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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
27/51

第二十七話 元の生活への未練

 懐かしい夢を見た。

 戦いに巻きこまれる前の平凡でありふれた日常の夢だ。

 学校に通い、授業を受け、隠れてバイト。ただそれだけなのに、懐かしくて涙がでそうになった。

 あの日々に戻れるなら。その選択肢を渡されたら俺はどうするだろうか。

 そんなことを考えてしまうほど、懐かしくて心地のいい夢。

 しかし、それはヒステリック気味な大きな声で終わりを告げた。


「起きなさい春馬! いつまで寝てるのよ!」

「な、なななんだ? なにがあったんだ?」


 何事かと慌てて体を起こすと、玲菜が腰に手を当て、怒り顔で見下ろしていた。

 気持ちよく寝ていたのに、最悪の朝だ。

 眠気を堪えつつ、目をこすっていると、玲菜の目つきがますます険しくなる。


「何のんきな顔してるのよ! 魔闘師よ、魔闘師! アイツらがもうこの街に来ているわ!」


 いきなりの報告に眠気など一瞬で飛んだ。急展開過ぎる。


「はあ!? ほ、本当か!」

「……まずったわね、来るのはもう少し後だと思ってたのに……」


 本気で悔しそうな顔をしている玲菜。

 おそらく数日は余裕があると思っていたに違いない。


「昨夜連絡をしたから、今日到着してもおかしくない気が……」

「相手はイタリアの本部から来るのよ? 飛行機でも一日はかかるはずだわ。それに協会は大きな組織だから、人の選定にも時間かかるじゃない?」

「……見通し甘いな」

「なによ! うっさいわね! 絶対、諏訪のせいよ。アイツがこの街にポータルを仕込んでいたんでしょ!」

「ポータル?」


 耳慣れない単語に俺は首を傾げた。


「空間と空間を繋ぐ魔法。わかりやすく言うなら、ワープゲートね。それを使えば、遠い場所でも一瞬で移動できるわ」

「マジかよ! そんな便利魔法があるのか?」

「まあね。でも、とてもレアな魔法で使える人間、ポーターって言うんだけど、少ないから、マークしてなかったわ」


 そんな便利な魔法があるなら、諏訪が仕込んでいても、おかしくはない。

 普段の玲菜は賢く、聡明ではあるが、いざというときには、計算が甘いような気がする。気をつけておこう。


「とにかく早く着替えて、いつアイツらがここに来てもおかしくないんだから!」

「わ、わかった」


 俺が着替えようとしているのに、玲菜は部屋から出ていかない。

 何かを考えているらしく、ぶつぶつと呟き、爪を噛んでいる。

 このままだとやばいな。

 俺がちらちらと見ていたのに気がついたのか、玲菜がこちらを睨む。


「早くしなさいよ」

「いいのか? 俺、パンツ脱ぐけど?」

「――ひゃっ! ば、ばかぁ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶと、大きな音を立てて玲菜は部屋の外に出ていく。

 ほらな、やっぱりこうなった。俺はため息を吐きつつ着替えを済ませる。

 客室から出ると、廊下で玲菜が待っていた。


「さて、ヤツらがくるのがいつになるかわからないけど、その前に作戦会議よ。応接室へ行きましょう」


 移動しつつ、詩子のコトを思い出す。

 確かアイツも泊まっていたはずだ。


「詩子には声をかけたのか?」

「白峰さんなら、もうとっくに家に帰ったわよ」

「家? なんで急いで帰ったんだ?」

「……アンタ、まだ朝だとか勘違いしてない? もう昼過ぎよ。白峰さん、昨夜、無断外泊だったらしく、怒られるからって、昼前に帰ったわよ」

「そ、そうなのか?」


 応接室で時計を確認すると、すでに十三時を過ぎていた。

 疲れていたとは言え、寝過ぎだ。玲菜が怒鳴り込んでくるのも無理はない。昼過ぎまで寝かせてくれただけ感謝するべきか。

 いつものように向かい合う形でソファーに座ると、早速質問を投げつける。


「えと、まずはどんな状況なのか知りたい。……相手は何人だ?」

「そうね。そこから始めましょうか」


 玲菜の話によると、敵の数は最低でも六人。

 もしかするともっとたくさんいるかもしれない。


「なんで人数が具体的じゃないんだ?」

「魔力を垂れ流しにして、脅しをかけているのが六人だからよ」


 脅しなんてずいぶんと頭の悪い行動だ。


「ずいぶんバカな奴らだな。そんなことしたら、俺たちが隠れてしまうとか思わないのかな?」

「あのね、管理人が目の前の敵から逃げてどうするのよ。あっさり土地ここを奪われるだけじゃない」


 なるほど。逃げないのがわかっているからこその行動。

 バカは俺だったようだ。

 脅しをかけている奴らの反応は、街外れの小さな教会から。


「なんで、そんな変な場所に?」

「あそこはね、ずっと前から諏訪が拠点にしているのよ」


 昨夜の鐘の音で、玲菜が諏訪だとわかった理由はそういう事だろう。


「じゃあ、ポータルってのもそこに?」

「ええ、もっと早く顔出して見つけておくべきだったわ。あれを破壊しなきゃ、援軍が次から次にやってくるわよ」


 移動が一日未満と考えると、確かに驚異だ。

 諏訪クラスを次から次に呼ばれたら、さすがに勝てるとは思えない。

 いや、そもそも現状いる六人を相手に勝てるのだろうか。


「こちらの戦力で六人以上を撃破か……きついな」

「ねえ、春馬。アンタは今、こちらの戦力、何人だと考えてる?」


 単純に考えれば、俺、玲菜、メル、詩子の四人だろうが、玲菜は違うことを聞いているような気がする。


「……お前はどう考えているんだ?」

「多分、私と春馬、それにメルの三人ね」

「おい、詩子は?」

「彼女を……巻きこむ気?」


 急な切り返しで俺は言葉を詰まらせた。確かにその通りだ。

 魔闘師との戦いに参加させてしまったら、詩子も元の生活に戻れなくなる。巻きこまなくてすむなら、巻きこみたくはない。


「そうだな、じゃあ、三人か?」

「……実質は二人よ」

「は?」


 俺が呆けた声を出すと、応接室にメルが入ってきた。

 いつもと変わらない様子に俺はホッと胸をなで下ろす。

 メルは俺を見て、ペコリと頭を下げ、それから玲菜に声をかけた。


「玲菜様、準備の方、滞りなくすんでおります」

「そう、わかった。ありがとう」

「何をメルに頼んでいるんだ?」

「この屋敷を本陣とするなら、強固な守りが必要でしょ? メルには今、結界をお願いしているのよ」

「結界発動に時間がかかるのか?」

「ええ、それこそ、数十時間ね」


 魔闘師たちが来るのが予定外に早かったため、準備が間に合っていないのだろう。

 だから、『実質二人』。結界が出来るまでの数十時間は、俺と玲菜だけで、戦わなければならないようだ。

 そんな不安が広がったとき、玲菜とメルが互いの顔を見合わせた。

 何かあったようだ。

 玲菜は大きくため息を吐くと、立ち上がる。


「楽しいおしゃべりはおしまいね。……こっちへ向かってきたわ」


 そのやりとりで俺にも状況がつかめた。


「魔闘師が来ているのか?」

「ええ、すごい速度よ。もうすぐそこ、丁寧にお出迎えしなくちゃね。――メル、留守番と準備、よろしく頼むわね」

「し、しかし――」

「大丈夫よ。敷地内でやられるほど寝ぼけてないわ。私のコト信じられない?」

「……わかりました。くれぐれもお気をつけください」


 俺と玲菜は小さく頷くと、急いで玄関を抜けた。

 すでに門扉を抜け、黒ずくめの集団がこちらに向かってきている。


「なろっ!」


 不躾に入ってくる黒ずくめのヤツらに目がけて、玲菜が魔法を放つ。

 魔法は地面を凍らせ、横一直線に氷の壁を構築した。

 黒ずくめに向かって、玲菜が高らかに声を発する。


「それ以上は私有地、立入禁止よ! 勝手に入ってこないで!」


 先頭を歩いていた人間が一歩前に出て、すっぽりとかぶっていた、布のフードをまくった。

 貫禄はあるが、まだ若い感じの男。せいぜい二十歳前後。

 切れ長の眼に凜々しい顔立ち。髪は黒でやや短めで、清潔感が溢れ、育ちの良さそうな上品さを兼ね備えている。

 身長はわりと高いが、ひ弱そうな体つきだ。

 その男が口角をややつり上げ、玲菜を見る。


「まだ何もしてないのに、ずいぶんな歓迎だな?」

「よく言うわ、門扉の結界を破って侵入してきたくせに!」


 素人目からは普通に正面の門を開けて入ってきたように見えるが、普通は開けることなどできないようだ。


「結界? ああ、それはすまないことをした。まさか、天下の雪城家の正門結界があんなしょぼいものだとは思わなくてね。誤って壊してしまったよ」


 男の後ろにいる黒ずくめの奴らから小さく笑い声が聞こえる。

 バカにした態度は、見ている俺まで苛立つほどだ。

 玲菜は小さく息を吐き、男を見た。


「礼儀知らずね。自己紹介はともかく、挨拶すらしないのかしら?」

「おっと、これは失礼した。俺の名は神条しんじょう 炎治えんじ、今回派遣された調査隊の隊長。いや、上級魔闘師と言った方がいいかな?」

「――なっ! 上級魔闘師!? ど、どうして、そんなヤツが……」


 明らかに玲菜が動揺しているのがわかる。

 そんなにやばい相手なのか。


「おい、玲菜。なんだよ、上級魔闘師って?」

「……魔闘師には下級、中級、上級って三クラスあって、最高位が上級魔闘師。成果と能力によって格付けされているわ。……ちなみに諏訪は――下級魔闘師よ」


 目の前が真っ暗になるような言葉だった。

 あの諏訪が一番下のクラスでしかないという事実。

 なるほど、玲菜が動揺するのも無理はない。


「ってことは、こいつが一番強いってコトか?」

「……おそらくね。さすがにこんな極東の地に、上級魔闘師が何人も来ているはずないもの」


 玲菜は言って、神条をちらりと見た。

 自尊心に満ちた笑みを神条が浮かべている。


「だったらアイツさえ倒せば、あとはどうにかなるってコトだな?」

「……そうね、倒せたら、ね……」


 玲菜にしては歯切れの悪い言葉だ。

 相手が上級ということで萎縮してしまったのだろう。

 そんなにやばい相手だというのか、同じ日本人なのに。――おや?


「なあ、協会ってイタリアにあるのに、日本人が多いのか? 諏訪も日本人だし、アイツだって明らかに日本人の名字だよな?」

「そんなわけないでしょ――って、神条っ!? ま、まさか……」


 玲菜が先ほどよりも驚いた声を出した。

 上級魔闘師よりも驚くことなのだろうか。

 おずおずと玲菜が神条を見つめる。


「確か協会の『五賢者』の一人が神条の名字を持つわよね?」

「よく知ってるな。俺の親父だ。天下の雪城家の御当主に知れているとは、鼻が高いものだな」


 神条は芝居がかった声でそう叫ぶ。なぜだか、妙に鼻につく。

 バカにされているような嫌な感じだ。そんなに偉いヤツなのだろうか。


「五賢者って、そんなにすごいのか?」

「当たり前でしょ。協会の最高の幹部、トップよ、トップ」

「な、一番偉いのか……? マジかよ……」

「とんでもない大物がきたわね。上級魔闘師の中でも別格じゃない……」


 俺たちの驚きに気分をよくしたのか、神条が口角を上げている。

 玲菜は小さく拳を握ると、一歩前に出た。


「それで、五賢者のご子息がわざわざこんなところまで、何の用かしら?」

「とぼけるのは止せ、時間の無駄だ。――単刀直入に言おう、この土地の管理を協会に譲ってもらおうか?」

「いきなりふざけないで! そんなこと受け入れるわけないでしょ!」


 神条がため息を一つ吐くと、そこから一気に魔力が高まっていく。

 なんだ、なんだ、この魔力は。今まで感じた誰よりも遙かに高い魔力。

 対峙しているだけで、膝が震えてくるのがわかる。

 こんな奴に勝てるのか。玲菜も同じように冷や汗を垂らし顔が強ばっていた。

 そんな俺たちを見て、神条は口角を上げる。


「これは最後のチャンスだ。大人しく明け渡してくれるなら、今回の件でお前たちに一切の責任を追及しない。その条件でどうだ?」


 玲菜は汗を拭い、顎に手を当て、逡巡する。

 それから肩を竦めた。


「な、なによそれ? 全くメリットに思えないけど?」

「そうかな? 少なくとも、後ろの少年は無罪放免になるのではないか?」


 神条は顎で俺をしゃくる。

 ふざけた態度ではあるが、実に効果的な提案だ。

 自分への脅しなら、いくらでも開き直れるが、周りに被害が及ぶとなれば、誰だって考えてしまう。まさに玲菜も歯ぎしりをしていた。


「ぐっ、汚い奴らね。春馬を餌に脅しをかけてくるなんて……」

「もちろん、ソードの件も知っている。それも協会が責任を持って面倒みようじゃないか。無理して若い命をこんな場所で散らせる必要もあるまい?」


 しばしの沈黙が流れた。

 真剣に何かを悩んだあと、尻目に玲菜が俺を見る。


「春馬……ごめん」


 玲菜は囁くように告げると、神条を睨み付けた。


「ここは渡せない! 無条件で降伏するくらいなら、死んだ方がマシだわ!」


 圧倒的な魔力を見せつけられても、玲菜は戦うことを選んだ。

 この家を守りたいのか、それとも、単純にメルを守りたいのか。そのために命を賭けようとしている。


「残念な答えだが、管理人としては立派な態度だな。そっちの君はどうするかね? 君が生き残れる最後チャンスだ。よく考えたまえ」

「俺は――」


 もともと何の関係もないただの高校生。ソードと契約したから、魔法使いの戦い巻きこまれただけで、もともと望んでいたものではない。

 ソードとの契約を破棄できず、命を狙われるから、しかたなく戦いに参加しただけなのだ。それも協会が全て解決してくれる。

 無事に生き延びたいなら、考えるまでもない選択だ。

 ふいに玲菜と目が合い、玲菜はニコッと微笑む。


「春馬、アンタはいいのよ、ここで降りなさい。もともと巻きこんじゃったわけだし、恨みはしないわ……」


 俺の背中を押すように、玲菜は優しげな顔をしている。

 視線を落とすと、強く握った拳が震えていた。恐いのに強がっている。

 俺が安心して降りられるように、無理をしているだけなのだ。

 そんな玲菜を、俺は――守りたいと思った。

 何度も玲菜自身に助けてもらったこととか、今まで一緒に戦ってきたとか。理由をあげれば、それこそきりがない。

 もちろん、元の生活への未練がなかったわけじゃない。

 でも、玲菜が困っているなら、喜んで力を貸せる。

 それだけで命を賭ける理由になるんだ。


「心配すんな。お前が戦うなら、俺だって戦う」

「は、はあ!? アンタバカ? 見逃してもらえるチャンスなのよ!?」

「そりゃあ、助けてもらえるのは嬉しい。正直、雪城家がどうなろうと俺には関係ないしな」

「だったら――」


 玲菜は不安な眼で俺をしっかりと見つめてきた。


「でも、お前を助けたいし、力になりたい。お前が諦めないって言うなら、俺だって諦めない」

「――――っ、アンタって本当にバカね」

「ああ、お前も似たようなもんだけどな」


 俺と玲菜は眼を合わせ、一度だけ小さく笑う。

 そして、同時に神条を見た。


「悪いな。お前の提案は受け入れられない」

「若さ故に愚かさか……ふむ、殺すか」


 神条の目つきが鋭くなった。今にも襲って来そうだ。

 しかし、そこに横やりを入れる声。


「待っていただけますか? この場は私にお任せください」


 一人が前に出ると、神条はピタリと魔力の放出を止める。


「諏訪……お前か?」


 名前を呼ばれ、かぶっていたフードを脱ぐ。

 愉しげに笑みを浮かべるその顔に、なぜか激しい怒りがこみ上げてくる。

 どうやら最初の相手は、諏訪になりそうだ。


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