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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
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第四十一話 三百年前からの因縁

 雪城家の結界は、魔闘師によって施された術式に浸食されている。

 術式は街の四ヶ所に配置されており、それぞれの距離は遠い。

 おまけに一つを破壊しても、他の術式が一時間ほどで修繕してしまうというたちの悪さだ。今の戦力は俺、玲菜、詩子の三人。

 術式を完全に破壊するには、あとひとり必要になる。

 他に頼れる相手もなく、俺たちは諏訪が根城にしている教会に向かっていた。


「詩子、相当怒っていたな……」

「しかたないでしょ。偵察も大事なことよ?」


 詩子にはバレッタの『観察』を使って、街全体に広がる術式と魔闘師の動向調査をお願いしたのだが、ついてきたかったらしく相当ゴネられた。

 玲菜が強引に説得していたが、後が恐い。

 これで諏訪が手伝ってくれなかったら、踏んだり蹴ったりになりそうだ。


「正直なところ、諏訪は力を貸してくれると思うか?」

「ふっ、愚問ね。絶対に無理だと思うわ」


 非常に哀しい返事。だけど、俺も同じ意見。

 諏訪が力を貸してくれるとは思えない。

 確認だけなら電話でも済みそうだが、何度電話しても諏訪に繋がらなかった。

 しかたなく、直接向かっているというわけだ。


「変なヤツもうろついているみたいだし、早めに解決したいわ……」


 重い空気の中、玲菜がぼそりと呟く。

 ――変なヤツ。

 レンマースたちが帰る前に言っていた話を思い出す。

 

 ※ ※ ※

 

 神器の復活が終わり、ルーミアが魔界へのゲートを開いた。

 そのまま帰るかと思ったら、レンマースが振り返り、玲菜を見る。


「この街からボクたちの世界に何度もやってくる女がいて迷惑してるんだ。悪いけど、やめさせてもらえないかな?」


 急な依頼に玲菜が首を傾げた。


「……そいつが魔界でなにをしたの?」

「契約をして帰るんだよ。そのせいで両方の世界に、奇妙な力を持った奴が現れ始めている。このままだと、とんでもない化け物が生まれるかも知れない」


 異世界で力を手に入れて化け物になる。どこかで聞いたことのある話だ。

 異形となった相澤の姿を思い出す。


「まさか! それって……悪魔契約か!?」


 俺は思わず、二人の会話に割り込んだ。

 逡巡した玲菜が頷く。


「放ってはおけない問題ね」

「やってくれるのか! よかった……後始末が面倒だなって思ってたんだよ!」

「そっちの心配? ……で、相手はどんな奴なの?」


 玲菜の質問にレンマースは腕を組んで少し考え込んだ。


「長めのきつい茶髪の女で、露出の激しい服を着ていたな……」


 あまりに朧気な人物像。だけど、それでも心当たりがあった。

 下水路で会った魔界への扉を回収しに来た女だ。

 今まですっかり忘れていたが、考えてみれば怪しい。


「俺から神器を奪おうとしたあの女じゃないか?」

「そうね。私もそう思うわ……やっぱり、いけ好かないヤツだったわね」


 下水路で初めて会ったとき時から、玲菜はあの女を嫌がっていた。

 過去になにか因縁でもあったのだろうか。覚えていないほど、遠い昔に……

 考え込んでいると、レンマースが俺に視線を向けてくる。


「相手は強大だ。できれば、お前も手伝ってくれると助かる」


 あの女が何を企んでいるのかは知らないが、この街に害を出すのであれば、いずれ玲菜とぶつかる。そうなったら放ってなんかおけない。


「任せとけ! 言われなくてもそのつもりだ!」


 その返事を聞いて、レンマースが嬉しそうに笑った。

 顎の下に手をおいて玲菜がなにか考え込んでいる。

 表情があまり優れない。


「玲菜、どうしたんだ?」

「悪魔契約の犯人……アレって諏訪じゃなかったのね……」

「あ……」


 完全な濡れ衣だったようだ。

 あの時、追いかけて追求しなくて本当によかった。

 俺と玲菜は顔を見合わせて苦笑する。

 

 ※ ※ ※

 

 そんなことを思い出しているうちに、教会が目前に迫ってきた。

 教会は繁華街や住宅街からも離れた場所に立っており、ひっそりと佇んでいる。

 妙な重圧感が否応なしに押し迫ってきた。

 その時、突然、教会から激しい爆音が聞こえてくる。俺と玲菜は顔を見合わせ、慌てて近づく。建物の右側が無残に吹き飛んでいた。

 玲菜ともに教会に躍り込むと、内装はほぼ全損のひどい状況だ。

 だが、それよりも、眼を奪われたのはそこにいた人物。


「あ、相澤――っ」


 俺の声に気がつかないほど、相澤の目は血走っていて、正気を感じさせない。

 その姿はすでに異形になっており、諏訪の胸ぐらを片手で捕まえていた。

 諏訪の体は全身が傷だらけの血まみれで、ぐったりとしている。

 どう見てもまずい状況だ。

 その隣には、見覚えのある女の姿があった。


「あら、誰かと思えば、君たちか……」


 女は俺たちに気がつくと楽しげな笑みを浮かべる。下水路で会った女で、おそらくレンマースが言っていた女でもあるだろう。

 まさか、いきなり会うとは思わず、嫌な汗が吹き出す。


「なにをしてるんだ?」

「ここが手薄になったから、魔闘師を呼び寄せるポータルを破壊しに来たんだよ。魔闘師が次々に来ると邪魔だよね?」


 女はまるで友だちのように馴れ馴れしい言葉遣い。

 さわやかな美人で、可愛らしい笑顔。そして、露出の高い服装。ビッチだ。


「……春馬、鼻の下が伸びてるわよ?」


 ハッとして、俺は鼻の下を抑えた。

 俺を玲菜がジロッと一睨みし、一歩前に出る。


「そいつを助けに来たわけじゃないのね?」


 玲菜はそう言って、俺たちにまるで反応を示さない相澤を指さした。

 相澤をチラリと見て、肩を竦める女。


「それはついで。邪魔なポータルを破壊しに来たら、彼が捕まってたみたいな感じだね。けど、助かったよ。彼のおかげでポータルも無事に壊せたし……」


 飄々と返事をする女。その態度がやけに鼻につく。

 諏訪をこんな目に遭わせておきながら、全く悪びれていないのだ。


「だったら、諏訪から手を放せ! もう戦えない状態だろ?」


 女はクスッと笑い、相澤に視線を送る。

 すると相澤はスッと手を放した。

 諏訪の体は、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「それもそうだね。目的もすんだし、わたし達は帰るよ」


 もう興味を無くしたという様子で、女は踵を返す。

 相澤は黙って、女の後に続く。


「待てよ!」


 俺は咄嗟に声を出し、女を引き留めた。

 キョトンとした顔で女が振り返る。


「……なに? まだなにか用?」


 この女がレンマースの言っていた人物なら、逃がすわけにはいかない。

 それにまったく反応を示さない相澤の様子も気になる。


「……相澤はどうしたんだ?」


 俺の質問を受けて、女が相澤に視線を向ける。


「これ? ああ、それはそこの男に聞きなよ。おかしくなったのはそいつのせいなんだから……」

「ど、どういうことだ?」

「契約済みの悪魔を無理矢理に引き離そうとしたから、ますますこの体に定着した。そう言う話よ」

「もう相澤の意識はないのか?」

「さあね。でも、どっちでもいいんだ。わたしが声をかければ、彼は大人しく言うことを聞いてくれるんだからね」


 そう言って女が手をスッと伸ばすと、相澤が俺に敵意を向けてきた。

 本当に女の言いなりになっている。


「戦う気なのか?」


 俺は問いながら、ポケットからソードを取り出す。

 それを見て、女は目を丸くした。


「そうか、これが力を取り戻したってコトは……そういうコトか……」


 伊勢島はそう言ってキランと光る指輪を取り出す。

 どこかで見たような指輪――


指輪リングか!」

「ふふ、正解。神器だよ。そいつから奪い取ったんだから、わたしがマスターね」


 女は諏訪に視線を向けた。信じられない事実。

 まさか、諏訪が隠し持っていたというのか。

 それで全部揃えろとか言って、実にふざけた話だ。

 今度問い詰めてやろう。


「神器を手に入れるために魔界を行き来して、悪魔契約をさせているのか?」

「それだけじゃないよ。戦力増強、人体実験……理由は色々だね」


 女は少し考えた顔。

 その返事はまるで、この街を混乱に陥れようとしているかのようだ。

 俺はゴクッと息を呑み、ソードを握りしめる。


「なんのために、そんなことしてんだ!」

「この土地を支配するためだよ。ううん、返してもらうって言うべきかな?」


 女は視線を玲菜に向け、イタズラっぽい顔で笑う。

 玲菜が眼を丸くして、驚愕した表情を見せる。


「――っ! ま、まさか……あなたは――」

「わたしの名前、思い出した?」

「――伊勢島いせじま さくらっ!」


 玲菜は鬼のような形相で叫んだ。どうやら知っている相手のようだ。

 以前、見覚えがあると、玲菜が言っていたのを思い出す。


「ふふふ、この間は知らぬ顔をされて、お姉さんは悲しかったぞ?」


 女――伊勢島は玲菜の態度を見て、クスッと笑った。


「ふ、ふざけないで! なんで……なんでっ、なんでこの街にいるのよっ! 散々探したのに……」

「機会が巡ってきたから戻ってきたんだよ。鉄壁無双の雪城家の結界が壊れるなんて、こんなチャンス逃すはずがないでしょ?」


 眉間にシワを寄せ、ギリっと玲菜の奥歯が鳴る。

 伊勢島はこの土地を狙っているようだ。それもかなり昔から。


「なあ、アイツとどんな関係なんだ……?」


 俺の質問に玲菜は顔を歪め辛そうに話してくれた。

 五年前のあの日、まだ幼かった玲菜は伊勢島の口車に乗って、地下の魔方陣に手を加えてしまった。そのせいでメルが暴走したらしい。

 懺悔するように玲菜が言葉を続ける。


「あの魔方陣が、メルに多大な影響を与えるなんて知らなかった……たった一本線を書き換えるだけで、どうなるかなんて……考えもしなかった……」


 口惜しげな顔をして玲菜は俯いた。

 そうか、だから、ルーミアが魔方陣に書き込みをしているの見て、玲菜が嫌な顔をいたのだ。またなにか妙なコトになるかもしれないと。

 そこまで考えて、おかしな話だと気がつく。

 幼かったとはいえ、玲菜が知らないことを他人である伊勢島が、なぜ知っていたのだろうか。


「なんであいつが、そんな重要なことを知ってたんだ?」


 玲菜はさっきよりも、さらに深く思い詰めた顔を見せた。

 強く唇を噛み締めると、俺にゆっくり視線を戻す。


「……雪城家は、三百年前からこの土地を管理している」


 前に訊いた当然知っている話。別に驚くことでもない。

 俺が首を傾げると、玲菜は小さく息をつく。


「……その前に、管理していた一族がいたってこと……」


 『この土地を返してもらう』と伊勢島が使った妙な言葉が頭に響き、ザワッと全身の毛が逆立つような気がした。

 それじゃあまるで――


「ま、まさか……?」

「そう。伊勢島家は雪城家以前の管理人マスターよ……」


 そういうことだったのか。

 二人は戦うことを宿命づけられた存在だったようだ。

 だったら、なおさら、ここで捕まえて因縁を断ち切っておくべきだろう。

 覚悟を決め、ソードを掲げると伊勢島が俺に目を向ける。


「意識してなかったけど、あなたもわたしの敵ってコトでいいのかな?」


 瞬間、心臓がギュッと掴まれたような気がした。

 今まで感じられなかった殺気を放たれたのだろう。

 玲菜はこんな相手と向き合っていたのか。


「そんなはずないでしょ! コイツは関係ないから、手を出さないで!」


 玲菜が声を出すと、心臓を捕まれていたような感覚が一気に無くなった。

 伊勢島の眼が緩やかになっているのだ。


「そう。だったら、あなたからもよく言っておいてね。邪魔するなら手加減はしないから……」


 玲菜はコクンと頷き、ホッと安心した素振りをする。

 なんだか、蚊帳の外に追いやられたような気分。玲菜は俺を巻きこまないようにしているようだ。


「ちょ、ちょっと待てよ! 勝手に話を進めるな!」

「……いいのよ。これは雪城家の問題。春馬には関係ないわ」


 確かに俺と玲菜が手を組んでいるのは、神器に関することだけ。雪城家を守るためではない。だけど、だからって、放ってなんかおけない。


「ふざけるな! 今さら無関係とか言われて納得できるか!」

「け、けど……っ、私は巻きこみたくない!」


 玲菜が強い眼差しを向けてくる。本気で俺を関わらせたくないのだろう。

 ここで『玲菜の力になりたい!』と言っても、逆効果だ。

 玲菜以外を理由にしなきゃいけない。――そこで思い出した約束。


「俺はレンマースと約束した。お前を手伝うって、一緒に解決するって……だから、俺にも関わらせろ!」

「は、春馬……」


 玲菜は困った表情で眼を細めた。レンマースとの約束なんて持ち出されたら、どう返事すればいいのかわからないのだろう。

 伊勢島が小馬鹿にしたように、パチパチと手を叩く。


「すごいすごい、見事な、友情? いえ、愛情かな……なんにせよ、雪城家を守るために、わたしの敵になるってことだよね?」

「当たり前だ。玲菜と雪城家は俺が守る!」

「そっか、わかったよ。だったら、二人ともわたしの敵。覚悟してね?」


 その瞬間、伊勢島の魔力が一気に吹き出す。

 抑えていた魔力が爆発したような感じだ。諏訪……いや、神条クラスか。

 どれだけ魔力を持っているんだ。背中に冷たい汗が流れ落ちた。

 折れてしまいそうな気持ちを押さえ込み、俺はすぐに構えをとる。

 しかし、伊勢島は辺りをキョロキョロと眺めると、魔力を解き放った。

 そのまま踵を返し、立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待てよ! ここまできて逃げるのか?」

「そろそろ魔闘師がやってくるんだよ。――それに、今戦うメリットないから。土地を奪われかけた状況じゃ、ね……クスッ」


 玲菜が苛立ちを隠さず、睨み付けた。

 今、玲菜からこの土地を奪っても、魔闘師が関わってくる。

 ならば、戦いが終わって、消耗したところを狙った方が効率はいい。


「漁夫の利を狙ってるのか。最低だな……」

「賢いって言ってよ。魔闘師を追い出せたら、また来るから安心して。その方が気兼ねなく殺し合いできるでしょ?」


 殺し合いという言葉に、俺はたじろいでしまう。

 そんなことを考えてはいなかった。

 だけど、玲菜が俺の代わりに前に出る。


「わかったわ。その首洗って待ってなさい。絶対に後悔させてあげるから!」


 玲菜の答えを笑顔で受け取ると、伊勢島と相澤はその場を去った。

 最後までなにもしゃべらなかった相澤が気になる。

 もしかして、レンマースの言った『とんでもない化け物』になる兆候なのだろうか。そんな心配が頭を駆け巡っていく。

 

 ※ ※ ※

 

 雪城邸の数多くある客室の一つに俺たちはいた。

 連れ帰ってきた諏訪に玲菜が治療を施すと、一時間ほどで目を覚ます。

 諏訪は辺りの状況をゆっくりと眺め、玲菜に視線を向ける。


「まさか、お前たちに助けられるとは……人助けはしておくものだな」

「減らず口ばかりね……けど、珍しいわね? アンタがやられるなんて」

「そう言うな……私も万能ではない。それだけのことだよ」


 いつもと変わらない諏訪の様子だが、その声には覇気が無かった。

 体はまだ本調子ではないようだ。

 言葉を探していた玲菜だったが、不意に眉間にシワが寄った。


「――って、思い出した! なんでアンタが神器を持っていたのよ! 反則じゃない!」

「……おや? 私が手に入れないとは言っていないが?」


 怒り顔の玲菜に対して、諏訪は冷静そのもの。

 自分は全く悪くないと言った様子だ。玲菜が逆にたじろぐ。


「そ、それはそうだけど……だったら、持ってるって言いなさいよ!」

「最後のボスとして面白い趣向だろ? ま、もう奪われてしまったがね」

「やっぱり、アンタはそう言うヤツよね……」


 玲菜は深くため息を吐き、腕を組んだ。言うだけ無駄と思ったのだろう。

 しばらく押し黙り、諏訪が玲菜に改めて視線を向ける。


「そんなことより、わかっているのか? あの女は――」

「言われなくてもわかってる。すでに宣戦布告済みよ」

「そうか。ならば、なにも言うまい……」


 満足げに諏訪が頷く。

 玲菜が伺うように、こちらを盗み見る。


「悪かったわね……私の先祖のいざこざに巻きこんじゃって……」

「巻きこんだとか言うな。お前の問題は、俺たちの問題だろ。手を組むって言うのはそういうコトだ。解決しなきゃいけない問題なら、二人で乗り越えようぜ!」

「は、春馬……ありがとう……」


 玲菜が少しだけ頬を染め、嬉しそうな顔を見せた。

 その顔はとても綺麗で思わず魅入ってしまう。


「あの……いちゃつくのは、その辺にしておいてくださいね?」


 そんな声を放ったのは詩子。

 いつの間にかこの客室にやってきていたようだ。

 いきなりの登場に焦ってしまう。


「そ、そそ、そんなんじゃねえよ!」

「そそ、そうよ! そんなことないわ!」


 必死に弁解する俺たちに詩子はジト眼を向けて、思い出したように口を開く。


「頼まれたことを知らせに来たんです……魔闘師の様子を……」


 詩子の話では、魔闘師たちが街中のいくつかの場所に集まっている。

 おそらくそこが術式の場所なのだろう。

 どの術式にも数人の魔闘師がいて、簡単には破壊出来そうに無い。

 そんな話を聞いて、諏訪が楽しげな顔を見せる。


「お前たちが昨日、この屋敷から魔闘師を追いだしたのが原因だ。まさかの反撃に神条様が大変、お怒りになられているようだ……」

「どういうこと……?」

「この街に張られている術式を強化しているのだよ。今日と明日、守り抜けるようにな。そのために大勢の魔闘師はその作業に向かっている」

「……なるほど、それで手薄になったポータルを伊勢島が襲ったのね」


 玲菜は諏訪の話に頷いた。


「そういうコトだ……そのせいで術式がより強固になっている。四人以下で攻略できるとは思わないことだな」


 やはり、どうあっても四人集める必要がありそうだ。


「アンタはそれだけ憎まれ口を叩けるんだから、手伝ってくれるのかしら?」

「……ふ、冗談は止せ。ご覧の通り、魔力はほとんど残ってはいない。完治するまでに一週間程度はかかるだろうな……」


 諏訪の意志がどうであれ、魔力がないとなると力を借りるのは難しい。

 どこかで少しはアテにしていたのだろう、玲菜の表情が曇る。


「……そ、そうよね。そうじゃないかと思ったわ」

「それに、仮に魔力が十分だったとしても、手を貸す気はなかったが……」

「やっぱりそうよね! そうじゃないかと思ったわ!」


 予想通りの答えを聞けたからか、玲菜の声はいつもよりテンションが高かった。

 やはり、諏訪に期待するだけ時間の無駄のようだ。

 

 ※ ※ ※

 

 体がきついという諏訪を客室へ置いて、俺たちは応接室に場所を移した。

 時刻はすでに昼過ぎ。結界が浸食されるまであと一日半くらい。

 諏訪は間に合わない。他に心当たりもない。ない事尽くしで状況は最悪だ。

 いや、けど……そこでふと疑問が浮かぶ。


「でもさ、一ヶ所でも術式が残っていたら、完全復活するなら、敵は四ヶ所すべて守る必要は無いんだよな?」


 つまり、移動さえなんとかなるなら、三人でも攻略できるかも知れない。

 俺の意見に玲菜がポンと手を叩く。


「あ、確かにそうね。敵は一ヶ所に集まっているかもしれない――白峰さん、確認してもらえるかしら?」

「――っ! さっきからなんなんです? 私に命令しないでもらえますか?」


 詩子は玲菜を睨み、ハッキリと否定する。

 さっきもこの屋敷に残らされて不満を口にしていた。

 それなのにまた命令されると、同じ状況になるのが、詩子は嫌なのだろう。

 そもそも、玲菜に命令されるのが、気に入らないのかも知れない。

 だけど、詩子にしかできない重要な仕事だ。ぜひやってもらいたい。

 どうするべきかと、悩んだ末に『俺が頼んだ』体にすることにした。


「すまない詩子……俺からのお願いだ。――『観察』してくれないか?」

「はい! も、もちろんです! 先輩のお願いなら、何でも聞いちゃいます!」


 詩子はパッと顔を明るくして二つ返事。

 あまりにも俺との態度の違いに、玲菜がげんなりとした顔をみせた。


「……ふん。ほんと、ウザいわね」


 詩子が玲菜に厳しい目を向ける。

 二人は睨み合うような形になった。非常に気まずい状況だ。

 それを打開するかのように、俺の携帯が鳴り響く。

 画面を見ると、意外な人物からの電話。相手は――戸田だった。

 無視を決め込むが、負けじとしつこく鳴り続ける。

 留守電にしておけばよかった。


「春馬……電話、鳴ってるわよ?」


 電話が終わるまで話ができないと、玲菜はジト目を俺に向けてくる。隣りにいる詩子も、気にしている素振りを見せた。しかたなく俺は電話に出る。

 電話先の戸田の声はいつもとは違って、どこか暗く、思い詰めていた。

 内容は俺と今から直接会って話したいとのこと。

 重要な話をしているから、断ろうと思った。だけど、毎週日曜の昼間は、女とデートしているのが戸田の定番。

 こんな声で、こんなコトを言ってきたのは初めてだ。

 何かあったのかもしれないし、会っておいた方がいい気がした。

 俺は電話を切ると、すぐに玲菜に目を向ける。


「なあ、今からちょっと、戸田に会ってきてもいいか?」

「はあ? なんであんな奴に――」


 そこまで言って、玲菜はソファーに背もたれ、小さく息を吐いた。

 それから逡巡して、俺を見つめる。


「――いいわよ。このまま会議しても、人数不足は解消しないわ。……少し休憩にしましょう。私も頭を冷やす……」


 てっきりダメと言われるかと思ったが意外な反応。

 玲菜は詩子に切れてしまったことに反省しているようだ。これはチャンス。


「すまない。ありがとう!」


 俺が立ち上がると、玲菜が急にソファーから身を起こす。


「……どれくらいで戻るの?」


 少し不安げな顔を見せ、玲菜がチラリと詩子を見た。

 詩子と二人になるのがなんとなく不安なのだろう。

 確かにそれも心配だ。ケンカしてしまうかもしれない。


「できるだけ早めに戻る。……一、二時間くらい……かな」


 上着を羽織りつつ、そんな返事をした。

 ふーん、と玲菜が鼻を鳴らす。


「気をつけてね。………………え、と、お、女の子は、いないわよね?」

「いるわけないと思うけど……いたらまずいのか?」


 俺の質問に、詩子の眉間がキュッと引き締まり、なにかを言いかけたが、先に玲菜が声を発した。


「べ、別に、そういうわけじゃないけど……に、人数、足りないからって、遊びに誘われたわけじゃないのよね? 合コン的な……」


 玲菜が興味なさそうな顔をしながらも、チラチラとこちら見ている。

 合コンなんて普段なら嬉しいが、そんなノリではなかった。


「いやいや、そう言う話じゃないと思うぞ?」

「そう、ならいいけど……でも、あの戸田よ? 油断はできないわ。……いい、白峰さんがいるから情報は筒抜けよ。忘れないでね?」


 玲菜がチラッと詩子を見ると、詩子が大きく頷いた。


「わ、私は先輩のことを疑う気はありませんが、雪城先輩に命令されたので、しかたなく『観察』させていただきます……しかたなくですよ?」


 玲菜と詩子が妙な連帯感を見せている。いつの間に仲直りしたのだろう。

 さっきまで命令するなとか、ケンカしていたのがウソのようだ。

 俺に遊びに行って欲しくないと言うことだろうか。まあ、戸田はいつも違う女と一緒にいるような奴だ。二人の気持ちもわからないじゃない。

 しかし、そんな戸田が思い詰めていた。

 一体何の話なのだろうか。

 妙な胸騒ぎがして、俺は急いで屋敷を飛び出した。


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