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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
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第十五話 抑制と観察

 俺は突然、姿を現した魔法使いと対峙していた。

 死にかけた玲菜を抱え、逃げ場もなく、戦うしかない。

 そんな覚悟を決めたとき、女が口を開いた。


「安心なさい。その娘にはまだ死んでもらっては困るのよ。だから、あなたが逃げなければ襲わないわ。……迎えもすぐに来るのでしょう?」


 そうだった。そういえば、メルがいる。彼女なら玲菜を助けてくれるだろう。

 相手の狙いはどうやら俺だけらしい。


「なぜ俺を狙うんだ?」

「当然よ。あなたはマスターで神器を持っている。私はそれを集めている。殺す理由としては十分じゃなくて?」


 玲菜もすでに一つ神器を持っているのだが、相手がそれを知らないようだし、わざわざ言う必要はない。


「そうだな……」


 短く返事をすると、ふいに背後に気配を感じる。

 新手の敵かと慌てて振り返ると、メルが立っていた。


「メルっ! れ、玲菜が、玲菜が――っ!」

「赤羽様、落ち着いてください。四番が発動していますので、玲菜様はまだ助かる見込みがあります」


 俺の服は血でどろどろに汚れ、玲菜の顔はすでに青白くなっていた。

 本当にこんな状況でも助かるのだろうか。


「かなり、状態は悪いと思うぞ?」

「はい。屋敷に戻れさえすれば……生きている限り、問題ありません」

「すごいんだな。その四番って……だったら、よろしく頼む」


 俺は抱きかかえていた玲菜をメルに渡す。

 ゆっくりとメルが受け取り、何かを囁くと玲菜の体が白く光り出した。


「な、なんだ?」

「生命維持魔法です。延命させる為に発動させました。……では急ぎましょう」


 メルの提案に俺は首を横に振った。


「いや、戻るのはお前だけだ。アイツは俺に用があるみたいだ。一緒には行けない」

「……お一人で大丈夫なのですか?」

「さあな、でも、俺にはソードがいる」


 ポケットから取り出した小さな刀を模した小物。

 さっきそれをしまわなければ、玲菜をあんな目にあわせることもなかった。

 唇を噛み締め、心で小さな刀に念じる。

 『激昂せよ。ソード

 手の平から光が発し、辺りを眩く照らす。光に誘われて小さかった刀は立派な濡れたような刃を持つ、刀に姿を変えた。

 それを右手に構え、俺は相手を睨み付ける。


「マスターを目の前にして、神器を取り返さずに逃げたんじゃ、玲菜に顔向け出来ないしな!」

「……かしこまりました。赤羽様。くれぐれもお気をつけください。……結界の残り時間は十分程度です」


 俺が頷くと、メルは瞬く間に玲菜を連れ、姿を消した。

 頼んだぞメル。俺は玲菜の無事を祈ると女を見る。


「待ってくれて助かった。おかげで玲菜は助かりそうだ」

「いえいえ、さっきも言いましたが今、彼女に死んでもらっては困ります。もともとこちらの不手際ですから……ふふふっ」


 無防備に立っているだけのローブを着た女。

 その手には神器さえも握られていない。


「……神器はどこだよ。さっさとだせ」


 俺の言葉に対してか、女は声を上げて笑った。


「あはははっ! ほんとうにど素人なんですね。『歩く要塞』と名高いコレの魔力を感じませんか!」


 戸惑う俺にソードが声をかけてきた。


「マスター、相手の神器は纏っているローブです。あれ単体で完全防御装備だと思っていただいて構いません」

「完全防御……だと?」

「はい。お昼に戦った相澤の結界をそのまま身につけているようなものです」


 玲菜がひと芝居をして、ようやく破壊できたあの結界。

 それをこいつは着ているだけで、発動させているというのか。


「ちょっ! は、反則過ぎるだろう、それ……」

「ローブの固有能力は『抑制』。所有者への攻撃は、全て威力が下げられます」


 絶望で頭がくらくらとしてくる。

 しかし、以前に玲菜は言っていた。最強はこのソードなんだと。

 だったら、やるしかない。勝てないのは俺の力不足なのだから。


「行くぞ、ソード! だあぁぁぁぁぁぁりゃぁぁっ!」


 全身全霊を込めた一撃。

 ――けれど、それは相手の体までも届かなかった。

 まるで吸い寄せられるように、ローブの手前でソードの動きが止まる。

 切れないとか、力が足りないとか、そういう問題じゃなかった。

 勢いがすべて殺されてしまうのだ。


「あはははっ、無駄よ。無駄なのよ。切るだけしか能がない、あなたじゃ、このローブは打ち破れなくてよ?」


 スッと前に掲げられた手の平。

 ――直後、目を覆うような温度を持つ、火の玉が放出された。

 とっさに体をひねり避ける。ちりちりと髪が焼けた臭いが漂った。

 火の玉が壁にぶつかると、ガソリンをぶっかけたように激しく爆発し、周りを溶かしていく。コンクリートが溶けるなんて、千度は超えている。

 まともに食らったら、骨も残らず灰になりそうだ。

 ゴクッと息を呑み、体勢を立て直しながらの横払い。

 ――しかし、それもローブに勢いを殺される。

 諦められず、何度も何度も切りつけたが、傷を負わせることは出来なかった。


「くそぉぉぉっ!」


 切り込んだのたった数合ではあった。

 しかし、相手に打ち込んでみて、歴然とした力の差を感じる。

 諏訪ほどではないとは言え、攻撃が効かない。物理攻撃完全無効の相手に、物理攻撃しか持っていない俺では勝ち目はなかった。


「あはははっ、これでソードを手に入れられるなんて、なんてラッキーなのかしら」


 勝ち誇っている女。誰の目にも明らかなほど、俺の状況は絶望的だ。

 相澤は魔法使いじゃなかったから、そこにつけいる隙があった。

 だが、今回の相手は違う。完全に訓練された魔法使いだ。

 俺のような付け焼き刃では、相手になるはずもない。

 攻撃はすべて『抑制』され、向こうの攻撃はソードで防ぐのがやっとだ。

 逃げようとしても、背後から強力な魔法を放たれる。

 ゴーレムのように動きだって遅くはない。打開策が何も思いつかない。

 ソードを構えたまま、じりじりと後退る。


「あらあら、諦めちゃったのかしら? だったら、もう死になさい。こんな戦いに巻きこまれた不幸を恨むことね」


 女が両手をあげて、何かの魔法を唱え始めた。

 魔力が高まり、振動で周りが音を立てる。

 共鳴するかのようにふくれあがっていく両手の光。


「ま、マスター、お逃げください。この魔法は危険です! 放たれたら防げない!」

「ダメよ、諦めなさい! 逃がすわけないでしょ!」


 女が両手を振り下ろそうとした瞬間、光の矢が降ってきた。


「なっ!」


 それは甲高い音を立てながら、ものすごいスピードで次から次に女を襲う。

 誰かが、女を攻撃しているのだ。


「なに、なによ! この攻撃! うざい、うざいわ!」


 ローブによる完全防御があるとはいえ、掃射のように襲いかかる連続魔法。

 女は防御に回るのが精一杯のようだ。

 一瞬、玲菜が来てくれたのかと思ったが、そんなわけがない。

 メルがこの場を去って、まだ数分しか経っていないのだ。

 だったら誰が……光の矢の発射口を見るために見上げるが、人の気配はない。

 ただ、真っ黒い月が見えるだけだった。

 黒い月に違和感を持つ暇もなく、状況の確認に追われる。


「ソード。上空に何かいるのが見えるか?」

「……見えませんね。誰もいないのではないでしょうか?」


 俺がソードと話をしていると、向かい側から女とローブの声が聞こえてきた。


「ちっ、これは『観察』の能力者かしら?」

「そうじゃな。間違いなくあやつの仕業だろうな。ははは、髪留めバレッタも大層なマスターを手に入れたものじゃな」

「笑ってないで、なんとかしなさいよ!」

「無茶を言うでないぞ、マスター。これでも最大限『抑制』させておるのじゃ」

「なによ、使えないわね! だったらいいわ。あなたは防御に徹して、私が魔法で消し飛ばすわ」

「ふむ。承知した」


 女は防いでいた両手を下ろし、防御壁を消した。

 代わりに女を包むように薄い空気の膜が張られたのが見える。

 それが降ってくる光の矢を絡め取り、無効させていく。


「コソコソしてないで、出てくることね!」


 光の矢が降り注ぐ中、女は高らかに詠唱を始める。

 言葉に合わせて魔力が紡がれ、大きな火の玉となり上空に放たれた。

 光の矢を飲み込み、突き進む。そして、大きな爆発と共に花火のように散った。

 火の粉が上空からゆっくりと舞い散る。


「あは……あははははっ!」


 女が馬鹿笑いを上げた。

 上空には相変わらず、黒い月が見えたままだが、攻撃が止まったことで、対象を始末したと思ったのだろう。

 けれど、女の思惑は外れ、また空から光の矢が落下してくる。


「な、なによ……完全に射程外からの攻撃じゃない!」


 予想外の出来事に戸惑ってしまったからだろうか、攻撃のために緩めた『抑制』の力の展開が遅れてしまった。

 その隙を突かれ、降り注ぐ光の矢を『抑制』できず、女が吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ女にさらに光の矢が注ぎ込まれる。

 上空から攻撃を放ってきている圧倒的な力に、近くで見ているだけの俺でも恐怖を感じたほどだ。

 小さな連続した爆発を、大きな爆発が上書きする。

 煙が散ると女が上空を睨んでいた。体制を立て直し、光の矢を防いだのだ。


「お、おのれぇ……」


 禍々しいほどに、恨みの籠もった低い声。

 ぞくりとしてしまうほど、強烈な魔力を感じる。こちらも決して負けてはいない。

 上空に向かって魔法を放とうとするが、ローブの声でピタリと手を止めた。


「マスターよ。引き時だ……結界がもう切れる。人が集まってくるぞ……顔を見られたら、困るのはお前ではないのか?」

「ちっ、この借りは必ず返すわよ! ……赤羽君。あなたもずいぶんいい仲間を持ったものね。その人にせいぜい感謝なさい!」


 女は透けるように姿を消した。まるで瞬間移動のように。

 それと同時に光の矢も止まった。どうやら俺はターゲットではないようだ。

 どうして俺を助けてくれたのだろうか。そんな疑問が浮かび、消えた。

 より重要な言葉を思い出したからだ。

 『赤羽君』あの女は確かにそう言った。

 どうして俺の名前を知っていたのだろうか。

 もしかしたら、『抑制』も身近にいる人物なのかもしれない。

 一体誰なんだ……そんなことを考えていると、繁華街が騒がしくなってきた。

 結界が切れたのだろう。

 こんな血染めの服を着ていたら、犯罪者と間違われてしまう。

 俺は暗闇に紛れ、急いでその場を後にした。

 

 ※ ※ ※

 

 玲菜の家にたどり着き、俺は容体が気になり、彼女の部屋に入る。

 気配を感じたのか、眠っていた玲菜が目を覚ました。


「あ……無事だったのね……よかったわ」

「それは俺のセリフだ! ほんと、無事で良かったよ」


 玲菜が少しだけ辛そうにしながら、少しだけ笑顔を見せてくれた。

 その様子があまりにも儚げで、可憐で、胸を締め付けられる。

 繰り返しになるとわかっていたが、どうしても玲菜に言いたくなった。


「お前のおかげで助かったよ。ありがとう。けど俺をかば――」

「ごめん……その話ならまた今度にして……まだ体、辛いの……」


 玲菜は遮り、気まずそうに目をそらす。

 数時間前の繰り返しになるのは避けたいのだろう。

 俺もそれ以上は言わなかった。

 しばしの沈黙の後、玲菜がちらりとこちらを見る。


「……マスターだったんでしょ? 私を撃ったのは……」

「ああ、ローブのマスターだった」

「……歩く要塞って言われる相手に……よく無事だったわね……」

「なぜだか『観察』のマスターが助けてくれた。追い払ってくれたんだよ」

「そう、なんだ。姿は……見たの?」

「いや、すさまじい数の攻撃魔法が飛んできただけだった」

「……そっか、相手はウィザード。そいつも魔法使いか……」

「ウィザード?」

「ごめん……もう、疲れちゃった……」

「わかった。ゆっくり休めよ」


 玲菜は小さく頷くと、そのまま眠りについた。まだ相当体がきついようだ。

 俺はおやすみと小さく囁くと部屋を出た。

 本当に玲菜が無事で良かった。今日はぐっすり眠れそうだ。

 

 ※ ※ ※

 


「春馬、早く起きなさい。出かけるわよ」


 翌日、玲菜の大きな声で目を覚ます。時刻は十時前。

 眠い目をこすりながら、玲菜を見ると元気一杯。驚くべき回復力だ。


「昨日、死にかけてたくせに……もう元気なのか?」

「すっかりね。この土地は私にとって一番肌に合うのよ」

「肌に合う?」

「ええ、回復効果抜群ってこと。屋敷内で戦うなら腕が切れても生えてくるわ」

「……さすがに腕が生えるは、冗談だよな?」

「ふふっ、もちろん結界の力も使うけどね」


 否定しない。冗談ではないらしい。トカゲのしっぽかよ。


「……結界の力って四番とか言ってる奴か?」

「そうそう。結界には一から七番まで特殊な効果を発動させられるの。今回は四番を使ったのよ。四番は『否定』。効果中の全ての死を否定するわ」

「へ? そ、それって、死ななくなるって意味か?」

「まあね。けど、バカみたいに魔力消費するから、当分は使えないわ」


 二度の使用で先代からの貯蓄がパーよ、と玲菜が自虐的に囁いた。

 当分とは、数十年単位のようだ。貴重なものを失った気がする。


「……他の番号にも別の効果があるのか?」

「そういうこと」

「七つの必殺技ってわけだ……それプラス七つの神器をお前は持っていたんだろう? 諏訪なんか楽勝だったんじゃないのか?」

「…………そうね。それ以上は言わないで、悲しくなるわ」


 神器が言うことを聞いてくれないから無理なのだろう。

 自分で言っておきながら、ひどいことを言ったなと後悔した。

 玲菜は気を取り直して、口を開く。


「協会がこの土地に手を出せなかったのは、雪城家の先代たちが難攻不落の防壁と兵器を備えていたからよ」

「けど……その兵器をなくして、防壁のみとなった……ってことか?」

「そうね……って、そんな話は今はいいわ。さっさと出かけるわよ」

「出かける? どこに行くんだ?」

「そろそろ着替えとか欲しいんじゃないの? 三泊四日で着替えなしってありえないわよ?」

「え、ああ、そういえば、木曜の夜からだから……もうそんなに泊っているのか」


 毎日、メルが洗濯をしてくれているので綺麗なのだが、同じものを使い続けていると、確かに臭うような気がしてくる。


「女物で良ければいくらでも貸せるけど……嫌でしょ?」

「当たり前だ!」

「だったら、早く出ましょう。買いに行くわよ」

「待て、わざわざ買わなくても……家から持ってくればいいんじゃないか?」

「――っ、だ、ダメよ! ダメに決まってるじゃない! え、えと、あ、あれよ、あれ! ほら『観察』がアンタを監視しているから、一人になるのは危険よ!」


 やたらキョドっているのは気になるが、玲菜の言うとおり『観察』の能力者がいれば、俺が一人になったところで何かしてくるに違いない。

 ここは玲菜の言うとおりにした方がいいだろう。


「そうか……だったら、買い出しに行くしかないな」


 俺はそう言って財布を見る。二万円入っていた。

 バイトを最近サボっているので少々心ともないが、コレでなんとかするしかない。

 さあ、玲菜と街に出かけよう。


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