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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
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第四十五話 玲菜との約束

 誰かに見つめられているような気がして、俺はぼんやりと目を開けた。

 そこに広がったのは、知ってる天井。雪城邸の客室だろう。


「あれ……俺……」


 思わず漏れた小さな声。

 ふいに、ガタリと音がして、玲菜が顔が目の前に現れた。

 俺と目が合い、ニコッと微笑む。


「よかった。目を覚ましたのね。永眠してるのかと思ったわよ」

「勝手に殺すな! ……って、なんで、俺ここに……?」


 自分がどうしてこんなところにいるのか、思いつかない。

 記憶をたぐろうとすると、玲菜がいきさつを話してくれた。

 その話を訊いて、玲菜を助けた後、倒れたことを思い出す。

 玲菜と戸田で、ここまで運び込んだらしい。それから俺は数時間ほど寝ていたようだ。時刻は深夜の十一時を過ぎている。


「面倒かけたな。……戸田にも礼を言わないと」


 辺りを見回すが、玲菜以外の姿はない。

 体を起こそうとすると、思ったよりも体が軽い。

 さっきの体調の悪さは何だったんだ。

 元気に体を伸ばす俺に、玲菜が怪訝な目を向ける。


「思ったよりも平気そうね……」

「みたいだな。何か治療でもしてくれたのか?」

「目に見えるケガだけね。体調が良くなったのは別の理由」

「……? 理由がわかるのか?」

「ええ、あんたが倒れた理由もあわせて教えてあげるわ」


 玲菜はニコッと笑う。

 神器は元々、メルの魔力だけで動いていたが、メルが体をなくしてしまい、神器に魔力を送れなくなった。

 そこで、ルーミアがソードを媒介として、俺の魔力を利用出来るようにした。

 俺はメルの予備用の電池のようなものになったのだろう。

 だったら、なぜ、ソードを使うと気分が悪くなるのか、それが不明だ。


「他の神器はともかく、ソードだけは異常に魔力を使うわ」

「……俺の魔力も使わなきゃ動かせないってことか?」

「そう。そして、アンタの魔力はことのほか少ない……だから、倒れてしまうのよ」


 つまり、俺がへっぽこだから、ダメなんだろう。なんかショックだ。

 そんな俺を、どうしてルーミアは、媒体にしようと思ったんだ?

 俺ではメルの補助どころか、予備の電池にもなり得ないのに……


「魔力不足になると、命にも関わるのか?」

「もちろんよ。すでに自分でも体験済みでしょ」


 玲菜は少しだけ目を伏せる。

 倒れて、ここまで運ばれてくるくらいだ。決して脅しではないだろう。

 このまま、ソードを使い続ければ、俺は死ぬ。ルーミアが『あなたの命にも関わる話』と言った意味が、ようやくわかった気がした。


「だったら、あんまりソードを使わないようにしないとな」


 玲菜は驚いた顔で、俺に迫ってくる。


「ちょっ。戦うの止めようとか、思わないの? いや、普通は思うわよ?」

「え? 思わないけど……命の危険なんて今さらだろ?」


 今までだって、ミスしてたら死んでた場面は何回もあった。

 ソードを頼れないのは痛いが、それならそれでやるしかない。

 玲菜は頭を痛そう抑え、ため息を吐く。


「あのね……これは模擬戦よ? 神条だって、私の命は狙っていない。ここの管理権を奪いたいだけ。命を賭ける必要はないわ」


 協会はこの土地を譲ってもらった形にしたいので、無理に奪おうとはせずに、回りくどく模擬戦を提案したのだ。それなのに、玲菜を殺しては意味がない。

 つまり、玲菜は安全だ。普通に考えるなら――


「でも、神条は信じられない。スネークなんかを利用する奴だ。なにされるかわかんないだろ。戦って勝つしかないと思う」


 玲菜がまた誰かに操られるなんて、絶対に嫌だ。

 そんな可能性があるなら、それこそ死ぬのだって恐くない。

 俺の目をジッと見つめる玲菜。


「……どうあっても戦う。そういうこと?」

「当たり前だ。俺に出来ることは、なんでもやるつもりだし……」


 俺の言葉を聞き、玲菜は呆れ顔を見せて、息を漏らす。


「まあ、そう言うわよね。アンタなら……反対するだけ無駄だったわ」

「そういうことだな」

「だったら、約束して。セカンドを使うのは一度だけ。それも短時間よ。どうしようもない状況になったときに、一度だけ、いい?」


 一度だけ。厳しい制約ではあるが、術式を破壊するだけなら、事足りる。


「わかった。一度だけだな。約束するよ」


 俺の返事に納得できないのか、玲菜が不安そうに瞳を瞬く。


「約束破ったら、一生、根に持つわよ?」

「……えと、それって、俺と一生付き合うってことか?」


 玲菜は当然といった感じに首を縦振り、小首を傾げる。

 それから、自分が言った言葉を理解したのか、急激に顔が赤くなっていく。


「――っ、な、なななっ、なに言ってんのよ! そ、そそ、そう言う意味じゃないわよ!」


 玲菜は怒った顔をして、そっぽを向く。

 しかし、なにか気になるのか、こちらをチラチラと見てくる。

 耳まで真っ赤にした玲菜に、そんな態度を取られると、なんだかむずがゆい。

 なんだこれ、なんてラブコメだ。

 そんなポワポワとお花畑の空気の中に、いきなり不躾な音が響く。

 バタバタバタと派手な音を立てて、詩子と戸田が勢いよく入ってきたのだ。

 詩子が怒鳴り声を上げながら、近づいてくる。


「雪城先輩! 姿が見えないと思ったら、やっぱりこんなところに! 寝込みを襲うようなマネはやめて下さい!」

「そ、そんなんじゃないわよ!」


 玲菜は照れを隠すように、負けじと大きな声で言い返した。

 プゥっ、と詩子は頬を膨らませる。


「だって、雪城先輩が自分で言ったんですよ? 先輩は疲れて寝てるんだから、目を覚ますまでそっとしておこうって! だから私は我慢してたのに!」

「そ、そう、だったかしら……?」


 玲菜がとぼけた様子で空を仰いだ。

 もしかして、玲菜は俺が心配で、ずっとついていてくれたのだろうか。

 なんだか嬉しくなり、玲菜を見つめてしまう。

 その視線に気づいたのか、玲菜は恥ずかしそうに身を捩った。

 詩子がジト目を向け、俺と玲菜を交互に見る。


「うん? うん? なんか、また怪しい会話してませんでしたか?」

「してねえよ!」

「してないわ!」


 声をハモらせ、否定してみたが、詩子のジト目は治まらない。

 気まずい空気が流れたところで、玲菜がパンと手を叩く。


「さあ、じゃあ、もう今日は寝ましょう。明日は決戦になるのだから、少しでも休んでおきなさい」


 どうやら、魔闘師と戦うのは、夜が明けてからのようだ。

 それはつまり――


「明日、月曜日……また学校休むことになったな」

「――っ! それ、気にしてるんだから、言わないで!」


 全てを誤魔化すかのように、玲菜は大声を上げて、部屋から出ていった。

 やはり学校を休んでいることを、気まずく思っていたようだ。

 

 ※ ※ ※

 

 どれくらい寝たのだろうか。目覚めは突然やってきた。

 慌てた顔をした玲菜が、俺を起こしに来たのだ。


「早く起きなさい! いつまで寝てるの!?」


 数日前に起こされた時を思い出し、驚愕して体を起こす。

 やばい、また昼過ぎまで寝てしまったか。そんな心配が一瞬広がる。

 しかし、それが杞憂である事はすぐにわかった。窓の外が暗すぎるのだ。

 どうみても、夜の時間帯。

 寝過ぎたとしても、さすがに一日以上寝るなんてあり得ない。

 だとすれば、どうして玲菜が起こしに来たのだろう。


「ほら、ボーっとしないで! さっさと着替えて、応接室へ来なさい」


 玲菜は言って、組んだ腕で指をトントンと鳴らしている。

 やけに落ち着かない様子。理由はわからないが、急いだ方が良さそうだ。

 だが、ここで慌てて着替えるのは、素人のやる事だ。

 着替えろと言われて、脱ぎ出すとなぜか怒られる。一方的に。これはお約束。っていうか、この展開は以前にもあったな。


「あのさ……前にも言ったけど、俺のパンツ姿を見たいのか?」

「え? ――っ! そそそ、そんなワケないでしょ! この変態!」

「だったら、出ていってくれよ。急いで着替えるからさ……」

「早くしなさいよ!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてドアを閉めて出ていった。

 アイツ、本当に成長がないな。

 ドアを閉めた衝撃からか、時計がゴトンと床に転がる。

 時刻は四時。おそらく夜明け前。

 こんな時間に一体どんな用事があるんだろうか。

 

 ※ ※ ※

 

 俺はかなり急いで着替え、三分ほどで応接室に到着した。

 遅れて詩子や戸田も入ってくる。みんな眠そうな顔だ。

 どう考えてもおかしい時間だし、仕方ないだろう。

 みんながソファーに座ったところで、玲菜が机を叩く。


「術式発動まで、あと二時間しかないわ!」


 一瞬、玲菜が何を言っているのかわからなかった。

 だけど、この屋敷の結界を壊す術式だとわかると驚きしか出ない。


「はあ? に、二時間!? なんでいきなり……」


 今日一日かけて攻略するはずが、あと二時間しかない。

 あまりにも急展開だ。


「明け方に諏訪がやってきて教えてくれたわ。……アイツ、わかっていてこんなギリギリに言ったのよ。ほんと、腹立つわ!」


 かなりご立腹の様子。まあ、無理もない。

 今から移動をして、術式を破壊するだけでも、一時間はかかる。

 早々に行動するべきだ。


「諏訪の愚痴は後にしようぜ。ともかく行動しなきゃまずいだろ?」

「そ、そうね。そのほうが建設的ね。そうしましょ……」


 玲菜は大きく深呼吸をすると言葉を続ける。


「時間がないから、手短に作戦を話すわ」


 詩子が『観察』で情報を集め、それを元に玲菜が担当場所を指示していく。

 俺の担当は南側。魔闘師の反応があるところだ。

 東と西からは魔闘師の反応はなく、詩子と戸田がそれぞれを担当する。

 二人が戦わずにすんで一安心だ。

 詩子はともかく、戸田では戦闘は厳しいだろう。

 玲菜が担当するのは北側。一番敵の戦力が集中しているところらしい。

 神条が約束を守るなら、魔闘師は全員で五人。

 それでも、南側に魔闘師が一人だったら、北側には四人いることになる。 


「大丈夫なのか?」

「はあ? 誰に言ってるのよ」

「……雪城先輩に、だと思いますよ?」


 詩子はキョトンとしながら、俺の代わりに返事をした。

 言われて玲菜は顔を赤くする。


「わ、わかってるわよ! っていうか、そう言う意味じゃないし……」

「お前だけで平気なのか? 俺が代わりに――」

「ソードもろくに発動させられないアンタに任せられるわけないじゃない。それに……神条の居場所も分からない。どこだって危険は同じよ」


 神条――アイツの実力は『セカンド』を発動しても厳しい相手だった。

 俺たちの現状の戦力では、アイツを倒すのは難しい。


「でも、私たちの目的は魔闘師を倒すことじゃないわ。結界に仕込まれた四つの術式を破壊してしまえば、勝ちなのよ」


 確かにその通りだ。全員に勝つ必要はなく、術式を壊すだけ。

 だけど、それが中々困難だったりする。

 術式を一ヶ所だけ壊しても意味がなく、一時間以内に四ヶ所、全て破壊しなければ、残った術式が自動的に修復してしまう。

 なんというバックアップ機能。実に余計きわまりない。


「みんな大丈夫かしら?」

「それこそ、誰に言ってるんですか、って話です。終わったら、そのまま学校へ行けるくらい、余裕ですよ」


 詩子は自信満々に胸を叩く。『観察』で様子を見て、安全そうなときに躍り込めばいいから、一番確実なのは詩子だろう。

 詩子の返事を聞いて、玲菜が薄く微笑む。


「そう……ね。それもいいかもね」

「……どうしたんだ?」

「アンタ昨夜、『また学校休むことになったな』って言ったわよね?」


 寝る前に言った言葉をまだ覚えていたようだ。

 質問からして、嫌な予感しかしない。


「い、言ったけど……それが……?」

「休んじゃまずいから、さっさと終わらせて、学校へ行くわ!」

「はあ? こんな状況で学校行くのかよ……正気か?」

「こんな状況だからよ! 今日で全部終わらせて、全員無事で戻ってきましょう」


 玲菜のその言葉は、どこか決心めいたものが感じられた。

 今日、一番危険なところに行くのは玲菜だ。

 自分を鼓舞するために、何か欲しいのだろう。


「わかった。だったら、それも約束にしようぜ。無事に終わらせて、俺たち全員、元気に学校へ行く。それでどうだ?」


 俺を見つめていた玲菜の顔が、パッと明るくなった。


「……その言葉、忘れないでね? 絶対。約束よ?」

「もちろん。なんなら、遅刻せずに学校へ行こうぜ!」


 俺の言葉に玲菜は目を一瞬丸くして、すぐにニコッと微笑む。


「……あら? そこまで高望み? でも、そうね。私はずっと学校休んでるから……そうしたいところだわ」


 玲菜が呟くと、戸田がニヤケ顔で口を挟む。


「でも、まあ。生徒会長が一週間近く休むって、前代未聞だよな」

「大丈夫よ。インフルエンザってコトになってるから」

「……それは最強の病名だな」


 インフルエンザと言えば、周りへの拡散を理由に、どんな状況でも一週間休みが取れるという、夢のような病気だ。

 予防のワクチンを打っても、症状を和らげることしかできず、休む期間も同じという、意味のわからなさまでセットになっている。

 ワクチンって、本当に効果あるのか。

 そんな疑問を抱いていると、戸田がぼそっと呟く。


「俺は会長様と違って、真面目に行ってるから……今日は休むけどな!」

「アンタは死ぬまで、休んでればいいじゃない? 止めないわよ?」

「そこまで休みたくねえよ!」


 戦慄する戸田の顔を満足げに見た玲菜。

 凜として髪を払うと、華麗に立ち上がる。


「さあ、時間よ。絶対に生きて帰ってきましょう!」


 玲菜の号令が応接室に響く。

 戦いの始まりだ。


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