第三十六話 作戦立案と戦力補強
俺たちの状況はあまり好転していない。
詩子が一緒に戦ってくれるようになったとは言え、神条が約束を守って、五人しか使わなかったとしても、こちらは三人だ。
人数だけで見ても負けている。戦力だって同様。
何の役にも立たない俺が偉そうに判断するのも何だが、さっきの戦いを見るに、玲菜と詩子は問題なく戦える。
しかし、俺にできること言えば、魔法障壁を少々と、魔力放出のクラックだけ。そんな状況では勝ち目など無いと言わざるを得ない。
でも、玲菜は諦めていないなら、俺にもできる何かを見つけ出す必要がある。それができなきゃ、ただの足手まといだ。
そんな気持ちのまま、俺たち三人は学校へ来ていた。
目的地は屋上。それだけでいやな予感がする。
最後にいた場所だし、最後に離れたのは俺だ。
昇降口を抜け、玲菜は一直線に屋上を目指した。
俺は小さくあくびをして、そのあとに続く。屋上に出ると、やたらと朝日が眩しく感じられ、まるで徹夜明けの朝のようだ。
校舎の屋上は冷たい風が通り抜けていく。しかし、寒さが一瞬で吹き飛ぶほど、屋上は溢れんばかりの魔力が満ちていた。
先日、神器に魔力を補給するために開けた霊脈から、止めどなく魔力が漏れていたのだ。あの時、俺は玲菜が心配になり、霊脈をそのままにして出てしまった。
丸一日以上、魔力が延々と漏れ続けていたことになる。
それでも、地面にはしっかりとした青い魔方陣が敷かれていた。
霊脈とやらは、どれだけ魔力の貯蔵があるのだろうか。
玲菜は慌てて霊脈に近寄るが、その顔が青ざめていく。
「な、なによこれ……なんでこんなものが……っ、これのせいね。これでメルの魔力が切れてしまったのね……ごめん。ごめんね、メル……」
玲菜は魔方陣に触れながら、懺悔のように呟いた。
魔方陣の中央に杭のようなものが刺さっており、先日見たときよりも魔力の波動が乱れているように感じられた。
玲菜は霊脈の吹き出し口にある青白い魔方陣に手を触れたまま動かない。
どうやら、俺のせいでまずい状況になっているようだ。
そこに突然の声の響く。
「悪いけど、霊脈には楔を撃たせてもらったわ」
振り返ると、屋内から屋上へ入ってきた坂上先生がいた。
玲菜は立ち上がり、坂上先生に近づく。
「やっぱりアンタのせいだったのね! アンタが余計なコトをしたから……メルは……っ!」
玲菜は有無を言わせず、坂上先生に向かって魔弾を放つ。
それを軽々と坂上先生ははじき飛ばすと、大きな爆発音が空に響いた。
ギリッと歯ぎしりをし、玲菜は次の魔弾を作り始める。戦うつもりだ。
だが、そんな玲菜には坂上先生が呆れ顔を見せる。
「やめてくれない? 人のせいにするのは……」
「はあ? どう見てもアンタのせいじゃない! 絶対に許さないわよ!」
目に涙を溜めて、玲菜は坂上先生を睨み付けた。
「全然関係ないとは言わないけど、私は霊脈を乱しただけ。あなたがしっかり魔力を供給してれば、あなたの使い魔は、消滅していないはずよ?」
玲菜はギュッと唇を噛み締めた。確かに坂上先生が言うことも事実だ。
俺たちが魔界へ行っていなければ、玲菜が供給できたのだろう。
だけど、玲菜は納得していない。
魔力は高まり続け、今にも放たれそうだ。
そんな玲菜に坂上先生は肩を竦めた。
「あなたは自分の失敗を棚に上げて、使い魔を消してしまった罪を他人に押しつけたいだけよね?」
キッと、ひきつる玲菜の表情。
バーンと甲高い音を立てて、玲菜の魔力が拡散された。
「……わかってるわよ。私が悪いことくらい……でも! アンタがやったことも許せないのよ!」
「霊脈を開いて、屋上に鍵もかけずに出ていったのよ? 私が守っていたおかげで、この程度の被害ですんだんじゃない。むしろ感謝するべきじゃないかしら?」
「なにを……?」
「他の魔法使いに見つかったら、この程度じゃすまなかったって言ってるのよ」
坂上先生に言われて、玲菜が悔しそうな顔を見せた。
よくわからないが、屋上の鍵をかけないとそんなにまずいのだろうか。
いや、だいたい鍵をかけても、意味がない気がする。
「屋上に鍵かけても魔法使いなら、簡単に開けられるんじゃないのか?」
俺の問いに、玲菜は横目を向ける。
「そうでもないわよ。ここの鍵は特殊に作り替えてあるの」
玲菜は学校の備品を何だと思っているのだろう。
「特殊?」
「そう。屋上の扉は一種の結界なのよ。鍵を持たない人間は、屋上へいこうと思わなくなるようなね」
てっきり、私利私欲のために鍵を独占しているのかと思ったら、実は考えられた行動だったようだ。
「でも、この間、俺……この屋上に来たぞ?」
数日前、玲菜がいないときに詩子と一緒に屋上に来た。
あの時は何の問題もなく、屋上に入れた気がする。
「そりゃあ、そうよ。あの時は自宅から屋上への道を開けたのよ」
「どうやって?」
「まあ、難しい話になるから、省略するけど、霊脈で結界は繋がっているのよ」
おそらく雪城家の結界が霊脈を通して、色々な場所に干渉できるのだろう。
それを使って、屋上の鍵を開けたそんなところか。
「凄いんだな。だったら、逆にこの霊脈を使って、雪城家の結界に干渉できたりするのか?」
「そりゃあね、当然……っ、――そうだわ! それよそれ!」
俺の問いに、玲菜の眼がキラキラと輝いた。
何か思いついたような顔で、玲菜は坂上先生に視線を向ける。
「霊脈にちょっかい出したコト、許してあげるから、耳を貸して」
言われて坂上先生は怪訝な顔をして、玲菜に近寄る。
玲菜が何かを耳打ちした。坂上先生は話を訊いてため息を吐く。
「本当にあなたって、自分の都合のいいように周りを使うのね?」
「当然でしょ。霊脈は貸したんだから、それくらい協力してもらうわ」
「……まあ、いいわ。魔闘師がこの街を好き放題するのも癪に触るし、バカげた方法だけど、その話に乗ってあげる」
「じゃあ、合図したらよろしく頼むわね?」
「ええ、素敵な状況を期待しているわ」
俺には何の話か全くわからなかったけど、玲菜と坂上先生。二人とも不敵な顔で笑い合っていた。
今まで黙っていた詩子が俺に耳打ちをしてくる。
「あの二人の顔を見てると、陰険で邪悪な魔女に見えますよね」
確かにそんな風にも見えなくもない。
だけど、二人の魔女が手を組んだのは、逞しくも見えた。
なんか希望が見えてきたような気がする。
※ ※ ※
俺たちは学校から立ち去り、次の目的を模索していた。
戦いの勝敗を決めるのは、作戦と物資、人数だろう。
玲菜はあくびを溢し、目をこすると怠そうな顔を見せた。
体調がよくないのだろうか。心配だ。
そう言えば、俺もどことなく、眠いし、体がだるい気がする。
疲れがたまっているのかもしれない。
パンと玲菜は自分の顔を叩き、気合いを入れる。
「屋敷を攻め落とす作戦の目処は立ったわ」
「え! そうなのか? どんな方法なんだ?」
まさかの展開につい声が大きくなった。
玲菜は自信ありげな顔を見せる。
「簡単に言うと時限爆弾を手に入れたのよ。それもとびっきりのヤツをね。結界に到達できれば、高い確率でうまくいくわ」
「ほんとうか!? だったら――」
勝ち目が見えて、喜んだ俺の声を遮るように、玲菜が首を横に振る。
「でも、さすがに三人……いえ、実質二人で五人では、きついわ。せめてあと一人いてくれれば……」
「今、あえて一人抜いたけど、俺だよな? やっぱり俺だよな?」
「まあ、そうね。申し訳ないけど、戦力としては考えてないわ」
玲菜は申し訳なさそうに頷く。
自分でもわかっているとは言え、ハッキリと言われるとショックだった。
「もう少しオブラートに包んでくれると……」
「しょうがないじゃない。魔力は微妙、魔法は使えない。できることと言えば、魔法障壁と魔力放出だけ。これで魔闘師と戦うなんて自殺行為よ」
それはさっきも考えたことだ。その通りすぎて、返す言葉も無い。
俺が黙ってしまうと、詩子が心配そうな顔で俺をのぞき見た。
「大丈夫ですよ。先輩……先輩のことは私が守りますから!」
「詩子……」
「白峰さん? あなた本当に魔闘師相手にしてそんなことが言えるの?」
「……言いますよ。雪城先輩はしょぼくて無理だと思いますけど、私は強いですからね!」
詩子は自分の大きな胸をポンと叩き、エッヘンと胸を張った。
「大した自信ね……口だけじゃないことを祈るわ」
ふふん、と詩子は楽しげな顔だ。
それもそうだろう。今までの何倍も強く見えたくらいだ。
「さっきの力って、バレッタを使っていたときよりも、強いんじゃないのか?」
「バレッタがあった時は、あっちしか使ってませんでしたから、この力と一緒に使えば、もっと強かったと思いますよ」
潜在能力が凄すぎる。本領発揮したとき、詩子はどれだけ強いのだろうか。
いや、それよりも考えるべきは、五年前にどうしてそんな力を手に入れたのかということだ。何かと結びつきそうになるが、答えに繋がらない。
一緒にいたはずなのに、どうして俺には何の影響もなかったのだろうか。
どんなに考えても、答えにはたどり着けない。情報が少なすぎる。
そんなとき、不意に目の前に魔力が現れた。
それは以前に感じたコトのあるものだ。
俺は前方に目をこらす。そこにいたのは、ぼさぼさの頭に、みすぼらしい格好の四十代の男。俺から神器を奪ったヤツに間違いない。
ゾワゾワと背中を何かが駆け巡る。
その男は慌てた顔をして、俺たちに近づいて来た。
「お前たち……無事だったのか」
意外な事になぜか、安心した声を出し、ほっとした顔を見せる。
なにを企んでいるのだろうが、意図がさっぱりわからない。
「俺から神器を奪いに来たのか? だったら、残念だったな。もうソードは使えないぞ?」
「ふ、儂だって神器を持っている。そのくらいは承知の上だ」
「だったら、何の用だよ!」
神器が取られたこともあり、どうしても感情がかき乱される。
また何かされそうで、気が気じゃないのだ。
「今までに起こったコトを、詳しく話せ」
「なんで、お前にいちいち教えなきゃいけないんだよ!」
俺の肩を押さえるようにして、玲菜が一歩前に出た。
「春馬、敵意を見せてるけど、誰、この人?」
「コイツだよ。レガリアを持ってるのは……」
「……そう、やっぱりね」
玲菜は一瞬だけ驚いた顔を見せるが、すぐに冷静な顔に戻った。
キッと、相手を睨み付ける。
「私の名は雪城玲菜。アンタの名前は?」
「……儂の名は織辺 雅和だ。よろしく」
「織辺さん、アンタが持っている聖印の正当後継者は私よ。……大人しく返してくれないかな?」
「……断ると言ったら?」
「力尽くで奪うわ。容赦はしない」
すでに戦う気満々の玲菜。この勝負は絶対に譲れないものだろう。
玲菜の魔力に織辺はニヤリと笑みを浮かべる。
「ふん、それは面白そうだな。だが、今、そんなことをしててよいのか?」
「どういうこと? 私にはレガリアを取り返すことが一番大事だけど?」
「ふ、それは雪城家が存続した場合の話だろ?」
織辺はこちらの状況を看過していた。
なんだこいつ、どこまで知っているんだ。
玲菜は驚きを顔に出している。
「――っ、なんでそのことを……アンタって何者よ!?」
「そんなことは今は関係ない。それよりも屋敷を奪われたお前たちは、これからどうするつもりなんだ?」
「も、もちろん、魔闘師を叩きのめして、家を取り返すわ。それからアンタが持っているレガリアも神器も、ね」
織辺は顎の下に拳を置いて逡巡した。
小さくため息を吐くと、玲菜に視線を向ける。
「……そうか、諦めてはいないのか。だったら、力を貸してやってもいいぞ?」
まさかの言葉に驚いたのだろう。玲菜の眼が丸くなった。
戸惑いながら、玲菜は口を開く。
「はあ? な、なにを……?」
「考えるまでもないだろ。魔闘師が邪魔なのは、お前たちだけじゃない。だから、儂が手を貸してやろう。あいつらを追い出すまでだ」
玲菜はチラリと俺に視線を向けてきた。
返事に困っているのだろう。だが、それは俺も同じだ。
織辺が何を企んでいるのか全くわからない。
「そんな話、信じられると思っているの?」
「……信じないのはお前たちの勝手だが、わざわざ儂を敵に回す必要もあるまい?」
織辺の言い分も一理ある。手を組めるなら、組んだ方が良い。
だが、玲菜は感情的になっており、今にも襲いかかりそうだ。
「それをアンタが持っている以上……アンタは私の敵なのよ!」
玲菜はきつく織辺を睨み続けた。
心情的には色々と思うところはあるが、織辺が仲間になってくれるなら、玲菜がさっき言っていたように人数的に楽になるはずだ。
だったら、手を借りた方が良いのではないか。
しかし、信じるに足る相手なのか不安も残る。
織辺がもしも、魔闘師側の人間だったら、俺たちは挟み撃ちに遭う可能性もある。そうなったら、あっさりと壊滅だろう。どうすればいいんだ。
考えがまとまらず、俺は根本的な問題を玲菜に投げる。
「今、こんなコト言うのも何だけど……もうメルは消えたんだろ? だったら、もう諦められるんじゃないのか?」
「……どうして今、そんなことを言うの? 私は諦めないって言ったわよね?」
玲菜の織辺を睨んでいた視線が、そのままこちらに向けられた。
かなりきつい眼だ。俺の言葉が相当気に入らないのだろう。
だけど、怯んでなんかいられない。大事な話だ。
「それはわかる。でも、明らかに戦力が足りない。今のままじゃ無茶や無謀を通り越して、自殺をしに行くようなものだぞ?」
玲菜は眉間にシワを寄せ、キュッと唇を噛み締める。
さきほど、玲菜が自分で言っていたことだ。否定はできないだろう。
「そうなるってわかっても……それでも、諦められないことってあると思う……例え、何を捨ててでも……」
必死に紡がれた玲菜の言葉。それが本心。
「何を捨ててでも……か」
「ええ、そうよ。その覚悟だってあるわ!」
玲菜の落ち着いた声が響く。本当に覚悟をしているのだろう。
全てを無くす覚悟を。なら、答えは一つしか無い。
俺たちに選べるものなんてそれくらいしかないのだから。
「それなら話は簡単だ」
「え?」
「今は織辺と、手を組むべきだ」
「春馬! アンタまで何よ! 適当に言ってるなら許さないわよ!」
突っかかるように玲菜が俺に迫ってきた。
慌てて、俺は次の言葉を投げる。
「何かを捨てる覚悟があるなら、命の前にプライドを捨てようぜ。力を貸してくれるという人にも頼らずに、俺たちだけじゃ無理だ」
「――っ、どうして? こんな奴……絶対に裏切るに決まってるわよ! アンタの神器を奪ったヤツなのよ!」
俺はチラリと織辺を見た。やれやれといった様子に肩を竦める。
織辺自身は、玲菜を説得しようとは思っていない。
断られるなら仕方ないと言った顔だ。
まあ、織辺がどんなきれい事を並べても、簡単には信じられない。
これは感情の問題じゃなく、アイツを信じられるかどうかなのだから。
でも、俺には信じるに足る確証がある。
先ほど、織辺は玲菜を見て、安心した顔を見せた。
アレは玲菜に悪さをしようという顔ではない。織辺が具体的に何を狙っているのかはわからないが、玲菜に危害を加えようとはしていない。
玲菜を殺そうと思っているなら、わざわざこんな提案はしない。放っておいても戦力不足で攻め込み、勝手に自爆するのだから。
「裏切られるリスクより、人数不足で攻め込む方がきついと思う。敵の敵は味方って、昔から言わる話だ。だから、信じられると思うぞ?」
「そ、そんなの詭弁だわ! 納得なんかできない!」
「だったら、坂上先生だって同じだ。なんで信じたんだよ? 信じなきゃいけない状況だからだろ?」
「――っ、ふん、わかったわよ。好きにすればいいじゃない!」
玲菜は顔を真っ赤にして腕を組んでそっぽを向いた。
俺に言いくるめられたコトがムカついたのだろう。
会話が途切れたところで、織辺が俺に話しかけてくる。
「よく、儂を信じる気になったな?」
「それは違う。悪いが、信じちゃいない」
俺の答えに織辺は眉間にシワを寄せた。
「だったら、なぜ、儂をフォローしたのかな?」
「頼りにしてるからだ。アンタなら、玲菜の頼りになるってな」
「なるほど……世間知らずの自分勝手なガキかと思ったら、頭の悪い脳天気なバカだったとはな……」
織辺はクククと厭な笑い方を見せた。
どうもバカにされている気がする。
バカと言われているんだから、バカにしているわけだが……
「なんだよ。ケンカ売ってるのか?」
「まさか、最高の褒め言葉じゃ」
「そうそう、春馬を褒める時って、なぜかバカって言葉が一番あうのよね」
玲菜はさっきのお返しとばかりに、織辺の話に同調した。
確かに玲菜からよくバカと言われる気がする。アレって俺を褒めていたのか。
玲菜は気が強くて恥ずかしがり屋だから、精一杯の褒め言葉がアレだったんだ……そうとは思わずに、俺はなんておろかなんだ……
「なんて思うか! わかりにくいわ! もっと素直に褒めてくれ!」
『バカ』と玲菜と織辺の声が、同時に響いた。
※ ※ ※
俺のできることは何も変わってないけど、人数が増えて、攻略方法も見つかった。
もしかしたら、勝てるかもしれない。
そんな淡い期待の中、玲菜は意気揚々と俺たちに告げる。
「今晩十時に攻め込むわ。そして、屋敷を取り戻す」
それは作戦と言うにはあまりにもお粗末な、相手の言葉を信じるだけの無謀なものだった。だけど、もうそれしかない。
神条が約束を破って魔闘師の全てを配置し、全力でつぶしに来たら、個人では勝ち目などない。あるはずがないのだ。
「神条が約束を破ったらどうするつもりだ?」
「その時は……一緒に死んでくれる?」
「言うと思った。けど、まあ、そうなるだろうな」
その言葉に玲菜はクスッと、笑顔を見せる。
心を奪われるような、全てを覚悟した顔にゾクッと心が揺れた。
――死なせたくない。
そうか。俺にできることがあった。
どんな状況でも、どんな手を使ってでも、玲菜と詩子を死なせない。
だけど、そんなコトを決心しても力が無ければ、ただの妄想だ。
どうして、俺は詩子のように、なにか力に目覚め無かったのだろうか。
くそっ。ポケットに入ったソードを取り出し、きつく握る。
玲菜と詩子を守る力が欲しい――と、心から願った。
その瞬間、本当に一瞬だけだったがドクンと言う鼓動が聞こえ、ソードが元の大きさに戻ったのだ。
「な、なんだこれ……」
「ど、どうしたの今……? っていうか、それ神器として機能するの?」
玲菜が驚いた顔をして、俺に近づいてきた。
俺は戸惑いながら、何度もソードに話しかけてみるが、ダメだ。大きくなったコト以外に何の反応もない。玲菜の質問に俺は首を横に振る。
「そう。で、でも、なにかあるかもしれないわね……それ、預かっておこうか?」
「あ、ああ……そうしてもらえると助かる」
日本刀を街中で持ち歩くのは危険すぎる。
俺は玲菜に渡しつつ、嫌がってソードが光彩を放つのではないかと期待するが、何の抵抗もなく、すんなりとソードは玲菜の手に渡った。
ソードに意思は戻っていないと実感させられる。
玲菜はソードを少し眺め、いつものように、どこかにしまい込んだ。
本当に四次○ポケット。便利すぎだろ。
ソードは動かないけど、元の大きさに戻ったなら、武器として使える。
『強化』の力は無くても、ソードと一緒に戦えるんだ。
そう閃いたとき、後ろから囁きのようなものが聞こえてくる。
「やはり……お前、持っているのだな……」
俺が振り返ると、織辺は全然違う方向を見ていた。
気のせいだったのかと、俺は玲菜に視線を戻す。
「そういえば、どうして夜まで待つんだ? 今からでもよくないか?」
時間はまだ午前中。夜までは十二時間近くある。
できれば覚悟が決まっているときに動きたい。
しかし、玲菜は小さくあくびをする。
「だって昨晩、全然寝てないでしょ? もう私……眠いの、ってことで、一度解散よ……」
少し休みたい、と玲菜の切な願いだった。
俺も色々なコトがあって忘れていたけど、確かに寝ていない。
それでさっきからあくびが出るわけだ。
納得する俺を見て、玲菜は言葉を続ける。
「だから……アンタの家で少し寝かせてくれない?」
「俺の家ね。別にいいけど――って、はあ!? ちょ、ちょ、ちょっと何を言ってんだ?」
俺は慌てて、玲菜に一歩近寄った。
そんな俺の驚きなんて、全く気にもしていない玲菜。
「私の家は魔闘師に占拠されてるし……お金も持ってないし、他に行くところもないのよ」
「そ、それは分かるけど……」
「なによ。私に路上で寝ろって言うの? いつもうちに泊まってるんだし、緊急時くらい良いでしょ?」
玲菜はほっぺを軽く含ませた。なんだか新鮮でかわいい。
そんなところに意見を言うのは詩子だ。
「だ、ダメですよ! 絶対にダメです!」
「白峰さん……だったら、あなたの家で寝かせてもらえるの?」
「う……それは絶対にいやです。あなたの匂いが部屋についたら、むかつきで今後寝られなくなりそうですから……」
「だったら邪魔しないで……」
詩子が大きな声を出すが、玲菜はお構いなしに俺の腕を引っ張る。
もう玲菜の中では、俺の家に行くことが決定しているらしい。
いやいや、いくら何でもまずい。間違いが起こるとしか思えない。
「間違いなんて起きないわよ……バカっ」
玲菜の囁くような声。バカというのは、確か褒め言葉だったはずだ。
攻め込むのは十二時間ほど先。
美味しい展開を期待してもいいのだろうか……