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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
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第十三話 二つ目の神器

 ソードを手放した俺は、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 迫り来る死の恐怖を前に、何一つ、名案など浮かぶはずもない。

 しかし、そこまで追い込まれたからこそ、開き直れた。

 出来る事なんて一つしか無いのだ。


「ぬおぉぉぉっ! ソード来い」


 俺は刀を目指して走る。それと同時にソードもこちらに向かって跳ぶ。

 数秒、ほんの数秒、ゴーレムの攻撃を避ければいい。


「拾わせないよ?」


 ゴーレムがものすごい早さで近づいてくる。

 こんなに早かったっけ、いや、俺が遅くなったのか。

 やばい、数秒どころか、一秒すら持ちそうにない。


「マスター! 後ろ危険です!」


 ソードはすぐ目の前、しかし、それでもあと数秒はかかる。

 ダメだ、間に合わない。

 死を覚悟した瞬間、後ろから大きな音が響いた。

 ゴーレムがバランスを崩したらしく、横向きに転んだのだ。


「え……?」


 呆けてしまいそうになるほど、間抜けな展開。まさに奇跡だった。

 バランスが悪いとは思っていたが、まさかここまでとは。

 その隙に俺はしっかりとソードを掴む。

 すると、ソードからの強化が再び発動した。


「助かった……」

「……ご無事でなによりです。マスター」


 俺が後ろを振り返ると、すでにゴーレムは立ち上がっていた。

 ソードを取り返したとは言え、状況は何も変わっていない。


「アミュレットの攻撃を防ぎながら、相澤を攻撃できるか?」

「……アミュレットが本気で守りのみに特化しているなら、難しいでしょう」


 嫌な回答だった。相澤を倒すには、アミュレットを退けなければならない。

 相澤を一発も殴れずに、惨めに逃げるしか出来ないのか。

 ――悔しさに唇を噛み締めたとき、脳に直接響く声があった。


「赤羽様。聞こえますか?」


 メルの声だった。脳に直接響く声は、周りの音に反響し聞きづらい。

 思わず、左手を耳に添えた。

 あ、玲菜が耳を押さえていた行為はコレだったのか。


「ああ、聞こえている」

「では、今からする話をよく聞いておいてください。力を解放します」


 仕組みはわからないが、俺の声もメルに届いているらしい。

 玲菜はこうやっていつもメルと対話をしていたのだろう。

 ――メルが呪文のようなものを教えてくれた。

 厨二のようで非常に恥ずかしかったが、必要な儀式らしい。

 俺は刀を前方に突き出し、目を閉じると叫ぶ。


「溶け合う心、汝は我に、我は汝に、今、その想いを解放し、我が力となせ!」


 言葉を発し終えても、何も変化がない。

 正面にいた相澤も不思議な顔をして、こちらを見ていた。


「メル……何も起きないぞ?」

「そうですね。……ダメでしたか……」

「ちょっ! なんだよそれ!」


 笑えない最後の頼みもうまくいかなかったようだ。

 戸惑う俺にメルが一言付け加えた。


「でも、もう一つはうまくいきました」


 突然、震えるような轟音が響き、地面が裂ける。

 激しい地鳴りが起こり、立っているのもやっとだ。


「な、なんだよ! なにが起こったんだよ!」


 大きな振動と共に、相澤の顔が歪む。

 振動が収まるにつれて、周りを覆っていた嫌な空気が浄化され、新鮮な空気が流れてきたような感覚に陥る。

 全てが収まると、体を覆っていた倦怠感がウソみたいに消えた。


「な、なんだこれ……力がみなぎってくる」

「いえ、マスター、これは……護符アミュレットの結界が消えたのです」

「解放には至りませんでしたが……うまく彼の目を欺けたようですね。さあ、決着の時です」


 体内に流れていた魔力が気持ちよく回転を始め、暖かいものが全身を伝う。

 膝を軽く曲げ、目標をゴーレムに定め跳んだ。

 一瞬でゴーレムは目の前。抜刀と同時に刀を抜き、切り払う。

 奇しくもそれは抜刀術となった。

 鮮やかに描かれた剣閃が空気を二分にする。

 あれだけ硬かったゴーレムがまるでプリン。


「ははは……結界がないとこれだけ柔らかいのか」


 崩れ落ちていてくゴーレムをみて、相澤が慌てた表情になる。


「け、結界を壊したのか! はあ? け、けど、ゴーレムはまだまだ出せるぞ!」


 さっきまでなら、愕然とした恐怖を感じただろう。

 だが、すでに結界はなくなり、ゴーレムに脅威はない。


「全部出せよ、たたき切ってやるさ!」

「ふ、ふん、強がってんじゃないよ!」


 相澤がアミュレットを荒々しく掴み、叫ぶ。

 地面から先ほどと同じゴーレムが四体出てきた。


「はははははっ! コレが僕の力さ、死ねっ! お前なんか死んじまえ!」


 相澤が笑いながら言い終わった瞬間、戦いも終わっていた。

 カチンと刀を鞘にしまう音が響く。

 同時にゴーレムは全て地面に崩れ落ちた。

 魔力がうまく回るおかげか、体が羽のように軽く感じる。

 結界に守られていないゴーレムなんて、何体いようが敵ではない。


「う、ウソだ! こんなのウソだ! なんで僕がこんな奴に負けるんだよ……っ!」


 眼鏡を何度も何度も、クイッとあげて平常心を保とうとしている。

 だが、俺が近づくほど、相澤の顔が恐怖で歪んでいく。


「約束は果たすぞ!」


 渾身の力を込めた拳で相澤の顔をぶちのめした。

 顔を歪ませ、派手に吹き飛ぶ相澤。

 びくびくと震えて立ち上がろうとしない、相澤を見て、勝ちを悟る。

 さて、決着をつけるとはどのようなことなのだろうか。

 ここに来て初めて戦いの意味を考えさせられた。


「メル、この戦いってどうすれば終わるんだ?」

「神器が負けを認めることです。さもなくば、殺すしかありません……」

「こ、殺すのか……?」

「はい」


 抑揚のないメルの返事に目眩がした。

 殺すなんて簡単に口にできるが、実際に行動となると難しい。と言うか、無理だ。どんな権利があって、人一人の人生を終わらせられると言うんだ。


「相澤。負けを認めろ……でなければ……」


 警告でもあり、お願いでもあった。

 人なんか殺したくない。


「わ、わかった……」


 相澤の眼鏡は壊れ、完全に敗者の表情が浮かんでいる。

 しかし、アミュレットは相澤の周りを漂い、臨戦態勢を解除しない。


「メル……これって……」

「最悪ですね。マスターが負けを認めても、神器が認めていない」

「そ、そんな……」

「もう出て行けよ! ぼ、僕はこれ以上、痛い思いするのは嫌だ!」


 相澤がそう言って走って逃げていく。

 アミュレットが追いかけようとはせず、空中に浮かんだままだ。


「はっ、情けねぇマスターだったな。一発殴られた程度であのざまかよ。だったらいいさ、他のマスターを探すぜ!」


 さらに上空に舞うアミュレット。

 今にも遠くに逃げてしまいそうだ。


「はははっ! またな坊主!」


 すでにアミュレットは手が届かないほどの上空にあった。

 浮遊の魔法さえ使えない俺に攻撃する手段はない。

 馬鹿笑いを続けるアミュレットを歯がゆく見つめる。

 ――その時、それを貫く雷鳴のような光が走った。


「な……」


 長い氷の槍がアミュレットを串刺しにしている

 見上げると屋上に人影があった。距離にして五十メートル以上だ。

 あんな場所から、狙撃してきたというのか。


「新しいマスターか!?」


 俺はすぐに膝を曲げて攻撃に備える。

 返事をしたのはソードだった。


「違います。玲菜です。戦いが完全に終わる瞬間を待っていたようです」

「なに? なんでアイツが……」


 人影は屋上から飛び降りると、すさまじい速度で俺の前に舞い降りた。

 ソードの言うとおり、それは玲菜だった。

 玲菜は氷の槍を消すと、宙を舞うアミュレットをしっかり掴んだ。


「ず、ずりいぞ……嬢ちゃん……」


 今にも死にそうな声でアミュレットがぼやく。


「何言ってんのよ。ずるい汚いは敗者の戯言よ」


 勝ち誇った声で玲菜が髪をはらい、俺に目を向けた。


「お疲れ様。春馬のおかげで無事に回収できたわ」

「……おまえ、それ、どうするつもりだ?」


 俺は玲菜が手にしている護符を指さす。

 玲菜はにこりと笑い、アミュレットを口元に寄せる。


「もちろん、私がいただくわよ。……そのために手を組んでいるんだから」


 俺にはソードがいるし、別に欲しいわけではない。

 けれど、この展開は横取りされたみたいで気分が悪い。


「……何もしてないくせに、ずいぶん勝手な話だな」

「あら? それは誤解よ。学校から人がいなくなっているのは誰のおかげ? ……ゴーレムに襲われそうになったところを助けたのは誰? ……相澤の結界が壊れたけど、壊したのは誰?」

「全部、お前だって言いたいのか?」

「そうよ。こんなにたくさんの偶然が、たまたま起こるはずないじゃない」


 得意げな顔をする玲菜。

 だが、それは俺にウソついていたと言うことだ。


「いつからだよ……いつから、俺を騙していたんだ?」

「騙すって言うのは弊害があるけど。まあ、そうね、そう思われてもしかたないわよね。……今朝ケガをして帰ってきたところから全部よ」


 その言葉にカッと頭が熱くなる。


「ケガも……ウソだったのか……?」

「相澤からそれなりに傷は負わせられたわ。……けど、あそこまでひどいケガじゃなかったわ。心配かけちゃったかしら?」


 玲菜は冗談ぽくテヘッと笑う。

 かわいげのある仕草だが、今はそれが余計に腹立たしい。


「ふ、ふざけるなよ! どういうことなんだよ、それ!」

「……あのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど……相澤の中から私という存在を完全に消す必要があったわ。それだけあの結界は強力だったし、破壊が難しかったのよ」


 確かに、あのゴーレムがあそこまで硬くなったのは結界のおかげだ。

 すごく強力なものなのは、なんとなくだがわかる。


「だからって――」

「気を逸らして欲しくて、私は演技をすることにした。あなたが怒りにまかせて相澤にぶつかってくれれば、アミュレットはきっと結界から気を抜くってね」

「言いたいことは、それだけか?」


 俺は湧き上がる怒りを抑えきれずに、一歩玲菜に近づく。

 すると、玲菜は引きつった笑顔を見せ、慌て出す。


「……ちょっと、そんなに怒らないでよ! 計画うまくいったし、それに助けたじゃないの!」


 確かに助けてくれた。

 休日の校庭に誰も生徒がいないこと。

 ソードを呼び戻して、ゴーレムが転んだこと。

 結界が急に壊れたこと。全部玲菜のおかげらしい。

 その点には感謝する。でも、ついていいウソと、そうじゃないウソがある。


「怒るに決まってるだろ! どれだけ心配したと思ってんだよ!」

「……ご、ごめん。そんなに心配するとは思わなかったから……」


 玲菜にしては珍しく殊勝な態度。

 逆ギレしてくると思っていただけに、言葉をなくしてしまう。

 玲菜が脅えた表情で、上目遣いでこちらを見る。


「そうね。ごめん……なんだか、私……一人で舞い上がって……とんでもないことしてしまったわよね……」


 反省しているような、今にも泣き出しそうな声。

 それを聞いていると、こっちが悪いことを言っているような気がしてくる。

 今回の件を俺に話をしなかったのは、演技だとバレないようするため。

 先に話を聞いていたら、こんなにうまくコトが運ばなかったかもしれない。

 そう考えると、この形がベストだったように思える。


「……はあ、まあいっか。誰かを傷つけるために騙したわけじゃないもんな。結果として戦いに勝てた。……うん、お前の手柄だよ」

「そうでしょ? やっぱり私のおかげじゃない!」

「おい! 切り替え早すぎだぞ!」


 コロッと開き直る玲菜。かなわねえな、こいつには。


「まずは一つ目よ。コレは私のにするけどいいかしら?」

「別に俺は構わないけど――」


 返事をしながら、玲菜が俺に聞いているわけではないことに気がついた。

 明らかにその目はアミュレットに注がれている。


「アンタに聞いているのよ。護符アミュレット。ここまでしても、まだ私をマスターとして認めないわけ?」

「ちっ……いや、問題ねえ。じゃあ、嬢ちゃんをマスターとして認めよう。だがな、聖印がない以上、力は貸さないぞ。それでいいか?」

「ええ、いいわ。邪魔をしなければどうでもね」


 神器を一つ取り戻せて、玲菜は嬉しそうな顔を浮かべている。

 玲菜の攻撃は完璧なタイミングだった。あの攻撃がなければ逃げられていたに違いない。前に相澤も手すりを壊して落としてきたくらいだ。

 屋上には攻撃を仕掛けやすい何かがあるのだろう。

 ――って、あれ?


「ちょっと待て!」

「な、なによ。いまさらアミュレットが欲しいとか言うわけ?」

「そうじゃない。そうか、ずっと引っかかっていた違和感がわかったんだよ」

「……違和感?」

「そうだ。穴を開けて地震が起きたあと、お前がその場に行ったよな?」


 玲菜は怪訝な顔をして頷く。


「詩子の話だと、俺がお前に会うまでの間に相澤は校舎裏から戻ってきている」

「そうね。それを訊いて、私が相澤と密会してるってヤキモチ焼いたんでしょ?」

「うっさい、それはおいとけ。……穴を開けたのが仮に相澤だったとして、そのあと誰が俺たちに攻撃してきたんだ?」

「え? 相澤でしょ?」

「違うだろう。相澤は戻っているんだ。詩子の話だとな。それに隠れていたとしても俺が行くまで三十分以上も空いている。どう考えてもおかしい」

「あ、そうだ。そういえばそうね……」

「この学校にはもうひとりマスターがいるじゃないか? 相澤が使っていたのは『召喚』で、先日俺が見たのは『分身』だ。その段階で二人はいるって気づくべきだったな」


 俺の言葉を聞いて、玲菜が逡巡する。

 何か思いついたらしく、玲菜は目を大きく見開いた。


「まだいるわ。アンタが泊まったことを相澤が知っていた。……あれは髪留めバレッタの固有能力『観察』じゃないかしら?」

「観察って何だ?」

「千里眼よ。自分がいない場所でも見通せるのよ。私の家は完全結界が貼ってあるから、やすやすとは覗かれないだろうけど、外では裸だと思った方がいいわね」


 なるほど、その力を使えば、俺が玲菜の家に泊った翌日に、そのことを風紀委員にたれ込むコトが可能なわけだ。


「ばらばらに散らばったはずの神器がなぜか、この学校に集まっている……何かそこに意図でもあるのかしら?」


 玲菜は手にしたアミュレットを見つめて尋ねたが、返事はなかった。

 その場を流れる長い沈黙。

 それを払拭するかのようにため息をつき、玲菜が明るく声を上げた。


「まあいいわ。事情があろうがなかろうが、ここに集まっているなら、探す手間が省けたってものだわ」


 確かに諏訪と出会ってすでに二日がすぎ、あと数日もしないうちに魔闘師がこの美沢市にやってくるのだ。

 探すのに手間取るよりはマシな気がする。


「そうだな。一刻も早く、マスターを全員見つけ出そうぜ」

「お、やる気になってきたわね」


 玲菜は楽しそうにころころ笑う。

 純粋に優しく可愛らしいその笑顔を見て、なんだか気恥ずかしくなり、ポケットに手を入れ、そっぽを向こうとする。

 そこで、ポケットになにやら紙が入っていることに気がついた。


「なんだこれ?」


 覚えのない紙を手に取り、中を見て言葉を無くす。


「ん? どしたの?」


 可愛げに首を傾げている玲菜にジト目を向ける。

 俺が手にしていたのは、メルから受け取り、そのままポケットにしまった、玲菜の悪行が記録されたメモ。


「――お前、悪いコトしすぎじゃないか?」

「は! そ、それは!?」


 メモ書きが目にとまったのか、玲菜は後退った。


「この間の放課後、相澤に呼び出されたのは、普段の素行が原因なんだろ?」

「あっ、う、うるさいわね! アンタだって隠れてバイトやってんだし、私と大差ないわよ!」

「いや、あるから! たくさんあるからな!」

「ないわよ、ない! それに私は魔法使いだから、色々あるのよ!」


 玲菜は顔を赤くして背を向けた。

 どんな理由があるのかはわからないが、魔法の勉強と学校の勉強。

 いろいろと無理を続けてきたのかもしれない。

 頼もしく見える背中だけど、傷だらけになっているのを何度も見た。

 ――守ってあげられるようになりたい。

 たった数日で玲菜の悪行を見抜いた力『観察』

 好きな対象を作り出せる力『分身』

 まずはそれらの神器を取り返すのだ。


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