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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
16/51

第十六話 久しぶりの帰宅

 俺は玲菜に誘われるまま、美沢市で一番栄えている繁華街に来ていた。

 昼前にこんな場所にいると、なんだか変な緊張がある。

 なんていうか――


「デートしているみたいだな」

「は、はあ? な、なななにを言ってるの? そ、そそんなわけ、ないじゃない! こ、この私がアンタなんかと、で、デートなんて……か、勘違いしないでよね!」

「わ、わかってるよ。ただ、みたいって言っただけだし……」

「みたいじゃないわよ! いい? ぜ、絶対に違うんだからね!」


 玲菜の顔は真っ赤に染まっていた。

 そんなに怒るほど嫌だったなんて、ショックだ。

 落ち込んでいると、見知った顔が反対側からやってきた。


「お、赤羽じゃねえか!」

「戸田か……何してんだ?」

「俺はデート中、そっちは? ――って、げげっ、生徒会長!」


 戸田は玲菜に数秒釘付け。

 それから俺の肩に手を載せてグッと引き寄せてきた。


「お、おい! どういうことだ。なんで、お前が雪城と一緒にいるんだよ?」

「これには深いわけが……」

「ずいぶんな挨拶ですね、戸田、君?」

「敬語!? 新しい嫌がらせか? またまたぁ嫌だな会長は……いつもみたいに戸田って呼び捨てでいいのに!」

「いつもみたいに?」

「そうそう、いつものように、それが一番だよ!」

「わかったわ。なら、戸田、アンタずいぶんなめた口を聞いてくれるじゃないの! 私がここにいちゃまずいの?」

「いえっ! そんなことはありません!」


 あの戸田にしてはずいぶんと頭が低い。戸田の隣にいる女子も目を丸くして驚いている。玲菜と戸田ってなにかあるのか。


「明日の放課後、生徒会室に来なさい。会議という名のお仕置きをするわ。いいわね、戸田副会長?」

「それって、ただのお仕置きだよな?」


 そういえば、戸田は生徒会副会長だった。イケメンで一人暮らし、おまけに実家は金持ちとか、かなりのハイスペック。

 玲菜にビビる姿はかなり珍しくて壮快だ。


「それから、副会長なんだから、バイトはやめなさい。学校にバレたら、私の管理責任を問われてしまうわ」

「赤羽……て、てめえがチクったのか?」

「ち、違うって、けど、お前の家は金持ちなんだから、バイトなんかせずに小遣いもらえよ」

「バカ言え! 会長選挙に負けて……生活費だってろくにもらってねえ。デート代稼ぐには働くしかねえんだよ」


 俺は手伝っていないが、玲菜と戸田は派手な選挙戦を繰り広げたことがある。

 しかし、それは別の話だ。訝しげな顔を戸田が向けてきた。


「お前が言ってないなら、なんで雪城がバイトのこと知ってるんだよ?」

「さあな、独自のルートで調べたらしいぞ。俺もバレたんだ」

「……それで脅されて、今日は一緒にいるわけか……同情するぜ……」

「はあ? なに? 聞こえているわよ。明日の会議、延長が必要かしら?」

「いや、大丈夫。マジで勘弁してください!」


 戸田が落ち着かない様子で、俺と玲菜を見比べてまごまごしている。

 口にしたいけど口に出来ない。そんなことがあるようだ。

 玲菜もそんな戸田の様子に気づいたのか、ため息を吐く。


「アンタの想像通りよ。私と春馬は付き合っているから一緒にいるの」

「お、おい!」


 何を言い出すんだこの女は! 頭おかしいのか。

 俺は慌てて声をかけるが、それを玲菜は片手で制する。


「春馬は黙ってて! そういう事だけど、周りに余計なことを言わないで。わかったわね?」

「……ま、まじかよ……あの雪城玲菜が……まさか赤羽に陥落か……意外というか、いや、けど、赤羽自体はいい奴だな。うーむ、いや、むしろオススメ物件かもしれん……」


 などと戸田はぶつぶつと独り言を始めた。

 見かねたのか、戸田の隣にいた女子がぐいぐいと腕を引っ張る。


「ほら、戸田君、もう行こうよ! そんなことどうでもいいじゃない! 私とのデート半年前からの約束だよ?」

「しゃあねえな。……あ! 赤羽、今度詳しく教えろよ!」


 戸田とそのツレは一緒にいなくなった。

 いつも戸田は嵐のように去っていく。


「……半年前って、アイツどれだけデートの予約が入ってんだろうな……」

「あんな奴とは友だちやめた方がいいわね。巻き沿いで刺されるわよ」

「かもな。けど、アイツとは小学校からの付き合いなんだ、あまり悪く言わないでくれよ」

「……なんで友だち続けてるの? あんなことされてまで――」


 玲菜はそこまで言うと、ハッとして体ごと後ろを向いた。

 何か言いづらいことを口にした。そんな様子だ。


「なんだよ、変なところで切るな。はっきり言えよ」

「……いえ、なんでもないわ」


 そう言って、振り返った顔はいつも通りだった。

 疑問に思いながらも、別の疑問が上書きする。


「あ、それより、なんでさっきあんなウソを言ったんだ?」

「え? ああ、付き合ってるって話?」

「だって俺たち――」

「そうだけど、なんて説明するの? 魔法の修行でずっと一緒にいますとでも言うつもり? 適当な理由を考えるのが、面倒だわ」

「面倒って……それだけの理由か?」

「ええ、だいたい、私、恋愛とか興味ないし、偽彼氏も告白避けになると思えばメリットが多いわ」


 そのメリットのおかげで、俺は学校の男子の大半を敵に回すというデメリットを喰らったわけだ。非常に割が合わない。


「お、俺のメリットは?」

「はあ? この私の彼氏づら出来るんだから、これ以上ないメリットでしょ?」


 相変わらずな玲菜節だ。身勝手きわまりない。

 本当の彼氏ならともかく、偽彼氏なんかでどう喜べというのだろうか。


「でもさ、俺なんかと誤解されていいのかよ? デートしてると思われるのも嫌な相手なんだろ?」

「はあ? なんのこと?」

「さっき、俺がデートみたいだって言ったら、顔を真っ赤にして怒っただろ?」

「っ! あ、あああ、あれは……」


 玲菜はまた言いよどんで頬を赤らめる。

 やたらと髪を触り、落ち着かない様子を見せていた。


「ほらな、そんなに困るんだったら――」

「うっさい! とにかくいいのよ。付き合ってるって思われても、平気だから!」


 デートは嫌なのに、付き合っていると思われるのは問題ないって、女心って難しすぎるぞ。

 二人の間に流れる妙な緊張感。気まずさ。なんなんだこの空気は。

 玲菜がほんの少し上目遣いで、不安げな顔を見せる。


「……ねえ、春馬はどうなの? 私と噂になっちゃ嫌?」


 こうして時折、自信のない表情をするからたまらない。

 しおらしく振る舞っていれば、本当、天下無敵の美少女だよな。

 嫌だなんて思うはずがない。


「俺は別に……い、嫌とかじゃねえよ」

「でしょ? だったらもっと感謝しなさいよね!」


 だが、こいつの切り替えの早さにはついていけない。

 自信があるのか、ないのかさっぱりわからん。

 

 ※ ※ ※

 

 なぜか妙に機嫌が良くなった玲菜と、衣類などの着替えを買い漁る。

 それなりに楽しかったデート? を終えると俺たちは玲菜の家に戻った。

 家に着いてからは、日課となった魔法の訓練と地獄の夕食をこなすと、時刻はすでに十時を過ぎていた。

 今日、衣類を買ったのだが、いい加減、連泊はまずいだろう。

 玲菜に話をしてみることにした。

 客室から応接室に向かうところで、ちょうど風呂上がりに、頭にタオルを巻いてコーヒー牛乳を飲んでいる玲菜と遭遇した。

 ほんのりと熱を帯び、赤く染まった肌は見るからに艶やか。タオルから瑞々しく零れる長い黒髪には妙な色気があった。

 眺めていると、玲菜がジト目をこちらに向けてくる。


「な、なによ……なんか、ヤラシイ目してない?」

「――っ、な、なあ、玲菜。お前の今晩の予定はどうなってるんだ?」

「な、なななにを!? も、もしかしてアンタ……」


 なぜか玲菜が身をもじもじとよじりながら、胸を両手で隠す。顔は真っ赤で恥ずかしそうだ。なんか誤解されている。


「ちょっと待て! 絶対、変な想像してるだろ? それは違うからな?」

「へ? へ?」

「玲菜様、夜のパトロールについてかと……」


 いつの間にか玲菜の背後に立っているメル。

 全く気がつかなかった。玲菜は慌てて振り返る。


「わ、わかってるわよ……今日はゆっくり休むわ。明日の準備もあるしね」

「かしこまりました。では、そのように赤羽様にお伝えしておきます」

「人を勝手に空気扱いしないで! 目の前にいるから!」

「んで、人の予定を聞いて、どうしようって言うの?」


 なんだか目に見えて玲菜の機嫌が悪くなった気がする。

 こんな空気で話したら、どうなるのか不安だが、言うしかない。


「何もないなら、今日は帰ろうかと思って……」

「なに? 急にどうしたの?」

「そろそろ家に顔出しておかないと……親が心配するからさ」

「ああ、なるほど」


 俺の話を聞いて、玲菜はニヤリと笑う。


「わかってくれるか?」

「まあ、そうよね。たまにはおいしいご飯を食べたいってことね!」

「全く違うけど、それはある!」


 ここの環境は高級なものが揃っているだけあって、非常に快適だ。

 普段から戸田の家に泊ったりしているので、ぶっちゃけると帰る必要はない。

 しかし、玲菜の言うとおり、ご飯に関しては本当にきつい。

 今日はなんか目が痛くなる料理だった。

 あれって、何が入っていたんだろう。

 ふと、隣を見ると、メルがすごい顔で睨んでいた。


「お二人とも……どういう意味でしょうか? 私の作る食事になにか?」

「あ、ううん。なんでもないわ。こっちの話よ!」


 メルは自分の料理が破壊神のような味をしていることに気がついていないらしく、玲菜も気をつかってか、深くは言っていないようだ。

 俺は慌てて話を戻す。メルの料理はまずいが今は関係ない。


「それはともかく、帰ってもいいかな?」

「……そうね。私は構わないわよ」


 今朝は『危ないから一人になるな』と言っていた気もするが、問題なく帰らせてもらえるようだし、わざわざ突っ込む必要もないだろう。


「じゃあ、また明日な!」


 帰ろうとしている俺を玲菜が神妙な顔で見つめる。


「……わかっていると思うけど……私の家の敷地から一歩外に出たら『観察』には丸見えよ。気をつけなさいね」


 帰り道。そして、家に着いてからも『観察』に監視されると言うことだろう。

 襲ってくるかもしれない。自然と恐怖に駆られる。

 しかし、少しだけ期待もあった。あの時、助けてくれたのだ。

 敵ではないかもしれない。そんな期待だ。


「まあ、神器があるから、いざというときには頼るコトね」

「わかった……」


 こうして俺は帰路についた。

 玲菜の家から、俺の家までは二十分程度。昼間であれば人通りもあるし、寂しさなど感じることもない道。

 しかし、今日はその二十分がやけに長く思える。歩いても歩いても家にたどり着く気配さえない。帰り道を間違えたと思ったほどだ。

 ソードが常に熱を放ち、警戒を促してくる。


「なにかいるのか……?」

「いえ、ですが、用心に越したことはありません」


 改めて時計を見る。玲菜の家から出てまだ十分程度。半分も歩いていない。

 長い、とにかく長く感じる。空には昨日も見た黒い月が浮かんでいた。

 そして、だんだんと空気が重くなっていく。疲れからか体が妙に重いのだ。


「体力が切れたって……いくら何でも……」


 そう、おかしいのだ。


「ソード。本当に何も感じないのか?」

「はい。異常は見当たりません。マスターがどうしてそんなに疲れているのか、それは謎ですが……」

「くそっ、なんだよこれ……」


 俺はとうとうマトモに歩いていられずに、壁に手をついてしまう。

 それからは、壁に身を預けながらしか、歩けなくなった。


「マスター。少し休みませんか? 非常に魔力が乱れています」


 メルが言っていた。魔力の乱れは命の危険があると。

 やばい。何かわからないけど、なにか起きている。


「ダメだ。ここで休んだら、もう二度と動けなくなる……」


 そんな嫌な予感がして、俺は今にも倒れそうな体に無理矢理ムチを打ち、走り出した。体は重く、頭は鈍い。倒れたら死ぬまで起き上がれない。


「危険です! マスター、お止めください!」

「けど、ここにいたらもっと危険だ」


 俺はもう何も考えずにひたすら走り続ける。原因がわからない以上、考えるのは時間の無駄だ。とにかくここを離れるしかない。

 どれぐらい走っただろうか。

 ――ふいに目の前に人の気配を感じる。

 すると、なにもかもがウソのように、体が元に戻った。


「あれ、先輩? 今お帰りですか?」


 にこやかな笑顔を浮かべる少女は、子どもの頃からよく見知った幼なじみの詩子。

 人前では魔法を使えないというくらいだ。詩子に気づいてやめたのだろう。

 何にしても助かった。詩子には感謝だ。

 気がつけば、俺は詩子の家の前まで戻ってきていた。俺の家もすぐ側だ。


「詩子か……そうだけど、お前は?」

「あ、私はちょっと……」


 なぜか言葉を濁し言いよどむ。俺には言えない何かをやっていたのだろう。

 邪魔しちゃ悪いかなと立ち去ろうとすると、詩子が話しかけてくる。


「えーと、こんな時間までどちらに行かれていたんですか?」

「あ、ああ、友だちの家に……」

「……雪城先輩の家、ですよね?」

「――っ、な、なんでそれを……」

「あれ、当たってました? 勘ですよ、勘」


 詩子は少し唇を噛み締め、無理した様子で笑って見せる。

 なぜだか、そんな詩子の態度が非常に不気味だった。


「じゃあ、このところずっと家にいらっしゃらなかったのは……ゆ、雪城先輩の家にいたからですね」

「だ、誰に聞いたんだ? どうして俺が泊っていたことを知っているんだ!?」


 全身に鳥肌が立った。なんだこいつは。

 絶対に何か知っている。


「え……? 先輩のご両親に聞いたんですけど?」


 確かに両親には泊ると連絡をしている。

 しかし、それが雪城の家だなんて言っていない。

 詩子はどうして知っているんだ。これも勘だというのか。

 考えがまとまらない俺に、詩子が一歩近づいてくる。


「先輩? 前にも訊きましたけど……雪城先輩と付き合っていないんですよね?」

「あ、ああ、もちろんだ」

「ですよね! あの人が勝手に言ってるだけですよね……よかった」

「……え? あの人って?」

「あ、いえ、なんでもないです。……私、そろそろ家に戻りますね。先輩も帰り道、気をつけてくださいね」

「ああ、俺の家、目の前だけどな!」


 詩子は満面の笑みを見せて、家に入っていく。

 見上げると黒い月は消えて、綺麗な星空が広がっていた。

 ――時刻は二十三時。

 女子高生が一人で外にいる時間にしては、あまりにも遅い時間に思えた。


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