第三十四話 失われた時間と自信
とんでもない敵を前にしたら、人は誰だって逃げ腰になってしまう。
絶対に諦めてはいけない場面でも、人の心は簡単に折れてしまうものだ。
俺と玲菜は、ミーリアに出してもらった扉を使って、魔界から戻ってきた。
雪城邸の裏にある森の中は、朝の風が少々身にしみる。
さっさと玲菜の家に行きたいところだが、予定時刻を過ぎても、結界がまだ完成していなかった。
玲菜は不安な面持ちで、辺りの様子を伺っている。
なんだか気になり、俺は玲菜に近づく。
「ど、どうしたんだ? 何か分かったのか?」
「……正体不明の魔力が屋敷にいくつもあるわ。たぶん、魔闘師。どうして? どうして魔闘師がいるの? たった数時間で陥落したなんてありえないわ!」
俺たちがあっちの世界に行っていたのは、数時間程度。
携帯で何度時間を確認しても、『土曜日の朝七時』だ。
さりげなく不在着信が百回を軽く超えていることに気がつく。
誰がそんなに電話をかけてきたのだろう。
確認しようとしたところで、玲菜が落胆した声を溢す。
「メルと魔力も繋がっていない。なにが起こっているのよ……」
気の強い玲菜が、今にも泣き出しそうなほど、顔を曇らせている。
以前、メルが暴走したときに玲菜から魔力をメルが受け取っているとかなんとか言っていた。肌を合わせることでより効率的になるんだっけ?
二人が裸で抱き合っていた場面を思い出し、俺は思わず頭を振った。
魔力の繋がりがない。それはつまり――
「メルの身に何かあった。そういうことか?」
「…………うん」
弱々しい玲菜の返事に心がズキリと痛んだ。
俺たちが魔界に行っていた数時間で、なにが起こったのだろうか。
最悪の事態を想定しそうになり、俺は慌てて否定する。
「ね、寝てるかもしれないし、直接連絡をとってみたらどうだ?」
「寝てたって……魔力の繋がりがなくなるわけがない。それに連絡だって何度もしている……でも、ダメなの、メルからの返事がないのよ……」
玲菜の魔力がチリチリと滲み出ている。まるで自分の居場所をメルに教えようとしているようだ。
だけど、そんなことをしたら、魔闘師にも居場所がばれてしまう。メルのコトが心配のはわかるが、少し落ち着かせるべきだろう。
「メルは強いんだろ? なら――」
「そうよ! ウソみたいに強いわよ。さっき魔界で見たレンマースとルーミア、アイツらと同格以上の力を有するのよ? 負けるはずがないわ!」
メルの力がどれくらいかは実際わからない。
だけど、あの二人の反応を思い出すと、それは事実だろう。
あの二人は異常に強かった。神条がどんなに強くても、レンマースやルーミアに簡単に勝てるとは思わない。
それどころか、あんな連中に勝てるヤツがいるのか正直疑問だ。
玲菜が今の状況を信じられない気持ちもよくわかる。
「様子を見に行かないか? ここで考えるより直接行った方が早いと思う」
「……でも、もう私の家には魔闘師がいるわ。簡単には見に行けない……それに神器だって……」
「神器? 神器がどうかしたのか?」
俺はソードをポケットから出す。
その瞬間、奇妙な感覚に襲われた。ソードからなにも感じられないのだ。
「メルに何かあったなら……もう神器も使えない」
玲菜が絞り出すような声で告げた。
だけど、その事実を受け入れられない。俺はソードに向かって何度も『大きくなれ』と叫ぶ。しかし、ソードからの反応はなかった。
魔力を完全に失った時よりも遙かに大きい喪失感。
「う、ウソだろ……なんで……」
何の反応もない小さなソードを見て、初めて実感が湧いてきた。
これはただ事ではない。なにか嫌なコトが起きたのがわかる。
神器とメルが繋がっているなら、神器が使えない以上、メルが死んでしまった可能性があるというコトだ。
全身から激しい怒りと悲しみがこみ上げてくる。どうしてメルが――
「……信じたくないのは……こっちよ……メルっ……」
玲菜の顔が大きく歪み、目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
だけど、玲菜は咄嗟に顔を隠して、そっぽを向き、慌てた様子で目をごしごしとこする。自分が泣いていることを隠そうとしているのだろう。
俺は後を振り返り、玲菜から目をそらす。俺の悲しみなんて、玲菜の十分の一にも満たない、そんな気がして何も言えなくなった。
しばらく鼻をすする音が聞こえ、不意に玲菜のため息が漏れる。
「もう諦めましょう……無理よ。勝てっこないわ……」
「はあ? ど、どうしたんだよ急に?」
いきなりの展開に戸惑いしか出てこない。
玲菜は完全に全てを諦めたような顔をしている。
「メルを数時間で倒したのよ? どうにかできる相手じゃないわ」
話はわかるが、納得はできない。相手が強いのは最初からわかっていたこと。
それを承知で戦おうと決めたのではなかったのか。
「勝てないからって、全部諦めてしまうのかよ? それでいいのか?」
「もう……もうどうでもいい! だって、メルはいないんだもん……」
『だもん、じゃないだろ!』と突っ込みたいが、やめた。
玲菜がメルを大事にしてのも知っているし、そのために、戦っていたのも知っている。メルを失って、守るべき物をなくしてしまったのだろう。
おまけに、相手はメルさえも倒してしまうほどの強敵だ。勝ち目は低い。
「諦めるしかないのか……?」
俺は大きくため息を吐き、天を仰いだ。
※ ※ ※
どれくらい経っただろうか、俺たちは無言の中にいた。
その無言を壊したのは、今、一番見たくない顔。
神条とそのお連れの魔闘師十人ほどが、ここまでやってきたのだ。
さっき、玲菜が魔力を放ったことで発見されてしまったに違いない。
「おやおや、魔力を感じてやってきてみれば、雪城の御当主様ではありませんか!」
芝居がかったわざとらしい声。神経が逆なでされたようで不愉快だ。
玲菜からメルを奪ったコイツらがたまらなく憎い。
俺が突っかかりそうになったところで、玲菜が俺の肩を掴む。
「お願い。春馬は黙ってて……」
俯くような顔で玲菜は悲しみの中にいた。戦う意思はまだ戻っていない。
大丈夫なのかと心配になるが、玲菜は震える足で一歩前に出た。
「わ、私たちになにか用?」
玲菜の声にはまるで覇気を感じられない。
そんな玲菜を神条は楽しげに眺め、ニヤリと笑う。
「こっちのセリフだ。昨日一日、完全に姿を見せなかったから、使い魔を置いて逃げたのかと思っていたが……何しに戻ってきた?」
完全に姿を消したのは魔界に行った数時間だけなのに、昨日一日、逃げていたとか、ずいぶん大げさに言う奴だ。
玲菜は口惜しげに、顔をしかめる。
「……ここは私の家なの。いつ戻ってきたって自由でしょ……」
「それはそうだな。だが、申し訳ないが、結界を完全に切り替えるまで立ち入りは控えてくれないか。邪魔されると面倒なんでね」
雪城家の結界を壊すから、邪魔をするなとは、ずいぶんな言いぐさだ。
黙って聞いていられないが、玲菜は拳を握りしめたまま。
本当に諦めてしまっているのだろうか。玲菜は呟くような声を出す。
「……何日で終わるの?」
「ふむ、三日と言ったところだろうな。君が協力してくれるなら、もっと早く終わらせられるが?」
「誰がっ……」
玲菜は吐き捨てるようにいい放ち、目をそらした。
納得なんかしてない。だけど、言い返せない。そんな様子だ。
神条は肩を竦めて、楽しげな顔を見せる。
「やれやれ、嫌われてしまったか。……それにしても、もう少し早く使い魔を消滅させてくれればと思うと、彼女には悪いことをしてしまったな」
メルのコトを気にしてくれているような気もするが、なんだが言い回し的におかしい。俺は思わず口を挟んでしまう。
「……彼女? 彼女って誰だよ」
「ん? 君らが逃げるために残していった女だよ」
俺に女子の知り合いなんてほとんどいない。詩子、七海、それくらいだ。
誰であっても許さない。憤りを感じたところで、携帯がけたたましく鳴り響く。
相手は詩子だった。神条は興味なさそうな顔で『どうぞ』と手で合図する。
悩んだあげく、急用かもしれないと電話に出た。
『せ、先輩! 無事だったんですか? 良かったぁ……』
心から安心したような詩子の声。驚くほどテンションが高い。
だけど、詩子に問題がないようで少しホッとする。
「……心配をかけてすまない」
『本当に心配したんですよ? ……ずっと携帯が繋がらないから、もう百回くらいかけましたよ!』
あの着信履歴の犯人は詩子だったようだ。
「…………うん、かけ過ぎだな」
『だって、昨日一日、連絡つかなかったんですよ? 誰だって心配します。先輩……昨日、何があったんですか?』
「……昨日? お前と最後に連絡したのって、数時間前だよな?」
数時間、連絡が無いだけで心配しすぎだ。
呆れる俺に、詩子はキョトンした声を返す。
『え? 違いますよ。先輩と最後に話したのは、昨日、日付が変わってすぐですよ?』
日付が変わってすぐなら、今日だと思うのだが、人によっては朝起きてからが今日と言う人もいる。詩子もそうなのだろう。
だとすれば、やはり、詩子と話していたのは数時間前。
諏訪の約束が水曜日までだった。
それで昨日の木曜日は一日中逃げて、今、七時。記憶に間違いは無い。
「だよな? だったら、やっぱり数時間前――」
『――先輩、今日は土曜日ですよ?』
ガーンと頭を殴られたような衝撃。
さっきから携帯を見るたびにあった違和感の正体。
『土曜日の朝七時』、本来であれば、今は金曜日の朝七時のはずだ。
神条や詩子が言っていたこととのズレ。落ちるはずのない雪城家が陥落した理由……全てが一つに繋がった。日付が一日、飛んでいるのだ。
どういうことだ?
『……先輩を探そうにも、昨日のお昼辺りからバレッタ使えなくなって……』
詩子のバレッタも使えなくなっている。玲菜の言ったとおり、全ての神器が使用不可なのだろう。そして、メルが倒れたのは、お昼近くということだ。
「すまない。なにか色々と勘違いをしていたようだ……」
『そうなんですか? ……あ、それよりも……落ち着いて聞いてください……』
間を取るように詩子の小さな吐息が電話越しに聞こえる。
なにか重要な話をされるのが嫌でもわかった。
決心したように詩子が大きく息を吸う。
『七海とも連絡が取れないので、工場に様子を見に行ったんですよ。そしたら、そこに焼け焦げたあとが残っていて……』
ドクンと心臓に刺されたような痛みが走った。
「こ、焦げあとってなんだ?」
『……女子の制服が……うちの高校の――っ、な、七海じゃないですよね!? 七海は逃げたんですよね?』
あまりにも馬鹿げた話。だって、七海は別の道から逃げると言ったんだ。
工場で焼け焦げになっているはずがない。
ため息交じりに否定しようとする。
「も、もちろん大丈――」
しかし、俺は言葉を詰まらせた。『彼女には悪いことをしてしまったな』
ふいに思い出した言葉。
『せ、先輩――?』
俺の手から携帯がポロっと滑り落ちる。
携帯から詩子の大きな声がするが、俺の耳にはもう届かない。
視線は神条に釘付けになっている。
「ま、まさか……さっきの彼女って……街外れの工場か……?」
「ああ、そうだとも。お前たちがどこに逃げたのか、聞いたのだが、少々面倒なコでね。なかなか口を割らないんだよ……」
目の前が真っ暗になりそうな感覚。
呆然と言い訳のような言葉が漏れる。
「う、ウソを言うな。だ、だって、他に逃げ道があるって……」
「……? そんなのは知らんが、その少女は最後までなにも言わなかった。まあ、その頑張りも、何の意味もなかったわけだが――ははははっ!」
頭の中で何かがキレたような音がした。
神条の顔を今すぐにでもぶん殴ってやりたい。
それだけしか頭にはなかった。
「てめぇぇぇぇっ――――!」
神条につかみかかろうとすると、後ろにいた魔闘師たちが一斉に俺を取り押さえた。ソードの強化の無い俺では、あっという間に身動きが取れなくなる。
それでも俺は叫ぶ。
「な、七海を――っ、七海を殺したのかっ!」
「君らが行方不明になるからだよ。仕方ないから、君らを逃がしたと思われる彼女をちょいと拷問したのさ。けど、なぜか、使い魔が消えてくれてね。まったく時間の無駄もいいところさ」
神条は肩を竦め、鼻で笑う。
「て、てめぇ! 絶対に許さねえっ!」
「許さないか……ふふふ……ふははははっ! だったら、どうにかしてみろ。お前が死ぬまでにな」
そう言って、神条の手には魔力が込められはじめた。
俺を殺す気だ。身動きも取れず、戦う力も無い。七海が殺されたのに、こんな一方的に殺されるのか。
そんな俺と神条の間に玲菜がスッと入ってくる。
「ちょっと待ってよ! 私たちは協会に逆らう気はない! こんなことは止めて!」
玲菜の声に魔闘師たちは神条を見つめる。
少し考え、神条が頷くと、魔闘師たちはすぐに神条の後ろに戻った。
玲菜は俺に手を伸ばし、立ち上がらせてくれる。
「どうしたの? 急に取り乱して……?」
俺は詩子から教えてもらったことを玲菜に告げる。
話を聞き終えた玲菜は、眉間にシワを寄せ、拳を握りしめていた。
「そう。渋谷さんには申し訳ないことをしたわね……一日時間が飛んでしまったなら、いろんなコトも納得ね……」
俺の話に一切の反論はしない玲菜。
おそらく、すでに似たようなことを想像していたのだろう。
「なんでこんなコトになったんだよ!」
玲菜は顎の下に手を置いて、考え込む。
それからゆっくりと口を開いた。
「ルーミアよ。さっき扉をくぐっているとき、妙な目眩があったでしょ?」
確かに異常なほど気持ち悪い、目眩を感じた。
錯覚と思っていたが、あの時なにかされたのだろう。
俺が頷くと、玲菜は話を続ける。
「多分、時間の移動があったのよ。対価って言ってけど、昨日一日の時間だったのね……」
「時間を飛ばすってそんなこと出来るのか?」
「未来に一日進むだけなら簡単よ。だって、丸一日寝かせて、それを認識できなくするだけですもの……わざわざ魔法なんて使わなくても、麻酔薬だけでもできるわ」
全身麻酔をすると、フッと意識がなくなり、気がつけば時間が過ぎているらしい。確かに魔法じゃなくてもできることだ。
「じゃあ、俺たちは麻酔薬を嗅がされたってことか?」
「方法は知らない。けど、あれだけの魔法使いが用意したもの。……どんな物が仕掛けられてもおかしくはないわよ」
苛立ちで俺は地面を蹴った。
どうして、簡単に信じて、あの扉をくぐってしまったのだろうか。
他の方法を探せば、昨日一日を無駄にせずにすんだかもしれないのに。
「丸一日あったなら……なんでもできるわよ。霊脈も開けっ放し……ほんと、どうしようもないわね……私……」
不意にこぼれた玲菜の切なる声。それが俺の心を激しく揺さぶる。
なんとかしたくて、力になりたくて、声をかけたくて、
だけど、玲菜はどこか安心した顔をしていた。
「そっか……メルは負けたわけじゃなかったのね……」
そんな呟きのあと、玲菜は神条に視線を向けた。
神条が肩を竦め、一歩近づいてくる。
「さて、相談は終わったかい? 協会には逆らわないってコトは、このままこの土地を明け渡してくれるんだろ?」
余裕ぶっこいた神条のムカつく顔。
絶対な強者が見せる敗者への顔だ。
「ふざけるな! てめえは絶対に殺すって言ってるだろ!」
「春馬、口を出さないで……ここは私の土地よ」
玲菜が俺をなだめるように呟く。さっきと同じ光景。
俺には口を出させないつもりだ。
だけど、玲菜は諦めているなら、今度は黙っていられない。
「ダメだ! お前が決めたら――」
「黙っててって言ってるでしょ! 全ての決定権は私にあるわ!」
悲痛に満ちた玲菜の声。すでに答えは決まっているのだろう。
だったら玲菜の意見なんて関係ない。俺一人だけでも戦ってやる。
俺は玲菜を一睨みし、そっぽを向いた。
ニヤニヤと神条が楽しげに玲菜に目を向ける。
「それが賢明な判断だ。では、明け渡しの調印式を――」
「ええ。確か、模擬戦で決めるって話よね? きちんとけりを付けましょう?」
満足げだった神条の言葉を、玲菜が大きな声で遮った。
急にはしごを外された気分なのか、神条の表情が強ばっている。
「……どういうことかな?」
「アンタさ、これは模擬戦だって言ったわよね? おまけに五人しか使わないって……言った。全部ウソじゃない?」
先日の深夜。俺たちを襲うために魔闘師が二十人ほどやってきた。
アレがなければ、俺たちが魔界に逃げる必要も無かったのだ。
神条は逡巡し、口を開く。
「それは誤解だ。俺たちは別の人間を追っていた。そこに『たまたま』お前たちが来て、連中が誤解をしたと言うわけだ」
「白々しいことを言うのね?」
「そうかな? こちらの不手際で、お前たちに怪我をさせたか? とんだ言いがかりは止めてもらおうか」
確かにあの時、街の中には、俺から神器を奪ったヤツがいた。
だとすると、神条は言い分は正しいのかもしれない。
言いがかり……ムカつく言葉だが、変えようのない事実だ。
「だったら、私は負けてないってことよね? 負けも認めてない。私の家だってまだ結界は残ってるわ。そちらはまだ勝利条件を満たしてないわよ?」
玲菜はニコッと笑う。諦めてなんかいなかった。
「玲菜!」
俺は嬉しくなり、思わず玲菜の名を呼んだ。
恥ずかしそうに玲菜が照れた笑いを浮かべる。
そんな俺たちのやりとりを見てか、神条の表情は歪み、余裕が消えた。
ジロッと玲菜を睨み付け、ワナワナと口を震わせる。
「ふん。よかろう。だったらあと三日だ。結界の書き換えが完全に終わるまでに挑んでくることだな」
「ええ、約束通り、今度こそ、五人で待ってなさいよ!」
いらつき気味に神条は鼻を鳴らし、魔闘師たちを連れて去っていく。
俺はその背中をいつまでも睨み付けていた。
七海の仇は絶対に取ると――
※ ※ ※
神条が去り、玲菜は大きくため息を吐いた。
状況を考えれば、あまりにも無謀な発言。
相手が五人しか使わないとは言え、俺たちはたった二人だ。
それも、俺には神器がないことから、戦力としては微妙だろう。
だけど、玲菜は言い切った。勝てると思っているのだろうか。
「どうしてあんなコト言ったんだ? だって、お前、もう諦めるって……」
「言ったでしょ? 数時間でメルを倒せる相手なら勝ち目ないわ」
「だったら――」
「けど、違った。あいつはメルに手も足も出なくて、渋谷さんに手をかけるほど追い込まれていたの。メルが負けてないなら諦める理由にはならないし、してはいけないのよ」
巨大な敵を前にしても、玲菜は諦めない理由を見つけたようだ。
俺は、俺たちを逃がすために犠牲になった、七海の仇を絶対に取りたい。
復讐。それはなによりも原動力になる力だ。
相手がどんなに強力、強大でも、達成したいと思えるほどに。
玲菜は大きく息を吸い、潤んだ瞳で俺を見つめる。
「メルを失ったのは全部私の責任。だからこそ、私がメルの弔いをする必要がある。……よかったら、付き合ってくれない?」
戦う手段すら無くなった俺に玲菜が頼ってくれた。
それほどに玲菜はなりふり構っていられないのだろう。
玲菜に頼られると、ちょっと誇らしくなる。だけど――
「嫌だ……そんなのは、嫌だ」
俺のハッキリとした言葉。
玲菜の表情に影が差し、せわしなく髪をいじ始める。
「そ、そうよね……ごめんね、無理なことを言って……」
多分、俺が断ったと思ったのだろう。
だから、俺はハッキリと告げる。誤解させないように。
「これはメルだけの弔いじゃない。七海だってそうだろ? だから、付き合ってくれとか言うなよ! 一緒にやるんだ!」
玲菜は一瞬、目を丸くして、戸惑った顔をする。
そして、嬉しそうな笑顔がほころぶ。
「は、春馬……あ、ありがとう!」
玲菜の全てを守りたくなる、素敵な笑顔だった。
しかし、そこに思いがけない声が響いてくる。
「私もご一緒していいですか? 二人だけの世界なんて許しませんよ?」
息を切らせながら、俺たちの間に割り込んできたのは、詩子。
地面に落ちた俺の携帯には、『通話中』の文字が表示されていた。
詩子を巻きこみたくないと思っていたが、どうやら、ずっと会話を聞かれていたようだ。まずいコトになった。
その気持ちが強くて、詩子の到着があまりにも早いことに、その時の俺は気づくことができなかった。