表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
30/51

第三十話 下水路に広がる術式

 下水路の中はまるでゲームの世界だ。ロマン溢れるダンジョンだ。

 多少視界が悪かったりするが、何かあるのではないかとワクワクして足を踏み入れてしまう。

 だが、そんなことを思うのは、ゲームにはある要素がないからだ。

 下水路は機械的に掘られた丸い空間で、四方をコンクリートで固められている。

 普通に跳んだり跳ねたりしても、天井の一番高いところには届かないので、おおよそ三メートル。一階建ての家くらいの高さだ。

 左右に細い路があり、中央には濁った汚水がゆっくり流れている。

 はしごはあちらこちらに見えることから、外に出るのは容易だろう。

 結界ができるまでココで時間をつぶすつもりだろうか。


「なあ、あとどれくらい逃げ続ければいいんだ?」


 俺の質問に玲菜は少し考えて応える。


「明け方の六時にはできるだろうから、それまで時間を稼ぎたいわね」


 時計を見ると、まだ五時過ぎ。


「あと十二時間以上か……」


 長い、とにかく長い。魔闘師たちからそんなに逃げ続けられるのだろうか。

 そんな不安がよぎった時、玲菜が驚いた顔でかがみ込んだ。


「へぇ、大崎が使用していた抜け道って言うのは本当みたいね。見て――あちらこちらに結界が施してあるわ」

「どんな結界なんだ?」

「地上との魔力を完全に遮断してある。つまり、ここにいる限り、地上からは私たちを見つけられないってコト」

「おお! だったら、ここにいれば――」

「そう、魔闘師には見つからない!」


 下水路からでると、魔闘師に見つかる可能性がある。工場をあっさり見つけたくらいだ。かなり高い確率だろう。

 時間を稼ぐなら、結界のあるこの下水路にいた方がいい。

 ただ――

 そばを通る汚水がボコンと音を立てるたびに、悪臭が広がっていく。

 その度に、玲菜はイライラとした表情で、顔を歪める。

 多分、俺も似たような顔をしているだろう。正直きつい、臭すぎる。


「と、とりあえず、場所を変えましょう。ここは無理……」


 下水路の結界内で一番マシな場所。臭いの少ない場所を探す旅が始まった。

 

 ※ ※ ※

 

 コツコツと足音を反響させながら、俺たちは下水路を彷徨っていた。

 本当に彷徨うという言葉がぴったり合うほど、下水道の構造は複雑だ。

 地下は地上と違って、方向感覚が狂いやすく迷子になりやすい。それがこんなに複雑なら、遭難もありえるんじゃないのか。

 しかし、あいにくなことに臭いはまだきつい。まだ先へ進むしかないだろう。

 そんな時、玲菜が妙な気配を感じたらしく、足を止める。


「魔力が発生しているわ……それになんだか嫌な予感がする」


 嫌な予感がするなら、正直関わりたくない。

 だが、この街の管理者である玲菜がそんなコトを許すはずもなく、俺の返事よりも先に走り出した。

 路地を二つほど抜けると、そこには大量の人形が破棄され、散乱していた。

 死体が転がっているようなで、非常に気持ち悪い。

 やっぱり来なければ良かったと後悔したところで、いきなりカラカラカラと奇妙な機械が回る音が聞こえだし、人形が無作法に起き上がった。

 なんの感情もない顔で、俺たちに殴りかかってくる。


「なっ!」


 俺はソードを素早く展開し、人形の腕がソードにぶつかった。火花が飛び散り、ずしりとする感触。その威力は七海の人形とは比べものにならないほど重い。


「これでも喰らいなさい!」


 拮抗しているところに玲菜が魔弾を放つ。それを真横から受けた人形は派手に吹き飛んだ。しかし、平然とギシギシと機械じみた音をあげ、立ち上がる。

 まるでなんのダメージもないかのようだ。たらっと流れる汗。


「渋谷さんの人形じゃないわね……ウソみたいに強いわ」


 玲菜は人形に何度か魔弾を放ちそう呟く。

 七海以外の人形使いとなると、思い当たる相手は一人しかいない。


「大崎が破棄した人形なのかな?」

「ありえない! 本人は半年前に死んでいるのに動くはずないわ!」


 攻撃をかわしながら、玲菜が目を丸くしてハッキリと言い切った。

 だとすれば、一体誰の人形。考える暇なく襲ってくる人形を相手に俺はセカンドを発動させ、叩き切ってやった。

 だが、それを契機に転がっていた人形が次から次に起き上がる。


「おい、なんだよこれ! やばくねえか?」


 二十体以上いる人形たち。

 玲菜と手を合わせ、襲ってくる人形たちをなんとか防ぎ続ける。

 しかし、先ほど倒した一体と遜色のない強さ。その圧倒的な物量の前にじりじりと後退を余儀なくされていく。このままでは押し切られそうだ。


「お前よくこんな人形を扱っていた大崎に勝てたな……」

「違うわよ。この人形は大崎の物よりも遙かに強い。こんなに魔力を込めてるって、相当な実力者か……相当な人間を喰わせたのよ!」


 そんな時、道の先から光がこぼれていることに気がつく。

 もしかすると人形を動かしているヤツがいるかもしれない。


「玲菜! 突っ切るぞ!」

「わ、わかった!」


 人形をはね除け前へ進む。ガシャンガシャンと人形たちが追ってくるがあまりスピードは速くない。差を広げるように俺たちは光を放つ場所に到着する。

 そこには、光り輝くドアが通路を塞ぐように存在していた。

 あまりの光量、圧倒される神々しさ。見るものをひれ伏させるような禍々しい魔力。玲菜はそれを見て、小さくため息を吐いた。


「そっか、コイツから漏れた魔力を、大崎が破棄した人形たちが吸い取ってパワーアップしたのね。だから、本人が死んだ後でも動くわけだ……」


 大崎の人形を動かしているのは、この扉から漏れている魔力。

 なんだかおかしな状況だ。それにしても、この扉は一体?


「玲菜、お前この扉を知ってるのか?」

「ええ、これはこの世界と異世界を繋ぐ扉よ。魔界って言った方がいいかしら? まあ、入ってみないと何とも言えないけど……」


 通路を覆うような光を放つ扉だ。嫌な予感しかしない。

 あの先には絶対良くないものが待っている直感がそう言っている。だけど、どうしてもその扉をくぐってみたくなる誘惑。

 死ぬかもしれないのに、その先にあるものが見てみたいのだ。

 まさに好奇心ネコを殺すというヤツだろう。

 そんなことを考えていると、ふと名案が浮かぶ。


「人形をこの扉の向こうに連れて行ったらどうなるんだ?」

「あ! それは名案ね。向こうに連れて行って、ここを封印すれば……」

「わかった。なら俺が引きつける。お前は隠れていてくれ」

「けど! 絶対に春馬があっちに行っちゃダメよ? いい? 絶対だからね!」

「行くな行くなと言われると……」

「フリじゃないから! 絶対ダメだからね!?」


 作戦は玲菜が姿を消し、残った俺の所へ人形を集中させる。

 俺はソードを解放し、扉の前で構え、ぎりぎりのところでかわす予定だ。

 大量にいる人形たちがドミノ倒し的に扉の向こうへ行くはずだ。

 作戦が決まった頃、人形たちが群れをなしてやってきた。

 玲菜が姿を隠しているから、一直線に俺の所へ。予定通りの動きだ。

 ソードの魔力を解放し、体を強化した。一気に人形たちが押し寄せてくる。

 俺は大きく飛び上がり、それをかわす。

 ――ドン。

 鈍く天井から聞こえる音、俺は天井に強く頭をぶつける。


「いてぇ!」


 強化された状態で、思いっきり飛びすぎたようだ。

 地面で転がった俺の体に人形たちは躓き、次から次へ扉の向こうへ落ちていく。

 もちろん。俺も――


「は、春馬!」


 長く細い腕が俺の前に伸ばされた。それを掴むが、人形に押されている状況では、踏ん張りもきかない。

 俺は玲菜の腕を掴んだまま、扉の中へ落ちて行く。

 下水路の嫌な臭いが一瞬にして消えて、玲菜の甘い香りが広がった。

 

 ※ ※ ※

 

 眩しいなんて言葉では言い表せないほどの光量に襲われ、激しい頭痛と吐き気が同時に頭の中をかき混ぜていく。

 そんな苦痛に耐えたところで、ガンっ、と俺は頭を激しく地面にぶつけた。

 頭から落ち、激しい痛みで目の前がチカチカとする。

 そこに上に柔らかい感触が降ってきた。鼻と口を塞ぐかのようなその物体。


「や、やめろぉぉっ!」


 人形に襲われたと思った俺は、慌ててもがく。

 その度に何とも言えない、いい匂いがする。


「ひゃっん!」


 そんな玲菜のかわいい悲鳴と共に、鼻と口を塞いでいた物体は消えた。

 俺は恐る恐る……目を開ける。

 結構遠く離れた玲菜が、真っ青な顔で俺を見下ろしていた。

 無言の時間、だんだんと玲菜の顔が真っ赤に染まっていく。

 一体、なにがどうなっていたのだろう。


「なあ、今のって――」

「忘れなさい! じゃなきゃ、記憶がなくなるまでぶん殴るわよ!」


 俺の言葉を遮って、玲菜は大きな声で叫んだ。

 なんだったのかよくわからんが、もう口にしない方が賢明だろう。


「ほんっと、最低なんだから!」


 玲菜が耳まで真っ赤にして、服についた泥を叩く。

 乾いた風の中にほんのりと血と肉の臭いがして、俺は辺りに目を向ける。

 バタバタとしていて、気がつかなかったが、どす黒い雲に覆われた見たことのない世界だった。

 地面の土は紫に見え、空には太陽が三つ並ぶ。地球にあった太陽とは熱量が違うのか、三つあるのに暑さをほとんど感じない。それどころか肌寒いくらいだ。

 辺りにはごつごつとした真っ黒な石がたくさんあり、どんな成分の鉱石なのかさっぱりわからない。

 まあ、地球の鉱石だって、ほとんどわからないが……。


「こ、ここが異世界……魔界か?」


 体が重く感じるのは、空気のせいだろうか、呼吸が辛い。

 なによりも違うのは、魔力の濃度の高さだ。

 油断していると、全身が魔力によって犯されてしまいそうになる。

 隣りにいる玲菜も同様に辛いらしく、少々表情が歪んでいた。

 これは長くいて、良い場所ではないな。

 玲菜が興味深く辺りを眺め、不意に呟く。


「やっぱり魔界と繋がっていたわね……相澤はこの世界に住んでいる悪魔と、契約をしたのよ……」


 魔界にすむ住人と契約することが悪魔契約。相澤のあの異形の正体。

 どうして、大崎の人形が捨ててあった場所に、こんなところへ繋がる扉があったのだろうか。


「大崎と相澤に接点はないよな? だったら、一体誰に悪魔契約を教えてもらったんだ?」

「怪しいのは諏訪ね。って言うか、アイツくらいしかいないわよ」


 そんな話をしていると、ちりぢりに落ちた人形たちが集まってきた。

 さっきよりも人形の魔力が高い。やはり、人形はこの世界の魔力に反応しているようだ。早く元の場所へ帰らなければ。

 辺りに目を向けると、近くに俺たちが入ってきたと思われる扉があった。

 だが、それが明らかに光量が弱っている。扉が消えかけているのだ。

 俺たちや人形を移動させて、扉の魔力を消耗していたのだろうか。


「玲菜! 扉が消えかかっている、戻るぞ!」

「そうね、早く行きましょう!」


 さすがに帰れなくなるのはまずい。俺はソードを堅く握りしめる。

 すると、不思議なことにさっきまでよりもソードの魔力が多い。なぜかソードの魔力が回復しているのだ。なぜだろう。


「ほら、春馬! さっさとしなさい!」


 先行する玲菜が振り返る。深く考えるのはあとだな。

 俺たちは人形たちをかいくぐり、扉の中に入った。

 またあの光量などに襲われながら、臭い臭い下水路に到着しホッと息をつく。

 まさか、吐き気がする臭いのここに戻ってきて安心するとは……

 そんなことを考えていると、玲菜が扉に向かって、魔法をかけ始める。

 扉から発せられていた光が一気に弱り、魔力が消えて扉の形をした小さなオブジェクトになった。それを玲菜は掴み、どこかに隠す。

 いつも思うが魔法使いたちは、どこに隠しているのだろう。

 まさに手品。便利な四次元ポ○ットだ。


「これで封印完了。あの人形たちはもうこっちの世界へは戻って来ないはずよ」


 全ての人形片付いたからか、玲菜の顔にようやく安堵が浮かぶ。

 下水路にようやく平和が戻ってきた。しかし――


「あの世界だと人形が無尽蔵にパワーアップしないのかな? その、あっちの魔力を吸い続けて……」


 玲菜がものすごい顔で扉に目を移す。そして、滝のように冷や汗がこぼれた。

 ギギギと音がするようなぎこちなさで振り返る。


「ま、まあ、忘れましょう。あの世界はなかったってコトで!」

「なんか、すごいことをやらかした気が……」


 心配していると後ろから、コツンと靴の音が響く。

 俺たちが慌てて振り返ると、そこには一人の女が立っていた。

 切れ長の鋭い目つきをした美人。多くの男は畏怖してしまうほど、あまりにも整いすぎている。

 大きな胸を強調するような胸ものと開けた服に、タイトなミニスカートを履いおり、スタイルはよく見える。

 しかし、強い茶色い髪が非常にビッチ臭い。いや、全体的にビッチだ。

 その女が、俺たちに驚いた目を向ける。


「あれ? 扉……そっか、封印しちゃったんだ」


 俺も玲菜も言葉を詰まらせた。まさか、こんな場所で人に会うなんて思いもしなかったからだ。それどころか、扉のことまで知っているなんて。


「……お前は何者だ?」

「さあて、誰でしょう?」


 質問に対して、からかい気味に女は笑みを溢し、近づいてきた。

 そして、いたずらっぽく、俺の頬を撫でる。

 ふわっとした柔らかい感触。未知の快感にぞわっと全身が身震いした。


「春馬! そいつ、魔法使いだからね!」


 玲菜の叫びに反応し、俺は大きく後ろに飛び、ソードを正面に向けて構える。

 そんな俺の様子の楽しげに眺めた女は、張り付いたような笑顔で手に持っているものを見せつけてきた。


「ぴ、ピアス! な、い、いつの間に!」


 慌ててポッケを探るが、小さくなったローブとアミュレットしかない。

 ピアスを抜き取られている。

 女の手で身震いをしている間に取られたのだろう。


「本当は全部、取ろうと思ったんだけどね……少し早く逃げられちゃった」

「ふざけるな! ピアスを返せ!」


 慌てる俺を見て、女はニヤリと笑う。返す気などないそんな素振りだ。

 だが、驚くことが起きた。


「もう、お兄ちゃん……取られちゃダメだよ?」


 暢気にそんな声を発し、ピアスがプアプアと浮き、すんなりと俺の元に戻ってくる。その場は唖然。

 完全にピアスの魔力が切れていたのに、どうして動くようなったんだ。

 まさか、と。俺はポケットに入っていたローブとアミュレットを取り出す。

 すると、全部、正規の大きさに戻ってくれた。

 少しではあるが、魔力が回復している。


「アンタ……それ使えたの? さっきは無理だって……」

「無理だった。ああ、間違いない。でも……」


 俺が四つの神器を装着すると、女はつまらなそうに息を吐く。


「使えないってウソじゃないの。ついでに奪ってやろうと思ったのに……」


 四つの神器を装備した俺は、ハッキリ言って無敵だ。

 ソードだけの時に比べると、数倍以上の魔力を感じる。

 俺は女に向かってソードを突きつけた。


「あらあら、武器も持ってない女相手にそれはひどいんじゃないかな?」

「目的を言え、なにをしに来た?」

「わたし? わたしは魔闘師が来たんで、扉を消しに来たんだけ。君らがやってくれたんなら来る必要なかったね」


 それだけ言うと、女はじゃあね、とさわやかに女は去ろうとする。

 だが、それを黙って見送る玲菜じゃない。


「待ちなさい! どういうつもり? どういうつもりでこんなことを?」

「楽しかったでしょ?」

「は?」

「だから、魔界。楽しかったでしょ? 良い世界よね」


 なにも答える気がない様子で、そんなことを呟き顔を恍惚とさせた。

 玲菜は顔を真っ赤にして、肩を怒らせる。


「ふざけないで! なんのためにあんなものを作ったのかって聞いてるのよ! それに神器だって――」

「そりゃあ、使うからでしょ? 他にどんな理由を求めてるの?」


 パリンと薄い氷が割れるような音が聞こえた。玲菜の眼が恐い。


「わかったわ。まともに話す気がないんじゃ……少し痛い目にあってもらおうかしら?」

「ふふふ。多分わたしの方が強いよ。でもね、そっちに神器が四つもあるなら、違うかもしれない。だから、やらない。ごめん、またね」


 それだけ言うと、女は氷が溶けるようにその場から姿を消した。

 玲菜が慌てた顔で地団駄を踏む。


「ああっ! 逃げられた! ムカつくヤツだったわね!」

「確かに人をおちょくったヤツではあったが、そんなに怒ることか?」

「気のせいかもだけど、見覚えがあるの……とても嫌な感じ……」

「ふーん。昔、何かあったのかな……?」


 あの女、一見するとさわやかな美人。

 だが、去っていくとき、なんだか嫌な臭いがした。

 この下水路のクソッタレな臭いよりも、もっと吐き気のするような、ゲスでおぞましい臭いだった。何者だったのだろうか。

 頬を撫でた手はすごくエロかったけど……


「……なにその顔。頬撫でられたくらいで、デレデレしてんじゃないわよ!」

「し、してねえよ!」


 仮にしていたとしても、玲菜にキレられる覚えはない。

 玲菜は俺を一睨みすると、ドスドスと歩き始めた。

 キレた玲菜をなだめるように、ふとした疑問を口にする。


「なんで神器の魔力が回復したんだろうな?」

「……魔界の影響かしら? あっちでなにか感じなかった?」


 確かにソードを握ると、いつもよりも魔力が高くなった気がした。

 つまり、そういうことなのだろう。

 もっとあっちにいれば、もっと回復させられたのかもしれない。


「なんにしても好材料だわ! 神器が全て使えるなら、神条はともかく、他の魔闘師には遅れを取らないはずよね?」


 もしかしたら、神条にだって勝てるかもしれない。

 神条がどの程度の力を隠しているのかはわからないが、それでもアイツが上級魔闘師なら、アイツよりも強い奴はいないはずだ。

 アイツに勝てれば戦況が一気にこちらに動く。

 俺がコクンと頷くと、玲菜は顔がパッと明るくなる。


「だったら、こんな場所からさっさと出ましょう! 襲って来たら返り討ちにすればいいわ!」

「え? でも、まだ、結界は完成してないんだろ?」

「それはそうだけど、もうこんな臭い場所嫌なの! 学校へ行きましょう」

「はあ、学校かよ!?」

「みんなもう帰った時間だろうし、巻きこむことはないわ。私の第二の拠点だし、それなりに防衛はできるはずよ」


 玲菜は自慢げな顔を見せて、近くにあったはしごから地上へ向かっていく。

 先日、先々日と学校を壊すことばかりやっている気がする。そろそろ崩壊させそうで気が気ではない。玲菜は学校になにか恨みであるのだろうか。

 マンホールの蓋を開けると、流れてくる懐かしい空気。それがなんだかやけに美味しく、生きた心地のするいい匂いに感じられた。

 

 ※ ※ ※

 

 下水路からでると、そこは工場から結構離れた郊外だった。

 かなりの距離を彷徨っていたらしく、学校までは少々時間がかかりそうだ。

 できる限り気配と魔力を消し、俺たちは学校へ向かう。

 その途中で、不意に電話が鳴り響く。ディスプレイを見ると詩子からだった。

 詩子と話すのが、ずいぶん久しぶりな気がする。


『や、やっと連絡がつきました。……ずっと圏外で、今までどちらへ?』

「それは話せば長くなる。手短に言うとだな……」


 俺は詩子にこれまでの経緯を多少端折って話した。


『さすが雪城先輩ですね。見通しの甘さは天下一品です』


 話を聞き終えた詩子が呆れ気味だ。


「そう言えば、七海から連絡はあったか?」

『いえ、ありませんけど……連絡してみましょうか?』


 俺たちを罠に嵌めたとは言え、無事に逃げられたかどうかは気になる。


「それは助かる。連絡がついたら教えてくれ……無事なら良いんだ」


 はい、と詩子の短い返事。

 少しの沈黙の後、詩子が言葉を続ける。


『え、と……わ、私も合流していいですか?』

「ああ、ちょっと待ってくれ。玲菜に聞いてみるよ」


 俺が玲菜に確認しようとすると、電話の向こうから大きな声が。


『わざわざ訊く必要ないです! 今から行くので学校にいてください!』

「こっちにくると結構危ないんだぞ? ……玲菜もそう思うだろ?」


 助け船を頼むように玲菜に目を向けるが、なにかを考えていたのか、上の空だった。やっと俺の視線に気がつき、慌てて身を乗り出す玲菜。


「……え? あ、そうね。――っ、ちょっと電話を変わってもらえるかしら?」


 俺から電話を取り上げると、玲菜は詩子と会話をし始めた。


「――嫌とか、わがまま言わないで。…………失礼ね、そんなに臭くない……はず。とにかくあなたには見張っていて欲しいの。…………そう。わかった。そんなに気になるならこっちも監視してれば?」


 確かに近辺を詩子に調査させるのは名案。

 こんな時こそ、詩子の持つバレッタの『観察』が役に立つはずだ。

 だが、内容的にこちらを監視する流れ。役に立つのかそれ……。


「それから、緊急時以外は魔法は絶対禁止? この間みたいなことはダメ。いい? アイツらに見つかったら、あなたも命狙われるわよ?」


 なかなか納得しない詩子をどうにか説得し、通話を終える。

 玲菜は携帯を俺に返しつつ、なにか気になったのか、自分の体のあちこちをクンクンと嗅ぎ始めた。

 長くて瑞々しい髪の匂いを嗅いだあとに、その頭を俺に向けてくる。


「ねえ、髪とかに臭いついてないかな?」


 ふわっと広がるいい匂い。こんなものクンクンなんてしたら、絶対に舞い上がってしまう。興奮してしまう。変になってしまう。


「だ、大丈夫だ。問題ない!」

「えー、ちゃんと嗅いでみてよ!」

「だから、お前は臭くない! これだけは間違いない!」


 これだけいい匂いをしているヤツを俺は知らない。

 匂いは全ての評価を後押ししてくれる。

 いい匂いであれば、より良く。悪い臭いであれば、より悪く感じてしまう。

 ゲームのダンジョンが楽しく思えるのは『臭い』がないからだ。

 実際のダンジョンには吐き気のするような死臭が漂っているし、気持ち悪くなるほど臭いものもたくさんある。それがゲームと現実の違い。

 でも、もしも、ゲームに匂いを付けられるなら、女の子たちにはいい匂いを付けてもらいたい。間違いなく名作になるだろう。

 いい匂いと言えば、魔界で口と鼻を塞いだ謎の物体。アレは一体なんだったのだろう。わかることと言えば、玲菜がお股を押さえていたくらいか。


「春馬? それはもう二度と思い出さないでね?」


 にこやかだが、非常に恐い玲菜の顔。目が全く笑っていない。

 今の時刻は午後八時。結界完成まであと十時間。

 通い慣れた学校が、俺たちの前に姿を見せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ