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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
33/51

第三十三話 赤と青の髪の女たち

 空には太陽が三つも並び、どす黒い雲に立ちこめ、地面の土は紫に見える。

 俺たちは今、魔界に来ていた。

 あんな逆転の幕開けみたいな終わり方をして、今回はあまりにもギャップのある始まり方。それには理由がある。

 襲ってくる魔闘師たちを、俺と玲菜は見事なコンビネーションで圧倒し続けた。

 そこまでは良かったのだが、その場に応援が来たのだ。

 次から次にやってきて、最終的には二十人くらい。絶体絶命の危機。

 そこで玲菜が下水路から持ってきた扉のオブジェクトを発動させて、俺たちは魔界に逃げ込んだというわけだ。

 いや、閉じ込められたという方が正しいかもしれない。


「だって、しょうがないでしょ! 封印したばかりで魔力なんてほとんど残ってなかったんだから!」


 黒い石の上に座っていた玲菜が声を荒らげた。


「それはそうだけど、もうすこし方法があったんじゃないのか? ……だって、戻れないとか……あり得ないぞ?」


 俺たちは魔力切れ寸前の扉を使ったため、魔界に来てすぐにその扉のオブジェクトは消滅。帰るにも帰れなくなったのだ。

 街から外に出られなくて、魔界で遭難するってどんな状況だよ。


「わ、わかってるわよ。……けど、あの状況じゃ、のんびりしてたらみんなやられていたわよ!」


 玲菜が怒鳴るのもわかるような気がした。助けに行った俺が、逃げる手段をなにも用意してなかったのだから。


「言われてみればそうだな。絡むような言い方して悪かった」

「いえ、待って! 謝られたら謝られたでなんか癪だわ。……私の悪手が原因でもあるわけだし……」

「………………どう言えば納得するんだ?」

「こいつ面倒だなって思ってるでしょ?」

「大丈夫。全く思ってないから」

「すごい棒読みね。……まあいいわ、そろそろ襲われそうだし……」


 玲菜は周辺を探るように視線を送った。

 その視線の動きでようやく俺は気がつく。囲まれている。

 グルグルとうなり声を上げ、何かが近づいてきた。

 そいつらを見て、俺はゴクリと息を呑む。

 ボロボロの皮鎧で身を包み、手には短めの剣。全身が毛で覆われており、顔は犬そのもの。人型をしたオオカミが五匹ほどで姿を見せた。


「ば、化け物! なんでこんなのがいるんだよ!?」


 戸惑う俺とは対照的に、玲菜は落ち着いていた。

 すぐにでも戦えるように魔力を放出している。


「そりゃいるわよ。世界各地で見聞されている妖怪や妖魔、怪物。それらの多くがこの世界から迷い込んだ奴らなんだから」

「はあ? じゃあ、この世界の生物が神話や伝記に出てくるモンスターってことか?」

「召喚生物なんかもいるから一概にそうとは言えないけど、まあ、ルーツも考えれば、あながち間違ってはいないわね」

「なんだよ、ルーツって?」

「魔法って言う概念がこの世界から伝わってきたもの。そう言う話よ」

「…………つまり?」

「この世界が魔法の発祥地なのよ」


 玲菜がそう言いきったところで、人狼たちが同時に大きく口を開く。

 その口から放出されるのは魔弾。

 俺は咄嗟にソードを大きくふり、その魔弾を切り捨てた。

 目の前に二匹に向かって、お返しとばかりに玲菜が魔弾を撃つ。

 一瞬して、二匹は凍り付いた。相手が人間ではないからか、玲菜は容赦ない。それを見た、残りの三匹は一斉にその場を逃げ出した。

 力の差の思い知ったのだろう。強くはなかったが、さすがに人型のモンスターとかはやばい。気持ち悪い。できれば二度と会いたくない相手だ。

 勝利の余韻にも浸ることなく、玲菜が俺に視線を投げる。

 なにを言われるのかと思ったら、


「いつも思ってたけど、どうして春馬って魔法を『切る』わけ? かっこいいとか思ってるの?」


 そんな質問。理由は特にないが、他に魔法を防ぐ方法を知らない。


「い、いや……意識はしてなかったけど、防ぐにはその方がいいかなって……」

「…………は? えーと、ボールが飛んできて、それを受け取るより、棒で打ち返す方が簡単って思ってるの?」


 そんなわけがない。

 仮にそうだとするなら、野球選手の打率はもっと高いはずだ。


「いやいや、そう言う話じゃないだろ? そもそも魔法は手で受け止められない」

「そういう勘違いか。……いいわ。どうせ、ここから出られないし、魔法障壁の練習でもしましょうか」

「今、出られないってさりげなく言った!? やっぱり遭難なのか!?」

「言ってないわよ。さあ、とっとと始めるわよ。幸いなことにこの世界には溢れんばかりの魔力が満ちているから、無茶をしてもすぐに回復するわ」


 玲菜の話だと魔法障壁は特別な詠唱はいらないらしい。

 ただ、自分の前に壁を作るようなイメージで魔力を放出させるとか。

 魔力の量と、技術によっては……すさまじい強度になるようだ。


「障壁はね、密度を高めれば高めるほど堅くなるわ。それこそ、最強クラスの防壁だと核兵器だって防げるらしいわ」

「ま、マジかよ!」

「すごいでしょ。けど、あくまでも世界最強の防壁クラスよ? アンタじゃ、一生かかっても、そこまではいけないと思うけどね」


 玲菜はバカにしたように肩を竦める。

 腹の立つ仕草だ、絶対に強力な魔法障壁を手に入れてやる。

 攻撃はソードがあるからどうにかなる。そして、魔法を俺自身の力で防げるようになれば、戦略がかなり広がるのではないだろうか。

 イメージとしては、無敵の剣に、無敵の盾を手に入れるようなものだ。

 なんか、すげー。俺、強くなる気が……


「よし! やろう! すぐやろう! いますぐやろう!」

「じゃあ、ソードを置きなさい。生身で私の魔弾を受け止めてね」


 さっき一瞬にして凍り付き破壊された人狼を思い出す。

 まともに受けたらどうなるかなど考える必要も無い。


「……は? はあああ? いやいや、死ぬって、それは死ぬ!」

「最初は手加減するから、骨折……コホン、軽い打撲と凍傷ですむわよ」

「今、骨折って言った! 絶対言った!」

「ああ、面倒くさい! さっさとしなさい!」


 玲菜は魔弾を何発も連打してくる。

 ソードが俺の体を強化してくれ、体を捻ってかわす。


「な、なにしてんのよ! 受け止めなさいよ! 避けてどうするのよ!」

「だ、だって……」


 俺は横目で魔弾がぶつかったところを見つめる。

 木はへし折れ、岩は砕け、地面はえぐれていた。どう考えても死ぬ。


「では、マスターこうしましょう。わたしが強化しておきますので、試しに生身で受け止めてください。多少痛みは和らぐはずです」


 ソードからのまさかの提案。

 その方法なら、被害は少なそうだ。


「よし、じゃあ、この左手に向かって放ってくれ!」


 玲菜が面倒くさそうな顔で、俺の構えた左手に向かって魔弾を放った。

 ソードによって強化された俺の左手は、魔弾を容易く受け止め――られず、激痛に襲われた。


「いてぇぇぇぇっ!」


 腕がちぎれたかと思うほどの痛み。

 絶対に無理、こんなの受け止められるようになるとは思えない。

 

 ※ ※ ※

 

 二時間以上、練習して、玲菜の軽い魔弾程度なら両手で受け止められるようになった。痛みは多少あるが、ちぎれるほどではない。

 しかし、玲菜の表情は優れない。


「そんなやり方じゃ、実戦だと体ごと吹き飛ばされるわよ。もっと魔力を凝縮させて、魔法をかき消すイメージをしなさい」


 つまり、魔法を受け止めると言うより、魔力を放出させて、相殺させるような感じなのだろうか。

 それにしても、何度も練習したはずなのに、一向に魔力が尽きる様子がない。

 不思議な世界だ。本当に魔力に満ちている。

 この調子だと何時間でも魔法を使い続けられるかもしれない。

 前回、この世界に連れてきた来た人形たちはどうなったのだろう。

 漏れていた魔力を吸収しただけであんなに強くなったんだ。この世界に来て、それなりに時間が経てば、やばいことになった気がする。

 ああ、嫌なコトを思い出してしまった。

 ガシャーン、と俺たちの前に、何かが吹き飛ばされた来た。

 機械の音を立てながら、起き上がるその物体。先日、この世界に連れてきた人形だ。やはり、嫌なコトを思いだすと、そのツケが必ず回ってくる。


「玲菜! 人形が来たぞ!」


 玲菜も魔力でわかったのか、すぐに戦闘体勢に入った。

 ギシッと音を立てて、人形が立ち上がる。魔力の量は圧倒的で、さっき下水路で戦ったときは比べものにならない。

 どれだけ魔力を吸ったのか計り知れないほどだ。

 ジリッと空気が焼け付く感じがして、俺は息を呑む。

 しかし、そこに上空から、ものすごい勢いで降ってきた人間。そいつが、人形を死神のような大きな鎌で真っ二つにする。

 圧倒的な魔力の人形を、一瞬して屠ってしまった。


「これで終わりっとっ!」


 暢気な声でそう言って、全身を大きく伸ばす。

 燃えるような真っ赤の髪。ショートカットにして、男っぽい表情。

 一瞬、男が来たかと思ったほどだ。だが、胸の膨らみ、女性的なシルエットから、それが間違いだと気がつく。

 中性的な魅力で、衣装も男性物のように飾り気がない。

 そいつは、チラリと横目に俺たちをみて、声をかけてくる。


「オマエたち、こっちの世界の住民じゃねえな?」


 鋭い視線。目を合わせるだけで魂まで持って行かれそうな雰囲気。

 ただ者ではない。


「さ、さっきの人形、お前一人で倒したのか?」

「え? もしかして、カスたちをこの世界に連れこんだのは、オマエらか? この世界の治安を乱すなら、容赦しないからな?」


 ビリビリと世界が震えていく。こんな魔力は初めてだ。

 神条を見たときですら感じたことのない恐怖が全身を襲う。

 隣にいる玲菜も同じ感想なのだろう。顔を青ざめていた。


「ま、待て、悪かった。事故なんだ。この世界の治安を乱すとかは考えていない!」


 俺の必死な言い訳をそいつは、ジト目で見る。


「本当か? けど、どうでもいいや。ボクの名前はレンマース。同時にオマエらを殺すヤツの名前でもある」


 レンマースと名乗ったそいつは、でかい鎌を軽々と肩に担ぐと、膝を曲げた。

 今にも飛びかかってきそうな気配に、俺は思わずソードを構える。

 相手との力の差は歴然だ。俺はセカンドを発動させた。

 この世界の影響か普段よりもソードから得られる魔力が大きい。

 そんな俺をレンマースは自虐的な笑みで見つめる。


「ふーん、そっか、そういう繋がりなんだね」


 担いでいた鎌をしっかりと握りしめて、改めて、こちらに視線を向ける。


「あっさり殺すから……出し惜しみはするなよ」


 そう呟いた瞬間、レンマースが大きくなったような気がした。違う、もう目の前にいたのだ。セカンドを発動させているのに、移動すら見えない。

 風を切る音すら追い抜いて、鎌が一瞬にして、俺の胴体を襲う。


「マスター!」


 ソードの声が響き、その鎌を受け止める。だが、防いだはずなのに、圧倒的な威力で、一気に吹き飛ばされた。


「これで終わりだね――!」


 地面に這いつくばった俺に向かって、レンマースが魔法を放ってきた。

 世界を覆い尽くすかのような巨大な魔法。

 逃げるとか、そう言うレベルじゃない。一瞬して数キロ圏内は吹き飛ぶであろう膨大な魔力を秘めている。まさに核兵器。

 こんなの直撃じゃなくても死んでしまうだろう。


「春馬っ!」


 立ち上がろうとする俺を庇うように、玲菜の背中が見えた。両手を大きく広げ、絶体絶命のピンチにまた玲菜が身を挺して俺を守ろうとする。

 何度も何度も見た背中。

 また玲菜が自分を犠牲にして、俺を守ろうとしているのだ。


「いつもいつも俺の前に出て、庇いやがって!」


 俺の体は痛みなど忘れて、自然と動いた。

 玲菜を押しのけ、俺が玲菜の前に立つ。


「ば、ばかっ! アンタが防げるわけないじゃない!」


 避難するような声が後ろから聞こえてくる。

 魔法障壁を覚えたばかりの俺が、大それたコトをしたのは間違いない。

 玲菜に任せてれば、少なくとも俺は無事に済んだかもしれないのだ。

 だけど、嫌だ。玲菜が傷つくのはもう見たくない。


「うるせぇ! できるとかできないとか関係ない。俺がお前を守るんだ!」


 できるかできないかで言うのであれば、魔法障壁を覚えて二時間程度の俺が、こんな高威力の魔法を止められるはずがない。

 だけど、やると決めたらやるんだ。

 玲菜は言っていた。世界最強の魔法障壁なら核兵器だって防げると。ならば、それを今ココで作り出すのだ。どうやって? そんなのは知らない。

 俺にできることはイメージすることだけだ。

 何者にも負けない最強の盾を心の中に思い描く。

 ――俺は強く強く念じる。

 どこまでも堅く堅牢で堅守な、全てを退ける世界最強の壁になれ。

 その気持ちに同調するように伸ばした両手から、魔法障壁が発動した。

 激しい爆風と爆撃が俺の手を突き抜けていく。世界を覆うような地響きと爆炎。俺はその中で手を伸ばし、魔力は放ち続ける。

 辺りから煙が消えると、目の前にはレンマースが驚いた顔をしていた。


「凄いね。……あれを防ぐのかい?」


 俺は後ろを振り返る。俺の体を中心にそこから斜め四十五度以外は、両脇は地面ごとえぐれ、地表が歪んでいた。

 圧倒的な威力の魔法が、俺を避けるように飛び散っていた。


「は、春馬……あ、アンタ、今の……」


 玲菜の瞳孔は大きく開かれ、表情が固まっていた。


「は、ははは……はははは……」


 思わず零れる笑い。

 自分でやっておきながら、まるで夢でも見ているような気分だ。


「じゃあ、今度はもうちょっと本気でやらせてもらおっかな!」


 そんな冗談めいた言葉を吐くレンマース。

 だが、すぐにそれが冗談ではないことが理解出来た。

 さっきの核兵器のような魔法が、かわいく見えるような膨大な魔力。

 俺は拳を強く握り、唇を噛み締めた。


「ほら、じゃあ、これを防いでみ――」


 レンマースが口角を上げたところで、上空から声が響く。


「レン。掃除を投げ出してどこか行ったらと思ったら……なにを遊んでるんですか?」


 透き通るような白い肌に、淡い蒼色の長い髪。

 ニコニコとした顔で朗らかに見える。

 青を基調としたワンピースでとても清楚な女性だ。

 その手には人形の頭が握られていた。

 レンマースは蒼い女を見て、嫌そうな顔をする。


「だって、あの人形を持ち込んだのは、コイツらだぜ?」

「こいつら……?」


 そこで初めて蒼い女が俺たちの存在に気づいたような顔をした。

 俺の手元を一瞥し、レンマースの隣に降りてくる。


「レン、お止めなさい。その人たちはメルの関係者ですよ」

「ふん。わかってるよ。だからこそ、殺してやるんだ。あいつを返してもらうためにね」

「……メルがそんなことを望んでないとしても?」

「はあ? メルがこの程度の人間に使役されて満足してるって、そんなバカな話があるか!」

「満足しているのかはわかりません。でも、メルがいつまでも帰ってこないと言うことは、そういうことだと思います」

「でも、でも……」


 なにか理由を付けて、レンマースは俺を攻撃しようとしている。

 だけど、言葉が見つからずに困っているようだ。

 蒼い女は大きくため息を吐く。


「あなたの魔法を防いだのだって、メルの力。人間単体であの力を出せるはずがありません」


 指を指されたことに気がつき、俺は手元を見る。

 気がつけば俺の手にはソードが握られていた。ソードを媒介にして、魔力を急激に高めたとか、そういう話なのだろうか。

 ソードが助けてくれたようだ。


「彼女の持ち物がこの世界で覚醒する。別に珍しいことではないはずですよ」

「あいつ本人の力じゃないって、そう言いたいのかい?」

「当然でしょう。あなたの魔法を止められる人間なんてありえませんよ」


 その言葉にレンマースは納得したような顔でそっぽを向いた。

 玲菜が戸惑いながら、蒼い女に話かける。


「あなたは誰? メルのことは知ってるみたいだけど?」

「これは失礼しました。私の名前はルーミア。以後お見知りおきを……メルのマスターさん」


 ゾワッと背中に悪寒が駆け巡った。

 にこやかな雰囲気で騙されていたが、あのレンマースと遜色はない。

 どんな化け物なんだ、コイツら二人は……。それが一目を置く、メル。


「じ、自己紹介嬉しいわ。私は雪城玲菜、こっちが赤羽春馬よ……二人のことメルから訊いたことないけど、よかったら教えてくれない?」


 玲菜は首を傾げ、興味深そうな顔を見せた。

 しかし、その質問の瞬間にレンマースとルーミアの表情が曇る。

 とくにレンマースの表情は凄まじい。


「やっぱダメだ。コイツら殺さないと気が済まない!」

「レン! いいかげんしなさい!」


 ルーミアが叫ぶと、戦闘体勢に入っていたレンマースの背筋がピンと伸ばし、おっかなびっくりとした表情をルーミアに向ける。


「……ああもう! 面倒くさい、だったら、そいつらに言っといてよ。今度この辺ちょろちょろしてたら、さっきの数倍の魔法をぶち込んで殺すって」


 いや、目の前にいるんだけど。

 レンマースは不機嫌な顔をして、あっという間に上空に姿を消した。

 そんなレンマースを見て、ルーミアは軽く頭を下げる。


「すみませんでした。あのコ普段はいいコなんですが、メルのコトになると……」

「な、なにか気に障ったかしら? メルは私にとっても大事な――」


 玲菜の言葉を遮るように、ルーミアの魔力が跳ね上がった。

 さっきまで変わらずに笑っているのだが、とてもそれが笑顔には見えない。

 むしろ、睨まれているようにすら感じてしまう。


「私の前でメルのコト、気安く語らないでもらえますか? 殺してしまいそうになりますので……」


 ルーミアが大きく息を吐くと、パチンと大きく魔力が弾けた音が聞こえる。

 魔力がルーミアの魔力が解放され、いつものニコニコ顔に戻った。

 レンマースもルーミアもよほど、メルのコトを大事に思っているのだろう。

 こいつらの前でメルのコトに触れるのは危険だ。

 ルーミアは俺たちを見回し、優しい声で話しかけてくる。


「ここはあなた方がいていい場所じゃありません。速やかに自分たちの世界にお戻りください」

「……帰り道がわからないの。知ってるなら教えてくれない?」


 玲菜の問いに、ルーミアは目を閉じ、考え込んだ。

 しばしの間のあと、玲菜に視線を向ける。


「では、ここにゲートを開きましょう。あなたの家の近くでいいですね?」


 玲菜は目を丸くして頷く。

 まさか、こんなに簡単に帰れるとは思わなかったのだろう。

 ルーミアが詠唱を行うと、眩いばかりに光を放つ扉が姿を見せた。

 元の世界に戻れると思うと、自然とテンションが高まる。


「あ、ありがとう! 助かった!」

「礼には及びません。対価はいただきますので……」

「え?」


 そんな意味深なことを言ったルーミアだったが、何かに気がついたかのように俺を見つめた。


「赤羽さんでしたっけ? さっきの魔法障壁は見事でした。かなり修練を積まれたのでしょうね」

「い、いや……それほどでも……」


 二時間をかなりと言っていいのはわからずに俺は言葉に困る。

 ルーミアはしばらく考えたあとに、ぽつりと呟いた。


「さっきはレンの手前、ああ言いましたが、冗談や偶然で、彼女の魔法は防げない。防げたというのなら、それは紛れもない、あなたの実力ですよ」

「……ソードの力を借りただけじゃないのか?」

「それを引き出せることも、あなたの力と言うことです」


 ルーミアはニコッと微笑み、手を振った。

 俺たちはルーミアに別れを告げ、扉をくぐる。

 眩い光の中で激しい目眩を覚えてしまう。今までに感じたことのないほどの揺れだった。長時間、あっちの世界に行ってた後遺症だろうか。

 懐かしい風の匂いを感じ、俺は目を開ける。

 数時間ぶりに戻ってきた世界は、すでに日が昇っており、太陽が顔を出していた。

 辺りを見渡すとどこかの森。

 玲菜が辺りを探り、ホッと息をつく。


「間違いないわね。ここは私の家の敷地内よ。けど、変ね……結界がまだ発動していない……」


 帰ってくるのがまだ早かったのかと、俺は携帯の時間を確認する。

 携帯には自動で日時を合わせてくれる機能があるので、圏内に入れば、時刻は基本的に正しくなるはずだ。

 時刻は『土曜日』の朝七時を少し過ぎたくらい。朝六時には発動と言っていたから、すでに完了していてもおかしくない時間だ。

 作業が遅れているのだろうか。

 ――あれ?

 なにか大事なことを見落としたような奇妙な違和感を覚えてしまった。


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