第四十話 神器の復活
詩子から魔力を奪っていった織辺。アイツは俺も狙っている。
なぜだ。織辺と俺たちの間に、どんな関係があるのだろう。
一晩明けて、日曜日の朝。
部屋でぐっすりと寝ている詩子を残し、俺と玲菜は地下室に来ていた。
昨夜の出来事をメルに相談するためだ。
メルを呼びだした玲菜が、俺に視線を向ける。
「普通なら魔力は時間とともに回復する。……しないとなると、何か別のものを取られたと考えるべきね」
「別のもの……?」
「魔力を増大させる何かよ。それを失って、白峰さんは本来の魔力量に戻った。そういうコトじゃないかしら?」
詩子の魔力は一晩経っても回復しなかった。
一体、詩子は何を取られたのだろうか。玲菜も全く見当がつかないようだ。
織辺は俺も狙っている。今のままでは簡単に奪われてしまう。
三つの神器のように……
戦う力を取り戻したい。拳に否応なしに力がこもった。
話を聞いて、考え込んでいたメルが口を開く。
「それがなんであるのかはわかりませんが、状況はまずくなりましたね」
「どういうこと?」
メルの言葉に玲菜が首を傾げた。
「昨晩、この結界を調べてわかったのですが、魔方陣に異物が混入されています」
玲菜は表情を歪めて、舌打ちをする。
「面倒なことを……で、何されてるの?」
「この街の東西南北に敷かれた四つの術式が、結界に干渉しています」
メルの説明を玲菜は、ただ黙って頷いて聞いていた。
話をまとめると、結界の中心にある魔方陣。
その魔方陣に干渉するように術式が敷かれており、放っておけば、雪城家の魔方陣を完全に書き換えてしまうらしい。
さらに厄介なことに、術式を一つ壊しても、別の術式が一時間以内に復活させるので、ほぼ同時に壊さなければ意味がない。
「魔方陣の浸食は何日くらいで終わるの?」
「……おそらく、あと二日もないと思います」
昨日、神条がここの結界を物にするのが、三日と言っていた。
おそらく、この術式の話だったのだろう。
去り際の神条の言葉は、捨て台詞ではなかったようだ。
本当に面倒なことをしてくれる。
「そんな状況で、白峰さんが戦えないとなると……」
俺と玲菜の二人だけで、四ヶ所を同時に攻め落とさなければならないのに、神器が使えない俺では戦力にすらならない。現状で戦えるの玲菜だけと言うコトだ。
「正直、厳しすぎるわね。何か手はないかしら?」
玲菜はこめかみを押さえながら、メルを見つめた。
その視線にメルはニコッと微笑む。
「そうなるだろうと思って、昨夜のうちに準備しておきました」
「準備? ……なんの準備?」
「もちろん、神器を復活させるための準備です」
メルの一言は、陰湿的だった地下室に、さわやかな風が吹き抜けていくような壮快さがあった。隣にいる玲菜も目を丸くしている。
俺は嬉しさのあまり、メルに一歩踏み込んだ。
「本当か? ソードを復活させられるのか!?」
「はい。ただし、私だけでは神器に魔力を送れません。レンマースとルーミア。彼女たちが手伝ってくれればですが……」
どこかで聞いたことのある名前。誰だっけ。
その瞬間、メルが立っていた魔方陣が急に光を放ち始める。
眩い光が溢れて、腕で目を覆う。
「うはっ! 懐かしい、お久しぶりメル!」
「三百年ぶりですね。メル……」
こんな声と共に、大きな二つの魔力が急に現れた。
慌てて周りを見回すと、魔界で会ったあの二人の女性だ。人間ではないので、女性と言っていいのかわからないが、女のような姿をしている。
真っ赤な髪のボーイッシュなレンマース。
深い青な長い髪でおしとやかなに見えるルーミア。
二人は親しげな笑みをメルに向けていた。その様子を見ているだけで、三人が非常に親密な関係であるのが窺える。
「わざわざ来ていただき、ありがとうございます」
「メル。誤解しないでください。手伝いに来たわけじゃありませんよ?」
抑揚がなく感情がほとんど感じられないメルと、細目でニコニコとしていて、感情がわかりにくいルーミア。
似たような丁寧なしゃべり方だが、本質的には真逆なのだろう。
メルは感情が乏しく、ルーミアは感情を隠している。
なので、ルーミアの言葉は本気か冗談なのか、判断が難しい。
言葉を詰まらせているメルに、レンマースが近づく。
「メルがこちらに来てからの三百年。ボクたちが何度も帰ってくるようにお願いをしてきたのに……メルはそれをずっと無視してたんだぞ!」
レンマースは駄々っ子のように足踏みをし、哀しそうな表情を見せる。どうやら神器の復活に力を貸す気はなく、メルに文句を言いに来ただけのようだ。
まだ二十年も生きていない俺には、三百年待たされるのがどれほどのものなのか、想像すらつかない。そんな長い期間を二人はずっとメルを待っていた。
怒って当然だろう。
それを見つめていたルーミアは、メルに視線を移す。
「私もレンと同じ意見です。都合のいいときだけ頼られても、素直に手伝おうと言う気にはなりません」
「どうしてもですか?」
メルは申し訳なさそうに、ルーミアたちを見て呟いた。
それに二人ともハッキリと頷く。
「どうしても手伝いたくないです」
「手伝わない!」
ハッキリと断られメルが困った顔を見せる。
二人の協力が得られないと、神器の復活はないと言っていた。
なんとか説得したいが、これだけ確執があると難しい気がする。
でも、本当に手伝う気がないなら、ここには来ていないはず。
二人は感情的になっているだけかもしれない。
俺は少し考えて、ルーミアを見る。
「文句ならいくらでも聞く。だけど、今は本気で困っているんだ。よかったら助けてくれないか?」
俺の言葉にルーミアは少しだけ眉をひそめた。
なにか引っかかるものがあったのだろう。
「……別に私たちだって、三百年間、無視されていたことに対する嫌がらせだけで言ってるわけじゃないんですよ」
「それも一応あるんだな……」
「コホン――メルの提唱する方法でやれば、確実にメルは消えます。そんなことには手を貸せないと言っているのです」
それは初めて聞いた話だった。
神器の復活とは一体どんな方法なのだろうか。
俺は説明を求めようとメルを見る。
しかし、それよりも早く、眉間にシワを寄せた玲菜が叫ぶ。
「メル! どういうこと!? どんな方法を使おうとしているの?」
玲菜に詰め寄られ、メルは方法を説明する。
メル自身が触媒となり、全身を覆っている魔力を神器に流し込むというもの。
「体を無くして魔力体になったメルがこの方法を使えば、あっという間に魔力が消耗し、最悪、消滅してしまうのはわかりますよね?」
補足のようにルーミアが付け足した。
なんという方法をメルは思いついたのだろう。
玲菜は怒りを露にしている。
「そんな方法で神器を復活させても使えるわけないじゃないの!」
「で、ですが……他に方法は……」
メルは自分を犠牲にしてでも、玲菜の力になろうしているようだ。
玲菜は組んだ腕を強く握り、そっぽを向いた。
他に方法はないと思っているのだろう。
俺はルーミアたちに目を向ける。
「神器の復活以外なら、力を貸してくれるのか? 例えば、一緒に戦ってくれるとか?」
神器は使えないなら、別の戦力を補充すればいい。レンマースとルーミアなら、神器がよりも力になってくれるのではないだろうか。
しかし、そんな俺の考えを遮ったのは玲菜だった。
「春馬、それはダメ。協会から悪魔とされている魔界の住民の力を借りたとなれば、全力で協会がこの土地に攻めてくる。それほどの禁忌事項なのよ」
レンマースとルーミアに直接戦闘をさせるのは、この世界のバランスを崩す行為として、絶対に認められないことのようだ。
メルの使役についても、実は過去に相当もめたらしい。
名案だと思ったのに残念だ。
「やはり、私を触媒にして、神器を復活させるしか方法は……」
「メル! あなたが消える方法なんて、絶対に却下よ!」
玲菜がメルを睨み付けるが、メルはその眼をジッと捕えたまま。
「……私はそれで構いません。……むしろ、私のせいで戦えずに、この屋敷が奪われるなんてあってはなりません」
「だ、だからって、メルが消えるのは嫌よ!」
玲菜はメルの真摯な眼を受けて、辛そうな顔をする。
メルが消えるところなんて見たくないのだろう。
「私は雪城家のために……いえ、玲菜様のためなら、存在ごと消えてしまっても、なんの後悔もありません。私に償いをさせてください。最期の願いです……」
心から願うようなメルの声。
抑揚のないメルにしては珍しいものだ。
「つ、償いって、あれはメルが気にすることじゃないわ! 悪いのは私、メルが償う必要なんて無いのよ!」
「きっかけはどうであれ、二人を殺したのは私です。二人への償いのためにも、最期までこの雪城家を守るために尽力したいのです」
「だ、だからっ!」
感情をむき出しにして玲菜が大きな声を出した。
その異常な様子に俺は思わず口を挟む。
「ど、どうしたんだよ、急に?」
俺に問われて、玲菜は口惜しげに顔を逸らす。
だけど、観念したのか、また俺に視線を戻した。
「……アンタと白峰さんを襲ったのは、メルなのよ。だけど、そのきっかけを作ったのは私……だから、メルは悪くないのよ!」
五年前、玲菜のちょっとした出来心が、メルの暴走を促し、異形化させ、俺と詩子は襲われた。昨晩の玲菜の謝罪はそこに繋がっていたのだ。
両親の代わりに謝ったのではなく、本当に自分が悪いと思っての謝罪。
多分、衝撃的な告白だったと思う。
俺たちを五年前に襲った相手の正体がわかったのだ。
だけど、怒りよりも悲しみが先に来た。だってそれは――
「メルが……お前の両親を殺したってコトか?」
俺の質問に玲菜は眼を背ける。答えたくないと言った表情だ。
玲菜の代わりに、メルが懺悔するように淡々と答える。
「そうです。私が二人を襲い、殺しました」
メルの言葉で胸がグッと苦しくなった。
涙がでてきそうになった。
この二人は、一体どんな気持ちで二人で暮らしてきたんだろう。互いに自分を責めながら、傷をなめ合うこともできずにずっと……何年も……
メルの最期の願いを俺も叶えたくなった。
玲菜の両親に報いるためにも……
そこに不躾に声を駆けてきたのはレンマース。
「はいはい。そこまでだよ! どんなに感動的な演出をしても、ボクらは絶対に手伝わない! ね、ルーミア?」
「その通りです。この街の支配者が誰になろうとも関係ありません。メルさえ、無事に魔界に帰ってきてくれれば、それでいいのですから……」
葛藤し、うなだれている玲菜に追い打ちをかけるかのように二人の言葉。
小さく震えると、玲菜は強く唇を噛み締めた。
そこに突然、魔力が吹き出す。
「レン、ミア……黙りなさいっ!」
地を這うような低いメルの声が轟く。
瞬間、バチンと魔力が弾け、レンマースとルーミアは後ろに大きく跳んだ。
まるで殺そうとしているかのようなメルの攻撃だ。
レンマースはその攻撃を避けて、ニヤリと笑う。
「ふーん、そんな姿になっても戦えるんだ」
「いいでしょう。まどろっこしい真似はやめて、こんな屋敷吹き飛ばしてしましょう。そうすれば、なんの憂いもなくメルも帰ってきてくれるでしょうから……」
ルーミアは楽しげな声を出した。
二人の姿が異形なものに変わっていく。ふくれあがる二つの圧倒的な魔力の前に、腰が抜けそうなほどの恐怖が襲ってくる。
覚悟を決めた顔をした玲菜が、ルーミアたちの前に立ちふさがった。
「戦おうって言うの?」
「もちろんです。メルの間違った考えは、断ち切る必要がありますから……」
「……メルが望んでないとしても?」
「それが間違ってるって言ってるんですよ!」
ルーミアを中心に強風が一気に吹き抜けていった。
放出される魔力の量が多すぎて、立っていることも困難だ。
玲菜は後ろ眼にメルを見る。
「メル、私がやる。力を貸して――」
「は、はい!」
嬉しそうなメルの声が響き、玲菜の髪の色が、一気に金色に変わった。
さすがの魔力量ではあるが、ルーミアは全く物怖じせずに前に出る。
「そうですか……結局、メルの力を利用したいだけなのですね……やはり、最初から殺しておくべきでした。雪城の人間なんて……」
ルーミアの眼がカッと開く。爆発するような魔力の膨らみ。
本気で玲菜を殺そうとしているのが窺える。玲菜もそれに対抗するように魔力を発した。
「メルを苦しめる全ての物は、私が排除します!」
「そうはさせない! メルは命を賭けて、この雪城家を守ろうとしている。だったら、私が逃げるわけにはいかないのよ!」
玲菜の怒声と共に三つの魔力が大きくぶつかる。
俺は誰を応援すればいいのかわからなくなった。
メルのことはもちろん大事だし、消滅なんかして欲しくない。
だけど、それはルーミアたちと同じ願いだ。
でも、この家と玲菜を守りたいというメルの気持ちもわかる。
俺だって、俺を助けてくれた玲菜の両親のために、この家を守りたい。
そして、なによりも玲菜に辛い顔なんてして欲しくない。
メルを諦めるか、ここを協会に譲るか。
多分、今のままだと、どう転んでも玲菜が哀しい顔をしてしまう。
だったらダメだ。こんな展開じゃ、誰も幸せになれない。
「どっちもやめろ! お前たちの争いに意味なんてない!」
「はあ? 邪魔しないでよ!」
「そうです。無関係なので放っておきましたが、邪魔をするなら殺しますよ?」
二人とも、ものすごく恐い顔をしている。
だけど、こんなところで怯んでなんかいられない。
「邪魔するに決まってるだろ! どっちかしか守れない未来はいらない! どっちも守り抜ける未来が欲しいんだよ!」
「なっ……」
「……そんなことができると言うんですか?」
玲菜は目を丸くして言葉を無くし、ルーミアは睨み付けるように俺を見た。
それぞれの表情は全く違ったが、二人の求めている返事は同じだろう。
俺ははっきりと頷く。
「……わからない。だから、一緒に考えよう」
ズルッとずっこけそうになった玲菜。
その表情は完全に呆れていた。
「アンタね……」
俺が考えなしに言ったと思ったのだろう。
ジト眼を向ける玲菜に、俺はハッキリと告げる。
「魔法についてほとんど素人の俺にわかるはずないだろ。でも、お前たちは違うよな? 専門家だ。だったら、メルを助けるために、願いを叶えるために、他の方法を死ぬ気で考えてくれよ!」
玲菜はチラリとルーミアを見た。
ルーミアは大きく息を吐くと、元の姿に戻った。
「ずいぶん、人任せで強引な説得ですね……」
メルが消えてしまうのは、神器への魔力を、メル任せにするからだ。
だったら、他に魔力の供給源を作ればいい。
「メル以外から神器に魔力を送ればいいと言うことくらいしか思いつかない」
知識があれば簡単にできるような気もする。
しかし、そんな俺の案に玲菜は首を横に振った。
「それができるなら、私の魔力をとっくに送り込んでいるわよ……」
「その通り、雪城さんの言うように、神器はメルの魔力しか受け付けません。ですので、メルにしかできないのです」
メルが体をなくしてしまったために、ルーミアたちを通して魔力を送るしかないようだ。基点なる場所には、メルの魔力が必要となる。
大きくため息を吐くと、金髪だった玲菜も元の黒髪に戻った。
「屋敷はともかく、神器は諦めましょう。足りない戦力はどうにかなっても、メルの代わりはどうにもならないわ」
完全に諦めたような玲菜の声。
俺が止めたことで、冷静になったのだろう。
望んだ反応ではあるが、完全に諦められても困る。
「待て、それじゃ、俺がお前の力になれない」
「な、なによそれ……じゃ、ソードで戦えばいいんじゃない? ソードを大きくしたときのように、奇跡が起きるかもしれないわよ?」
玲菜は顔を赤らめながら、意地悪っぽい口調でそう言った。
あの時、なんでソードが大きくなったのかわからない。
どうにかすれば、戦えるようになりそうだが、あれから全く反応がないのだ。
たった一度だけの奇跡だったのだろう。
ルーミアが興味のある顔で俺たちの話を聞いていた。
「……なんですかその話は?」
「え、と……」
先日、魔力をなくしたソードを握っていたら、急に大きくなったという話をルーミアにした。その瞬間、ルーミアの表情から笑顔が消える。
「ま、まさか……そんな……それじゃあ……」
ルーミアの驚きが尋常ではない。
なにかつかめたような表情だ。
「どうしたんだ急に……?」
ルーミアがゴクリと息を呑む。
「その話が本当なら、なんとかなるかもしれません」
「ほ、本当か!?」
「ですが、相当な苦しみが、あなたにもありますよ? それでもやりますか?」
ルーミアの顔から笑顔が消えている。
本当に俺のコトを心配して聞いてくれたのがわかった。
どれほど辛いことかはわからないけど、ビビってなんかいられない。
みんなを救うにはそれしか方法はないのだから。
「もちろんだ。すべてを助けられるなら、何でもやる!」
ため息交じりにルーミアは頷いた。
言うだけ無駄だと思ったのだろう。
「では、ソードを持ってきていただけますか?」
俺は急いで、ソードを取りに戻る。
五分ほどで到着すると、ルーミアがすでなにやら準備を始めており、魔方陣のそばになにやら術式を組み込んでいた。
玲菜がそれを不機嫌そうに眺める。
「そりゃあそうでしょう。勝手に魔方陣をいじられてるんだから……」
「必要なんだろ?」
「そういうこと。でも、わかってるからこそ……ムカつくのよ」
プイッと俺から玲菜は眼をそらした。
玲菜の意図がわからないまま、時間だけが過ぎていく。
術式は完成したのか、ルーミアが俺を見る。
「赤羽さんはソードを持って、そこに立っていてください」
ルーミアから指示があったのは、新しく書き込まれた術式のところ。
俺は言われるがままに、そこに移動した。
魔方陣の中心にはメルが立ち、それを挟むようにレンマースとルーミアが並ぶ。俺を入れるとメルを囲んで三角形を描く形だ。
レンマースとルーミアが何かを唱え始める。
部屋全体がピリピリと音を立てて、魔方陣が光を放ち出す。
書き込んだ術式とメルが管のような物で繋がり、レンマースとルーミアから魔力のような眩い光が一斉に放出された。
その瞬間、足下にある魔方陣から魔力が極限まで吸い取られていくような感覚が襲ってくる。下手をすればそのまま気絶するような勢いだ。
「はぐっ!」
魔力が抜かれていくたびに、全身に強烈な痛みが走る。
死んでしまいそうになるほどの痛みが何度も襲ってきた。
ふらつき思わず、術式の外に足が出ようとして、ルーミアが叫ぶ。
「しっかりしなさい! あなたが自分で望んだのです。みんなを助けたいと!」
ハッとして、俺は足を止めた。そうだ。みんなを助けるんだ。
みんなが助かるなら、この命だって捧げられる。
痛みを堪えて、俺は強く願う。もっと魔力が欲しいと。
その瞬間、心臓が焼けるように熱くなり、全身に魔力がみなぎっていく。
すごい勢いで魔方陣に魔力を吸われているのに、それを圧倒する勢いで吹き出してくる。すると、拮抗していた光が一斉に弾けて、辺りには静寂が訪れた。
俺はぺたんとその場に座り込む。
気怠さの中、ぼんやりとソードを眺めると小さく発光している。
「そ、ソード?」
「はい。マスター。なんでしょうか?」
「ソード!」
それは奇跡が起こったような気分だった。神器が蘇ったのだ。
俺は嬉しさのあまり、大きな声で叫び、ソードを強く抱きしめて――ブシューとその身が切れる音がした。
閑話休題
「もうっ! バカじゃないの? ソード抱きしめて、大けがってバカでしょ?」
玲菜は呆れ声を出しながら、必死に治療の魔法を俺にかけていた。
さすがに今回のことは、二回もバカだと言われるくらいには、自分のバカさ加減はわかっているつもりだ。
傷が少しずつ癒える。ソードは申し訳なく何度も謝ってきた。
だが、悪いのは俺だ。気にするなと何度も言い続ける。
そこにルーミアが声をかけてきた。
「ソードを媒介にして、他の神器とリンクさせました。これでメルと魔方陣が繋がっている間は、魔力の供給が行えるので、無理をしなければ問題ないでしょう」
詳しい話は全くわからないが、とにかく、メルが消えずに神器が使えるようになったらしい。
「ありがとう! ルーミア!」
「でも……それはごく短期間の話です。長い期間使う方法ではないと理解しておいてくださいね。あなたの命にも関わる話ですから……」
「わかった。どうせ、二日しか期間はないんだ。それで終わらせる」
俺の返事を聞くと、ルーミアはにこりと微笑んだ。
二人が帰ると、後に残されたのは静寂だけ。
ソードの状況を確認しつつ、メルに話しかける。
「復活したのは、全部の神器なのか?」
メルはコクンと頷いた。
だとすれば、詩子が持つバレッタも力を取り戻したと言うコトだ。
「ちょっと、詩子の様子を――」
俺がそこまで言いかけたところで階段に人の気配を感じた。
覗き込むと詩子が隠れて、話を聞いていたようだ。
「詩子?」
「ご、ごめんなさい……入っていいのかわからなくて……」
詩子は申し訳なさそうに頭を下げた。
ソードを取りに行ったときに後をつけられたのだろう。
俺は詩子も地下室へ連れて行く。
そこでバレッタの様子を聞くと、詩子がにこやかな顔を見せる。
「私の神器、髪飾りも復活しています!」
「迷惑をかけたな、マスター……」
嬉しそうな詩子の声と、気取ったバレッタの声が地下室に響いた。
だが、それは同時に、織辺に奪われた神器の復活も意味していた。
戦う力が戻ったのは嬉しいが、素直には喜べない状況。
それにしても、織辺とは一体何者なのだろうか。
詩子が謎の力を手に入れたのが五年前。
その事件には、玲菜の両親だけじゃなく、玲菜とメルも関わっている。
そして、なぜかレガリアを持っている織辺が、詩子の力を奪っていった。
五年前の事件と、織辺が無関係だと考える方が難しい。
どんな繋がりがあるんだろう。
色々のことが、五年前の事件を中心に動いているような気がする。
頭を捻る俺をチラリと見て、玲菜が暢気な声を出す。
「なんにしても、これで白峰さんも戦力として考えられそうね」
「ちょ、ちょっと待てよ。詩子は無理だろ? バレッタの力が戻っても、根本的な魔力は素人同然だろ?」
俺の質問に、玲菜はふふんと鼻を鳴らす。
ムカつく態度だが、なにか考えがあるようだ。玲菜を信じよう。
そうなると、各地四方に散らばった術式を同時に攻めるには、あと一人。
誰かいないだろうか。思い当たるのは――アイツだけだ。
俺が玲菜を見ると、視線がぶつかった。玲菜も誰か思いついたようだ。
「なんだよ。誰か思いついたのか……?」
「そっちもなんでしょ? 口にしたらどう?」
「……けど、アイツが力を貸してくれるとは思えない」
「奇遇ね。私が思いついた相手もそうよ」
玲菜は肩を竦め、嫌そうな顔で小さく笑う。
正直、頼りたくない相手。だけど、他に戦力になる知り合いはいない。
四つの術式を破壊するには、どうしてもあとひとり必要なのだ。
それがどんなに嫌いな相手だったとしても。
「じゃあ、一緒に言うか……」
俺たちが同時に口にしたのは――諏訪だった。
織辺のことも気がかりだが、今はできることに集中しよう。
ソードを強く握りしめる。ようやく取り戻せた戦う力。
次は雪城家の結界に干渉している術式を破壊するのだ。