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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
24/51

第二十四話 決着と新たな問題

 俺たちは最後の攻撃に向けて、相澤と向かい合っていた。

 その距離、数メートル。一気に詰め寄れる距離だ。

 俺たちの表情が変わったことで、相澤がにこやかに笑う。


「そろそろいいかい? これだけ作戦会議の時間を使ったんだ。無様な結果だけは勘弁してくれよ?」

「ああ、無様はお前が晒すことになるんだからな!」


 汗ばむを手をズボンで拭うと、ソードを握りなおす。

 ――作戦開始だ。

 俺は玲菜に横目で視線を送ると、玲菜は頷く。


「ソード、いけるか?」

「はい、マスター、強化開始します」


 ソードの強化が開始されると、グンッと音が聞こえるほど、魔力により全身の細胞が目覚めていく。久々の高揚感。

 二段階セカンドを使いたいところだが、あれだと一分しか持たない。

 こちらの状態なら、もう少し長く持ってくれるはずだ。


「はぁぁぁっっ!」


 俺はソードを握りしめ、相澤に飛びかかった。

 ガキンと金属の音が響き、火花が薄暗い辺りを一瞬、明るくする。

 相澤はソードを左手の前腕部分で受けとめ、ニヤケ顔で魔法を放ってきた。

 それを体をひねり、紙一重で避けると、ソードで相澤を切りつける。

 今度は完全に油断しているところへの斬撃。

 しかし、それでも相澤には届かない。

 魔法の鱗のような物が相澤への直撃を妨害した。これが障壁か。

 この程度の攻撃力ではまるで傷を負わせられない。


「くそっ――」

「残念だったね。君程度の力じゃ、僕に傷一つ付けられないよ」


 あっさりと攻撃を防がれ、無防備なところに相澤からの打撃。

 俺は激しく飛ばされ、鈍い痛みが体中を襲った。


「ぐはっ……」


 倒れそうになるのを気力だけで踏みとどまる。


「トドメだっ! 死ねっ!」


 急速に接近してきた相澤の手の平には、先ほど玲菜に放たれた黒い魔力の塊が握られていた。

 俺はそれを避けようとするが、あまりの早さに体が追いつかない。

 ソードが自動で前に出て、防ごうとしてくれるが、俺がこんな状況では踏ん張れるはずもない。


「これでも喰らいなさいっ!」


 俺に向かってきている相澤に合わせて、玲菜が魔弾を放った。

 それは魔弾ですませるには、あまりにもおこがましい、圧倒的な存在感。

 詩子と七海の魔法を借り、造り上げた奇跡の魔法だった。


「な、なにっ!」


 相澤は咄嗟に足を止め、膝を曲げるとその魔法に対して防御の姿勢を取る。

 だが、それでも魔法の威力が勝っているらしく、相澤の障壁をがりがりと削っていく。俺は痛みを堪えながら、障壁が壊れるのを待った。

 だが、ぎりぎりのところで相澤が押さえ込んでいる。削っていたはずの障壁が元に戻りはじめているのだ。

 破壊の速度が、修復の速度に間に合っていない。

 さらなる火力に期待するが、玲菜は体をふらつかせ、もはやいつ尽きてもおかしくないよう状況。必死に踏みとどまり、魔法を放っている。

 そこまでしても、相澤の障壁を破壊出来ない。

 あと少し、誰かがほんの少しだけでも、後押しを出来れば良いのだ。

 だが、詩子と七海はすでに魔力を渡し終わった様子で、ぐったりとしている。アイツらに期待するのは酷だろう。

 ソードの魔力をトドメに使うなら、もう残っているのは俺の魔力だけ。

 しかし、俺には使える魔法なんてない。くそ、なにかないのかよ。

 諦めかけたとき、玲菜に教わった言葉を思い出す。


「あるじゃねえかよ! たったひとつだけ――」


 そう、さっき教わったのだ。この状況を打破できるものが。


「――『ぶっ壊せクラック』」


 俺が叫び声を上げる。

 細く細くどこまでも絞り込み、ただ一点を目指して放つ。

 小さな力ではあったが、凝縮された魔力の塊が中心点を襲い、拮抗していた玲菜の魔力を後押していく。

 それをチャンスと思ったのか、玲菜の叫びが聞こえた。


「やるじゃない、春馬! これで全部よっっっ――!」


 玲菜の全ての魔力が蒼色の魔弾をより輝かせ、眩いばかりの光が辺りを照らす。

 耐えていた障壁に亀裂が入り砕けた。ガラスが割れるような甲高い音が響く。


「ば、ばかな……」


 戸惑いを見せる相澤の目の前まで突っ込むと、全力でソードを振り下ろす。


「でぁぁりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふ、ふんっ!」


 相澤は両手を伸し、その攻撃を防ごうと魔力を放出させた。

 辺りには眩いばかりに魔力が放出され、互いの魔力がぶつかり合う。

 轟音の響く中、押し切れないどころか、逆に押し返されてしまいそうなほどの力を相澤から感じる。どれだけこいつは力を持っているんだ。

 このままじゃまずい。今の力だけでは勝てない。


「春馬っ!」

「せ、先輩っ!」


 玲菜と詩子の声が耳をついた。俺は拳にさらに力を込める。

 アイツラが無理矢理、手を繋いで、俺に回してくれたんだ。俺が諦めるわけにはいかない。もう出し惜しみはなしだ。


「ソード! セカンドいくぞ! 力を貸してくれ!」

「――はい。マスター、全ての魔力をここで放出します!」


 ソードの魔力が急激に高まり、俺の体がウソみたいに強化される。

 拮抗さえ難しかった状況が、一変する。


「な、なに…………」


 俺の振り下ろしたソードが相澤を貫いた。

 鮮やかな光が相澤から漏れ出し、取り憑いていた異形の鱗が、ボロボロと崩れていく。鱗が落ちると、中から相澤の半裸姿が出てきた。

 立つこともままならないらしく、そのまま膝から倒れこむ。もう自己修復出来ないほどの傷を負ったようだ。その姿を見て、俺は勝利を確信した。


「うおおっっっ!」


 思わず零れた大きな叫び。

 後ろからドンと柔らかい感触が広がる。


「春馬っ! よくやったわ!」


 嬉しそうな声で、飛び込むように俺に抱きついてきた玲菜。

 ぐりぐりと俺の背中にくっつく。


「――ちょ、ちょっと、玲菜っ!」


 玲菜の胸の柔らかい感触が背中いっぱいに広がっていく。

 これは赤面を免れない状況だ。

 俺は慌てて玲菜を振りほどこうとするが、玲菜はなかなか離れてくれない。


「雪城先輩? あんまり調子に乗らないでくださいね……」


 恨みの籠もった、ねちっこいが真後ろから聞こえてくる。詩子だ。

 その声でようやく我に返ったのか、玲菜はハッとした顔を見せた。


「ち、ちがうのよ……い、今のは……」

「言い訳は必要ありませんから、さっさと離れてください。先輩にくっついて良いのは私だけですからね」


 詩子はぐいぐいと、俺と玲菜の間に体を割り込ませて、離れさせた。


「なっ、なにするのよ!」

「だって、さっき、先輩のこと絶対に好きにならないって言ってましたよね?」

「――っ、そ、そうよ! こんなヤツ好きになる人の気が知れないわ!」


 玲菜は真っ赤な顔を逸らす。

 そんなに何度も否定されると、正直傷つくんですが。

 玲菜と詩子のやりとりを聞いていると、相澤の声が漏れる。


「ふん、これで勝ったとか思ってるのか?」


 完全に動けなくなって負け惜しみのような言葉。しかし、様子がおかしい。

 明らかに、魔力の高まりはじめているのだ。


「まさか、復活するのか!」


 ソードには魔力なんてもうない。玲菜たちだって同じ状況だろう。

 呆然と眺めることしかできない。

 そんな嫌な予感が走ったとき、不意に一筋の雷光が走る。

 轟音を上げ、飛び込んできたそれが、相澤の胸にナイフを突き刺した。

 相澤の苦痛の悲鳴が響き、高まっていた魔力は霧散していく。

 魔力が完全に尽きたのを確認し、そいつはこちらを見た。


「間一髪というところか?」

「す、諏訪! な、なんでアンタが……」

「なんで? 私を呼んだのはお前じゃないのか、玲菜よ」

「え……? ああ、そ、そうか……」


 不良たちが魔力を吸われているところを見て、諏訪を呼んだのは玲菜だ。

 玲菜もそのコトを思い出したらしく、恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「タイミング良すぎなのよ! まさか、眺めてたんじゃないでしょうね?」

「……お前たちが慌てているのが……面白くて、ついな」

「ほんと、アンタってクズね……」


 玲菜が皮肉いっぱいに返事をすると、諏訪は笑顔で見せる。


「では、こいつは引き渡してもらうぞ?」


 諏訪は相澤を指さし、そう告げた。

 なんだかひどく嫌な予感がして、俺は眉をひそめる。


「はあ? お前には関係ないだろ。なんで連れて行くんだよ?」

「当然だろう。こいつは悪魔契約という禁忌を犯したのだ。――それ相応の報いは受けてもらわんとな」

「悪魔契約? さっきのような異形な姿になることか?」


 諏訪はコクリと頷く。


「あれは悪魔と契約し、その体に悪魔の力を宿す禁術だ。協会では死罪に値する」

「あ、相澤を殺すつもりか?」

「当然だ。悪魔との契約を取り除けなければな」


 飄々とした諏訪の態度に、妙な怒りがこみ上げてくる。おそらく、諏訪が人間をゴミのように殺すヤツだからだろう。


「な! ふ、ふざけるな! だったら、渡せるわけねえだろ!」


 俺が諏訪に喰ってかかろうとすると、玲菜が割り込んできた。


「やめなさい春馬! 相澤を庇えば、アンタも同罪になるわよ!」

「け、けど! このまま相澤を放っておけるか!」


 玲菜の言い分が正しいのはわかる。庇えば同罪。それは当然だ。

 だけど、そうだとしても、簡単には納得出来る話じゃない。

 失敗すれば殺されるなんて話を聞いた後じゃ、なおさらだ。

 玲菜としばし、にらみあっていると、諏訪が声をかけてくる。


「どうする? そいつを庇って、お前たちも同罪になるのか? それはそれで面白いからかまわんのだが……」


 諏訪の目に殺意がほんの少し見えたような気がした。庇えば容赦はしない。そう言っている。

 相澤とすら戦えない今のこんな状況で、諏訪と戦えるはずもない。

 玲菜が慌てた様子で叫ぶ。


「そ、そんなわけないわよ。私たちは協会を敵にまわすつもりはないわ!」

「れ、玲菜?」

「春馬は黙ってて! これは感情論じゃないの。最低限のルールよ。違反者は裁かれなければいけない。そうじゃなきゃ誰もルールを守らなくなるわ」


 悲しげな目の玲菜を見て、俺は言葉を無くす。

 確かに感情論で語っていた気がする。玲菜だって理不尽なのはわかっているんだ。だけど、ルールという理不尽なものを覆すだけの力もない。

 玲菜の眼が憂いを帯びてそう告げていた。


「くそ……」


 俺たちの様子を楽しげに眺め、諏訪は相澤を肩に担ぐ。

 何もかもがうまくいったそんな顔だ。非常に苛立つが、魔法の世界の知識がほとんどない俺には、何も言えない。

 これ以上、余計なことを言うと、玲菜を困らせるだけだろう。


「さて、私はお前たちが見つけた奴らを助けにいく」


 諏訪が工場を指さし、玲菜を見た。

 玲菜はチラリと七海を見た後、諏訪に視線を戻す。


「魔力を吸われて、わりと危険な状態だから、急いでね」

「……なるほど、了解した」


 諏訪は踵を返し、工場内へ向かおうとする。

 立ち去ろうとする諏訪の後ろ姿に、七海がなにかを言いかけて止めた。

 その様子がなぜか妙に引っかる。

 初対面のはずなのに、わざと知らない振りをしているように見えたのだ。

 玲菜が目を丸くして、一歩前に踏み出す。


「待ちなさい、諏訪! 大事なことを聞くの忘れてたわ!」


 怪訝な顔で諏訪が振り返った。

 睨み付けるようにして、玲菜は言葉を続ける。


「渋谷さんに、魔法教えたのアンタなんでしょ?」

「……? なぜ、そう思うのだ?」

「ふん、それこそ、なぜよ。とぼけるつもり? 大崎の師匠であるアンタが無関係なはずないわよね?」

「なっ! そ、そうなのか?」

「そうよ。大崎はこいつから魔法を習って、人形使いになったのよ。同じ人形使いの渋谷さんが、諏訪の知り合いではないと考える方が変よ。――そうよね?」


 言って玲菜は七海を見た。

 七海はチラリと諏訪を見て、悩んでいたが、最終的には頷く。

 諏訪はやれやれと肩を竦める。


「私が魔法を教えた。……で、それがなんだ?」

「だったら、この場所もアンタが用意したんじゃないの? って思ったのよ」

「ここは大崎が使っていた工房だ。むろん、それは彼女も知っている」


 工房は、前に座学で訊いたことがある。

 工房という言葉からもわかるように、職人たちの仕事場、作業所だ。

 結界が張ってあったり、魔法の研究所だったり、使い魔を召喚したりと、魔法使いにとっても、特別な施設を指すらしい。


「再利用しているってコトね。じゃあ、あの魔力を吸い取る機械も、大崎の遺品かしら?」

「当然だ。あれは人形に魔力を送るもの。人形使いではない私が、わざわざあのようなものを用意するはずがないだろ?」

「人形に使うなら……でしょ?」

「どういう意味だ?」

「渋谷さんの作った人形。こんなコトを言ってはなんだけど、魔力を他人から集めなければならないほど、レベルの高い人形じゃないわ」


 玲菜は人形を二十体ほどを楽々と相手していた。よくわからないが、それは程度が低い人形だったからできたと言う話なのだろう。

 諏訪はなにも言わずに、鋭い目を玲菜に向けたままだ。

 玲菜が七海を見ると、首を振り、俯くだけだった。

 小さく息を吐くと、玲菜は言葉を続ける。


「だとすれば……不良から吸い取り奪った魔力は、どこへいったのかしら?」


 玲菜は一切目を離そうとしない。

 完全に諏訪が犯人だと思っているような顔だ。


「……ふ、お前はどう思っているんだ?」

「そうね。相澤と悪魔を契約させるために、使ったとか?」

「……ふふ、ふははははっ。それは面白い推理だ。当たっているかは別としてな」

「違うって言うの? だって、これだけの証拠が――」


 玲菜の話を諏訪が遮って、大きな声であげる。


「全ては状況証拠。そんなものはどうでもいい。私が訊いているのは、仮にそうだったとして、この少年を悪魔と契約させて、お前たちを襲わせる意味について聞いているのだ」

「し、知らないわよ。どうせ、私たちを殺すため、でしょ?」

「お前たちを殺すため? ふふふ、一番バカな答えだ。お前たち風情を殺すのに――どうして他人の力が必要なのだ? ましてや悪魔との契約なんて――」


 沸々とお湯が沸くように諏訪の魔力が高まっていく。

 それは圧倒的な量だった。決して冗談ではなく、本当に俺たちを殺すのに他の奴らの力など必要ない。全身でそう言っている。


「わ、わかったわ。そうね、確かにアンタの言う通りだわ」


 玲菜は顔を歪め、悔しそうに唇を噛み締めた。

 諏訪の力に畏怖したのだろう。


「もう少し頭を使うことだな、玲菜よ。なにをすれば誰が得をするのか。それを考えることで全体が少し違って見えるはずだ」

「……なによ。気持ち悪いわね。アドバイスのつもり?」

「さあてね。そんなつもりはないが、そう思ったのなら、そうなのだろうな」

「ちっ、アンタのそういうところが嫌いなのよ……結局どっちなのよ……」


 玲菜は憎らしげに舌打ちをした。

 それを楽しげに眺めて、諏訪は相澤を抱えて踵を返す。


「話はそれだけか? ならば、私はその不良たちの治療を行いたいのだが?」

「ち、勝手にすればいいじゃない!」

「ならば、勝手にさせてもらうよ」


 諏訪は相澤を担いだまま、にこやかに去っていく。

 歯ぎしりをしながら、玲菜は諏訪が立ち去るのを黙って見送った。


「よかったのかよ、諏訪を見送って……俺もアイツがやったと思うぞ。理由や動機は全くわからないけど……」

「そうね。でも、違うかもしれない。それに、アイツが言った通り、相澤を使って私たちを襲った意味がわからないわ」

「け、けど、アイツがやったなら……アイツに問いただせば……?」

「それが一番難しいわ。今の私たちには、取り押さえるだけの戦力がない」


 だから、見逃す方がいいのよ、今はね、と悲しげに小さく呟いた。

 玲菜の言っていることはわかるが、なんとなくすっきりしない。話が気になる。

 俺は七海に目を向けた。答えを知っているんじゃないだろうか。


「七海、本当のところを教えてくれないか?」

「……わかりません。言われてみればそうだなって感じで……本当にあたし……何も分かってなかったんだなって……」


 今にも泣き出しそうな顔で七海はそう呟いた。

 諏訪に言われるがまま、やっていただけなのだろう。

 これ以上、訊いても意味はないか。玲菜の言うとおり、諏訪をとっちめるしかなさそうだ。そのために強さを身につけなければ。

 玲菜が体を少しふらつかせ、俺たちに視線を向ける。


「もう帰りましょう。なんだかひどく疲れたわ……渋谷さん、もういいのよね?」


 玲菜の質問に対して、七海の目がスッと細くなる。

 そういえば、その話でここに来ていたんだった。


「いえ、まだです」


 おいおい、まだやるのか。


「ちょ、ちょっ――」


 俺が割って入ろうとしたところで、七海はつけていたピアスを外した。

 それを何度か見たあと、七海は玲菜に差し出す。


「……けじめです。受け取ってください」


 思いがけない展開に玲菜は困った顔を見せる。


「え? ど、どういう風の吹き回しなのかしら?」

「どんな理由があれ……やっぱりあたしは、彼を殺したあなたを許せない! ……でも、命を助けてもらった。それを無視するわけにもいきません……だから――受け取ってください」


 七海が真摯な顔を玲菜に向けた。

 ほんの少しだけ玲菜は考えた顔をみせたが、大きく頷く。


「わかったわ。気持ちとしてもらっておく」

「これで貸し借りはなしです。――あたしのこと味方だなんて、絶対に思わないでくださいね?」

「ええ、肝に銘じておくわ、ありがとう」


 七海との話を終え、玲菜は受け取ったピアスに話しかける。


耳飾りピアス返事をしなさい」

「あははは。なにかな?」


 まるで子どものような軽いのり。

 神器の性格の多さにはつくづく驚かされる。


「これで私にマスター権が移ったって、考えてもいいのかしら?」

「うーん、そうだね……しかたない、認めるよ」

「そう、よかったわ。で、アンタは力を貸してくれるのかしら?」

「まさかぁっ! 貸すわけないじゃん!」


 バカにした感じでピアスが叫ぶ。

 ギリっと玲菜が奥歯を噛んだのがわかった。


「なんなの! アンタらは揃いも揃って! なんで私を認めないのよ――」


 玲菜は突然切れたように、そんなことを大きな声で言い放つ。


「教えないよーだ!」


 それを面白おかしく、ピアスがからかう。

 そんなやりとりが続いていたところで、七海が俺の袖を掴んだ。


「赤羽先輩にはいろいろと迷惑をかけました。詩子はあたしが無理矢理付き合わせちゃったんで、悪いのはあたしだけです。詩子を責めないでください」

「やっぱりお前たちグルだったんだな……」

「……はい。騙して本当にごめんなさい」

「そんな謝るなよ。もう気にしてないぞ」

「詩子、本当に先輩を大事に思っているだけですから……詩子をよろしくお願いします」

「あ、ああ。わかってるけど……」


 もう十年以上の付き合いだ。

 今さらそんなことを言われても返事に困ってしまう。

 俺の態度が気に入らなかったのか、穏やかだった七海の顔に陰りが差す。


「……ねえ、先輩。さっきの約束……覚えてますか? 先輩が雪城先輩の一番になった時、あたしに殺されるという話です」

「もちろんだ」

「その約束……信じていいんですか?」

「いいけど、一つだけ、条件を付けていいか?」

「え? なんですか?」


 七海は少しだけ不安を顔に浮かべた。俺は一度だけ息を吸う。


「俺以外が玲菜の一番になっても殺さない。俺以外には殺意を向けない。そんな条件だけど、どうだ?」


 七海はあっ、と声をあげ考え込む。

 玲菜をチラリと眺め、何を思ったのか、楽しげな笑みを見せていた。


「そんなコトがあればその時考えます。……これでいいよね、詩子?」


 七海が不意に振り返る。

 詩子が鋭い視線でこちらを見ていた。


「ふざけないで、そんな条件、絶対認めないって言ってるよね?」


 詩子は納得できないらしく、かなりお怒りの様子だ。

 だけど、七海は焦らず騒がずに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「その人と付き合ったら殺すって言ってるんだよ? 付き合ったら、だよ?」


 詩子は一瞬きょとんとして、すぐに大きく頷く。

 七海の言い回しの意味を理解したのだろう。


「……あ、そっか、そう言うコトか。七海、ありがとう――先輩を別の(ひと)に盗られるくらいなら、殺しちゃったほうがいいよね」


 そう言って俺に向けられた詩子の顔は、非常に怖かった。

 俺が誰かと付き合うと、本当に殺されそうだ。

 七海との約束以上に怖い。いや、本当に恐い。


「約束……忘れないでくださいね? 雪城先輩と付き合う事になったら、間違いなく殺しますからね?」

「わかった。お前に殺されるように頑張るよ」

「いえ……そう言う意味では……」


 俺の返事に七海が困った顔を見せた。おや、なにか七海の意図とは違う返事をしたようだ。どういうことなのだろうか。

 考えていると、後ろから玲菜の怒り声が響く。


「ちょっと! 人が神器と話をしてる間に、なに勝手に決めてんのよ! そんな話、認めないって言ってるじゃない!」

「……もう、話を混ぜないでくれよ。俺がお前の一番になる。それが出来なかったら、七海は誰も殺さない。問題ないじゃないか?」

「絶対にないけど、間違いで……わ、私が、アンタを、す、すす、好きになったら、アンタ殺されるのよ? わかってるの?」


 玲菜は顔を真っ赤にして、目は泳いで明らかに動揺していた。

 よほど、ありえない例え話なのだろう。


「お前は俺に絶対惚れないって言いたいんだろ? 大丈夫だよ、それをわかってるから、言ってんだし……」

「――っ、この鈍感男! ばかぁぁぁっ!」

「ちょ、なんで怒るんだよ……理不尽だぞ?」


 プイッとそっぽを向いて拗ねた顔をしている玲菜。

 怒らせた理由はわからないが、全てうまくまとまったように思える。

 神器も一つ取り戻せた。期限は明日一日。

 残った神器はいまだに姿を見せていない二つだ。

 なんとかなるのだろうか。


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