第四十二話 それぞれの思惑
自分の思っていることは、だいたい一方通行。
相手が望んでいることとは概ね違っている。巻きこまないようにしたつもりが、逆に相手を怒らせる結果になってしまう場合もあるのだ。
俺はあの時、最善を選んだつもりだった。誰も巻きこまないで済むように、周りの人間達と距離を置こうと決めたんだ。
それが小学校からの付き合いである戸田とだって……
日射しで寒さの和らぐ昼過ぎ、人もまばらな公園で戸田と会っていた。
挨拶もそこそこに、戸田は神妙な面持ちを見せる。
「先々週の金曜日のこと……覚えているか?」
いきなりの質問に戸惑いながら、先々週の金曜日を思い出す。
確か、玲菜の家に初めて泊まった翌日。
「授業中に大きな地震があった日だよな?」
戸田はコクンと頷き、胸元から装飾の少ない首飾りを取り出した。
「……あの日、授業サボってたら、空からコイツが降ってきたんだ」
「なんの話だ……?」
首飾りが空から降ってくるって、どんなおとぎ話だよ。
「コイツのことがわからないのか? お前たちが集めているものだろ?」
集めていると言われて、ハッとして首飾りを凝視した。
「ま、まさか……神器、首飾りか!」
「正解。コイツから色々と話を訊いたんだぜ」
「そ、そうだよ……。ぼ、僕が、せ、説明したんだよ……」
急に声が聞こえてきて驚いたが、ネックレスの声だろう。
ずいぶんと卑屈そうなキャラだ。
ネックレスの声に頷く戸田。
「それでさ、話を聞いてるうちになんだかムシャクシャしちまって、つい『破壊』したってワケだ。大きな地震になって焦ったよな……」
戸田は冗談交じりの笑い声だ。笑っていい話なのか。
あの時、玲菜が校舎裏に出来た巨大な穴は、ネックレスの固有能力『破壊』の力だと言っていた。まさか、戸田が犯人だったとは。
しかし、どうして今頃になってバラしたのだろう。
「……俺を呼び出した理由はなんだ?」
「そんな警戒した顔するなよ。……前の日、お前が俺に『しばらく放っておいてくれ、巻きこみたくない』って言ったの覚えているよな?」
言ったような気がする。確か玲菜に『日常との決別をしろ』と言われて、戸田を巻きこまないように距離を置くと決めた時だ。
思い出していると、戸田が言葉を続ける。
「命を賭けた神器争奪戦――なんで相談してくれなかったんだ?」
魔法使いでもない相手に相談するコトではないけれど、それでも戸田は話して欲しかったのだろう。気持ちはわからないでもない。
だけど、あの時、巻きこまないと俺は決めた。
「……お前に相談するような内容じゃないだろ?」
俺の言葉に、スッと戸田の目が細くなる。
「それは雪城がいるからか? ……わかった。だったら、雪城と俺、どっちが頼りになるか、確かめてくれ」
「ほ、本気か? 玲菜にケンカを売ったらどうなるかくらい……」
「大丈夫だ! 俺がぶっ殺してやるから!」
感情がむき出しになっているらしく、戸田の目は血走っている。
ぶっ殺すとか、表現がかなり怖い。これは止めるべきだ。
「玲菜のところへは行かせない」
「お前、邪魔するのか?」
道を塞いだ俺を戸田がキツく睨んでくる。
戸田の感情に同調するように、眼の色が変わっていく。
なんだ、一体何が起こっているんだ。
「お、お前、なんだ……その眼は……」
「赤羽を助けなきゃ……俺が……」
俺のコトを心配しているはずなのに、戸田の目には俺が映っていない。
全く違う場所を見ているのだ。
そして、朧気な視線のまま、操られたように俺に殴りかかってくる。
一週間と言えど、様々な強敵と戦ってきた俺は、ただの高校生である戸田のパンチなど、止まって見えるようになっていた。
振りかざされた拳を軽く、その手で受け止める。
「やめろ! 戸田!」
「うおぉぉぉっっおおぉぉっ!」
拳を止めたことで、戸田はますますムキになった。
暴れるように叫びをあげ、何度もパンチを放ってくる。
それでも俺には当たらない。擦ることもなかった。
派手に騒いでいたからか、気がつけば野次馬達に囲まれている。
ケンカでもしていると思われているのだろう。
早く終わらせないと、色々とまずいコトになりそうだ。
しかし、戸田はこんな状況でもやめようとしない。
それどころか、胸元から首飾りを取り出した。
「そこまで邪魔するって言うなら、仕方ねえな……」
嫌な予感がした瞬間、爆音共に目の前の地面が大きく抉れる。
地震のような激しい揺れに、公園内は騒然となり、悲鳴があちらこちらから響く。
神器を発動させやがった。
「バカっ! 何やってんだよ!」
揺れはすぐに収まり、けが人もいないようだ。ホッと胸をなで下ろす。
だが、戸田はまだ終わらせる気はないらしく、ネックレスを強く握りしめている。また神器を使うつもりだ。
公園内から人気は消えつつあり、避難も始まっているが、これ以上長引かせて、被害を大きくするわけにはいかない。
俺はポケットにあるソードを強く握りしめた。
「なーにやってんのよ。アンタたちは……」
ふいに後ろからため息交じりの声が響く。
振り返ると呆れ顔の玲菜が立っていた。
「れ、玲菜!? こ、これは……」
言いよどむ俺を横目に、玲菜は肩を竦める。
「白峰さんからだいたいは聞いたわ。戸田がマスターだったんでしょ?」
先刻の宣言通り、詩子がここを『観察』していたようだ。
事情は説明する必要はないか。
「みたいだな。まさかって感じだが……」
「急いできた甲斐があったわ。結界張って人払いをしたり、避難させたりと、大変だったんだけど……って、アンタに言ってもしょうがないか」
玲菜はそう言って戸田の方をジッと睨む。
とても冷たい眼差し、まるで敵と遭遇したときのような顔だ。
「アンタは一体誰と手を組んだの? いえ、操られてるって言うべきかしらね」
「は、はあ? 俺がか?」
ネックレスをギュッと握りしめ、戸田が眉間にシワを寄せた。
「自覚なし、か。――捕縛するわね」
玲菜が落胆の息を漏らした瞬間、魔力が走り、戸田を襲う。
戸田の体は壊れたオモチャのように倒れ、動かなくなった。
「れ、玲菜! なんで……?」
「殺してないわよ? 動けなくしただけ」
玲菜は短くそう言うと、上空を睨む。
「そこに隠れてるんでしょ? さっさと降りてきなさい!」
独り言のようなに玲菜の叫び。
すると、唐突に人が姿を現した。
「よくわかったなぁ。魔力は消してたんだけどなぁ~」
神経を逆なでするような尾を引く喋り方。小学生くらい身長なのに横幅が異常に広く、百キロは超えているだろう。
小さな瞳の三白眼。口は横に裂けている。そこから時折見せる長くて細い舌。
蛇にそっくりな顔で、正直、見ているだけで気持ち悪くなってくる。
玲菜は動じることもなく、睨み付けたまま、口を開く。
「魔力だけじゃなく、視線も消しておくべきだったわね。で、何者なの?」
「げへっ、オレは魔技会のメンバーだぁ。スネークって愛称で呼ばれているぞぉ。よろしくなぁ~」
愛称という割に決して可愛くはない、見た目のままだった。
きっと周りからも気持ち悪い眼で見られていたのが想像できる。
玲菜は地面に伏している戸田を一瞬だけ見た。
「魔技会……通りでね。アンタがコイツになにかしてたんでしょ?」
「ぐへへへ。少し思考を曲解させて、オレの望む方向に誘導しただけだぞぉ。ほとんどがそいつの本心だけどなぁ~」
「あれが……戸田の本心……?」
おかしくなる前の言葉。あれは確かに戸田の言葉だった気がする。だとすれば、さっき暴れたのも戸田の意志だというのか。
「曲解って、簡単に言えば、好きなものを嫌いって言うってコトでしょ? そんなものは本心とは言わないわ」
戸田をフォローするかのような優しい言葉。
「玲菜……」
俺と視線を合わせた玲菜は小さく頷き、スネークを睨む。
「こんなゲスで下らないことして何が狙い? まさか、この街ってことはないわよね?」
「げへへっ。協会が完全に入り込んでいる現状で、奪うメリットはないだろぉ」
「アンタ風情の魔法使いが奪えるかどうかはおいといて……だったら、目的は何かしら?」
「げへっ。オレの目的はなぁ~」
厭らしいゲスな笑いを浮かべ、玲菜のコトをなめ回すように上から下に視線を動かす。その目つきは俺が見ていてもゾッとするものだ。
玲菜は一瞬、気持ち悪そうに体をよじるが、すぐに強気な顔をする。
「なるほど、ゲスの考えることはやっぱりゲスよね。けど、残念だったわね。アンタ程度にどうにか出来る私じゃないわよ?」
玲菜の脅し文句を聞いても、スネークはニタニタと楽しげに笑う。
余裕でもあるというのか、非情にムカつく仕草だ。
俺はポケットからソードを取り出し、玲菜の横に並ぶ。
「アイツを倒せば、戸田は元に戻るのか?」
「……さあ。だけど、アイツが術者なら、可能性はあると思うわ」
「わかった、あとは俺がやる。お前は戸田の面倒を――」
言って構えようとしたところで、玲菜が俺の手を掴む。
「なに言ってるのよ。さっきは手も足も出なかったじゃない」
「それは……って、それは話が別だろ!」
俺が手を出せなかったのは戸田にであって、スネークにではない。
戸田を操っていた相手なら、俺だって遠慮なくやれる。
俺がそう言うよりも先に、玲菜は真摯な眼差しを向けてきた。
「アイツがどんな方法で、戸田を操っているのかわからない。アンタじゃ戸田のようになるかもしれないのよ」
「……それはお前も同じじゃないのか?」
「あのね、私は自己防衛くらい出来るわ。魔力による操作なら効かないわよ……たぶんね」
「たぶんって……」
「とにかく、私を信じて任せて、春馬! ……アンタはそこで見てなさい!」
まっすぐに玲菜は俺を見ていた。俺を心配するような顔つきだ。
確かに俺まで戸田のように操られてしまうかもしれない。
任せておいた方がいいのか。
「わかった。だったら、よろしく頼むよ。お前に任せた」
「いい心がけね。任されたわ」
玲菜はクスッと肩を竦めて笑うと、そのままスネークに近づいて行く。
※ ※ ※
二人の戦いはあっけなく幕を閉じた。
スネークの攻撃を玲菜が避け、カウンターが決まったのだ。
「ま、待て! 待ってくれぇ! 俺が悪かったぁ~!」
スネークはボールのように転がり、呆れるほど惨めな顔をして降参した。
わざと負けたのではないかと思うくらいの弱さだ。
玲菜は倒れている戸田をチラリと見ると、肩にかかった髪を払う。
「賢明な判断ね。さっさと戸田を解放しなさい」
「そ、そんなこと言って、そいつを解放したらオレを殺す気だろう?」
「いいからさっさとやりなさい! アンタを殺すって方法を試してもいいのよ?」
玲菜は右手に魔力を溜め、一歩前に踏み出そうとした。
脅されたスネークは脅えた顔で戸田に向かって、なにかを念じる。
すると、戸田の体が小さく跳ねた。
「げへへへっ、術は解いた……約束どおり、見逃してもらうぞぉ?」
戸田に近づき、玲菜が探るようにジッと眺めた。
玲菜に見つめられた戸田は、我に返ったような表情を見せる。
「あ、あれ……俺……」
その声を聞いて、玲菜はホッと息を吐き、スネークに視線を戻す。
「約束を破るようなバカでなくて安心したわ」
「と、当然だろぉ? そ、そっちも約束ぅ……守ってもらうからなぁ?」
スネークは脅えた様子で体を震わせていた。
でかい口を叩いていたのがウソのように、完全に玲菜に媚びたようなあまりにも情けない様子だった。玲菜が見下げたように息を漏らす。
「約束なんてした覚えないけど……まあいいわ。さっさと行きなさい。だけど、もう二度とこの街に足を踏み入れないで? いいわね?」
「に、逃がしてくれるなら、その危なっかしい魔力を引っ込めろよぉ……」
「はあ? なんでよ」
「そんなに全身に魔力を帯びたままだと怖いんだよぉ。俺が振り返った瞬間、後ろから殺すつもりだろぉ?」
「……ばっかじゃないの。なんでアンタ風情を……」
玲菜はぶつぶつと何かを言っていたが、諦めた様子でため息を吐く。
目の前で脅えて、ガタガタと震えているスネークが面倒になったのだろう。
脱力するように全身の魔力を解放する。
「これでいいわね? さっさと私の前から消え――」
玲菜はそう言いながら、スネークを見た。
その瞬間、玲菜の体がほんの少し揺れる。二人の視線が一瞬交わったのだ。
スネークの口角が上がる。今まで見た中で一番邪悪で陰険な顔に思えた。
強烈に不安が広がり、俺は急いで玲菜に近寄る。
スネークはそれを契機に、俺たちの前から急いで逃げていく。
「待ちやがれっ!」
逃がしてはいけないような気がして、俺は後を追おうとする。
しかし、玲菜が両手を広げて遮った。
「ダメよ! 行かないで!」
「な、なんでだよ……」
「逃がすって約束したからよ! だから追わせない!」
「でも、今、何かされただろ?」
「…………え? 別になんともないわよ?」
一瞬呆けながらも、すぐに体をよじったりして、自分の状態を確かめて玲菜はハッキリと答えた。気のせいだったのか。
安堵しつつも、スネークを逃がしてしまったことがひっかかる。
戸田を操っていたこともあるし、面倒な能力を持っているのは確かだ。
殺さないまでも、きちんとけりをつけておくべきだったのではないだろうか。
「よかったのか? 逃してしまって……」
問いかけの意味がわからないといった様子で、一瞬キョトンとする玲菜。
だけど、すぐにハッとして、さらさらの髪を払う。
「別に構わないわよ。あの程度の相手。それに逃がした方が良いのよ」
「逃がした方がいい? なんでだ?」
「なんで……? って、あれ? どうして私……?」
玲菜は自分の言葉に少し困った顔を見せて考え込む。
「おい、玲菜?」
「ううん。なんでもないわ。約束したのは間違いないし、多分気のせいよ」
「そ、そうか……?」
非常に気になる態度だが、玲菜の表情はスッキリとしたものだった。
そんな時、後ろからいきなり足音と声がする。
「はぁっ、はぁぁっ…………あ、あれ? もう終わりましたか?」
振り返ると、詩子が辛そうに肩で息をしていた。
「詩子!」
「……もう、雪城先輩、置いて行くってひどいです……」
魔力がほとんどない詩子は、走ってきたようだ。
「なに言ってるのよ。待ってなさいって言ったじゃない」
「えー、でも……気になったし……」
詩子は不満げに口を尖らせた。
話が途切れたところで、玲菜は戸田を一瞥する。
「もう元に戻ってるわよね? 大丈夫?」
戸田は状態を確かめつつ、ゆっくりと立ち上がった。
憑きものが取れたのか、穏やかな顔をしている。
「あ、ああ。すまない。助かった……」
戸田は俺をチラッと見て、恥ずかしそうに顔を赤らめ、眼を逸らす。
なんだ、その恋する女子中学生みたいな反応は。俺の方が気になるだろ。
そんな俺たちの様子を見てか、玲菜がポンと手を叩く。
「さっきはずいぶん、熱いことを言っていたけど、覚えてるの?」
「そ、それは……」
チラッチラッと戸田が俺を見る。だから、その視線はやめろ。
玲菜はフフンと邪悪に笑う。
「覚えているようね。確か、私をぶっ殺すとか? ……やってみる?」
「や、やってみねえよ! 忘れてください……」
やたら挑戦的な顔の玲菜に、戸田は青ざめて頭を下げた。
「忘れてもいいけど……神器は返してもらうわよ?」
「ゆ、雪城……」
思いがけない言葉だったらしく。戸田が玲菜を凝視する。
「なによ。当然でしょ? ソードを使ってない春馬に攻撃が当たらないんだもの。いても役に立たないわ」
その通りなのだが、少しは言葉を考えてやるべきだろう。
戸田がうなだれてしまった。玲菜が不満げな顔で俺を見る。
「春馬だって、戸田に頼ろうとは思ってないのよね?」
戸田がどう考えていようが、巻きこむわけにはいかない。
俺が頷くと、戸田は唇を一度強く噛み締めた。
それから貼り付けたような作り笑いを浮かべ、ネックレスを外す。
「そ、そうだな。わ、わかった。これ渡す――」
「戸田先輩、それでいいんですか! 本当は先輩の力になりたいんじゃないんですか?」
それを邪魔したのは、まさかの詩子だった。
詩子は少し怒った様子で俺に詰め寄ってくる。
「戸田先輩は異性に対しては、いい加減で適当でクズでどうしようもないですけど……」
「あれ? 俺、もしかして、貶されてる?」
「でも、同性に対して同じだとは思いません! だって、戸田先輩が仲良くしている男子なんて、先輩くらいじゃないですか?」
確かに戸田が俺以外の男と仲良くしているとこなんて知らない。
「……それは女の相手が忙しくて、男に構ってる暇がないとか、だろ?」
「違いますよ。だって戸田先輩が先輩を見る目って、○モぽくて気持ち悪いと、いつも思ってたんですから……ホ○みたいで」
「それ伏せ字にした意味ないからな! っていうか、戸田って俺のコト、好きだったの!?」
「そんなわけあるか! 絶対に違うから安心しろ!」
詩子も戸田とは付き合いが長い。
俺と戸田をどんな眼で見ていたのだろう。
「とにかく、あの質問は本心だったと思います。自分を頼って欲しいと……恥ずかしいからって、このまま黙っているつもりですか?」
詩子はまっすぐ戸田を見つめる。思い込んだ強い眼差しだ。
しばし考え込んだ戸田は、不意に自分の頭を激しく掻く。
「かーっ、ウジウジしてんのも俺らしくねえな……そうだよ、知りてぇよ。俺を頼らない理由、聞かせてくれよ?」
「頼らない理由なんてたった一つだ。前にも言ったけど、巻きこみたくない」
「……な、なんだよ。その理由。それだけなのか?」
俺の答えに戸田の体がプルプルと震えた。
最善の答えだと思っていただけに、首を傾げてしまう。
「……? もちろんだけど……」
「ふざけるなよ! 俺が巻き込んで欲しくないって、お前に頼んだのか?」
当然のように巻きこまない方がいいと思っていた。
玲菜の決心を訊いて、それは間違いないことだと思ったんだ。
「言ってないけど、危険なことに巻きこみたくないってわかるだろ?」
「わかんねえよ! でも、お前は親友が困ってる時に巻き込まれなくて良かったなんて思うのか? 思わねーよな、俺だってそうだよ!」
論点がずれているが、玲菜とは全く違う方向からの意見に、俺は言葉をなくす。もしも、逆の立場だったら……戸田が危険な目にあっているなら、力になりたいと思ったはずだ。
「むしろ巻き込んでくれよ……お前の力になれるんだったらな!」
付け足された戸田の言葉にズキッと心が痛む。
同じ事を思ったからだ。
「すまない……」
思わず出た俺の謝罪に、戸田はホッとした顔を見せる。
でも、俺はそこで言葉を止めない。
だって、戸田を巻きこむ気はないのだから。
「でも、お前を頼るわけにはいかない。巻きこめば、お前が死ぬかもしれないんだから!」
俺と戸田は視線をぶつけた。どちらにも譲れない言い分がある。
しばしの沈黙の後、面倒くさそうに玲菜が口を出す。
「春馬の言う通りよ。戸田の腕じゃ、魔闘師とぶつかったら確実に死ぬわ」
「け、けど……俺は……」
玲菜の付け足しに、戸田は俯く。
どんなに言葉を並べても、その事実は絶対に変えられないと思ったのだろう。
それを横目に詩子が俺に話しかけてくる。
「先輩? 死ぬのは誰だって怖いです。でも、でもですね……もっと怖いことがあるんですよ。なんだと思います?」
「……嫌われることとか言う気じゃないだろうな? そんなの――」
俺の言葉に詩子は首を横に振る。
「いえ、それももちろん嫌です。でも、もっと辛いのは無視されることなんです。相手にされなくなるのが一番怖いんですよ?」
まるで実体験のように思い詰めた顔で詩子は呟く。
「……詩子?」
「頼りにされないというのは、無視されているのと同じです。……それは、一番悲しいことだから……」
巻きこんだら傷つけることばかり考えていた。
でも、巻きこむコトで関係がより深くなることもある。俺と玲菜がそうであるように、戸田も関わって親交を深めたいのだろう。
頼らないのは無視するのと変わらない。確かにそうかもしれない。
さきほど教会で、玲菜が伊勢島との戦いに巻きこまないように、俺を遠ざけようとしたのを思い出す。自分の無力さを痛感させられ、気分が悪かった。
それと同じコトを戸田にしていたのか。
嘆息を吐くと、俺は改めて戸田を見た。
「わかった。だったら、お前の力を貸してくれ。明日中になんとかしなければならないコトがあるんだ」
「お、おう! お前のためなら、なんでもするぜ!」
嬉しそうにはにかみ戸田は笑う。
そこで、玲菜がなぜかジトリとした視線を突き刺した。
「なんでもね。そう、だったら――死んでくれるかしら?」
「ちょ、ちょっと……雪城さん?」
突然の死刑宣告に戸田が驚いている。
玲菜は冗談を言っているような様子でもない。
眼は凍てつくような寒さを持っていた。
「私、思い出したの。先々週の金曜日、穴を調べているとき、アンタ、屋上の手すりを『破壊』して、私を殺そうとしたわよね?」
「はあ? なんだよそれ……そんなの俺、知らないぞ……?」
「白々しいわね。とぼける気なの?」
「いやいや、本当だって。俺じゃない。だいたい、俺、あの穴を開けてから一度もネックレスの力、使ってないんだから……」
「そ、そうなの……?」
自分の思惑が外れたからか、玲菜が腕を組み考え込んだ。
そんな玲菜の態度に戸田も首を傾げる。二人を見ていた詩子が口を開く。
「戸田先輩の言っていることは本当です。二度も三度も使っていたら、私が正体に気づいていたはずですから……」
その通りだ。詩子には『観察』がある。
戸田が何度も使っていたら、すぐに見つけていただろう。戸田は白だ。
「そもそも、あの手すりを壊したのは私ですし……」
「ふーん、そうなのか。――って、はあ!?」
さらっと出た驚きの告白に俺は思わず目を瞬いた。
そんな俺の態度を見て、詩子はニコッと微笑む。
「そりゃあ、二人っきりであんな怪しい場所にいたら、邪魔したくなりますよ」
色々と謎だったことがわかったような気がした。
あの日の昼休み、急に詩子が誘いに来たのも、おそらく『観察』で玲菜との用事があるのを見ていたのだろう。
だから、あんな話題を持ちかけて、俺に疑惑を持たせたに違いない。
あの言葉のせいで、俺は玲菜を疑いそうになったわけだが。
俺の知らないところで、色々な思惑が動いていたようだ。
話を聞いていた玲菜が険悪なため息を吐く。
「なんで、いつも白峰さんって、私を目の敵にするの?」
「……え? 雪城先輩が目障りだからに決まってるじゃないですか」
「め、目障りって……戸田と一緒にぶっ殺されたいの!?」
「まだ誤解は解けてないのか!」
「誤解は誤った解が出てるんだから、解けるわけないじゃない!」
「なんだよ。その超絶理論は……」
そんなやりとりを横目で見て、俺は詩子に話しかける。
「ありがとうな、詩子。お前に言われて目が覚めたよ」
「いえ、どんな状況であれ、頼りにされないのは辛いことですから。戸田先輩は……先輩から頼りにされたかっただけだと思ったんです」
「珍しいな。詩子が戸田を庇うなんて……」
「違いますよ! 戸田先輩を庇ったんじゃありません! ……だって、私もそうだから……」
「詩子……」
もしかすると詩子も自分を頼って欲しくて、頑張っているのかもしれない。
そう思っているからこそ、戸田の気持ちがわかったのだろう。
納得していると、玲菜が詩子を睨んでいることに気がついた。
「いい感じにまとめようとしてるけど、どんな理由があっても、私を殺そうとしたことは許されないわよ?」
「別に雪城先輩に許してもらう気はありませんよーだ」
詩子は強気にあっかんべーと舌を出す。
そんな詩子に玲菜はキィーと声を上げた。
「戸田と一緒にぶっ殺す!」
「もうそのネタ勘弁してくれ!」
戸田の悲しげな突っ込みが辺りに木霊した。
なんとなく普段より玲菜の口が悪い気がする。
でも、戸田を相手にだとこんなものか。
どこかで引っかかっている嫌な感情を振り払うように、強く拳を握る。
人の気配が戻ってきた公園の地面に、夕陽が俺たち四人の影を長く伸ばす。
ようやく四人が揃った。魔闘師との最終決戦は目前だ。