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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
14/51

第十四話 命の重み

 相澤を倒し、玲菜の家に着く頃には夕方になっていた。

 応接室でメルの淹れた紅茶を飲みながら、玲菜と向かい合って座っている。


「なんだか、あっという間に夕方ね」

「お前が早く起きないからだろ? 演技だったのに、なんでそんなに長く寝てたんだ?」

「……眠かったの。昨夜寝てなかったから……」


 明け方まで起きていたようだし、お昼過ぎまで寝てしまうのもわかる。

 しかし、今朝はそんな状況じゃなかったはずだ。


「演技だと知らずに、心配していたこっちの身にもなってくれよ……」

「はいはい。ごめんなさい……と、そんなことより、どこまで出来るようになったの?」


 適当な謝罪のあと、玲菜はメルに唐突に質問を投げかけた。

 主語が短縮されすぎて何の質問か全くわからない。


「はい、赤羽様の成長具合はまだ二十パーセントほどだと思われます」

「……二十パーか、話にならない数値ね……」

「はい」


 主語もない質問で会話が成り立っているのが驚きだ。

 二人はどれだけわかり合っているのだろう。

 いや、それよりも二人の会話が気になる。


「ちょっと待てよ! 俺ってそんなにダメだったのか?」


 玲菜の返事を聞くに明らかなダメ出しだ。

 頑張っているつもりだっただけに、その評価にはショックを隠せない。

 もう少し出来るかと思っていた。


「もちろんでしょ。覚醒は失敗するし、ゴーレムは倒せない。どう考えても、その程度のへなちょこよ」


 玲菜はバカにしたように肩を竦めて笑う。

 あまりも苛立ちを呼び起こすその態度。負けじと俺もやり返す。


「へ、へへんだ。自分だってゴーレムに負けて帰ってきたくせに……」

「――っ! 私が助けなきゃゴーレムに殺されてたくせに!」


 プイッと横を向いた玲菜。

 自分からバカにしてきたのに理不尽なキレ方をしてくれる。

 確かに助けてもらったが、ハッキリさせたいことを思い出す。


「なあ、もしも、俺がピンチの時に、助けられるのがお前だけだとして、そのときどうする? ちなみに助けると最悪お前が死ぬ場面だ」

「……はあ? 無視するに決まってるじゃない」

「決まっているのね。……なんで俺たち手を組んでるんだろうな?」

「私の神器を集めるためよ」


 どこまでも自分勝手な意見に、半分呆れながらも、半分は安心する。


「あー、だったらいいや、安心だ」

「……なに? もしかして、私が命を賭けてアンタを助けるとでも思った?」

「思った」

「やめてよ、そんなことしないわよ」


 鼻で笑いながら、まったく相手にしない素振りを見せる玲菜。

 しかし、玲菜がどんな奴なのか、俺はよく知っていた。


「いいや。お前はする。コンビニで俺を助けてくれたじゃないか、命を賭けてな」

「……ずいぶん古い話ね。忘れたわ」

「まだ一週間も経ってないぞ!?」


 恥ずかしそうに玲菜が顔を赤らめる。

 玲菜はきついことを言うが、いざというときには身を張ってしまう。

 それがわかるからこそ、はっきり言っておかなければならない。


「だから――そんなことは絶対にしないで欲しいんだ。俺が死にそうでも、お前に危険が及ぶなら、放っておいて欲しい」


 俺の言葉に、玲菜の目がスッと細くなる。


「……なにそれ、どういうつもり?」

「俺なんかの為にお前が傷ついて欲しくない」

「なんだかすごくむかつくわね。俺なんかって――なによ? まるで自分の命は軽いみたいな言い方じゃない!」

「軽いなんて思って――」

「確かに、私とアンタの命じゃ、私の方が価値あると思うわよ?」

「思うんだ……」

「それはあくまでも私の価値観。アンタの価値観じゃ、正反対じゃなければならないわ。でもアンタの言い方じゃ、自分の命に価値なんかないから、助けなくていいって、言ってるように聞こえるわ。アンタの命ってそんなに軽いわけ?」

「軽いとは思っていない。けど、誰かに守ってもらうほど、重いものだとも思ってない」


 玲菜は呆れ気味にため息を吐き、ソファーに深く背を預ける。


「なに? 何か自分を卑下する嫌な思い出でもあるの?」

「……昔さ、幼なじみを守れなかったことがあるんだ」


 玲菜が興味ありげに身を乗り出してきた。


「幼なじみ? へえ、それがなに?」

「なにって……」


 なんだこいつ、ずいぶん思いやりのない言い方をする奴だな。

 俺が怪訝な顔をしても、玲菜のキョトンとしていた。


「え? だってそうじゃない? 幼なじみを守れなかったことと、自分の命が他人より軽いって思う理由……繋がらないわよ?」


 繋がらないと言われて、俺は言葉を詰まらせる。


「守れなかったんなら、強くなれば良いじゃない? どうして自分の命が軽いなんて考えるわけ?」

「それは……」


 確かにそうだ。守れなかったのだから、強くなればいいのだ。

 どうして、俺は自分の命を軽く考えてしまうのだろうか。

 守れなかったコト以外に何か理由があるのかもしれない。


「自分でも意味不明って感じね。だったら、自分の命を軽く考えるのはやめることね。そんなの命を賭けた戦いの時、足枷にしかならないわよ?」

「……そうかもしれないけど、俺は自分の為に誰かが傷つくのは嫌なんだよ!」

「あ、そ。だったら安心して、そんな状況になっても、私は絶対にアンタを助けないから!」

「ああ、ぜひそうしてくれ!」

「……あんたねっ!」


 いがみ合う二人の間に、メルがスッと紅茶のおかわりを注いだ。


「まあまあ、お二人ともその辺で。夫婦げんかは犬も食いませんよ?」

「夫婦じゃねえよ!」

「夫婦じゃないわよ!」


 ハモるように突っ込んで、俺は玲菜と顔を見合わせた。

 その後、玲菜とはぎくしゃくしながらも、メルによる魔法の指導を受ける。

 魔力の絶対量を増やすトレーニングらしいが、よくわからないうちに終わった。なぜなら、結界が敵性反応を捕らえたからだ。

 時刻はすでに八時。玲菜とメルは急いで支度を始める。


「俺もついていく」


 その一言で、二人の動きが止まった。


「……相手は多分神器じゃないから、アンタの出番はないわよ?」

「それでもだ。もう昨日みたいな思いをするのは嫌だ」

「騙されるのが嫌ってこと? だったら――」

「違う。お前がケガをして苦しそうにしているのを見たくない」

「……そ。ならついてくれば?」

「玲菜様!」

「いいのよメル。こいつはど素人はいえ、マスターであり、魔法使いなんだから、実戦を経験させておくべきだわ」

「わかりました……では、赤羽様、くれぐれも邪魔……ゲフンゲフン。無理はなされないよう」

「今、邪魔って言ったよね? ……わかった。頑張ってくるよ」

「じゃあ、行きましょうか」


 玲菜の号令に俺が頷くと、メルが思い出したかのような顔をした。


「そういえば、夕食がまだでしたが、問題ありませんか?」

「ああ、それはまったく問題ない!」


 帰りに何か買うから、と付け加えると、メルは残念なそうな顔を見せた。

 早くメルの料理がうまくなることを願うばかりだ。

 目的地までの移動は、筋力強化を施し、走って向かうものらしい。


「もっと、なんていうか、バーンと移動する手段はないのか?」

「アンタね。仮にあったとしてどこに降りるの?」

「そりゃ、目的地に……」

「そこが人通りの多い場所だったら、周りを巻きこむわよね? それくらいもわからない?」

「……む、巻きこまない場所にすればいいじゃないか!」

「わかったわ。だったら、アンタを飛ばすから、巻きこまないで着地してもらえるかしら?」

「……ごめん。無理だ」


 走って行くって、どれだけ時間がかかるんだよ。

 ――などとバカにしていた頃もありました。

 玲菜とメルはものすごく早かった。巧みに障害物を避け、疾走していく。

 魔力による筋力強化がここまですごいものなのかと思い知らされたほどだ。

 ついていくのがやっと、いや、むしろ待っていてもらったかもしれない。

 玲菜とはこれだけ実力の差があるのだろう。

 五分後、目的地に到着する。

 そこは繁華街から中央から少し離れた場所。

 お店よりも、マンションやビルが建ち並んでいる。

 現地についた玲菜は地面に手を置き、魔力を飛ばす。


「結界の反応があったのはここね。メル、結界を用意して」

「はい、かしこまりました」


 結界を張るためか、メルは辺りをきょろきょろと見回し、一つのビルに目をつけると、その屋上へ飛び乗った。五階建てのビルに軽々とだ。

 学校で玲菜もやっていたが、何度みても薄気味悪い。

 できの悪い映像を見せられているようだ。

 俺も魔法を覚えれば、あんな行動が出来るようになるのだろうか。


「さて、魔力反応を見るに、人形使いの人形ね。三日も隠れていたんだもの、相当、魔力に飢えているのかしら?」


 冷笑を浮かべる玲菜。


「人形使いってなんなんだ?」

「……そうね、アンタには関係ないから言わなかったけど、この街は、今魔法使いに攻め込まれているのよ。たぶん、私の持つ管理権を狙ってね」

「非公認の魔法使いってことか?」


 確か、玲菜が許可していない魔法使いは非公認の魔法使いになり、魔力の供給を受けられないと聞いたことがあった。


「ま、そういうこと。私が許可してないから、魔力を得ようとして人形に人間を襲わせるのよ」

「はあ? なんだよそれ……じゃあ、ここにいる人たちやばいじゃねえかよ!」

「そう、だから、結界を張って人払いをしたのよ。結界が発動したら、飛びかかるわよ」


 あまりにも当たり前に言うので聞き逃しそうになったが、すでに相手の場所を把握しているらしい。魔力探査ってどれだけすごいのだろう。


「相手の場所は、どこだ?」

「今、襲う人間を選んでいるのか、路地に隠れているわ」


 玲菜が指さしたのは、ここからおよそ百メートル先にあるビルの隙間。

 仕事に慣れた人の動きを見ていると、感動するものがあるように、玲菜とメルの連携を含め全てがすごいと思った。


「さて、無駄話は終わり、メルから連絡が来たわ。結界があと、十秒後に発動する。……十……九……八……」


 規律正しい玲菜のカウントダウンが進み、俺はゴクリと息を呑んだ。

 あと少しで、またあの人形との戦いが始まる。

 玲菜に遅れないようについていくんだ。


「三……二……一」


 スタート、と玲菜が言った瞬間、もう彼女の姿はなかった。

 夢でも見ているかのような現象。俺は慌てて後を追いかけた。

 俺だってソードを使って強化できる。それなりに早く動ける自信もあった。しかし、結果はこのざま。

 俺が到着したのは、玲菜が消えてから五秒以上も過ぎたあとだった。

 路地裏では、人形が頭から地面に叩きつけられている。やったのは玲菜だ。左手で人形の頭をしっかりと握っていた。

 ――瞬殺。俺が到着するまでの五秒でけりがついたようだ。


「……遅かったわね。もう終わってるわよ」


 言って、玲菜は右手で胴体を貫くよう突き刺した。トドメの一撃だろう。

 鈍い音が路地裏に響く。その瞬間、人形から光を放つ球がこぼれ落ちた。

 白い光から赤い光に変わっていく。以前に同じ現象をみた気がする。


「お、おい! そ、それ、また爆発するんじゃないのか?」

「そうね。するわね」

「なんで、そんなに落ち着いているんだよ!」

「……だって、もう対策済みだもの。無害化してあるわ」

「え?」


 俺の間抜けな反応に答えるように、赤い球から一斉に光が漏れた。

 けれど、爆発しない。

 球は眩い光を放ち終わると、色を失い割れた。


「ねっ」


 全て計画通りだったのだろう。玲菜の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 戦いは玲菜の圧勝で終わったようだ。

 俺は安堵の息を漏らしながら、ソードをポケットにしまった。

 それが完全な油断だとは思わずに。


「ふふふっ、隙だらけですよ」


 不意に聞こえた女の声。

 慌てて振り返ると、俺のすぐ目の前には、魔弾が迫っていた。

 いまさら、ポケットの中からソードを出せるはずもない。

 目をつぶり、死を覚悟した。

 ――しかし、痛みなどなかった。

 俺はゆっくりと目を開けると、玲菜が両手を伸ばして立っていた。

 俺と魔弾の間に立ちふさがり、攻撃を体で受けとめたようだ。


「か、かはっ……」


 吐血しながら、玲菜が膝から崩れるように倒れた。

 倒れた場所には血が止めどなく流れる。


「れ、玲菜ぁぁっ!」


 俺はすぐさま駆け寄り、玲菜を抱き起こす。


「玲菜っ! 玲菜っ!」


 何度も体を揺すり声をかけると、玲菜がゆっくりと目を開けた。


「……いたたたっ…………だめじゃない……油断しちゃ…………」


 小さく笑みを浮かべてはいるが、呼吸が明らかに浅い。

 胸の高さに魔弾は飛んできていた。おそらく肺をやられたのだろう。

 また守られた。完全な俺の失態。苛立ちとやるせなさが浮かぶ。


「……あんなに言ったのに、どうしてかばうんだよ!」

「ば、ばかね……手を組んで……いるんだ、もの。……放っておける……わけ、ないわ……」


 辛そうにしながらも玲菜は笑顔を見せる。

 何度目だ。玲菜が体を張って俺を守ったのは何度目だよ。

 どれだけ俺はこいつに命を賭けて守られているんだ。


「だからって――」

「い、いいから……早く……逃げて…………敵は、目の前……よ」


 俺は状況を思い出し、急いで玲菜を抱き上げる。

 すでに玲菜の意識はもうろうとしており、抱いた手には生暖かくて粘りけのある赤い液体が止めどなくしたたり落ちてくる。このままだと玲菜は死ぬ。

 俺は急いで路地裏から出ようとする。


「勝手に逃げてもらっては、困りますよ」


 ぞくりとするよな冷たい声。心臓を鷲づかみにされたような気持ちの悪さ。

 相澤や人形などとは明らかに違う。異質な感覚。

 どちらかと言えば、諏訪のような圧倒的な威圧感がある。

 ――まさか、魔法使いか。

 俺がゆっくりと振り返ると、そこにはローブを着た人物が立っていた。

 すっぽりとフードをかぶっており、顔は見えない。だが、そのシルエットは女性のようなしなやかさがあった。おまけに声も女だ。


「さ、さっきのは……お前がやったのか?」

「ええ、そうですよ。あなたと同じ、私もマスターですからね」


 じりじりと張り詰める空気。お姫様だっこの形で玲菜を抱いている俺はポケットの中からソードを取り出せず、今攻撃されたらなすすべもないだろう。

 後ろに少しずつ下がる。この裏路地を抜ければきっと襲ってこないはず。

 魔法使いは魔法を他人に見られてはいけないと聞いている。

 その言葉を信じ、俺は走り出そうとした。


「逃げようとしても無駄よ。絶対に逃がさないわ」


 しかし、俺の行く先に激しい爆発が起こる。

 退路を断つように轟々とした煙と火があがった。

 放り出されたゴミに燃え移り、異臭を放つ煙が漂う。


「くっ……」


 逃げるならそこを突っ切るしかないが、相手がそれを許してくれない。

 考えている間も、玲菜から血がどんどん失われていく。

 どんなに忠告しても、バカ正直に俺をかばってくれる玲菜。

 今度は俺が命を賭けて、何とかする番だ。

 へなちょこと玲菜から笑われた俺だけど、出来ることが絶対にあるはず。

 玲菜を助けるためならこの命だって惜しくはない。全てを出し尽くせ。


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