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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
43/51

第四十三話 メルとの対立

 戸田が仲間に加わり、俺たちは玲菜の家に戻っていた。

 辺りはすでに暗く、六時過ぎだ。

 応接室のソファーに腰掛け、玲菜たちと今後の話をしていると、全身から力が抜けていく感覚に襲われる。そして、次の瞬間、メルが応接室に姿を現した。

 その姿は薄く透明なのは、魔力体だからなのか。

 唐突な出来事に、その場は騒然とする。

 それを制するように、メルが大きな声を上げた。


「誰も動かないでください!」


 メルは魔力を溜めた右手を、俺たちに向けて構えている。

 むしろ、玲菜に向けていると言うべきか。


「なにが――」


 あったんだ、そう言おうとした瞬間、俺は脱力感に耐えきれず、テーブルに前のめりに倒れた。


「赤羽!」

「先輩っ!」


 戸田と詩子の声が聞こえるが、それに応えることは出来ない。力がどんどん抜けていて、指を動かすのもやっとだ。

 メルが俺を横目にチラリと見て、呟く。


「申し訳ありません、赤羽様。地下の結界を経由して魔力をお借りしています」


 さきほど、神器を使えるようにするために、なんらかの契約を結ばれた。メルはそれを逆に利用しているのだろう。

 恐ろしい勢いで魔力が抜けているのは、メルを具現化させるためか。

 メルが少し動く度に、激痛が駆け抜けていく。体中が魔力で爆破しているような感覚だ。痛みでもがく俺を見下ろし、メルがつぶやく。


「時間はあまりなさそうですね……」

「な、なんで……こんな、こと……を?」

「――死にたくなければ、そのままテーブルに伏しててください」


 メルは口早に返答し、ジッと玲菜を見据えた。

 暴走とも思えるメルの行動に、玲菜は腕を組み、怒りを露にしている。


「メル。どういうつもり? 返答によっては許さないわよ?」

「これは失礼いたしました。……ところで、お体に異常はありませんか?」

「? ないわよ。こっちの質問に答えなさい」

「…………では、失礼ながら、地下室へお越しいただいてもよろしいでしょうか?」

「なによ。なんで?」

「来ていただければわかります」


 玲菜は疑うような眼差しを向け、返事をしようとしない。

 しばしの沈黙の後、メルが首を傾げる。


「……何か問題でもありますか?」

「いえ、特にないわ。でも、今は行きたくない」

「なぜですか?」

「それ以上に理由なんてないわよ!」


 二人の言い合いが続く。

 珍しくメルも意見を曲げようとしない。

 感情的な玲菜に対して、メルは終始淡々と言い返している。

 その度に体が痛い。これが魔力を吸われる感覚なのだろうか。


「いい加減にしてくださいっ!」


 見かねたように、詩子が大きな声を上げた。

 玲菜とメルは詩子に視線を向ける。

 詩子は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「地下室までたったの数分なんですから、さっさと行って、先輩を解放してください! 先輩がとても苦しそうで、見てられません……」


 正論に対して玲菜は顔をしかめて、詩子とメルを交互に眺める。


「……っ、そうね。わかったわ」


 玲菜は親指を強く噛む。まるで納得していない様子。

 危害でも加えられると思っているのだろうか。

 だけど、あのメルが玲菜に危害を加えるはずがない。

 メルは玲菜の同意を得られて、サッと踵を返す。


「では、参りましょう。……赤羽様、立てますか?」


 いきなり話を振られて焦る。無理すれば立てるような状況だが、かなり厳しい。

 高熱でフラフラの時にトイレに行くよりも辛い。

 立ち上がろうとする俺に、詩子が心配そうな眼差しを送る。


「ちょっと待ってください! 私たちが雪城先輩を連れて行きますので、先輩を解放してください。このままじゃ……」


 言葉こそ柔らかいが、詩子の表情は険しい。

 今にもメルに襲いかかりそうだ。メルは逡巡して頷く。


「……では、お任せします。必ず玲菜様を地下室まで連れてきてください。どんなに嫌がったとしても……無理矢理にでも……お願いします」


 そんな意味深な言葉を残し、メルの姿は薄くなって消えた。

 その瞬間、体がウソのように軽くなる。まるで錘がなくなったかのようだ。


「先輩! 大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない……」


 魔力を急激に抜かれたせいか、多少の目眩はするが、行動に支障はない。

 メルの意図はわからないが、言われたとおりにしよう。


「地下室まで連れて行くけど……問題あるか?」

「…………ないわ」


 玲菜は口惜しげな顔を見せ、さっさと部屋から出ていった。

 俺は慌ててそれを追いかける。


「待ってください。私も行きます」


 そう言って、詩子がついてきて、その後ろから困った顔の戸田も続く。

 応接室から地下室までたったの数分。

 簡単なコトに思えたが、どうしてメルはあんなに念を押したのだろうか。

 

 ※ ※ ※

 

 俺たちは応接室から地下室へ向かっていた。

 肩を怒らせ、重い足取りの玲菜。

 俺と目が合うと、思い詰めた表情を見せてくる。


「やっぱり行きたくないわ。メルの態度、おかしかったし……」

「急ぎの用事でもあるんじゃないのか?」

「……そうかもだけど、裏がありそうで……」


 煮え切らない玲菜の言葉。まるで――


「メルを疑っているのか?」


 玲菜は戸惑いながらも、コクンと頷く。そういうことか。

 でも、メルが玲菜を騙すなんてないと思うのだが。


「重要な話かもしれないし、行くだけ行った方がよくないか?」


 軽いフォローのつもりだったが、玲菜の表情が豹変する。


「春馬! 私よりもあの女の言うコトを聞くの?」


 怒声をあげ、玲菜が詰め寄ってきた。なんだか悲しくなる。

 玲菜が怖いことよりも、その言い方が引っかかった。

 それほどまでに行きたくないというのか。

 どうすればいいのか考えていると、戸田が暢気な声を出す。


「メルって人のコトをよく知らないからだけど、雪城の言ってることの方が正しく聞こえるぞ。いきなり来て、理由も言わずに連れてこいって、おかしくないか?」


 客観的に考えるとそうなるかもしれない。

 俺はメルのコトを信じていて、無条件に信じてしまっていた節がある。

 詩子に視線を向けると、驚いた顔をして首を横に振られた。


「私にはわかりません……先輩の判断に任せます」


 実に無難な意見だ。俺にだってわからない。

 玲菜とメル。どうすればいいのだろうか。


「お願い、春馬……私を信じて……」


 眼にいっぱいの涙を溜めて、玲菜が俺を見上げる。

 あまりにも可愛らしく儚い仕草に胸が痛む。

 俺がメルを信じていたのは、玲菜が信じていたからだろう。

 その玲菜が、メルを信じられないと言うなら――


「わかった、戻ろうぜ。話があるなら、またくるだろう」


 メルの元に行かないと決めて、応接室に戻ろうとする。

 その瞬間、玲菜が俺の手を強く取り、しゃがみ込んだ。


「ば、バカ言わないでっ! め、メル……がっ、メルが……私を裏切るはずない……メルが絶対に正しいのよ――っ、やぁぁぁぁっぁああっぁぁ――っ」


 玲菜は口早に言い、自身を抱いて体を丸める。

 汗がダラダラと流れ落ち、どう見ても普通じゃない。


「玲菜! 玲菜ぁっ!」

「…………は、早く……メルのところ……に…………」


 激痛に耐えているのか、蚊の鳴くような囁きを漏らす。

 状況が飲み込めず、オロオロしていると、すぐに玲菜が立ち上がった。

 ケロッとして、何事もなかったかのような顔だ。


「さあ、早く戻りましょう。あの女の話なんか――」

「お、お前……大丈夫なのか?」


 おかしいほど態度が違う。俺は思わず遮ってしまった。


「……? なに言ってんのよ。私は普通よ?」


 玲菜は首を傾げて、可愛らしい笑顔を浮かべる。

 心弾むような笑顔だったけど、偽物っぽく感じた。自信は全くない。

 でも、俺の知っている玲菜は、メルを『あの女』なんて呼び方、絶対にしないはずだ。それも二回も。

 強く俺を拒否したさっきの玲菜。あれが本当の玲菜なのではないだろうか。

 何が起こっているのかわからないけど、そんな気がした。

 だったら、どうすればいい。

 『早く……メルのところ……に……』

 ――アイツが望んでいたのは、メルのところに連れて行かれること。

 その言葉から、全く別の真実が見えてきた。

 メルが玲菜の異変に気づいていて、それを説明できない状況だったら?

 無理矢理にでも地下室へ連れて行くしかない。

 簡単なコトなのに、メルがあえて念を押したのは、そのためだったのか。

 

 ※ ※ ※

 

 俺は玲菜を気絶させて、地下室まで運んできた。

 メルがいる魔方陣のそばに玲菜を寝かせると、メルが睨んでくる。


「緊急時とは言え、背後から殴るとは……次は許しませんよ?」


 メルの話さえ聞かない玲菜の説得は、最初から諦めていた。メルにできないものを、俺が出来るわけがない。

 玲菜を油断させ、ソードで後ろから殴りつけた。


「……まあ、俺と言うより、ソードがやったんだけどな……」


 俺の気持ちを察したソードが、自動で動いてくれたのだ。

 そのおかげで、一撃で気絶させられた。

 後が怖いが、緊急時なので許してもらおう。


「玲菜様が正常に戻られたら……そのように言い訳をしてくださいね」


 玲菜の無事がわかってか、メルは小さく笑みを見せた。

 メルの態度を見て、俺の中の疑惑が確信に変わる。


「やっぱり玲菜がおかしいって、気づいていたのか?」

「はい。魔力が不自然に揺れて不安定でしたから……本来そのような状態で、『体に異常』を感じないはずがないのです」


 たったそれだけの発言から、全てを見通しての行動だったようだ。


「やっぱりすごいな。メルは……」

「いいえ。それだけしかわからなかったので、あの場でなんの説明も出来なかったのです。指摘することで、玲菜様が暴走するかもしれませんし……」


 メルは玲菜に気づかれることなく、解決したかった。

 だから、何も言わずに、ここに連れてこようとしたんだ。


「で、玲菜の状況はわかったのか?」

「はい。何者かによって精神に割り込まれていますね。いつ玲菜様が術にかけられたのか、心当たりはありますか?」


 おそらく、スネークを逃がす前のあのやりとりの時だろう。

 俺の考えを聞いて、メルは頷いた。


「蛇のような顔……では、邪眼でしょうね。魔力を解放して無防備な状態になったのであれば、何を仕込まれていてもおかしくはありません」

「……元に戻せるんだよな?」

「はい。問題ありません。かかりやすいものは、解除も容易なはずです」

「よかった……」


 穏やかな顔で気絶している玲菜を見て、ホッと息を漏らす。


「しばらくお時間をいただけますか?」

「わかった。じゃあ――」


 ここで待っている、と言おうとしたが、体から急に力が抜けた。

 さきほど、メルに魔力を抜かれたことと、ここにくるまで少し力を使ったことで、疲れてしまっているのだろう。横になって休みたい。


「無理はしないでください、赤羽様。終わったらお伝えしますので、他の皆様と一緒に応接室でお待ちください」

「……わかった。そうさせてもらう」


 メルに任せておけば大丈夫。俺は勝手に安心していた。

 事件が起こったのはそれから一時間後。

 応接室で休んでいた俺の耳に、大きな爆発音が聞こえて来た。

 地下室にいる玲菜とメルの様子が気になり、俺と戸田、詩子は急いで地下室へ向かう。部屋の直前まで来たとき、中から勢いよく人が飛び出してきた。

 電灯の少ない夜の廊下で顔は見えない。

 俺たちと鉢合わせになった闖入者ちんにゅうしゃは、辺りを見回し、窓ガラスを割り、素早く窓枠に手をかける。窓から零れる月明かりが闖入者の姿を照らし出す。

 その姿に俺は大きな声で叫ぶ。


「れ、玲菜っ!」


 窓から外に飛び出そうとしていた玲菜が振り返る。

 瞬間、ゾクリと俺の全身悪寒が走った。月の光に照らされた玲菜の右の眼が、不気味に妖しい緑色を放っていたのだ。なんだあれは……

 眼を逸らしたくなるような無機質な輝きに、言葉をなくす。


「…………っ、春馬……み、見ないで…………」


 消え入るような玲菜の囁きが聞こえ、俺はハッと我に返る。

 玲菜はもう振り返ることもなく、窓から夜の闇に消えていった。

 キラキラと光る、一粒の涙を溢しながら……。


「玲菜っ! 待てよ!」


 窓から顔を出すが、全力に近い魔力を放出しているらしく、あっという間に見えなくなった。

 俺は急いで後を追おうとして、シャツを引っ張られる。


「先輩! 待ってください! 何があったんですか?」

「わかんねえよ! だけど、放っておけないだろ!」

「だったら、雪城先輩は私が『観察』で追います。先輩はメルさんのところへ向かってください。まずは話を聞くべきです」


 俺は拳を強く握る。詩子の言うとおりだ。

 玲菜は自分の意志でここを出た。

 考えもなしに玲菜を追っても、どうしようもない。


「玲菜にもしもの時は……『光の矢』で守れるのか?」


 詩子の得意な超長距離からの連続攻撃魔法。

 魔力を失った今の詩子でも、使えるのだろうか。


「完全な再現は難しいですが……足止めならできます。任せてください。先輩!」

「無理言ってすまない。時間稼ぎ頼んだぞ!」


 ニコッと微笑み、頷く詩子。

 俺は嫌な予感を噛み締め、メルの元に急いだ。

 

 ※ ※ ※

 

 地下室の中は派手に散らかっており、まるで戦いの後のようだった。

 そこに戸田も遅れてやってくる。


「うおっ! なんだこりゃ……」


 辺りを見回すと、魔方陣の傍にメルが倒れていた。

 俺はメルに近づき、声をかける。


「メル! 大丈夫か? 何があったんだ!?」

「……や、やられました。まさか、解除することで、本当の邪眼が発動するなんて……二重に邪眼を仕掛けられていたようです……」


 窓から飛びだす前に見たあの緑色の眼。


「……玲菜の眼がおかしかったのは、もしかして、その影響か?」


 メルはこくりと頷くと、ややふらつきながら、ゆっくり立ち上がった。


「おそらくは邪眼の刻印だと思われます。魔石の一種でしょうね」

「魔石? 眼の中に石を埋め込まれたのか?」

「そうなります。ここにある結界を利用して生み出された魔力の鉱石。それが魔石です」

「ちょっ、ここにある結界? どういうことだ?」

「……誰だかわかりませんが、この雪城家の結界に熟知した人間ということです。そうでなければ、ここの結界を利用した術式を組めるはずがありません」


 スネークがこの雪城家と何らかの関係があったと言うコトか。それとも……

 わからないことが多いが、詳しく聞いている暇はない。

 こうしている間にも玲菜に危機が迫っている。


「その魔石を取り除けば、玲菜は元に戻るんだよな?」

「はい。取り除ければ……ですが。下手に取り除こうとすれば、最悪、死んでしまいますし、よくても脳に障害を残してしまうでしょう」

「じゃあ、どうすれば……」


 俺の質問にメルは何も応えない。方法が思いつかないのだろう。

 しばしの沈黙後、俺は踵を返す。


「とにかく玲菜を捕まえてくる! 話はそれからだ!」


 考えていても答えがないなら、行動するしかない。

 俺は声を上げて、急いで向かおうとする。


「危ねえ! 赤羽!」


 戸田の緊迫した声が響く。

 振り返ると、メルが魔力の籠もった手をこちらに向けている。


「勝手に動かないでください。赤羽様……」

「なんのつもりだよ! 邪魔をしないでくれ!」

「玲菜様をどうされるおつもりですか?」


 メルの声はひどく低くて、殺気のようなものが感じられる。


「もちろん。助けるつもりだけど……」

「……どうやってですか? 魔石が眼に埋まっているのですよ?」

「わからない。だけど――」


 魔石を取り出す方法を提示できない俺に、メルは落胆の息を漏らす。


「方法がないなら……行かせられません。玲菜様を傷つけて欲しくないのです」

「ま、待てよ! それじゃ、スネークの言いなりになってもいいって言うのか?」

「よくはありません。ですが、玲菜様が傷つくことに比べれば……」


 冷徹とも思える冷たいメルの声。

 メルは玲菜が死ぬことが、何よりも問題だと考えているようだ。

 そして、現状から全ての状況を踏まえて、一番安全なのが、俺を止めることだと結論づけたに違いない。

 スネークが玲菜を殺す気だったのなら、最初から殺しているはず。

 操っているということは、生かしておく価値があると言うことに他ならない。

 つまり、差し迫っての命の危機はないと言うことだ。

 ――だけど、スネークは厭らしい目つきで玲菜を見ていた。

 玲菜が陵辱される姿を想像して、怒りがこみ上げる。


「玲菜がひどい目に遭ってる中で死ぬよりマシ。なんて思えるか!」

「……考えの相違ですね。私はそうは思いません。死んでしまったら、もう二度とやり直すことは出来ないのです」


 記憶が完全になくなるのであれば、それでも良いかもしれない。

 だけど、最後に玲菜が振り返った時、俺を認識していた。

 意識は多少ながらも残っているかもしれない。だったら、ダメだ。


「死ぬよりも辛いコトなんて、この世にはいくらでもあるだろ! 自殺したくなるようなトラウマを、植え付けられる可能性だってあるんだぞ!?」

「トラウマなんて、生きていてさえいてくれれば、何年かかってでも私が癒やします。それが五年前のあの日から、私に課せられた使命なのですから……」


 強い決意のある声だった。メルの本心を垣間見た気がする。

 五年前、メルは玲菜の両親を殺した。

 それからずっと、玲菜を守る事を第一の使命にしているのだろう。

 玲菜の命だけは何があっても守る。全ての悪を自分が背負ってでも……

 狂信的と思えるその理由に俺は納得――できない。

 今まで一緒に戦ってきた仲間。それは玲菜だけじゃなく、メルだってそうだ。

 メルにだけ何かを背負わせるような真似、させたくない。


「そんなの玲菜だけじゃなく、お前まで傷つくだろ! 仲間にそんな思いさせられるか!」

「……だったら、安全に魔石を破壊する方法を提示してください」


 成功する可能性、失敗するリスクを天秤にかけることもなく、メルは失敗するリスクのみを考えている。でも、どんな作戦だって、失敗するリスクはある。

 メルにはそこが見えていない。だとすれば、成功率を上げる提案じゃダメだ。

 失敗しない提案でなければならない。


「魔石を破壊する以外にも助ける方法はある。術者を倒せばいい!」

「……操られた玲菜様が邪魔をしてきます。それでも、玲菜様を傷つけずに術者だけ倒せますか?」


 確かに、玲菜を助けに行くと、操られた玲菜が襲ってくるだろう。

 玲菜を傷つけずに、スネークを攻撃するのは難しい。

 だけど、他に方法はない以上、やるしかないのだ。


「可能性があるなら、その方法に賭けるしかないだろ!」


 ため息をつき、メルはがっかりとした顔を見せる。


「……愚かですね。もっとも愚かな答えです」

「なにっ!」

「可能性の話をするなら、あなたが何もしなくても、このピンチを玲菜様が自力で対処されるかもしれません」

「――っ、今の玲菜がそんなこと出来るのか?」

「もちろん。でも、限りなくゼロに近いと思いますが……」

「だったら――」

「あなたの言っている話と、そう変わらないのではないですか? 希望的観測……という意味では」

「――っ」


 返す言葉を見つけられずに、グッと奥歯を噛み締める。

 メルは落胆を色濃く見せ、一歩踏み出した。


「痛めつけられてから諦めるのと、最初から諦めるのは、どちらを選びますか?」

「……いや、もう一つ選択肢はある。お前を倒すことだ」

「それが出来ると思っているのですか?」


 ルーミアやレンマースが同格以上に考えているメル。

 普通なら勝ち目なんてない。だけど、それは完全体での話だ。

 今のメルは、マトモな体を持っていない、魔力だけの存在。

 勝ち目はあると思う。だけど、問題はそこじゃない。

 魔力体であるメルをソードで攻撃したら、メルが消えてしまうかもしれない。

 そうなったら、玲菜を助けることができても、玲菜は決して喜ばないだろう。いや、むしろ、深く傷ついてしまうかもしれない。

 自分のせいでメルが消えてしまったと……

 ダメだ。力尽くでまかり通るわけにはいかないようだ。

 説得もダメ、力で押すのもダメ。

 あとは具体的なアイディアだが、そんなものは浮かばない。玲菜を傷つけずに、魔石を取り除く方法も、スネークを倒す方法も、何ひとつ。

 俺は苛立ちを隠せず、強く頭を掻いた。


「ああっ! もう! 玲菜を傷つけずに魔石をぶっ壊す方法。何かないのか!」

「ぶっ壊すだけでいいなら、俺の神器が使えそうだけどな……」


 いきなり話に入ってきたのは、ずっと黙っていた戸田。

 戸田は言って、胸元から首飾りネックレスを取り出す。

 ネックレスの固有能力は『破壊』。

 公園の地面を派手にえぐったあの力だ。あんなのを玲菜に向けて使ったら、魔石だけじゃなく、顔まで吹っ飛んでしまう。


「バカ言うな。あんな力を玲菜に向かって使えるわけないだろ!」

「だ、だよな……」


 戸田は苦笑しながら、言葉を濁した。

 意味のないアイディアを出したと気がついたのだろう。

 誰もが考え込み、言葉を無くしたところで、メルがハッとした顔を見せる。


「いえ、ネックレスの力、使えるかもしれません!」


 戸田の思いつきに、まさかメルが乗ってくるとは。

 しかし、どうやって使うのだろう。

 首を傾げる俺たちを見て、メルは言葉を続ける。


「『破壊』の力は、無機質なものにしか効果がありません。玲菜様を傷つけずに、魔石だけ破壊出来るかもしれないのです」


 以前、玲菜から聞いた話を思い出す。『破壊』は生物には効果がなく、戦闘には向かないと言っていた。


「じゃ、じゃあ!」

「はい……ですが、もしも、魔石が眼の中に埋まっていたら、『破壊』は発動しません」


 眼自体は生物であるため、その中にあると、魔石を破壊できないのだろう。


「埋め込まれている可能性は?」

「……ゼロではない。と言ったところでしょうか」

「だったら、いけるな……最悪、眼を切りつけて、魔石を表に出せばいい」


 玲菜の血塗れの姿が連想され、ゾクリと体が震える。

 メルの目つきがスッと細くなった。多分、メルも同じ想像したのだろう。


「……玲菜様を傷つける行為は、許さないと言いましたよね?」


 脅すようなメルの声。

 だけど、恐れるわけにはいかない。はっきり言うのだ


「メル。それは違うだろ。お前はさっき、玲菜がどんな目に遭おうとも、死ななければいいって言った。つまり、眼を失っても良いってコトだ!」

「――っ、そ、それはそうですが……」


 メルは自分の言葉を思い出し、表情を歪める。

 苛めているようで気まずい。俺は小さく咳を払う。


「そんな顔しないでくれ。俺だって、玲菜の眼を切るような真似はしたくない。それは最終手段だ」


 メルは何も言わない。返す言葉がないのだろう。

 ただジッと俺と視線を合わせていた。俺の決心を試すかのように。

 そこに、落ちつきなく詩子が入ってくる。


「先輩! 雪城先輩は街外れの廃ビルに隠れて――って、どうしたんですか?」


 見つめ合っている俺とメルを見て、詩子がキョトンとした声を出す。

 もう時間がない。もうすぐ玲菜は目的の場所につく。

 そこにはきっとスネークがいる。急がなければ。


「必ず玲菜を助けてみせる。信じてくれないか? メル」

「無理、ですね。……私はあなたを信じられない」


 目的も方法も覚悟も話したのに、ハッキリとした拒絶。

 がっくりと肩を落としそうになる。

 もう、やるしかないのか。

 ソードに手をかけようとした俺に、メルは小さく笑みを溢す。


「でも、きっと玲菜様はあなたを信じるはずです。ですから、私は玲菜様を信じます」

「メル……」

「玲菜様のコト。よろしくお願いします」


 メルは直角になるほど丁寧に頭を下げた。

 本気で玲菜を心配しているのが伝わってくる。


「もちろんだ。絶対に正気にもどして、連れ帰ってくる!」


 俺は急いで振り返り、戸田を見る。


「戸田! 悪いが付き合ってもらうぞ!」

「も、もちろんだ! お前を手伝うために俺はここに来たんだからな!」


 俺の言葉で戸田は明るい顔になった。

 慌てたそぶりで、詩子が声をかけてくる。


「せ、先輩っ! 私も行きます!」

「……詩子はここで待っていて欲しい」

「なんでですか? ほとんど台詞のない戸田先輩よりも、役に立ちますよ?」

「会話してるから! 裏でたくさん話してるから!」


 戸田は突っ込みつつ、期待した顔を俺に見せる。


「いや、そんなに会話をしている覚えは――」

「いらねえよ、その突っ込み! そうじゃねえだろ!」


 俺の記憶に残ってないだけで、裏で話しているのだろう。

 そもそも、台詞に関しては詩子もあまり変わらない。

 追求するとまずいコトになりそうだ。


「台詞がないのはともかく、詩子には『観察』で援護に回って欲しい。なにかあったらすぐに連絡してくれ」

「で、でも……」

「これはお前にしか出来ないことなんだ。頼む」


 詩子はキュッと唇を噛み締めると、笑顔で頷く。


「わかりました……先輩、くれぐれも気をつけてくださいね?」


 俺は戸田の腕を掴むとソードを解放する。

 全身から魔力が吸い出されていくような感覚だ。

 普段とは明らかに違う状態だが、そんなこと今はどうでもいい。

 一刻も早く、スネークの魔の手から玲菜を救うのだ。


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