表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
47/51

第四十七話 守りたい相手

 正直に白状しよう。

 男は好きな女のためなら、命を投げ出せる。

 それがかっこいいコトとか、そういうコトではなく、義務感ようなものだ。

 きっと本能で、男は好きな女を守るように出来ているに違いない。

 

 仲間に見つかりたくないと、それらしいコトを言う蛍火と途中で別れ、俺一人で術式の下にやってきた。

 そこは、ビルの建ち並ぶ一角にある、割と広い空き地。

 あまり住民も近寄らないほど、ひっそりしており、おまけに濃い魔力が辺りを覆っている。怪しさ満載の場所だ。

 中央に奇妙な文字が浮かんでおり、術式はまだ破壊されていない。

 近くには二人の魔闘師が倒れている。おそらく玲菜がやったのだろう。

 しかし、術式の前では、神条が勝ち誇った顔を見せている。

 玲菜はひどく痛んだ自分の右腕を押さえつつ、悔しそうに俯いた。

 ともすれば、戦意喪失したかのようなにも見える。

 神条にコテンパンにやられたのだろうか。

 俺は急いで玲菜に駆け寄った。


「玲菜っ!」


 その声でようやく俺に気がついたらしく、慌てて振り返る。


「う、うそ……春馬!?」


 驚きを隠せない様子の玲菜。

 キュッと唇を噛み締めると、俺に一目散に抱きついてきた。

 やはり、相当恐い目に合ったのだろう。玲菜の肩が小さく震えている。

 ――ポニョ。

 甘い匂いが鼻孔を擽り、ぽよよんと柔らかい二つの感触が胸元を襲う。

 それがなんであるのかすぐに思い当たり、顔がカッカッと熱を帯びていく。


「あ、あの……れ、玲菜さん?」


 混乱して、思わず敬語になってしまった。

 しっかりと俺に抱きついていた玲菜は、ハッとして、おずおずと離れる。

 その顔は真っ赤に染まっていた。


「な、ななな、なんで、アンタがここにいるのよ!」


 玲菜は全てを誤魔化すようにまくし立てる。


「なんでって、お前を助けに来たんだよ」

「た、助け!? あ、アンタ、自分の持ち場はどうしたの?」


 ハッとした玲菜は、さっきよりもさらに動揺している。

 どうやら俺が全てを投げ出して、ここに来たと思ったらしい。

 俺は詩子に訊いた話を含め、現状を説明した。

 その話を訊いて、玲菜の眉根がキュッと締まる。


「端折られているけど、アンタ、すごい魔力の乱れよ? ……約束破って、セカンドを使いまくったわね?」


 どうも玲菜の感情が安定しない。

 抱きついてしまったことが、よほど恥ずかしいのだろう。

 だけど、そんなことを口にしてしまったら、きっと殺される。

 それほど、玲菜の表情は恐かった。


「向こうの戦闘で、確かにセカンドを使った! 使ったけど、その一度だけだ。約束は破ってない!」


 剣幕にひるみ、俺は言い訳のように言う。

 玲菜は大きくため息を吐く。


「……向こうで一度だけね。だったら、どうやってここに来たの? セカンドもなしに移動できる距離じゃないわよ?」


 訝しげな目を玲菜が向けてきた。

 俺がウソをついていると思っているのだろう。


「本当だって、送ってもらったんだ!」

「……は? 送って……?」


 玲菜が不思議な顔をして、首を傾げる。

 その表情を見て、俺はハッとして口を押さえた。まずい。こんな状況で、魔闘師である蛍火に送ってもらったなんて説明したら、もっと怒られそうだ。

 言葉を無くしていると、少し離れたところにいた神条に声をかけられる。


「そろそろ、いいかな? 話をしながら、回復されては面倒だ」


 神条は玲菜を指差し、呆れ顔を見せている。

 気まずそうに玲菜が自分の右腕から手を離す。そこから顔を見せたのは、治りかけの傷口。さりげなく玲菜は、自分のケガに治癒魔法をかけていたようだ。


「ちっ! そこはお約束だから、見て見ぬ振りをするものよ!」


 玲菜は嫌そうな顔で吐き捨てる。

 マンガなんかでは、仲間と再会を喜んでいるうちに、ケガしていた奴が元気になる不思議な場面がある。

 どうやらあれは、再会を喜んでいる間に、裏で回復させているようだ。

 妙に納得して、頷いていると、玲菜が横目に俺を見る。


「とにかく、無理はしてないのよね? それは間違いないわね?」

「あ、ああ。それは問題ない。魔力もまだ残ってる」

「そう。だったら、セカンドについては見逃すわ。もう追求しない」


 玲菜は安心したように息をつき、ニコッと微笑む。

 俺を本当に心配してくれていたかのような、思いがけない表情に、心臓がドキッと音を奏でる。


「れ、玲菜……」

「……でも、誰に送ってもらったのかは、徹底的に追求するわよ?」

「そ、そこも見逃してくれると、嬉しいな!」


 俺の言葉を無視して、玲菜は腕を組んで待っている神条に、目を向けた。

 戦ってもいないのに魔力がビシビシと突き刺さるような感覚。

 正面から戦って勝つのは難しい相手だ。

 だが、今回は神条に勝つことが目的じゃない。


「術式を壊せば良いんだから、魔法でやっちゃおうぜ!」

「無理よ……。術式の前に結界を展開されたわ。魔力を完全に遮断する結界をね……。外部からの魔力干渉を一切受け付けないわ」


 アドニアが張った結界とは質が違う。

 外部からの魔力では壊せないって、反則レベルだ。

 だけど、魔力以外ではどうなのだろうか。


「例えば、ソードで斬りつけるとか。直接攻撃でも無理なのか?」

「……魔法じゃなければできるわ。でも、神条をくぐり抜けると思う? 私一人じゃ、どうやっても出来なかった……」


 玲菜が落ち込んだような顔になる。

 さっき玲菜が、戦意を喪失していたのがわかった気がした。おそらく、右腕をあんなにも痛めるほど、挑戦しても無理だったのだろう。


「でも、それは一人なら、だろ? 今度は二人でやろうぜ!」


 玲菜は目を丸くして、驚いた顔を見せた。

 しばらく考えて、小さく首を横に振る。


「簡単に言うわね……。初日に私たち二人がかりで、神条には手も足も出なかったって……アンタ、忘れてないわよね?」


 確かにあの時、セカンドを使っても神条には敵わなかった。

 まだ数日前のことだが、随分前のことに思える。

 その後、神条に勝ったのは……


「だったら、金髪玲菜の出番だな!」

「……あれは雪城家の魔方陣の傍でしかできないわ」


 アレもダメ、コレもダメ。本当に打つ手が何もない。


「せっかく三つの術式を壊したって言うのに……」


 俺がそんなことを呟くと、玲菜は大きく見開いてポンと手を叩く。


「そうか。その方法があったわね」

「……? 何か思いついたのか?」

「ええ、他の三つの術式を壊した今なら……手はあるわ」


 勝ち気な顔で玲菜はニヤリと笑う。

 何か作戦を思いついたようだ。


「……俺は何をすればいい?」


 玲菜は嬉々と答えようとして、口を紡ぐ。

 顎の下に手を置き、難しい顔で逡巡すると首を横に振った。


「ごめん。アンタには頼れないわ……」

「はあ? なんだよそれ……。ふざけているのか?」

「そんなわけないでしょ! やって欲しいのは、詠唱中の私を守り続けることよ。セカンドを使わずに出来るの? 五分くらい……」


 玲菜が真剣な眼差しで呟いた。

 ボクシングが1ラウンド三分だと考えると、実戦における五分というのは、途方もなく長い。それも神条相手に、セカンドなしで耐えるなんて不可能だ。

 二回は死ねる自信がある。


「めちゃくちゃ長いな……。セカンドを使うしかない――」

「もうセカンドはダメよ。一度だけ。そう約束したじゃない!」

「あのな、俺だって、使わないですむならそうしたい。だけど、俺が無茶をするしかないだろ?」

「……無茶ね。アンタって、渋谷さんや坂上先生。あの二人の死を前にして、自分だけは死なないとか、本気で思っているの?」

「……そ、そんなことは……ない」

「そんなことあるのよ。じゃなかったら、セカンドを使うなんて言わないわ。一度使っただけで、おかしいくらい魔力が乱れているのよ? 次に使ったら、死ぬかもしれないってことくらいわかっているんでしょ?」


 蛍火、そして、ジルベッタにも言われた。

 次にセカンドを使ったら死ぬ。それは間違いないようだ。


「わかってる。けど……この状況なら!」


 それしか方法はない。

 玲菜は呆れた顔でため息を吐く。


「……どんな状況でも、アンタが死んでいい理由にはならないわ。……わかったでしょ? アンタに頼ることは何もないって……」


 キツい目で玲菜が俺を見つめてくる。本気で言っているようだ。

 俺が言葉を無くしていると、玲菜は息を大きく吐き、決心した顔を見せた。

 そして、ケガをしているところに治癒魔法をかけはじめる。

 神条にさっき、文句言われたばかりなのに懲りない奴だ。

 おかげで玲菜の顔に生気が戻っていく。右腕も綺麗になっていた。


「……二度目だ。いい加減にしてもらおうか!」


 だが、神条が怒った顔で、玲菜に向かって跳びかかってくる。

 玲菜が素早く構えて、その攻撃を受け止めた。


「随分一方的ね。お約束では、ボスキャラは作戦会議が終わるまで、襲いかかってこないものよ!?」

「ぼ、ボスキャラ……っ、そ、そんなの知るか! 作戦会議の度に回復されたんじゃ、たまったもんじゃない!」


 バチバチと二人の視線がぶつかり、火花が飛び散る。

 お約束という言葉で誤魔化しているが、神条が怒るのも無理はない。

 今回のことに関しては、玲菜が言っているのはさすがに暴論だ。

 どうして玲菜はこんな無茶をして回復させているのだろう。

 戦いが始まってから、俺の後ろでゆっくりと治療すればいいのに……

 そこまで考えて、ようやく玲菜の意図に気がついた。

 逆だ。俺に戦わせる気がないから、今、治療を行っているのだ。

 全ては自分だけで終わらせられるように。


「くっ!」


 俺は怒りを殺すように強くソードを握り、神条に斬りかかる。

 ほとんどこちらを見ることなく、神条は楽々と後ろに跳び、術式の前まで戻った。

 玲菜が俺の傍に駆け寄ってくる。


「春馬、アンタは下がってて!」

「それは俺の台詞だ! お前は下がってケガでも治してろ。セカンドだって使わない。それでも、お前の詠唱が終わるまで時間を稼いでみせる!」

「冗談言わないで! そんなことできるわけないじゃない!」

「だったら、お前だって一緒だろ! さっき自分で言ったじゃないか、『私一人では無理だった』てな!」

「そ、それはそうだけど……」

「こんな状況だ。互いを信じるしかねえだろ? 俺はお前を信じてる。お前はどうなんだ?」

「わ、私は……っ、私だって、春馬を信じてるわよ! で、でも……」


 玲菜は微妙な表情で言葉を濁す。葛藤しているに違いない。

 俺に死んで欲しくないとか、そういうコトを考えているのだろう。

 だったら、強引に話を持っていくべきだ。


「悩んでる場合か! 術式は一時間で復活するんだぞ? もう時間がない。俺を信じてるなら、自分のやるべき事をやれよ!」

「……っ、わかったわ! それじゃあ、春馬、後は頼んだわよ!」


 玲菜は片膝をつき、地面に手を置くと、詠唱を開始した。

 不思議な言葉を紡ぐ度に、玲菜の体が薄い蒼色で満たされていく。

 そんな様子を愉しげに眺め、口角を上げる。


「では、準備は万端ということでいいかな?」


 自信と貫禄に満ちたノリノリな神条の言葉。

 それはまるで――


「お前、実はボスキャラって言われて、嬉しかったんだろ!」


 俺が問うと、神条は頬を染めて、魔法を放ってきた。

 無詠唱でも圧倒的な威力の魔法を……


「マスター、強化が完了致しました」


 ソードの声が響く。

 セカンドほどではないが、全身を魔力が満たしていく。

 俺は一歩踏み込み、神条が放った魔法を斬りつけた。

 

 ※ ※ ※

 

 神条の力は圧倒的だ。だが、神条は決してその場から動かない。

 理由は簡単。動けば術式が無防備になるからだ。

 時間を稼ぐに持ってこいな状況だが、それでも遠くから放たれる神条の魔法は、強力で対処するだけで手一杯になる。

 一秒一秒が長く、五分なんて、気が遠くなる話だ。

 それでも、唯一の希望である玲菜の詠唱が終わるまで耐えなければいけない。

 玲菜を守るように構えていると、突然、状況が動いた。


「小賢しい。かかってこないなら、こちらから行くぞ!」


 神条がまさか、術式から離れて襲って来たのだ。

 突風のような風が吹き荒れ、一瞬にして距離を詰められる。


「くっ!」


 神条が足を踏み込むと地面が避け、蹴りが飛んできた。

 俺はソードで迎える。しかし、威力は凄まじく俺は耐えきれずに吹き飛ばされ、ビルの壁に背中を打ち付けられた。

 これはチャンスだ。俺は壁を強く蹴ると、術式に突っ込もうとする。

 だが、すでに神条は術式の前に戻っていた。

 ――ヒットアンドアウェイ。

 魔力が圧倒的に高い神条は、一人だけ『二回行動』のスキルを持っているようなものだ。攻撃して、すぐに戻れるなら、そこに隙は生まれない。

 守っているだけじゃダメだ。攻め勝つしかない。

 俺はそう判断すると、痛む背中を抑えて、神条に突っ込んだ。


「フハハハハ! バカがっ!」


 神条は口角を上げた。その笑顔を消してやろうと、俺は斬りつける。

 しかし、それを神条は軽くかわすと、魔法を放つ。

 俺とはまったく違う方向に。その先にいたのは――


「玲菜っ!」


 目の前に魔法が迫り、玲菜が表情を歪める。

 だが、避けようとしない。そのまま魔法によって玲菜は吹き飛ばされた。

 完全に玲菜に釘付けになっていた俺は、神条の蹴りを食らう。


「――うぐっ」


 思いっきり叩きつけられ、俺はふらつきながら起き上がる。

 すぐに視線を玲菜に向けた。

 血塗れになりながら、苦しそうな顔で玲菜が立つ。

 そして、また魔法の詠唱を続ける。

 そんな玲菜を見て、神条が感心した顔を見せた。


「魔法障壁を展開しなかったのは、詠唱を止めないためか? 見事だな」


 自分の身を顧みることなく、詠唱を続けている玲菜。

 服は破け、ポタポタと血を滴らせている姿が痛々しい。

 それでも諦めずに、詠唱を続けている。


「アイツ……あんなになってまで……」


 俺は思わず、拳に力が入った。すでに三分は経過している。

 あと少し耐えれば、玲菜の魔法が完成するはずだ。

 しかし、神条はこちらの狙いに気がついたらしく、その視線はすでに俺にない。


「……そこまでの魔法を使うとしていると言うことか。結界が無効にしてくれると思うが……。まあ、念のため、中断させた方が良さそうだな」


 神条が今にも玲菜に跳びかかろうとしている。

 きっと玲菜は神条の攻撃を防がない。防いだら、神条の言う通り、魔法の詠唱に失敗してしまうからだ。このままでは、また玲菜が傷ついてしまう。

 『春馬! 後は頼んだわよ!』

 先ほど言われた玲菜の言葉が頭をよぎる。

 玲菜を守るためなら、命だって惜しくはない。

 俺が――俺が玲菜を守るんだ!

 そう覚悟を決めると、俺の行動が変わった。

 自分がどうなっても良いと考えれば、行動なんて簡単だ。

 玲菜に向かう攻撃だけをなりふり構わずに防げば良い。

 何度も何度も神条の攻撃を受け、俺はフラフラとなっていく。

 詠唱を続けている玲菜の眼は大きく見開かれ、もう魔法には集中していない。

 今にも泣きそうな声で、俺を助けに来ようとしているのだ。

 そんな顔を向けられて嬉しい男なんていないだろう。

 玲菜には笑っていてほしいんだ。

 俺はギュッとソードを強く握り締める。


「こっちに来るな! 続けろ!」


 玲菜はビクッと体を震わせて、唇を一度噛み締め、また詠唱を続けた。

 それでいい。玲菜の詠唱が終わるまで、神条を絶対に近づけさせない。


「ふっ、助けに来てもらえば、死なずにすんだというのに……。よかろう。ならば、お前を殺してから、ゆっくりと、彼女の詠唱を止めるとしよう」


 神条が俺に向かって構えた。圧倒的な能力の差に身震いを覚える。

 勝てる見込みどころか、防ぐ自信もない。

 耐えるのは、あと一分程度だろうが、その前に殺される。

 このまま玲菜との約束を守って、何も出来ずに殺されるか?

 ――いやだ。そんなのはお断りだ。

 セカンドを使わずに殺されるくらいなら、使ってから死ぬ。

 ソードに魔力を込め、セカンド発動の魔法を唱える。


「春馬! ダメよ! それはやらないで!」


 魔力の高まりに合わせて、玲菜の声が聞こえてきた。

 だけど、もう俺の決心は変わらない。


「ソード。セカンドを使うぞ!」


 全身が強化されはじめる。同時に胸が破けそうなほど激痛が伴っていく。こりゃ、本当に死ぬな。ハッキリとそれがわかるほどの倦怠感が襲う。

 でも、俺はソードの魔力を込めるのをやめない。


「ダメだってば! お願いやめて!」


 玲菜が泣きそうな声を上げ、俺を止めるために、魔法を破棄しようとしている。

 だけど、術式復活の時間を考えたら、これは最後のチャンスなんだ。


「玲菜! ここでやめたら、何も残らねえぞ!」


 もう詠唱の時間だけの問題じゃない。全てが手遅れになるのだ。

 ここで俺が神条を抑えれば、きっと玲菜が術式を破壊してくれる。

 あとは――どうにでもなれだ。

 だけど、そこで唐突にセカンドの強化が終わった。


「え……? ど、どうしたんだ、ソード?」

「いけません。マスター。私はあなたを殺せない……」

「ば、バカっ、お前! か、勝手なことをするなよ!」


 魔力が一気に放出され、フラッと視界が揺れる。

 それを堪えるように踏ん張った。無理をしているのが自分でもわかる。


「……セカンドを発動したら、そんなものじゃすまないのです。申し訳ありませんが、マスターの自殺に手を貸せません」

「ふざけるなよ! どうなろうとそれしか方法はないんだ!」

「でしたら、マスター。私にお任せ下さい。時間を稼いで見せます」

「え? ど、どういうことだ?」

「私の魔力を解放すれば、セカンドに近い力が出せます。本当に短時間ですが……」


 その言葉で以前、ソードが魔力をなくしたことを思いだした。

 玲菜と詩子が放った魔法に挟まれた俺が、生き残れた理由。

 ソードが守ってくれたからだと聞かされていた。

 あの時は深く考えなかったが、ソードに魔力があると言うことだ。

 でも、その後、ソードが使えなくなった。


「その力を使うと、お前が動かなくなるんじゃないのか?」

「……ですが、魔力が戻ればいずれ復活します。マスターがここで自殺するよりマシかと……」

「わかった。だったら、力を貸してくれ!」

「はい。では、力を解放します。あまりに長くは持ちません――」


 俺が頷くと同時にソードから魔力が吹き出してきた。

 それは本当にセカンドにも負けないような圧倒的な魔力だ。これならいける。

 俺はソードを強く握り締めると、神条に向かって突っ込んでいく。

 急激なパワーアップに神条が目を丸くする。


「な、なにっ!」

「いけぇぇぇぇっ!」


 俺の一撃が神条を吹き飛ばす。

 深く踏み込んだコンクリートの地面は裂け、大きく抉れていた。

 自分でも信じられない力だ。

 吹き飛ばされた神条は歯茎を見せて、俺を睨み付けてくる。


「どうやら、本当に殺されたようだな……」


 神条が全身に魔力をみなぎらせはじめた。

 思わずたじろいでしまう。

 それもそのはず、ソードの強化はすでに切れているのだ。


「すみません。マスター。これ以上は機能を停止してしまいます……」

「わかった。無理させて、すまなかったな」


 これで本当にセカンドを使うしか方法がなくなった。

 俺は大きく息を吐く。そして、神条を睨み付ける。

 その時、突然、術式が激しく光を放ちはじめた。

 俺と神条の眼はその術式に釘付けになる。

 そこに玲菜の透き通った声が響く。


「――待たせたわね、春馬……。本当に助かったわ!」


 術式が魔力を送り込んで、雪城家の魔方陣に干渉しているなら、その逆も当然、できるはず。それが玲菜の考えだった。

 すでに他の術式が破壊されているのであれば、魔方陣からの魔力は、ここに一斉に送り込める。


「な、なんだ! なんだこれはっ!」


 突然、状況にヒステリックな声を神条が上げる。

 玲菜はそんな神条に勝ち誇った顔を見せた。


「どんなに強固な結界を外側に張っても、内側からの魔力圧には耐えられないのよ!」


 玲菜の声と共に、術式が描かれた地面が大きく歪みはじめた。

 外側からの魔法を拒絶する結界がある以上、神条には為す術もない。


「これで終わりよ! ――ぶっ壊れなさい!」


 玲菜が右手を思いっきり伸ばす。

 その瞬間、激しい爆発音を立てて、術式が結晶のように弾けた。

 光の粒子が飛び散り、甲高い音と共に広がる。

 街を覆っていた異様な気配が消えていく。

 雪城家の魔方陣に干渉していた術式が完全に消えたようだ。

 俺と玲菜は眼を輝かせて見つめ合う。

 長い戦いが、ようやく終わった。

 

 ※ ※ ※

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 壊れた術式を神条がぼんやりと眺め、立ち尽くしている。

 動こうとしない神条にしびれを切らしたのか、玲菜が開口した。


「術式は完全に破壊したわ。私たちの勝ちよ。さっさと仲間を連れて、国に帰りなさい!」


 玲菜の声に呆けていた神条がこちらに顔を向ける。

 意外な事にその顔はとても愉しげなものだった。


「フハハハハ! 何を勘違いしている。術式はこちらの攻めの一手に過ぎない。お前は攻撃を防いだだけで勝利宣言をするのか?」

「なによ。まだ負けてないって言いたいの?」


 玲菜は呆れ顔で肩を竦める。神条は負けじと笑う。

 なんだか、非常に張りつめていて、胃が痛くなる嫌な空気だ。


「その通りだ。最初に言ったではないか。これは模擬戦だと。……俺を含めた五人の魔闘師を倒してはじめて、お前たちの勝ちだ」

「だったら、アンタを倒せば五人目ね。それで本当に終わりよ?」

「そうだな。倒せたら、の話だがな」


 神条がそう言うと、ものすごい魔力が全身から放出された。

 今まで遊んでいたと思わせるような、激変ぶりだ。

 身がすくみ、足下がふらつく。

 マトモに向かい合っているだけで、全身に恐怖が襲ってくる。

 まさか、本気なるとここまで強くなるのか。

 隣りにいる玲菜の顔を見ると、不安そうに揺れていた。

 玲菜を安心させようと、俺は努めて明るく声を出す。


「俺たちはあの術式を壊したんだ。神条が相手でも勝てるって!」

「壊したのは私の力だけど……。そうかな?」

「確かにそうだけど! ――と、とにかく、俺を信じろ! お前は絶対に守ってみせる!」


 最高にかっこよく言ったつもりだった。

 だけど、玲菜はどこまでもフラットな顔をしている。あれぇ?

 惚れられてもおかしくない口説き文句だったのに……

 玲菜はコホンと小さく咳を払った。


「こ、言葉はかっこいいわよ。――でもね!」

「な、なんだよ……」

「アンタを信じると、どこまでも突っ走っていくわよね? さっきだって、約束破ってセカンド使おうとしてたし……」


 玲菜がジトッとした目を向けてくる。

 コレはまずい。話を逸らそう。


「よし、これからの作戦は『命を大事に』だな!」

「そうね。『ガンガンいこうぜ!』なんて、絶対にやめてよね? 春馬には死んで欲しくないわ」


 玲菜は言って、ニコッと微笑む。

 その笑顔があまりにも眩しくて思わず、息を呑む。

 男は単純だ。好きな女のためなら、命を賭けられる。

 だから、玲菜の為なら、俺はいつでもガンガンいってしまう。

 遠くない未来。俺は死んでしまうかもしれない。

 だから、今、出来るコトは全部しよう。

 最後のボスである神条を倒し、玲菜の笑顔を守るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ