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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
26/51

第二十六話 メルフィオーネの正体

 玲菜にとって一番大事な人は、おそらくメルだ。

 メルに危険が迫ったとき、玲菜はどんな行動を取るのだろうか。

 そして、俺には何が出来るのだろうか。

 メルが危険だと、玲菜から電話で知らせを受けた。

 詩子も俺についてこようとしていたが、どんな用事かもわからない以上、サボらせるわけにはいかない。

 不満げな顔の詩子を置いて、急いで玲菜の家にやってきたところだ。

 玄関を開けると、不穏な魔力が満ちているに気がつく。


「なんだこれ、なにがあったんだ?」


 訝しげにつぶやき、魔力の出所をさぐると、それはメルの部屋からだった。

 嫌な予感が全身を襲い、俺はソードを握りしめると、廊下を駆け抜ける。

 部屋に近づくにつれ、魔力は濃さを増していく。

 気分が悪くなるような感覚に襲われながらも、走ってきた勢いのまま、息を整える事もなく、部屋の扉を開けた。

 その瞬間、激しいまでの轟音と、風圧が一斉に外に流れ出す。

 顔を腕で覆いながらも、辺りの様子を確認する。

 人間とはどこか異なった何かがベッドの上でもがいており、近くには両手を前に伸ばした玲菜がいた。

 ボロボロに引き裂かれた寝間着姿の玲菜を見て、なにかをぎりぎりで押さえ込んでいるのがわかる。アイツは敵なのか。

 玲菜は俺に気がつくと、目を大きく見開く。


「春馬! さっさと中に入って、ドアを閉めて! ――結界が壊れるわ!」


 俺は急いでドアを閉めて、玲菜に近寄った。

 玲菜が抑えている相手、そいつを俺は指さす。


「なんだよ、アイツ」

「……っ、め、メルよ」

「なっ! マジかよ……な、何があったんだ?」

「ソードに魔力を与えて無理をさせたのと……昨日、私がみんなから魔力を預かったのは覚えている?」

「ああ、相澤の障壁を破壊するためにだろ?」


 玲菜はコクリと頷く。


「普通はね、他人の魔力を体に入れると、それだけで毒になるのよ。全身が反発を起こして、下手をすれば死に至る」

「まさか、お前が倒れたのも?」

「そう、体中で拒否反応が起こったの」


 詩子だって魔力を使い果たしたはずなのに、今日すっかり元気だったのはそういう事だったのか。


「も、もう平気なのか?」

「ええ、それは大丈夫……でも……」

「なんだよ、はっきり言えよ? それとメルのこの状態が関係あるんだろ?」


 俺の質問に玲菜は目を丸くした。

 なにか変なコトを聞いたのだろうか。


「……普段ぼーっとしてるくせに、妙なところは勘がいいのね」


 玲菜は観念したように、息をついた。


「……私とメルは繋がっているのよ。いろいろとね」

「繋がる……? ま、まさか、この間の同性愛ビアン的な?」

「違うわよ! 何度も言ったけど、同性愛じゃないわよ! ……わかりやすく言うと、メルは私の使い魔よ。契約された悪魔ってとこかしらね」


 ピキッと空気が凍り付いた気がした。


「はあぁ!? なんだよそれ……じゃあ、メルって人間じゃないのか?」

「……そうよ。本当のこと言うと驚いちゃうでしょ? だから、今まで言わなかったのよ。絶対に他言無用だからね?」


 人間離れしているところはあるとは思っていたが、本当に人間ではないなんて、驚愕というべき事実。確かに言いにくい話だ。

 そういえば、最初にメルを紹介された際に『使い……』と玲菜が言いかけて慌てていたことがあったな。使いっパシりではなく、使い魔だったのか。


「メルがおかしくなったのは、お前が他人の魔力を受け入れたことが原因なのか?」

「……厳密には違うけど、まあ、そんな感じだと思っていいわ」


 気になる言い方ではあるが、俺のせいなのは間違いない。

 あの場で魔力の複合を提案したのは俺なのだ。

 玲菜はちらりと俺を見て、小さく息を吐く。


「そんな顔しないで、別に責めてないわよ。あの提案がなければ、私は死んでたかもしれないし……」

「……何か俺で力になれることはあるか?」

「もちろんあるわ。そのために帰ってきてもらったんだし……それ貸しなさい」


 玲菜はソードを指さした。

 言われるがままに、俺は握っていたソードを渡そうとする。

 その瞬間、ソードが自然と熱を持ち、発光を始めた。嫌がっているようだ。

 思わず、ソードを引っ込めようとすると、緊迫した顔で玲菜が声を上げる。


「ソード! わがままはやめて。状況はよくわかっているんでしょ?」

「……はい。……すみません。よろしいでしょうか、マスター?」


 俺に確認を求めるようなソードの声。


「ああ、もちろんだ。メルの治療を手伝ってやってくれよ」


 俺の一声でソードの発光が止まり、素直に玲菜の手に渡った。


「ほんと、その忠誠心は見事だけど、目の前でやられると腹立つわね」


 玲菜はソードを握りしめながら、ぼやく。

 ソードの忠誠心が羨ましくとも憎らしいのだろう。

 玲菜がソードをメルに向けて、何かの言葉を発する。

 すると、メルの体に光が灯り、ソードと光で結ばれた。まるでメルとソードがリンクしているように見える。何かおかしな事が始まった。

 

 ※ ※ ※

 

 すでに同調を始めてから、七時間。深夜の時間帯にさしかかっている。

 メルの暴走はいまだに収まる気配さえみせない。とはいえ、これでも状況はマシになった方だ。

 ソードを手放している以上、俺では何も手伝えず、メルへの同調と束縛を玲菜が一人でこなしていた。

 何度も危なくなったところで、詩子が学校から戻ってきたのだ。


「なんで私が……雪城先輩の手助けなんか」


 そんなことをぼやきながらも、メルの抑え役は詩子が担当してくれた。

 そのおかげで、玲菜の負担は減り、安定の兆しを見せ始める。

 しかし、安定はしても回復はしない。時間だけが過ぎた。

 さすがにこれだけの長丁場となると、魔力の消耗も激しいらしく、玲菜の顔色は明らかに悪い。もちろん詩子だって似たようなものだ。

 どう考えても、この方法ではいずれ破綻する。


「なあ、そろそろ諦めるとか……考えた方がいいんじゃないのか?」

「ダメよ! 諦められるはずがないわ!」

「……こんなコト言いたくないけど、もう限界だと思うぞ?」

「そんなの関係ないわ! ぶっ倒れてもやるのよ!」


 決して諦めようとはしない、玲菜の強い眼差し。

 だが、ふいにそれを否定するかのように、メルが吠えた。


「うががががぁぁぁっっっ!」


 大きな叫び声を上げ、メルが体を大きく動かそうとする。

 その度に、メルの体のあちこちが、獣のように毛に覆われ始めた。

 人間のそれではない、獣のような姿に俺はどことなく寒気を感じる。

 メルを抑えていた詩子に目を向けると、片膝をついて苦しそうな顔。


「お、おい、詩子! 大丈夫か?」


 俺に質問に、詩子は小さく笑みを浮かべ頷くが、明らかに無理をしている。

 玲菜を見ると、何か考えていた。まだ諦められないようだ。

 このままだと、メルだけじゃなく詩子も危なくなる。

 どうするかなんて考えている時間はない。もう止めるべきだ。


「玲菜! もう無理――」

「――ねえ、春馬、あなたが代わりにやってみない?」


 俺の声を遮るように玲菜のまっすぐな質問。


「俺? 俺に出来るのかよ?」

「……出来ないと思ったから、私がやってたのよ。でも、アンタはソードのマスター。もしかしたら、私よりもアンタの方がいいのかもしれない」


 祈るような、願うような、玲菜の声。多分、上手くいくとは思っていない。

 だけど、もうそれしか手がないのだろう。


「けど、もう詩子は限界だぞ?」

「ええ、そっちは私がやるわ。それなら文句ないでしょ?」


 出来るかどうかなんて関係ない。

 詩子の負担がなくなるなら、その方法しかないだろう。


「……わかった。やってみる」


 俺の返事を聞いて、玲菜はその手に持ったソードを向けてくる。


「だったら、このソードを握って」

「こ、こうか?」


 言われるがまま、俺はソードを握った。


「うががぁぁっ!」


 強烈に力を吸い取られる感覚と、それを弾こうとするメルの激しい抵抗。

 あまりの気持ちの悪さに、手を離してしまいそうになるをグッと堪える。こんな厭な感覚を、玲菜は何時間もやっていたのか。

 本当にメルを助けたいと思っているのだろう。驚嘆に値する。


「大丈夫? いけそう?」


 玲菜は不安げに俺を見つめてきた。

 ここで無理だと叫べたらどれだけ楽か。けど、玲菜の頑張りを無駄には出来ない。

 それにメルを助けられるなら、俺だって助けたい。


「心配するな。大丈夫だ……次はどうするんだ?」


 手から伝わってくる気持ちの悪い感触に負けじと、強くソードを握りしめた。


「『ぶっ壊せクラック』と同じ要領で、ソードを通して、メルに魔力を流すようにイメージして」


 非常に怖い。恐る恐る魔力をソードに流し込んでみた。

 瞬間、メルの様子が激しく変わる。玲菜の時のような穏やかな様子ではなくなった。強ばる表情。魔力が激しく荒れていく。明らかな拒絶だ。

 メルの姿はますます崩れ、別の生き物に変貌していると言っても過言ではない。


「ち、ダメだったか。ソードとの相性が良くなっても、メルが拒絶したわね」


 悔しげに舌打ちをして、玲菜は親指を噛んだ。


「春馬! もうソードを降ろしていいわよ。もうこの方法じゃ意味ないわ」

「わかった……」


 俺はソードを降ろそうとした。

 その時、ソードが一気にメルの体内に飲み込まれていく。


「ちょ、な、なんだよこれ――」

「吸収しようとしている。絶対に手を離さないで!」


 俺の体ごと、ソードを引き寄せる吸引力。

 ソードがメルの胸元にずぶずぶと埋まっていく。

 抜こうと思っても、がっちりと固定され、びくともしない。


「どうにか出来ない? このままだとやばいわよ!」


 玲菜の慌てた声が響く。それもそのはず、引き抜くどころか、どんどんメルにソードが取り込まれているのだ。


「わ、わかってるよ。け、けど、抜けねえんだ!」


 ソードを強く握り、力を込めた拍子に魔力をさらに流してしまった。

 メルが途端に激しく暴れ出す。


「うががぁぁぁぁぁがぁぁぁぁっ!」


 突然、メルの額に生えていたツノが伸び、俺に目がけて襲ってきた。

 心臓に向けて放たれたその一撃。

 とっさの出来事に、俺は反応さえ出来なかった。


「せ、先輩!」


 詩子の絶叫が耳をつく。おぼろげに死がよぎる。

 そこに飛び込んでくれたのは玲菜だった。


「春馬っ!」


 メルのツノが頭上をかすめていった。

 玲菜により、押し倒されたようだ。


「大丈夫!? ――っ」


 すぐに体勢を整え、玲菜は俺の心配をしてくれた。

 だが、玲菜の脇腹に滲む血。破れた服。

 俺の代わりに攻撃を受けたのは明白だ。


「お、おい、お前こそ大丈夫かよ! いつも言ってるだろ、俺の――」


 フンと鼻を鳴らし、玲菜は普通に立ち上がり、髪を払う。


「心配しなくてもいいわよ。かすり傷よ。……あと、こんな状況で、俺を助けるななんて言わないでね、ぶん殴っちゃいそうだから……」


 玲菜は痛そうな顔をしながら、右手を傷口に当てる。

 手は白く光り、玲菜の顔色が少し良くなった。手当が済んだようだ。


「ありがとう。助かった」

「……そうよ。最初から、そう言いなさいよね!」


 玲菜はにこりと笑うと、メルに目を向ける。


「それより、状況はまずいわね。この部屋の結界もボロボロ。白峰さんの魔力も限界。ソードは取り込まれそう。……解決策もない」


 玲菜に押し倒された時に、俺の手はソードから離れている。

 支えのなくなったソードは、どんどんメルに飲み込まれていく。


「あれ、完全に飲み込まれるとどうなるんだ?」

「……吸収されてなくなるわ。もともと、メルの一部なんだし――」


 そこまで言って、玲菜はハッとして、口をつぐむ。

 まずいことを言ったという様子だ。

 だけど、今はそんなことしている場合じゃない。


「おい、隠している場合か? メルの一部ってなんだよ。何か突破口になるかも知れない、話せよ」

「……そ、そうね。……ソードっていうか、神器はもともとメルの一部。それを雪城家の人間が神器として使えるようにしたのよ」


 意味がまったくわからない。

 だが、今はこまかいことを考えている場合じゃない。事実だけを受け入れて、それから対応を考えるべきだ。


「他の神器も全部、メルの一部だったってことか?」

「そういうこと。もともとは全てメル自身なのよ」


 全てがメル自身。だったら、他の神器たちの力を借りられないだろうか。


「おい、玲菜! 今、お前が持ってる神器、全部、俺によこせ!」

「は、はあ? そ、そんなことできるわけないでしょ!」


 玲菜が首をいっぱいに横に振った。アイツの一週間はそれを集めるために費やされたんだ。簡単には渡したくはないだろう。

 でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「……ローブの神器が言ってただろ? 俺がマスターになれば力を貸すって。他の神器も同じなんじゃないのか?」

「そ、それは……そうかもしれないけど……また、ソードみたいになったら……」


 玲菜の悲痛な呟き。ソードのように、俺に貸して、また戻ってこなくなるのが怖いのだろう。


「は、早くしてください……メルさんの力が増してます……抑えるの限界です」


 詩子の悲鳴のような声。その額からは汗が止めどなく流れていた。

 詩子の魔力が尽きかけている。もうこれ以上、待っていられない。


「……もしもそうなったら、俺がお前を一生守る。それでどうだ?」

「は、はあ? ななな、なによそれ……」

「だから、約束だよ。俺は絶対に返すつもりだ。でも、それだけじゃあ、信じられないって言うなら、俺がお前をずっと守るって、言ってんだよ!」

「ちょ、ちょ……それって、プ、ププ、プロポーズ!?」

「はあ? な、何言ってんだよ。そ、そんなわけねえだろ。とにかく、貸せ。メルを助けたいんだろ?」


 玲菜がもじもじと恥ずかしそうに顔を赤らめ、逡巡した。

 そして、ようやく諦めた顔をして、俺を見る


「わ、わかったよ。そ、その代わり、さっきの約束忘れないでね?」


 俺がハッキリ頷くと、玲菜は納得したのか、神器を取り出した。

 収納できる魔法、本当に便利だ。

 玲菜が取り出したのは、護符アミュレットローブ耳飾りピアス、三つ全ての神器だった。

 俺はそれを取り上げると、それぞれに話しかける。


「今から、俺がお前達のマスターだ、文句はあるか?」

「なんだよ。俺の出番か? アンタなら問題ねえぜ」

「ふむ、儂も同感じゃ、おぬしには力を貸せる」

「あはは、僕もそうだね。いいよ。力になるよ」


 なぜだかわからないが、素直に従ってくれるようだ。

 隣では玲菜が目を丸くして、驚いている。

 このままだと、玲菜から納得できないと文句言われそうだ。

 さっさと始めよう


「だったら、みんな頼む。ソードを救出して、一緒にメルを元に戻して欲しい」


 俺の魔力に反応し、三つの神器が光を放ち、そのままメルに向かって飛んでいく。

 三つの光がメルの中を巡り、一つの大きな光となった。

 メルからも光が放たれ、二つの力がぶつかり合う。そして、ふいにはじき出された光。それはソードだった。

 同時にメルの体内から、真っ黒で巨大な怨念のような塊が、姿を見せた。

 禍々しい紫の肉体に、邪悪な牙に翼。もはや、悪魔と呼ぶべきだろう。

 その異形とも呼べる姿を見て、強烈な頭痛が襲う。


「やっと出来てきたわね! って、春馬? 大丈夫?」


 少しだけ嬉しそうな声を出した玲菜が、俺を見て心配していた。

 幸いなことに頭痛は一瞬で、ウソみたいに消えていく。なんだったんだ。


「すまない、大丈夫だ。けど、お前こそ大丈夫か?」


 玲菜のその膝はかすかに震えている。

 それも無理はない。なぜなら、その悪魔の魔力量は圧倒的だ。


「も、もちろんよ」


 明らかに大丈夫でない様子。だが、俺は反対に妙に落ち着いていた。

 これだけの魔力を見せつけられても、それほどの脅威に思えないのだ。


「玲菜、アイツを斬り殺せば良いのか?」

「……え、そ、そうだけど……できるの?」

「わからない。……だけど、出来る気がする。神器、あと少し借りるぞ」


 玲菜が驚いた顔で、こくりと頷く。


「来い、神器たち!」


 俺の声で、ソード、ピアス、アミュレット、ローブが俺の元に集まる。

 そこから放たれるのは圧倒的な魔力とあふれ出るばかりの活力。


「行くぞ。俺に力を貸してくれ!」


 戦いは一瞬、神器たちが力を合わせると驚異的な力になった。

 相手の攻撃をローブが『抑制』し、全てを無効化する。

 アミュレットが炎を『召喚』し、ソードに纏わせる。

 ピアスがソードの刃を六つに『分身』させ、威力を増やす。

 そして、ソードによって『強化』された俺は、それを振り下ろすだけだった。

 溶けるように、弾けるように、魔力が光の粒になって散っていく。

 そして、裸のメルが現れ、糸の切れた人形のように倒れる。

 玲菜は慌てて駆け寄った。


「め、メル!」

「……れ、玲菜様……?」


 玲菜に抱きかかえられたメルは、ぼんやりとしながら、いつもの声だった。

 その当たり前だった声を聞いて、玲菜の顔に安堵の笑みが浮かぶ。


「よかった……」


 玲菜は心から安心するような声でそう呟き、メルを強く抱きしめた。

 俺は制服の上着を脱ぎ、メルの裸を見ないように玲菜に渡す。

 緊急時とは言え、素っ裸はいろいろと目に毒だ。

 受け取った玲菜は目をぱちくりとして、ぼそりと囁く。


「メルは私の使い魔で、私の魔力を受けて存在しているのよ。だから、口説いたりしないでよね?」

「しねえよ!」


 冗談よ、と言って、玲菜は素直な笑みを見せた。

 ――ふいにカランカランと遠くから、教会の鐘の音が聞こえる。

 時計を見ると深夜零時になっていた。こんな時間に鐘が鳴るなんて初めてのことだ。隣にいる玲菜が眉間にシワを寄せた。


「……ふん、諏訪の仕業ね。教会の鐘よ」

「なんでアイツがこんな真似を?」

「期限切れって言いたいんでしょ。わざわざ鐘まで使って知らしめているのよ」


 日付変更と共に鳴り響いた鐘の音は、諏訪との約束を守れなかったコトを意味していた。

 つまり、世界最大規模の魔法使いギルド『魔法管理協会』を敵に回すコトになったらしい。諏訪よりも強い魔法使いたちが、この美沢市にやってくる。

 どう考えても、俺が助かる見込みは少ない。

 玲菜が俺をちらりと見て、悲痛な声を出した。


「この街に魔闘師がやってくるのをもう止められない……ごめん」

「どうして、お前が謝るんだ?」

「だ、だって……私が神器を集められなかったから……」


 どうやら玲菜は自分が悪いと考えているようだ。

 しかし、それは違う。

 最初に、諏訪にケンカを売ったのは俺で、玲菜は俺を庇っただけだ。

 だから、どんな状況になろうとも、玲菜だけが悪いはずがない。


「お前が責任感じる必要はない。巻きこんだのはお互い様だ。……それにな、まだ負けると決まったわけじゃないし、死ぬと決まったわけでもない」


 俺の言葉に玲菜は一瞬だけ俺を見て、すぐに顔を横に振った。


「……無理よ。相手は本物の戦闘のプロ。私たちが勝てる道理はないわ」


 諏訪と同程度以上の魔闘師たち。

 さすがの玲菜も弱気になっているようだ。

 勝ち目は薄いが諦めたら、それは死を意味している。


「勝てないと思うなら、お前は降伏したらどうだ? 俺や詩子は魔法の隠匿って奴で、殺されるかもしれないけど、お前は違うんだろ?」

「っ、そうね、殺されないでしょうね。……この街の管理権は剥奪されるだろうけど……」


 言って玲菜は俯いてしまう。

 管理権が大事なのはわかるが、それは生きているからこその物だ。

 死んでしまったら何の意味もない。


「渡しちまえばいいじゃないか。死ぬよりマシだって」


 軽いのりで玲菜を励ますように言ってみた。

 その瞬間、玲菜の顔が豹変する。


「春馬! それ二度と言わないで、アンタでも許さないから……」

「け、けど――」

「私はこの土地を守らなきゃいけないの。三百年も続いてきたのよ? 私の代で終わらせるなんて、出来ないわよ……」


 普通の家庭で育った俺には、伝統や家柄なんてものはわからない。

 わからないけれど、玲菜が言っているのが間違いなのはわかる。


「何よりも優先されるべきは、命じゃないのか?」

「そんなことくらい、わかってるわよ! 自分の命より他人の命が大事なんて考えている、アンタの何倍もね」


 玲菜の皮肉まじりの言葉。イライラッと感情がこみ上げる。


「だったら、選択肢は一つじゃないか! お前が戦う必要なんてない。勝てないと思う相手ならなおさらだ」


 声を荒らげた俺を負けじと玲菜が睨んできた。

 しばしのにらみ合いのあと、観念したのか玲菜が大きく息を吐く。


「……土地だけだったら、まだ諦めもついた。生きていれば取り返すチャンスある。それもわかるわ。けどね……そこにはメルがいないのよ……」

「メル? メルなら使い魔だから、お前を裏切るわけ――」


 俺の言葉を遮って、玲菜は首を横に振った。

 ぼんやりとしているメルの頬を優しくなでる。


「使い魔だからよ。こんな高性能な使い魔、私の魔力だけで使役できるわけがないでしょ。管理権を奪われた段階で、メルは私の手を離れて、消えてしまうわ」

「雪城家の結界の力って奴か?」

「そう。だから、どうしても土地を奪われるわけにはいかないの。生まれたときから、ずっと私を助けてくれた。守ってくれた。肉親と変わらない。そんな相手……アンタは見捨てられるって言うの? 自分が死にたくないって理由だけで……」


 メルを抱きしめる玲菜の力が強くなったように見えた。

 今日だって、玲菜はメルを助けるために命を賭ける覚悟をしていたのだ。

 メルを諦めろなんて言っても、余計なお世話にしかならないだろう。

 返す言葉が見つからずに困ったところで、玲菜に借りた神器たちが目にとまる。


「わりい、これ借りたままだったな」


 俺は話を逸らすように、神器を玲菜に返そうとした。

 玲菜が黙って、ローブ、アミュレット、ピアスに手を近づけると、発光が強くなった。先ほどソードを渡そうとしたときと同じだ。嫌がっている。


「あ、アンタらね……」


 玲菜が怒りを押し殺したような声を出した。


「儂のマスター、もうお前さんじゃ、勝手に渡されても困る」

「そうだよ! お兄ちゃん! 僕のマスターもだからね」

「ひゃはっ! だったら、俺もだな!」


 神器たちから俺を非難する声が響いてくる。

 ちらりと隣を見ると、玲菜の眉間に青筋が浮き出ている。

 これはやばいことになりそうだ。

 決して笑ってない、にこやかな顔で玲菜が俺を見る。


「……春馬。アンタさっき、なんて言ったっけ? 一生私を守ってくれるんだっけ?」

「あ、あの……その……こ、これは、事故というか……」


 とっさの状況だったとは言え、自分で言い出したこと。冷や汗がだらだらとこぼれていく。玲菜はそんな俺を一睨みして、フッと笑みを浮かべる。


「冗談よ。べ、別に、私はアンタに一生守って欲しいなんて言わないわ」

「……玲菜」

「け、けど! アンタがどうしても約束を守りたいって言うなら、一生そばで守らせてあげてもいいわよ?」


 玲菜は顔を真っ赤にして、俺から視線を逸らした。

 やばい。非常にまずい展開になっている気がする。

 玲菜のコトだ、俺を一生馬車馬のようにこき使う気に違いない。

 返事に困ったところで、後ろから怖い声が響いてきた。


「せ、先輩? ど、どういうことですか?」

「詩子!? お前も頑張ったな。お疲れ様」


 恐ろしい顔をした詩子の顔を見て、なんとなく命の危機を感じる。

 話を逸らそうとしたが、まるで表情は強ばっていく一方。


「そんなこと訊いてません! い、今、雪城先輩と……許さない。そんなこと、絶対に許さないからっ!」


 叫びながら詩子の顔に深い闇が堕ちていく。状況のまずさを感じ、どうにか取り繕うとしていると、詩子の体がふらっと揺れた。


「あ、あれ……?」


 詩子はそのまま、前のめりに崩れていく。


「おいっ! 詩子!」


 倒れる前になんとか、詩子の体を支えることができた。

 顔覗き込むと、詩子は寝息を立てている。

 どうやら疲れて、寝てしまったようだ。どこか拍子抜けしつつ、玲菜を見る。


「疲労と魔力切れによる疲れってところでしょうね。……白峰さんにもずいぶん無理させちゃったわ」


 玲菜は非常に穏やかで安心したような声を出した。

 詩子が疲れて寝ているだけで、けが人もなく、部屋の損壊もほとんどない。

 上々のできばえと言ってもいいだろう。

 メルの額に優しく手を乗せ、にこやかな玲菜を見ていると、本当に大事な相手なのがわかる。

 メルを守るためなら、玲菜は命を捨てる覚悟があるのだろう。

 誰も傷つけずにメルの危機を無事に乗り切れたことが、俺は少しだけ誇らしくなった。


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