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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第二章 DAY AFTER
38/51

第三十八話 偽りの感情

 ここに来る前から抱いていた疑問。

 どうして俺は玲菜のコトを好きだと思ったのだろう。

 玲菜ほどでないにしろ、可愛い子、綺麗な子は他にもいる。

 おまけに誰かを異性を好きになった事もない。つまり、玲菜が初恋だ。

 そんな俺がどうして玲菜を好きになったのだろうか。


「春馬? 私の話、訊いてる?」

「すまない……」


 神条との戦いを前に、余計なコトを考えてしまったようだ。

 玲菜は横目のまま、肩を竦め、神条の後ろを指さす。


「結界はあの先。あそこに下へ続く階段があるわ。地下に降りて、結界を取り返したら、五番を発動させる」


 雪城家に伝わる秘術で、番号で呼ばれる。


「五番?」

「ええ、五番はこの街から魔力を一時的に完全に消失させるわ。つまり、誰も魔法は使えなくなる」


 何かすごいことを玲菜が言い出した。結界の番号のついた効果には、いつも驚かせられるが、今度もまたすごいものだった。


「ちょっと待て! 魔力がなくなるのって、神条たち魔闘師だけなのか?」

「違うわよ。一帯から全魔力の消失。もちろん、私たちもよ。メルへの影響が大きかったから使えなかったけど……もう遠慮なく使わせてもらうわ!」


 魔力がなくなれば魔闘師を無効化できる。

 だが、同時にこちらの攻撃手段もなくなってしまう。


「はあ? その状況でどうやってアイツラを倒すんだよ? 殴り合いか?」

「それもいいけど、三番を発動させるのよ」


 三番は以前に訊いたことがある。確か、コンビニと学校で使った結界。

 魔力がない人間を、別世界に飛ばして、記憶を曖昧にさせるやつだ。

 考える俺に玲菜はにこやかに言葉を続ける。


「この屋敷にいる私以外の人間を異世界に飛ばすわ。その間に結界を組み替える」


 玲菜だけ残すという荒技が可能なら、魔力をなくせば俺たちの勝ちだろう。

 魔力がなくなるのは不安だが、その方法しかないなら、やるしかない。


「わかった、それでいこう」

「じゃあ、アンタの目標はアレね」


 玲菜は真剣な目で地下室の方を見つめる。

 俺たちの目標の場所を。

 黙っていた神条が一歩前に踏み出す。


「ふ、地下へ行きたいのだろ? だが簡単には通さない」


 神条が手を横に振ると、その瞬間、階段の前に魔方陣が描かれた。

 地下の結界に近づける気はないようだ。


「すでに隔壁を張ってある。俺を倒さなければ通れないようにな」

「だったら私が倒してあげるわ!」


 玲菜はチラッと俺に視線を投げると、目配せをして一歩前に出た。

 迎えるように神条が構える。そうして、戦いが始まった。

 二人の魔力がぶつかり合う。魔力のドーピングはものすごい効果だ。

 あれだけの思いをして耐えただけのことはある。あの神条を相手に玲菜は一歩も引かない。むしろ押していると言っていいだろう。

 だが、それは長くは続かない。戦闘が開始して五分程で、だんだんと魔法で打ち負けるようになってしまった。

 神条は優位になった状況で肩を竦める。


「ふ、いきなりのことで驚いたが、そろそろ限界のようだな」

「く――さすが、上級魔闘師ね……」


 玲菜は服についた埃を払いながら、悔しげな顔を見せた。

 ドーピングした魔力があるうちに仕留められなかったのは痛い。

 ここからは差が広がっていく一方だ。


「だったら、デカイを喰らわせてあげるわ!」


 玲菜がチラリと横目に俺を見た。

 それと同時に、玲菜は渾身の魔法を詠唱し始める。

 合図が来た、と俺は全力で走った。

 

 ※ ※ ※

 

 屋敷に入る前に玲菜に言われたコトがある。

 魔力ドーピングについてだ。


「さすがに付け焼き刃で、上級魔闘師に勝てるほど甘くないわよ」

「だったら、どうするつもりだ?」

「虚を突くしかないわね」

「だまし討ちみたいなことだよな?」

「……そうなるわね。――ごめん、春馬、私のために死んでくれる?」


 玲菜の思い詰めた表情。それが冗談でないのがわかる。

 俺は快く頷いた。玲菜を、好きな相手を守るために死ぬのは悪くない。

 むしろそうするべきだと、義務感のようなものに駆られる。


「もちろんだ。俺はそのために、ここにいる」


 俺が考えているのはこの感情だ。どうして玲菜を守ろうとするときに義務感のようなものが出てくるのだろう。その感情の出所がわからない。

 『守りたい』じゃなくて『守らなきゃ』

 玲菜の顔を見ていると、どうしてもそう思ってしまう。

 好きだからと言われてしまえば、それまでなのだが……。

 どうしても気になる感情だった。

 

 ※ ※ ※

 

 俺はソードを握りしめると、神条の後ろに回り込み、思いっきり振り下ろす。

 詠唱をしている玲菜に気を取られているうちに、神条に傷をつけるのだ。

 しかし、神条は振り返ることもなく、軽々と避けた。

 まるで後ろに目がついているかのようだ。

 ソードの『強化』のない俺では、傷一つつけられないのか。


「ふん、バカが……その程度の実力で、向かってくるとはな」


 避けられ、勢い余った俺は、前のめりに突っ込む。

 そこに横から、神条の強烈な蹴りが飛んできた。


「はがぁっ」


 無様な悲鳴をあげ、俺は吹き飛ばされる。

 神条の目が一瞬だけ玲菜から逸れ、俺に移った。

 その隙を玲菜は見逃さない。俺とは逆の方向に飛ぶ。

 そして、片手を伸ばして、神条に狙いを定めた。

 だが、神条の目はすでに玲菜を捕えている。


「無駄だぞ? どんな魔法か知らんが、俺の魔法障壁を突破できるとは思わないことだな……」


 完全に神条は身構えており、このまま打っても、防がれてしまうだろう。

 玲菜もそれをわかっているのか、神条の後ろにある地下への階段を見たまま、動けなくなっている。結界を破壊しなければ地下へは降りられない。

 この魔法で、どうにかしなければならないのだ。やるしかない。

 躊躇する玲菜に俺は大きな声を出す。


「やれ! 玲菜! その魔法なら障壁だって何だって、壊せるんだろ!」

「ば、バカっ! なにネタばらししてんのよ!」


 俺の声に玲菜は慌てた顔を見せ、すぐに神条に目を向けた。

 神条は膝を曲げ、いつでも動ける準備をしている。警戒させてしまった。

 ますます避けられてしまいそうな状況だ。


「ああっ! もう、喰らいなさい!」


 玲菜は叫び声と共に魔法を放つ。

 異常な魔力を放つ魔弾が、神条に向かって跳んでいく。

 明らかに他の魔法とは毛並みが違うその魔法。

 全ての障壁や隔壁を破壊する魔法だ。

 神条もそれに気づいたのだろう。受け止めようとはせずに、すぐに体を逃がした。

 そう、魔法の性質がわかっているなら、わざわざぶつかる必要はない。

 避けてしまえばしまえばいいのだ。


「残念だったな。彼が教えてくれなかったら、大変なことになっていたよ」


 神条は魔法から逃げ、勝ち誇った顔を玲菜に向けた。

 激しい爆音を立て、玲菜の放った魔弾は隔壁に触れて消える。

 俺はこの隙を逃すまいと、神条に突っ込んでいく。


「やけくそに突っ込んできたか。もう何も手ないようだな。死ぬがいい!」


 突っ込む俺に神条の目は、完全に釘付けになった。

 もう詠唱すらしていない玲菜など、恐れる必要もないと思ったのだろう。

 玲菜のとっておきの魔法を避けたのだから。

 

 ――俺たちの作戦通りに。

 

 玲菜は全身を魔力で強化して、すぐに前に飛び出した。

 疾風のようなその動き。狙いは神条ではなく、地下室へ向かうのだ。


「ば、バカが! 地下への入り口は隔壁によって――」


 神条は完全に油断していた。狙いが自分だと思っていたからだ。

 だけど、違った。

 俺たちは最初から地下室の前に張られた隔壁を狙っていたのだ。

 玲菜の放った魔法は雪城家の内部でのみ使えるという特殊な魔法。触れた魔法障壁や隔壁を完全に無効化できる。

 神条が張った隔壁にだって、その効果はあるのだ。

 一番怖かったのは、別の魔法を放たれ、相殺に持ち込まれること。

 俺たちはその賭けに勝ったのだ。

 完全に神条の虚を突いた形で、玲菜が先に地下室への階段に到着する。

 一度だけ、俺の方を見て、そのまま地下へ降りていった。


「行かせるか! 俺の方が早い!」


 すぐに神条が身体を強化し、玲菜を追おうとする。

 だが、近づいていた俺はそれを邪魔するように魔法障壁を展開し、神条はその壁にぶつかると大きく飛ばされた。

 自らの勢いのままに壁にぶつかったようなものだろう。

 ゆらっと立ち上がった神条の鼻から無様に鼻血が零れていた。

 俺は階段に背を向けると、神条にソードを突きつける。


「勝手に行くなよ。お前の相手は今から俺だ!」

「く、クズどもが! 調子に乗りやがって!」


 今まで手を抜いていたのだろう。神条の魔力が爆発した。

 圧倒的な魔力に思わずたじろいでしまう。

 玲菜が自分のために死んでくれと言ったあとに付け足した言葉を思い出す。


『倒せとは言わない。……一秒でも多く、時間を稼いで』


 ここで神条の動きを止めるのだ。玲菜が地下で結界を発動させるまで。

 神条は詠唱を開始した。

 その表情には怒りが籠もっている。ゴクリと息を呑む。

 ソードの手助けもなく、神条の魔法を防がなければいけない。

 俺にできるのか。迷いが消えないうちに、神条の手から魔法が放出された。

 手を伸ばし、魔法を受け止めようとする。

 じりじりと手を焼く感覚。とてもじゃないが、俺では防げない。

 魔法は大きく爆発し、俺は吹き飛んだ。

 派手に地下への階段を転がり落ちていく。

 下まで降りたところで、呆然としている玲菜と目が合った。

 玲菜は青い顔をして、立ち尽くしている。

 なにをしているのだろうか。俺は痛みを堪えつつ立ち上がる。


「ど、どうしたんだ?」

「ダメ、アイツに裏切られたみたい……何の反応もないわ……」


 俯く玲菜。それは作戦失敗を意味していた。

 完全に坂上先生との連携を期待していただけに、この結果はきつい。


「他に手はないのか!」

「どうしようもないわ……もう、逃げるコトもね……」

「よくわかっているな。逃がしはしない。この地下室からは階段を通らなければ逃げられないのだからな」


 神条は悠々と階段から降りてきて、その前に立ちふさがっていた。

 入り口を塞がれ、上に戻ることもできない。

 戦ってどうにかできる相手ではないのは、すでに明白だ。

 絶体絶命。横では玲菜が諦めているのか、今にも膝をつきそうだ。

 俺が何とかするしかないのか。

 だけど、どんなに考えても打破できる方法なんて思いつかない。

 全てが終わったと思ったときだった。


「メルっ!」


 突然、玲菜が左手を耳に当てて叫んだのだ。

 急に玲菜は嬉しそうに微笑んでいる。

 もうまわりのことなど、一切見えていない様子だ。

 そんな玲菜に神条は怪訝な顔を見せる。


「さっさと処理した方が良さそうだな……」


 何か新しい手が出てくるかもしれないと懸念したのだろう。

 神条はいきなり玲菜に向かって魔弾を放つ。

 全身が燃え尽きるほど、さっきの魔法よりも遙かに高魔力の魔法だった。


「玲菜!」


 俺が叫んでも玲菜は、左手を耳に当てたまま、何かに集中している。

 咄嗟に俺は射線上に飛び込む。魔弾を防ぐように魔法障壁を展開した。

 できるとかできないとか考える暇もない。

 猛烈な勢いが手の平から伝わってくる。障壁を通してでも手が焼け付きそうな激しい温度。数秒も持たないのがわかる。

 さっきと同じ展開だ。でも、さっきとは違う。

 今度は後ろに玲菜がいる。俺が飛ばされたら、玲菜にも危険が及ぶ。

 そう思ったら、全身から魔力が吹き上がってきた。

 まるでソードから『強化』を受けているような感覚。


「であぁぁぁぁぁっ!」


 俺は声を上げ、全力で魔弾を防ぐことに力を入れた。

 それでも、神条の魔法の威力は高い。俺は負けじと手を伸ばし、魔力を押し出し続ける。拮抗する中、ふいに暖かい声が後ろから聞こえてきた。


「ありがとう……」


 そんなつぶやきと共に、急激にふくれあがった魔力が、俺と神条の魔弾を一気に吹き飛ばす。

 よろめきながら振り返ると、玲菜が立っていたところには金髪の女性がいた。

 明らかに玲菜の魔力とは違う。質も量もまるで違う人間。


「だ、誰だ……?」

「私に決まってるでしょ、春馬。メルが力を貸してくれたのよ」


 にっこりとそいつが微笑んだ。その顔は確かに玲菜だ。

 その変貌は、まるでスーパー○イヤ人。

 メルの力を借りたから金髪になってしまったのだろうか。


「ど、どういうことだ?」

「ごめん、春馬。あまり時間がないのよ」


 俺から視線を切り、玲菜は神条に向けた。

 神条は余裕そうな様子で口を開く。


「ほう、そんな力を隠していたか。では、がっ――」


 神条がしゃべっている途中で、玲菜がもの凄い勢いで、階段の上まで連れて行った。俺は慌ててそのあとを追う。

 階段を上がると、すでに大きいなホールの壁に、神条が打ち付けられていた。


「地下は雪城家の聖域。魔闘師に入られると不愉快なのよ」

「な、なめるなぁ!」


 神条は押さえつけられていた手を強引にはがし、哮る。

 急激にふくれあがっていく魔力は、今まで手を抜いていたことが窺えた。


「バカな……神条もどれだけ化け物なんだ」


 だけど、そんな化け物を見ても、玲菜は全く怯まない。


「今の私は誰にも負けない。――このまま決めさせてもらうわ!」


 俺の視界から一瞬にして消えた玲菜。

 次に姿が見えると、神条が吹き飛んでいた。

 玲菜の姿が見えるたびに、神条の全身は傷ついていく。

 魔法さえ使わないのに圧倒的な武力。まるで魔界で見たレンマースのような傍若無人さだ。血まみれになった神条に向かって、玲菜が冷たく言葉を放つ。


「これでトドメよ!」

「――ひっ」


 神条の情けない悲鳴が響いた瞬間、どこに隠れていたのかわからないが、十数人の魔闘師が一気に姿を見せ、神条を守るように立ちふさがった。

 玲菜は足を止めて、冷たい目を神条に向ける。


「どういうつもり? 全部で五人じゃないの?」


 玲菜がどんなに強くても、さすがにこんな人数を相手にするのは無茶だ。

 神条は玲菜の言葉に歯ぎしりをして、叫ぶ。


「これで終わりだと思うなよ! 結界に干渉している魔方陣はまだ消えてはないからな!」


 捨て台詞のようなものを残し、神条は魔闘師たちに紛れるように消えた。

 神条の姿が見えなくなると、助けに来た魔闘師たちも次々に姿を消す。

 人数が多すぎて、俺と玲菜には追いかける余裕はなかった。

 協会が本気になれば、俺たちではどうしようもない。

 そんな圧倒的な力の差を見せつけられた気分だった。

 でも、玲菜は俺を見て、にっこりと微笑む。


「春馬……落ち込む必要はないわ。何にしても、この屋敷を取り返したんだもの。私たちの勝ちよ!」


 辺りから魔力が消えたのがわかったからか、スッと玲菜の髪の色がいつもの黒に戻った。同時に今までおかしかった魔力もいつもの玲菜に戻っている。

 メルの力が抜けたのだろうか。

 様々な疑問が浮かんでくるが、外に逃げた魔闘師が詩子を襲うかもしれない。


「落ち込んでいる場合じゃないな。詩子の様子を見に行こう!」


 俺たちは急いで廊下を駆け戻った。

 すでに戦闘が終わっているらしく、玄関に近づく頃には詩子と織辺の魔力しか感じられなくなっていた。

 玄関を開けると、遠くに詩子の顔が見えた。

 こちらに気づいた詩子がにこやかな顔で、駆け寄ろうとする。

 その瞬間、織辺の表情が悪意のあるものに変わり、詩子をうつ伏せに地面に激しく叩きつけた。そして、詩子の叫び声が響く。


「きゃぁぁぁぁっっ!」


 放電のような黄色い光が詩子から放出され、織辺に飲み込まれていく。

 一瞬の出来事だった。織辺は詩子から手を離し、満足げな顔だ。

 詩子はぐったりとしたままピクリとも動かない。

 俺は思わず大きな声で叫ぶ。


「どういうつもりだよ! やっぱり裏切る気だったのか?」

「ん? それは心外だな。儂は最初に言ったはずだぞ。手を貸すのは屋敷を取り戻すまでだと、な」


 確かにそうだが、このタイミングで、このやり方は非常に怒りがこみ上げる。

 俺が飛びかかるよりも先に、織辺が口を開く。


「あと一つだ……」


 織辺は俺を指さし、一睨みすると、瞬く間に消えた。

 俺たちは急いで、詩子の元に駆ける。

 玲菜が詩子に触れ、安心した顔を見せた。


「よかった。命に別状はないわ」


 俺はホッと息をつく。

 『あと一つ』一体何の話なのだろうか。

 織辺の本当の目的、分からない事が多すぎて頭が痛くなった。

 

 ※ ※ ※

 

 応接室に詩子を寝かせ、命に別状がないとわかると、玲菜は急に落ち着かない様子でつぶやく。


魔闘師あいつら、この家の物を盗んだりしてないでしょうね……」


 玲菜は応接室のあちらこちらをゴソゴソといじり始める。

 戸棚の引き出しの中から、装飾が施された大きめの写真立てを取りだし、玲菜は物憂げな顔をして眺めていた。

 今にも泣き出しそうな表情に、俺は心配になり、玲菜に近づく。

 俺の接近に気づいたのか、玲菜は慌てて表情を作った。


「家の中は荒らされていなかったわ。……二人の写真も無事。――ねえ、見て。お母さん、私に似て美人でしょ? お父さんは――」


 お前が母親に似てるんだがな。

 そう思いつつ、玲菜から写真立てを受け取った。

 この家にはなぜか両親の写真が飾ってない。二人の顔を見るのは初めてだ。

 庭先で愉しげ笑う三人の姿。幸せな家族がそこに写っている。

 ただそれだけの写真のはずなのに――


「――っ」


 なぜかその写真を見て、ひどい頭痛が襲って来た。

 玲菜の両親をどこかで見たことのあるのだ。どこだ、どこだ、どこだ。

 痛む頭で必死に考え、横になっている詩子を見て、思い出す。

 五年前のあの日、俺たちを助けてくれたおじさんとおばさん。

 写真に写った二人と同じ顔。――そうか。

 その瞬間、襲っていた頭痛は消え、目の前がパッと開けて見える。

 五年前に俺と詩子を助けてくれたのは、玲菜の両親だったんだ。

 そして、俺たちを助けるために、犠牲になった。


「だ、大丈夫? 春馬?」


 心配そうに覗き込んできた玲菜の顔を見て、もう一つの疑問もハッキリする。

 そっちはできれば気づきたくなかった。一生、気づかずにいたかった。

 俺は逃げるように、玲菜から視線を逸らす。


「だ、大丈夫だ! ちょ、ちょっと、頭痛がしただけだ。もう治った!」


 わざとらしいと思いながらも、もうマトモに顔も見ることができない。

 玲菜を好きだと思った理由は、顔を見ていると心臓が締め付けられるから。

 それがよく恋を表現する、胸がキュンとなるヤツだと思っていた。

 けれど、違った。

 胸が締め付けられる思いがするのは、好きだからじゃない。

 

 ――玲菜の両親に負い目を感じているからなんだ。

 

 玲菜は母親にそっくり。俺と詩子を守って死んだ人にそっくりなのだ。

 胸を締め付けられないはずがない。気にならないはずがない。

 守らなきゃって――義務感に駆られないはずがないのだ。


「本当にどうしたの、春馬? 顔色青いわよ?」


 また覗き込むように玲菜が俺に顔を寄せていた。

 胸が激しく鼓動し、俺は咄嗟に目をそらす。

 それは胸の高鳴りではなく、罪悪感からだとハッキリとわかった。

 俺はトイレと言って、逃げるようにその場を離れる。

 玲菜と同じ空間にいるのが、今はとても辛いことに思えた。

 不安の入り交じった顔で、俺を見送る玲菜を見て、ますます胸が苦しくなる。

 何やってんだよ、俺は。

 トイレで思いっきり反省しよう。思いっきり泣こう。

 そして、戻ってきたら、全てを忘れて演じるんだ。

 うまく笑えるように。勘違いしないように。

 もう二度と、玲菜に哀しい顔をさせないように。

 しかし、俺にはそんなことを悠長に考える時間はなかった。

 突然、大きな落雷のような魔力が、地下室から吹き出してきたのだ。


「なにごと!?」


 応接室から玲菜が慌てて顔を出す。

 気まずいと思いながら、努めて明るく笑う。


「魔闘師の置き土産とか?」

「……冗談はその顔だけにして欲しいわ」


 あっさりとばれてしまった作り笑い。

 玲菜は哀しげに肩を竦めると、先に走っていく。

 いつもより少し遠い二人の距離。

 寂しく思える気持ちを静かに堪え、俺は玲菜の後を追った。


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