだ!」
「……は? 送って……?」
玲菜が不思議な顔をして、首を傾げる。
その表情を見て、俺はハッとして口を押さえた。まずい。こんな状況で、魔闘師である蛍火に送ってもらったなんて説明したら、もっと怒られそうだ。
言葉を無くしていると、少し離れたところにいた神条に声をかけられる。
「そろそろ、いいかな? 話をしながら、回復されては面倒だ」
神条は玲菜を指差し、呆れ顔を見せている。
気まずそうに玲菜が自分の右腕から手を離す。そこから顔を見せたのは、治りかけの傷口。さりげなく玲菜は、自分のケガに治癒魔法をかけていたようだ。
「ちっ! そこはお約束だから、見て見ぬ振りをするものよ!」
玲菜は嫌そうな顔で吐き捨てる。
マンガなんかでは、仲間と再会を喜んでいるうちに、ケガしていた奴が元気になる不思議な場面がある。
どうやらあれは、再会を喜んでいる間に、裏で回復させているようだ。
妙に納得して、頷いていると、玲菜が横目に俺を見る。
「とにかく、無理はしてないのよね? それは間違いないわね?」
「あ、ああ。それは問題ない。魔力もまだ残ってる」
「そう。だったら、セカンドについては見逃すわ。もう追求しない」
玲菜は安心したように息をつき、ニコッと微笑む。
俺を本当に心配してくれていたかのような、思いがけない表情に、心臓がドキッと音を奏でる。
「れ、玲菜……」
「……でも、誰に送ってもらったのかは、徹底的に追求するわよ?」
「そ、そこも見逃してくれると、嬉しいな!」
俺の言葉を無視して、玲菜は腕を組んで待っている神条に、目を向けた。
戦ってもいないのに魔力がビシビシと突き刺さるような感覚。
正面から戦って勝つのは難しい相手だ。
だが、今回は神条に勝つことが目的じゃない。
「術式を壊せば良いんだから、魔法でやっちゃおうぜ!」
「無理よ……。術式の前に結界を展開されたわ。魔力を完全に遮断する結界をね……。外部からの魔力干渉を一切受け付けないわ」
アドニアが張った結界とは質が違う。
外部からの魔力では壊せないって、反則レベルだ。
だけど、魔力以外ではどうなのだろうか。
「例えば、ソードで斬りつけるとか。直接攻撃でも無理なのか?」
「……魔法じゃなければできるわ。でも、神条をくぐり抜けると思う? 私一人じゃ、どうやっても出来なかった……」
玲菜が落ち込んだような顔になる。
さっき玲菜が、戦意を喪失していたのがわかった気がした。おそらく、右腕をあんなにも痛めるほど、挑戦しても無理だったのだろう。
「でも、それは一人なら、だろ? 今度は二人でやろうぜ!」
玲菜は目を丸くして、驚いた顔を見せた。
しばらく考えて、小さく首を横に振る。
「簡単に言うわね……。初日に私たち二人がかりで、神条には手も足も出なかったって……アンタ、忘れてないわよね?」
確かにあの時、セカンドを使っても神条には敵わなかった。
まだ数日前のことだが、随分前のことに思える。
その後、神条に勝ったのは……
「だったら、金髪玲菜の出番だな!」
「……あれは雪城家の魔方陣の傍でしかできないわ」
アレもダメ、コレもダメ。本当に打つ手が何もない。
「せっかく三つの術式を壊したって言うのに……」
俺がそんなことを呟くと、玲菜は大きく見開いてポンと手を叩く。
「そうか。その方法があったわね」
「……? 何か思いついたのか?」
「ええ、他の三つの術式を壊した今なら……手はあるわ」
勝ち気な顔で玲菜はニヤリと笑う。
何か作戦を思いついたようだ。
「……俺は何をすればいい?」
玲菜は嬉々と答えようとして、口を紡ぐ。
顎の下に手を置き、難しい顔で逡巡すると首を横に振った。
「ごめん。アンタには頼れないわ……」
「はあ? なんだよそれ……。ふざけているのか?」
「そんなわけないでしょ! やって欲しいのは、詠唱中の私を守り続けることよ。セカンドを使わずに出来るの? 五分くらい……」
玲菜が真剣な眼差しで呟いた。
ボクシングが1ラウンド三分だと考えると、実戦における五分というのは、途方もなく長い。それも神条相手に、セカンドなしで耐えるなんて不可能だ。
二回は死ねる自信がある。
「めちゃくちゃ長いな……。セカンドを使うしかない――」
「もうセカンドはダメよ。一度だけ。そう約束したじゃない!」
「あのな、俺だって、使わないですむならそうしたい。だけど、俺が無茶をするしかないだろ?」
「……無茶ね。アンタって、渋谷さんや坂上先生。あの二人の死を前にして、自分だけは死なないとか、本気で思っているの?」
「……そ、そんなことは……ない」
「そんなことあるのよ。じゃなかったら、セカンドを使うなんて言わないわ。一度使っただけで、おかしいくらい魔力が乱れているのよ? 次に使ったら、死ぬかもしれないってことくらいわかっているんでしょ?」
蛍火、そして、ジルベッタにも言われた。
次にセカンドを使ったら死ぬ。それは間違いないようだ。
「わかってる。けど……この状況なら!」
それしか方法はない。
玲菜は呆れた顔でため息を吐く。
「……どんな状況でも、アンタが死んでいい理由にはならないわ。……わかったでしょ? アンタに頼ることは何もないって……」
キツい目で玲菜が俺を見つめてくる。本気で言っているようだ。
俺が言葉を無くしていると、玲菜は息を大きく吐き、決心した顔を見せた。
そして、ケガをしているところに治癒魔法をかけはじめる。
神条にさっき、文句言われたばかりなのに懲りない奴だ。
おかげで玲菜の顔に生気が戻っていく。右腕も綺麗になっていた。
「……二度目だ。いい加減にしてもらおうか!」
だが、神条が怒った顔で、玲菜に向かって跳びかかってくる。
玲菜が素早く構えて、その攻撃を受け止めた。
「随分一方的ね。お約束では、ボスキャラは作戦会議が終わるまで、襲いかかってこないものよ!?」
「ぼ、ボスキャラ……っ、そ、そんなの知るか! 作戦会議の度に回復されたんじゃ、たまったもんじゃない!」
バチバチと二人の視線がぶつかり、火花が飛び散る。
お約束という言葉で誤魔化しているが、神条が怒るのも無理はない。
今回のことに関しては、玲菜が言っているのはさすがに暴論だ。
どうして玲菜はこんな無茶をして回復させているのだろう。
戦いが始まってから、俺の後ろでゆっくりと治療すればいいのに……
そこまで考えて、ようやく玲菜の意図に気がついた。
逆だ。俺に戦わせる気がないから、今、治療を行っているのだ。
全ては自分だけで終わらせられるように。
「くっ!」
俺は怒りを殺すように強くソードを握り、神条に斬りかかる。
ほとんどこちらを見ることなく、神条は楽々と後ろに跳び、術式の前まで戻った。
玲菜が俺の傍に駆け寄ってくる。
「春馬、アンタは下がってて!」
「それは俺の台詞だ! お前は下がってケガでも治してろ。セカンドだって使わない。それでも、お前の詠唱が終わるまで時間を稼いでみせる!」
「冗談言わないで! そんなことできるわけないじゃない!」
「だったら、お前だって一緒だろ! さっき自分で言ったじゃないか、『私一人では無理だった』てな!」
「そ、それはそうだけど……」
「こんな状況だ。互いを信じるしかねえだろ? 俺はお前を信じてる。お前はどうなんだ?」
「わ、私は……っ、私だって、春馬を信じてるわよ! で、でも……」
玲菜は微妙な表情で言葉を濁す。葛藤しているに違いない。
俺に死んで欲しくないとか、そういうコトを考えているのだろう。
だったら、強引に話を持っていくべきだ。
「悩んでる場合か! 術式は一時間で復活するんだぞ? もう時間がない。俺を信じてるなら、自分のやるべき事をやれよ!」
「……っ、わかったわ! それじゃあ、春馬、後は頼んだわよ!」
玲菜は片膝をつき、地面に手を置くと、詠唱を開始した。
不思議な言葉を紡ぐ度に、玲菜の体が薄い蒼色で満たされていく。
そんな様子を愉しげに眺め、口角を上げる。
「では、準備は万端ということでいいかな?」
自信と貫禄に満ちたノリノリな神条の言葉。
それはまるで――
「お前、実はボスキャラって言われて、嬉しかったんだろ!」
俺が問うと、神条は頬を染めて、魔法を放ってきた。
無詠唱でも圧倒的な威力の魔法を……
「マスター、強化が完了致しました」
ソードの声が響く。
セカンドほどではないが、全身を魔力が満たしていく。
俺は一歩踏み込み、神条が放った魔法を斬りつけた。
※ ※ ※
神条の力は圧倒的だ。だが、神条は決してその場から動かない。
理由は簡単。動けば術式が無防備になるからだ。
時間を稼ぐに持ってこいな状況だが、それでも遠くから放たれる神条の魔法は、強力で対処するだけで手一杯になる。
一秒一秒が長く、五分なんて、気が遠くなる話だ。
それでも、唯一の希望である玲菜の詠唱が終わるまで耐えなければいけない。
玲菜を守るように構えていると、突然、状況が動いた。
「小賢しい。かかってこないなら、こちらから行くぞ!」
神条がまさか、術式から離れて襲って来たのだ。
突風のような風が吹き荒れ、一瞬にして距離を詰められる。
「くっ!」
神条が足を踏み込むと地面が避け、蹴りが飛んできた。
俺はソードで迎える。しかし、威力は凄まじく俺は耐えきれずに吹き飛ばされ、ビルの壁に背中を打ち付けられた。
これはチャンスだ。俺は壁を強く蹴ると、術式に突っ込もうとする。
だが、すでに神条は術式の前に戻っていた。
――ヒットアンドアウェイ。
魔力が圧倒的に高い神条は、一人だけ『二回行動』のスキルを持っているようなものだ。攻撃して、すぐに戻れるなら、そこに隙は生まれない。
守っているだけじゃダメだ。攻め勝つしかない。
俺はそう判断すると、痛む背中を抑えて、神条に突っ込んだ。
「フハハハハ! バカがっ!」
神条は口角を上げた。その笑顔を消してやろうと、俺は斬りつける。
しかし、それを神条は軽くかわすと、魔法を放つ。
俺とはまったく違う方向に。その先にいたのは――
「玲菜っ!」
目の前に魔法が迫り、玲菜が表情を歪める。
だが、避けようとしない。そのまま魔法によって玲菜は吹き飛ばされた。
完全に玲菜に釘付けになっていた俺は、神条の蹴りを食らう。
「――うぐっ」
思いっきり叩きつけられ、俺はふらつきながら起き上がる。
すぐに視線を玲菜に向けた。
血塗れになりながら、苦しそうな顔で玲菜が立つ。
そして、また魔法の詠唱を続ける。
そんな玲菜を見て、神条が感心した顔を見せた。
「魔法障壁を展開しなかったのは、詠唱を止めないためか? 見事だな」
自分の身を顧みることなく、詠唱を続けている玲菜。
服は破け、ポタポタと血を滴らせている姿が痛々しい。
それでも諦めずに、詠唱を続けている。
「アイツ……あんなになってまで……」
俺は思わず、拳に力が入った。すでに三分は経過している。
あと少し耐えれば、玲菜の魔法が完成するはずだ。
しかし、神条はこちらの狙いに気がついたらしく、その視線はすでに俺にない。
「……そこまでの魔法を使うとしていると言うことか。結界が無効にしてくれると思うが……。まあ、念のため、中断させた方が良さそうだな」
神条が今にも玲菜に跳びかかろうとしている。
きっと玲菜は神条の攻撃を防がない。防いだら、神条の言う通り、魔法の詠唱に失敗してしまうからだ。このままでは、また玲菜が傷ついてしまう。
『春馬! 後は頼んだわよ!』
先ほど言われた玲菜の言葉が頭をよぎる。
玲菜を守るためなら、命だって惜しくはない。
俺が――俺が玲菜を守るんだ!
そう覚悟を決めると、俺の行動が変わった。
自分がどうなっても良いと考えれば、行動なんて簡単だ。
玲菜に向かう攻撃だけをなりふり構わずに防げば良い。
何度も何度も神条の攻撃を受け、俺はフラフラとなっていく。
詠唱を続けている玲菜の眼は大きく見開かれ、もう魔法には集中していない。
今にも泣きそうな声で、俺を助けに来ようとしているのだ。
そんな顔を向けられて嬉しい男なんていないだろう。
玲菜には笑っていてほしいんだ。
俺はギュッとソードを強く握り締める。
「こっちに来るな! 続けろ!」
玲菜はビクッと体を震わせて、唇を一度噛み締め、また詠唱を続けた。
それでいい。玲菜の詠唱が終わるまで、神条を絶対に近づけさせない。
「ふっ、助けに来てもらえば、死なずにすんだというのに……。よかろう。ならば、お前を殺してから、ゆっくりと、彼女の詠唱を止めるとしよう」
神条が俺に向かって構えた。圧倒的な能力の差に身震いを覚える。
勝てる見込みどころか、防ぐ自信もない。
耐えるのは、あと一分程度だろうが、その前に殺される。
このまま玲菜との約束を守って、何も出来ずに殺されるか?
――いやだ。そんなのはお断りだ。
セカンドを使わずに殺されるくらいなら、使ってから死ぬ。
ソードに魔力を込め、セカンド発動の魔法を唱える。
「春馬! ダメよ! それはやらないで!」
魔力の高まりに合わせて、玲菜の声が聞こえてきた。
だけど、もう俺の決心は変わらない。
「ソード。セカンドを使うぞ!」
全身が強化されはじめる。同時に胸が破けそうなほど激痛が伴っていく。こりゃ、本当に死ぬな。ハッキリとそれがわかるほどの倦怠感が襲う。
でも、俺はソードの魔力を込めるのをやめない。
「ダメだってば! お願いやめて!」
玲菜が泣きそうな声を上げ、俺を止めるために、魔法を破棄しようとしている。
だけど、術式復活の時間を考えたら、これは最後のチャンスなんだ。
「玲菜! ここでやめたら、何も残らねえぞ!」
もう詠唱の時間だけの問題じゃない。全てが手遅れになるのだ。
ここで俺が神条を抑えれば、きっと玲菜が術式を破壊してくれる。
あとは――どうにでもなれだ。
だけど、そこで唐突にセカンドの強化が終わった。
「え……? ど、どうしたんだ、ソード?」
「いけません。マスター。私はあなたを殺せない……」
「ば、バカっ、お前! か、勝手なことをするなよ!」
魔力が一気に放出され、フラッと視界が揺れる。
それを堪えるように踏ん張った。無理をしているのが自分でもわかる。
「……セカンドを発動したら、そんなものじゃすまないのです。申し訳ありませんが、マスターの自殺に手を貸せません」
「ふざけるなよ! どうなろうとそれしか方法はないんだ!」
「でしたら、マスター。私にお任せ下さい。時間を稼いで見せます」
「え? ど、どういうことだ?」
「私の魔力を解放すれば、セカンドに近い力が出せます。本当に短時間ですが……」
その言葉で以前、ソードが魔力をなくしたことを思いだした。
玲菜と詩子が放った魔法に挟まれた俺が、生き残れた理由。
ソードが守ってくれたからだと聞かされていた。
あの時は深く考えなかったが、ソードに魔力があると言うことだ。
でも、その後、ソードが使えなくなった。
「その力を使うと、お前が動かなくなるんじゃないのか?」
「……ですが、魔力が戻ればいずれ復活します。マスターがここで自殺するよりマシかと……」
「わかった。だったら、力を貸してくれ!」
「はい。では、力を解放します。あまりに長くは持ちません――」
俺が頷くと同時にソードから魔力が吹き出してきた。
それは本当にセカンドにも負けないような圧倒的な魔力だ。これならいける。
俺はソードを強く握り締めると、神条に向かって突っ込んでいく。
急激なパワーアップに神条が目を丸くする。
「な、なにっ!」
「いけぇぇぇぇっ!」
俺の一撃が神条を吹き飛ばす。
深く踏み込んだコンクリートの地面は裂け、大きく抉れていた。
自分でも信じられない力だ。
吹き飛ばされた神条は歯茎を見せて、俺を睨み付けてくる。
「どうやら、本当に殺されたようだな……」
神条が全身に魔力をみなぎらせはじめた。
思わずたじろいでしまう。
それもそのはず、ソードの強化はすでに切れているのだ。
「すみません。マスター。これ以上は機能を停止してしまいます……」
「わかった。無理させて、すまなかったな」
これで本当にセカンドを使うしか方法がなくなった。
俺は大きく息を吐く。そして、神条を睨み付ける。
その時、突然、術式が激しく光を放ちはじめた。
俺と神条の眼はその術式に釘付けになる。
そこに玲菜の透き通った声が響く。
「――待たせたわね、春馬……。本当に助かったわ!」
術式が魔力を送り込んで、雪城家の魔方陣に干渉しているなら、その逆も当然、できるはず。それが玲菜の考えだった。
すでに他の術式が破壊されているのであれば、魔方陣からの魔力は、ここに一斉に送り込める。
「な、なんだ! なんだこれはっ!」
突然、状況にヒステリックな声を神条が上げる。
玲菜はそんな神条に勝ち誇った顔を見せた。
「どんなに強固な結界を外側に張っても、内側からの魔力圧には耐えられないのよ!」
玲菜の声と共に、術式が描かれた地面が大きく歪みはじめた。
外側からの魔法を拒絶する結界がある以上、神条には為す術もない。
「これで終わりよ! ――ぶっ壊れなさい!」
玲菜が右手を思いっきり伸ばす。
その瞬間、激しい爆発音を立てて、術式が結晶のように弾けた。
光の粒子が飛び散り、甲高い音と共に広がる。
街を覆っていた異様な気配が消えていく。
雪城家の魔方陣に干渉していた術式が完全に消えたようだ。
俺と玲菜は眼を輝かせて見つめ合う。
長い戦いが、ようやく終わった。
※ ※ ※
どれくらい時間が経っただろうか。
壊れた術式を神条がぼんやりと眺め、立ち尽くしている。
動こうとしない神条にしびれを切らしたのか、玲菜が開口した。
「術式は完全に破壊したわ。私たちの勝ちよ。さっさと仲間を連れて、国に帰りなさい!」
玲菜の声に呆けていた神条がこちらに顔を向ける。
意外な事にその顔はとても愉しげなものだった。
「フハハハハ! 何を勘違いしている。術式はこちらの攻めの一手に過ぎない。お前は攻撃を防いだだけで勝利宣言をするのか?」
「なによ。まだ負けてないって言いたいの?」
玲菜は呆れ顔で肩を竦める。神条は負けじと笑う。
なんだか、非常に張りつめていて、胃が痛くなる嫌な空気だ。
「その通りだ。最初に言ったではないか。これは模擬戦だと。……俺を含めた五人の魔闘師を倒してはじめて、お前たちの勝ちだ」
「だったら、アンタを倒せば五人目ね。それで本当に終わりよ?」
「そうだな。倒せたら、の話だがな」
神条がそう言うと、ものすごい魔力が全身から放出された。
今まで遊んでいたと思わせるような、激変ぶりだ。
身がすくみ、足下がふらつく。
マトモに向かい合っているだけで、全身に恐怖が襲ってくる。
まさか、本気なるとここまで強くなるのか。
隣りにいる玲菜の顔を見ると、不安そうに揺れていた。
玲菜を安心させようと、俺は努めて明るく声を出す。
「俺たちはあの術式を壊したんだ。神条が相手でも勝てるって!」
「壊したのは私の力だけど……。そうかな?」
「確かにそうだけど! ――と、とにかく、俺を信じろ! お前は絶対に守ってみせる!」
最高にかっこよく言ったつもりだった。
だけど、玲菜はどこまでもフラットな顔をしている。あれぇ?
惚れられてもおかしくない口説き文句だったのに……
玲菜はコホンと小さく咳を払った。
「こ、言葉はかっこいいわよ。――でもね!」
「な、なんだよ……」
「アンタを信じると、どこまでも突っ走っていくわよね? さっきだって、約束破ってセカンド使おうとしてたし……」
玲菜がジトッとした目を向けてくる。
コレはまずい。話を逸らそう。
「よし、これからの作戦は『命を大事に』だな!」
「そうね。『ガンガンいこうぜ!』なんて、絶対にやめてよね? 春馬には死んで欲しくないわ」
玲菜は言って、ニコッと微笑む。
その笑顔があまりにも眩しくて思わず、息を呑む。
男は単純だ。好きな女のためなら、命を賭けられる。
だから、玲菜の為なら、俺はいつでもガンガンいってしまう。
遠くない未来。俺は死んでしまうかもしれない。
だから、今、出来るコトは全部しよう。
最後のボスである神条を倒し、玲菜の笑顔を守るために。