第三十一話 本当の友だち
本当の友だちとは、いつも一緒にいる奴のコトじゃない。
大事なときに、何があっても駆けつけあえる相手のことだ。
たとえ、距離が遠くても、たとえ、付き合いが短くても。
俺と玲菜は魔闘師から逃れて、学校に来ていた。
午後八時過ぎ。戸締まりも済んでおり、本来ならこんな時間に学校に来ても、鍵がかかっていて中には入れない。
学校に忍び込むなんて、中学の頃に戸田とやった以来だ。その時、こっぴどく叱られた記憶があるので、夜の学校は勘弁して欲しい。
しかし、玲菜はそんなことも気にせず、学校の中へ入っていく。裏口を知っていたり、鍵の開け方を知っていたりと、見事な手際の良さだ。
おかげで、何のトラブルもなく、俺と玲菜は生徒会室に到着できた。
まだ教師がいるかもしれないので、電気は付けず、携帯の灯りで済ませる。幸いなことに充電器もあるため、バッテリー切れの心配もない。
会議用の机に備えてある椅子に座る。ちょうど玲菜と対面になる形だ。
「忍び込んだあとに言うのもなんだけど、セ○ムとかの警備会社は大丈夫なのかな?」
「それは大丈夫。結界を発動させて、防犯センサーを誤動作させているのよ。私たちがセンサーに引っかかっても、警備会社へ連絡はいかないわ」
来ても追い払うけどね、と玲菜が得意げな顔を見せた。
「便利なものがあるんだな。俺なんか中学の頃、戸田と学校に忍び込んで、大変な目にあってビビってるのに……」
玲菜は少し身を乗り出し、興味ありげな顔を見せる。
「なにそれ? ずいぶんバカなことをしたのね?」
「たった今、全く同じコトをしたヤツには言われたくない。……防犯システムがあるってコトを知らずに、夜の学校に忍び込んで捕まったって話だよ」
でも、戸田との関係を語る上で、絶対に外せないエピソード。
俺が警備員たちに押さえつけられ、犯人のように、いや、実際に不法侵入の犯人だが、連行されそうになった。
そこに戸田が来て、助けに来てくれたんだ。
結局、捕まったけど、すごく頼もしく思えたし、いい奴だと思った。
何より嬉しかった。三年経った今でも、ハッキリ覚えている。
「ふーん、中学ね。……アンタと戸田って、結構付き合い長いのよね?」
「小五の時にアイツが転入してきてからだから、それなりにな……」
詩子の次に付き合いが長いヤツだ。
「戸田、生徒会室ではいつもアンタの話ばかり、楽しげに話してるわよ」
「マジ? どんな話されてるのか……恐いな」
「悪いことは言わないわ。アイツ、アンタのこと、大好きだもの」
「なんだよそれ……気持ち悪い」
「……でも、本当は嬉しいんでしょ?」
玲菜は言って、楽しげな笑みを見せた。
真っ正面からそんなことを訊かれると、照れくさくなる。
戸田とどんな関係かと言われれば親友だろう。いや、悪友かな。
校則の厳しいこの学校で、一緒にバイトをしようと誘える相手は戸田くらいだ。
なんだかむずがゆくなり、俺は顔を逸らす。それと同時に腹が鳴った。
久々の休憩で気が緩んだろう。
「ずいぶんのんきな音をならすのね……」
確かに、魔闘師に追われている状況で暢気な音だったかもしれない。
だけど、俺にだって言い分はある。
「しょうがないだろ。今日はなにも食べてないんだ。お前だって腹減ってんだろ?」
「ふ、私はプロの魔法使いよ。数日くらい食べなくても平気よ」
玲菜がかっこいい顔で言い切った。
少し見直したところで、玲菜の方からお腹が鳴る音が聞こえてくる。
「……無理はよくないぞ?」
玲菜は顔を真っ赤にしてプルプル震え始めた。
「う、うっさいわね! そうよ、お腹空いてるわよ。悪い? プロがお腹空いちゃ悪いってわけ!?」
「お前が言ったんだろ!」
「……仕方ない、職員室へ行きましょう。来客とかあるだろうし、多分、何かあるはずよ」
不法侵入の次は、窃盗。
「もはや、完全な泥棒だな」
「……なによ。いやなら、やめとく?」
玲菜は立ち上がり、すでに行く気満々だ。
俺はどうしようかと悩んだが、いざというときのコトを考えると、
「背に腹は代えられないな。無事に生き残ったら、一緒に謝りに行こうぜ」
「そうね、そうしましょうか」
玲菜は肩を竦め、イタズラぽく微笑んだ。
警備会社がこないとなると、夜の学校も悪くない。
※ ※ ※
薄暗く不気味な廊下を駆け抜け、職員室までやってきた。
本当に防犯システムが反応しない。結界ってすごいな。
たくさん机が並ぶ中で、玲菜は迷うことなく一つの机を目指した。誰の机なのかと思ったら『坂上』と書かれてある。
来客用の食料品ではない。明らかに個人を狙った物取りだ。
「明日。坂上先生、めっちゃ怒りそうだな……」
「いいのよ、私を騙してたんだから。これぐらい大目に見てくれるわ。それにアンタだって何度も殺されかけてるのよ? 遠慮する必要ないわ」
もっとらしい理由があっさり出ることから、どうやら強奪先を最初から決めていたのだろう。
坂上先生の引き出しには、カップ麺やスナック菓子が大量に入っていた。
俺たちは目を輝かせ、互いの顔を見る。中々の戦利品だ。
育ち盛りの高校生。腹が減っていれば、もう周りは見えなくなる。電気ポットの中にはお湯もあり、食べないという選択はできない。
こんな食事ではあるが、ずっとなにも食べなかったので非常にうまかった。
坂上先生ありがとう!
腹ごしらえが終わり、ゴミを片付けていると、メルと連絡を取りに行った玲菜が戻ってきた。
「屋敷に直接的な攻撃はまだ無い。結界も順調に進んでいる。いい傾向ね」
「なんで屋敷に手を出さないんだろうな。燃やしてしまえば、あっさり終わりそうだけど……?」
「できれば無傷で屋敷ごと土地の管理権を奪いたいのよ。強奪ではなく、譲渡だと建前を作るためにね」
対立組織に向けた面倒くさいルールではあるが、そのおかげで時間が稼げているなら、感謝すべきだろう。
しかし、対立組織がこんな状況をどう思っているのだろうか。
建前はともかく、協会がこの土地に手を出そうとしているのは明らかだ。
もしかすると水面下ではすでに……
玲菜が急に目を丸くし、窓に近寄っていく。
「うそ……街の中で戦いが始まってるわ」
俺は慌てて窓に視界を向けた。窓の遙か遠くに煙が上がっている。
大規模なガス爆発事故でも無い限り、複数のビルに一気に火事になることなどまずない。結構な人数が巻きこまれているような気がする。
「白峰さんに連絡をして! 早く!」
俺は言われるがまま、詩子に連絡をする。
電話にはワンコールで出てくれた。
『あ、あの……先輩ですか? え、と――』
詩子が何か言いかけたところで、玲菜が後ろから俺の携帯を奪い取る。
しばらく、なにやら電話越しに玲菜と詩子が言い合って通話が終わった。
「やっぱり白峰さんも街の異変に気がついていたみたい」
「そうなのか? 結局なんだったんだ?」
「結論から言うと、見たことのない魔法使い同士が戦っているらしいわ」
詩子が見たことない奴らなら、おそらく魔闘師だろう。
俺たちを追っている組織、協会の戦闘部隊だ。人のことは言えないが、世界最強の魔法使いギルドと戦う、そんな奴いるのか。
「相手は誰なんだ? 諏訪か? あいつが裏切り者として狙われている。そういうことか?」
「……違うと思うわ。白峰さん、諏訪とはこの間会ってるはずだし……」
七海と詩子で誘拐事件をでっち上げたときか。
確かに目の前で見ているから、初めてとは言わないな。
「だったら、他に誰がいるんだ? 魔闘師にケンカを売る奴なんて……」
「そうね。普通ならあり得ないわ。協会を敵に回すってコトは、魔法使いの世界では自殺行為だもの。だけど、零じゃない。それでもケンカを売る人間もいるわ。……対立組織とかね」
「あ! たしか、魔技会だっけ? 坂上先生の仲間か……」
「さあね、魔技会は協会と違って自由が売りの組織、一枚岩ではないのよ」
「思惑や思想が違えば、魔技会同士で戦いを始めるのか?」
「ま、端的に言うとそういうことね。……戦いにならないように、何らかのルールはあるでしょうけどね」
それって組織としてどうなんだろう。同じ会社でお客を取り合う営業たちのようなものか。そう考えると、ありそうな話で珍しいことではないのかもしれない。
「で、どうするんだ?」
「街が壊されるのは許せない。……でも、止めに行ったら、今日の逃避行が全て無駄になるわ。やめておきましょう……」
「けど、人が巻きこまれる心配もあるだろ?」
「その辺はプロ。上手く人払いの結界を使うはずよ……犠牲は少ないわ」
諦めの滲む言葉だった。
犠牲が少ない。裏を返せば、犠牲があると言うことだ。
それを承知で玲菜は行かないと言っている。断腸の思い、なのだろう。
玲菜は俺から隠すように拳を強く握り、唇を噛み締めている。
そんな玲菜の思いを無駄にしないために俺は気づかないふりをして、前向きな意見を言うしかない。
玲菜の覚悟を無駄にしないために。
「じゃあ、今のうちにできることをやらないか? 魔力を多少発してもバレにくいんじゃないか?」
「…………そうね、そうしましょうか」
玲菜は少しだけ吹っ切ったような顔で頷いた。
※ ※ ※
落ち込んでいるかと思っていたら、玲菜が急に表情を変え、全力で屋上までやってきた。なぜ屋上なのだろう。
ここの鍵はなぜかいつもなく、教師達もマスターキーで開けているほど。
鍵はいつも玲菜が管理している。なぜ問題にならないのかつくづく疑問だ。
「お前、ほんとうにここ好きなんだな?」
「ここには霊脈を解放するパスが通っているのよ」
「パス?」
俺の疑問に対して、玲菜は要点だけ話してくれた。
パスとは、霊脈を通る巨大な魔力の解放口。パスのある場所では、雪城邸ほどではないにしろ、魔力を自在に引き出すことができるらしい。
そのため、普段はがっちりとロックされているのだが、今は緊急時のため、玲菜がそれを解放する。
「えーと、何のために?」
「そんなの決まってるじゃない! 神器たちの魔力を回復させるためよ!」
優れた魔力の貯蔵庫である霊脈。そこから魔力を取り出し、神器に注ぎ込む。
イメージは湧くが、実際にどうすればいいのかはさっぱりだ。
腕を組んで頭を傾げる俺に、玲菜は終始笑顔。
「魔力さえ完全になれば、魔闘師だって恐くないわよ!」
玲菜は屋上にある結界に手を触れると、不思議な言葉を言い放った。
その瞬間、屋上全体を包み込むように六芒星の結界が姿を見せ、青白く光を放つ。それは幻想的な風景だった。
氷の女王のようにその中心に立つ玲菜を、ただただ見とれてしまうほどに。
「なにボーっとしてるの?」
玲菜のそんな声で我に返り、俺は慌てて神器を取り出す。
「え、えと、これでどうすればいいんだ?」
「アンタが中央に座って、神器たちに魔力を流し込むようにすればいいわ。それだけで神器たちに少しずつ魔力が戻っていくはずよ」
すごい魔力が放出されていて、すぐにバレそうなものだ。こんな無茶ができるのも、おそらく市街地で戦いが起こっているからだろう。
戦闘が終わるまで、時間はあまり多くない。急いでやるべきだ。
真ん中に座ると、全身に魔力がみなぎっていく。確かにすごい。
隠魔師たちが霊脈を欲しがるのも無理のない話だ。
もちろん、神器たちもゆっくりではあるが、確実に魔力が回復していく。
「そのまま、数時間くらい充電……コホン、補給しておけば、しばらく魔力切れはないでしょう」
数時間。結構、時間がかかるな。
しばらく行っていると、不意に屋上の入り口の方から足音が聞こえてくる。
俺たちは振り返る。時刻は二十二時。
「私の大事な食料に手を出したお馬鹿さんはあなた達ですか?」
逆光で人物像はいまいち見えないが、声からして坂上先生。
バレるとは思っていたが、まさかもう見つかるとは。
「……敵かしら?」
だが、玲菜は全く悪びれた様子はない。本当に坂上先生が騙したことで、チャラになると思っているようだ。
「私の大事なカップラーメン勝手に食べたんですもの。――殺されても文句は言えないわよ!?」
「なにあれって、そんなに重要なアイテムなの!?」
「当たり前でしょ! あと一週間、あれだけで過ごさないといけない……あ、コホン、なんでもないわ」
この女は本当に生活力なさそうなダメ女子だ。
「先生の苦労話なんてどうでもいいわ。カップラーメンを返せと言うなら、これが無事に終わったら、ケースで送ってあげる。それだけなら消えてくれない?」
坂上先生は玲菜の言葉に目を輝かせた。よほど、嬉しかったらしい。
その後、しばらく俺たちを眺め、間を作った後にようやく口を開く。
「街で今、ある男が追われているわ。誰だと思う?」
「ずいぶん間を作った割には質問なのね。……男? 誰なの?」
「ふふ、あなた達のよく知る人物よ。さあ、もう一度聞くわ、誰だと思う?」
「わからないって言ってるでしょ? もったいつけるのはやめて。正直、不愉快よ」
「あなた達、二人の知人で男となれば、それほど多くはないと思うのだけれど?」
言われて玲菜は苛立ちを抑えつつも思案し始めた。
確かに俺と玲菜の共通のよく知る人物となると、それほど多くはない。
せいぜい、クラスメイトくらいか。あとは玲菜が所属する生徒会。いやいや、生徒会の人間で俺の知ってるヤツなんて……一人しかいない。
「まさか……戸田なのか?」
「――正解、さすがは赤羽君ね。友だち思いで素晴らしいわ」
「な、なんであいつが……?」
「今日の生徒会にも雪城さんが来てないから、心配して家まで行ったそうよ。もしも、家の前で何かあったのなら……見てしまったかもしれないわね」
戸田が魔闘師たちに狙われている。目眩を起こしそうな衝撃。
助けなきゃ。そんな言葉だけが駆け巡っていく。
警備員たちから俺を救うために、戸田が駆けつけてくれたように、俺も戸田を助けるために駆けつけたい。そのための力だってあるんだ。
俺は魔力補給をしていた神器をポッケにしまい、飛び出そうとした。
そんな俺を玲菜が呼び止める。
「待って! まだ神器の魔力補給が終わってないわ!」
「はあっ? 戸田がやばいんだぞ! 放っておけるわけないだろ!」
「それでもよ。ここで作業が出来るのはアンタだけなの。アンタが行ったらダメなのよ!」
「ふざけるな! 戸田を見捨てるなんて出来るわけ――」
「わかってるわよ。だから、待ってって言ってるの。……見捨てろなんて言わない。代わりに私が行くわ!」
玲菜は自分の胸をトンと叩く。あまりにも無謀な提案。
一人で街に出て無事で済むわけがない。
「ば、バカ! 何言ってんだよ。そんな危ないこと頼めるわけだろ!」
「春馬には昨日メルを助けてもらったわ。だから、今度は私の番。アンタが戸田を助けたいって思うなら、私がなんとかするわ」
玲菜は慈愛に満ちた表情でにっこりと微笑んだ。
さっき、街で戦闘が始まったときに、玲菜は唇を噛み締め、耐えたのだ。
何人犠牲になっても、危険だから行かないと決めたのに、俺のために戸田を助けようとしている。
俺が行けない以上、玲菜に頼むと危険に晒してしまう。
けど、戸田を助けないという選択もない。
どうすればいいんだ。俺は――
冷たい風が通り抜けていくだけで、答えは出てこない。どっちを犠牲にするかなんて、いくら考えても答えなんて見つかるはずもないのだ。
だけど、決めなければいけない。
こうしている間にも、戸田の身には危険が迫っている。
俺をまっすぐに見ている玲菜と目が合った。
濡れたような唇に強い眼光。夜風にさらさらと揺れる玲菜の黒髪。全てが美しすぎて、吸い込まれていきそうになる。
玲菜ならなんとかしてくれる。不思議とそう思ってしまう、魅力。
いや、実績と言うべきだ。学校に侵入できたのだって、玲菜のおかげ。
答えがわからないなら、玲菜に頼る。それが一番いい気がした。
俺は拳をギュッと握る。
「お前に……頼んでもいいか?」
「もちろんよ。私を信じて、頼ってくれるなら、絶対に助け出してくるわ」
「だったら頼む。戸田を……戸田を助けてくれ!」
俺は深々と頭を下げた。
肩の上にポンと手が乗せられる。
「わかった、あとは私に任せなさい! ――じゃあ、行ってくるわ!」
悩んだのがバカらしくなるほど、あっさりとした返事。
本当の友だちの条件、もう一つ見つけてしまった。
頼るのも信頼関係が必要なのだ。相手を信じていないと頼ることができない。
本当に困ったときに、頼れる相手なら、それは本当の友だちだろう。
例え、一週間ほどの付き合いしかなくても……
玲菜が手を振り、出発しようとしたところで、後ろから大きな声が響く。
「雪城さん! 絶対に生きて帰ってきなさいよ? ……あなたがいないと先生、カップラーメン食べられなくなるんですよぉ~?」
「心配はそっちか!」
呆れた顔で玲菜が坂上先生に突っ込みを入れた。
本当にどうしようもない先生だ。
名残惜しい様子で玲菜が振り返る。
「魔力補充、きちんとやりなさいよ?」
「わかってるよ。お前は絶対に無理をするな。……無事に戻ってこいよ」
玲菜は強い眼差しで、ハッキリと頷く。
凜とした姿勢が、どこまでも煌めいて見えた。
※ ※ ※
夜の屋上の風は妙に肌寒く、心まで冷たくなっていくような気がする。
玲菜が街へ出て、すでに一時間以上が過ぎ、まだ連絡はなかった。街までの往復に三十分もかからない。どう考えても遅すぎる。
心配で何度か電話をしたが、ずっと圏外。『魔力補充をちゃんとやれ』と言われたが、このまま玲菜に何かあったら一生後悔しそうだ。
あとでなんと言われようが関係ない。俺は玲菜の後を追うことにした。
詩子に電話をして、街の様子を訊くと、結界は張られており、中の人間は外に出られないし、外の人間は中には入れないようになっていると教えてくれた。
もしかすると、その結界のせいで、玲菜は戻って来られないのかもしれない。
誰が何のために用意した結界なのかわからないが、仮に、玲菜を閉じ込めるために使っているなら、この結界がある間は玲菜は無事だろう。
玲菜がうまく逃げているから、結界の解除ができないのだ。
しかし、困った。結界内に入る方法がない。
坂上先生に相談すると、高そうな宝石をいくつか懐から取り出した。
それを不思議な言葉と共に地面に叩きつける。
宝石が甲高い音を立てて弾けると、そこには眩い光を放つ扉が姿を見せた。
「これを使いなさい……街に出られるわ」
「い、今、結構高そうな宝石を使ってなかったか?」
明らかに○十万円くらいはしそうだった
「そうよ。私の魔法ってお金がかかるのよ。また、切り詰めた生活だわ……」
坂上先生は好き放題自堕落な生活をしているから、お金がないのだと思っていた。だけど、実際には魔法のために、切り詰めていたようだ。
「よ、良かったのか……?」
「気にしないで。今さら元には戻せないわ。……まあ、雪城さんがカップラーメンをケースでくれるって話だし、どうにかなるわよ」
坂上先生は優しく微笑みを浮かべた。
カップラーメンごときじゃ、ケースでもらっても宝石一つ分にも満たないと思うが、坂上先生は気前のいい先生だったようだ
生活力なさそうなダメ女子とか思って、すいませんでした。
坂上先生と同級生だったら、本当の友だちになっていたかもしれない。損得勘定抜きに、助けてくれるヤツとなら、誰だって友だちになりたいと思うはずだ。
先生の思いを無駄にしないためにも、玲菜と戸田を必ず生きて連れ帰ると、強く心に誓う。
「先生、ありがとう、行ってきます」
「……本当に連れて帰ってきてよ? ご飯抜きになっちゃうんだから……」
「見直したのが台無しになるからやめて!」
本気でそんな心配をするはずがない。きっと俺を励ますための冗談だろう。
優しさという暖かい風が、凍えそうだった心を和らげていく。
時刻は二十四時を過ぎ、いつの間にか日付が変わり、金曜日になっていた。
坂上先生が出してくれた眩いゲートに、足を踏み入れる。
光が辺りを覆い、次に目を開けるとそこは見知った街中。だけど、俺の知ってる場所とは全く違った、不思議な世界に迷い込んだような気分だった。