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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
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第十ニ話 マスター同士の戦い

 玲菜の家に着くと、メルが迎えてくれた。


「今日もお泊まりでよろしいのでしょうか?」

「当然よね、春馬?」


 当然ではないが、当然のように『当然よね』と、言われると頷くしかない。

 とはいえ、明日からは週末と考えると、ここで力をつけておきたいところ。


「れれ、玲菜が迷惑でないなら……」


 いつもは表情に乏しい、メルが珍しく目を見開いていた。


「お二人……何かあったんですか?」

「え? ど、どどどうして、そう思うの?」

「呼び方、変わりましたよね?」


 そりゃあ、バレるよな。

 学校でも気をつけておかないと、何されるか分かったもんじゃねえな。

 付き合っているならともかく、ただ誤解されたくないから名前で呼ぶってどんな関係なんだ俺たちは……。

 でも、そのおかげで変なヤキモチのような感情が減ったのは確かだ。

 もう二度とつまらないことで、玲菜を疑わないようにしよう。

 それからメルの特訓を受け、地獄の夕食を抜け、玲菜による魔法の座学を終えた。


「それじゃあ、ちょっと出かけてくるわ」


 寝ようとしていた俺にそう告げると、玲菜は外に出かける準備を始める。

 時刻はすでに十二時を回って、日付が変わっていた。


「こんな時間からどこに行くんだ?」

「こんな時間だからこそよ。人形使いが街に出るかもしれないし、マスターたちも姿を見せるかもしれないわ」

「魔法使いの夜は……これからってことか」

「そういうこと。じゃあ、いい子にして待ってなさいよ」

「一人で大丈夫なのか?」

「――私が同行しますのでご安心ください」


 口を挟んだのはメル。黒いローブを身にまとい、玄関までやってきた。

 メルから渡されたローブを玲菜が羽織る。


「そうそう。明日は土曜日だし、アンタは朝から特訓だから、今日はもう寝なさい」


 お気楽な表情をみるに、それほど危険はないのだろう。


「わかった。じゃあ、気をつけてな」


 二人が出ていったあと、俺は客室に向かう。

 倒れるようにふわふわのベッドに飛び込むと、そのまま眠りに誘われた。

 どれくらい経ったあとだろうか、屋敷の中が騒がしくなり目を覚ます。玲菜が戻ってきたようだ。

 時計を見ると、夜中の四時。眠い目をこすりながら、出迎えにいく。

 玄関に戻るとメルが、血まみれの玲菜を肩で担いでいた。

 急激に眠気が飛び、俺は慌てて駆け寄る。


「ど、どうしたんだ! 何があったんだよ!」


 メルの話をよると、学校で相澤と戦闘になったようだ。

 玲菜が一方的にやられて、メルが救出し、命からがら逃げてきたらしい。

 二人の様子を見るに完敗だったのだろう。


「玲菜は大丈夫なのか?」

「はい。明日になれば傷も治っているでしょう」


 俺は安心しながらも、苦しそうに息をする玲菜を見つめる。

 ベッドで横になっている玲菜の腕と頭には、大層な包帯が巻かれていた。

 相当大きなケガだったのが、それだけでわかる。

 どうして一緒について行かなかったのか。後悔ばかりが浮かんできた。

 玲菜が目を覚ましたのは、それから六時間後。

 最初に口にしたのは、昨日の状況だった。


「相澤はやっぱりマスターだったわ。すでに学校に結界を張っている」

「学校に結界?」

「ええ、学校での戦いを有利に進めるためよ」

「狙いはやっぱり俺のソードか?」

「おそらくね……ああっ! 全くムカつくわね、アイツ!」


 体を起こし、感情をはき出している玲菜。

 汗で湿った洋服は、体のラインをくっきりと浮かび上がらせる。

 まずいものを見た気がして、俺は思わず目をそらした。

 メルが静かに玲菜に近寄る。


「玲菜様。まだ完全ではありませんので、ご無理はなされないように……それと見えてます」


 玲菜はハッとしたかと思うと、ぱたぱたと自分の体や頭を触る。

 たこのように急激に赤くなる玲菜の顔。

 わなわなと震え始めたかと思うと、俺に向かって大きな声で叫んだ。


「っていうか! 勝手に入ってくるな!」


 心配してきたのに、その言いぐさはないだろう。

 派手に負けたのに、落ち込む様子もなく、元気そうで少し安心した。

 部屋から追い出されると、一緒に出てきたメルから紙切れを突きつけられる。


「これは?」

「見せない方がいいかと思いましたが、彼……相澤の落とし物です」


 俺は夢中で、ひったくるようにそれを奪う。

 中に書いてあるのは、卑劣なまでの悪行の数々。

 こんなものがあったら、玲菜は手出し出来るはずがない。


「って、コレ全部玲菜の悪行じゃねえか!? ……アイツどれだけ風紀委員に弱み握られてるんだよ……」


 カンニングに授業サボり、深夜徘徊に器物破損、暴力行為に恐喝。

 昨日の放課後に呼び出されたのも、おそらくこれが原因だろう。

 どん引きしていると、メルが表情を曇らせる。


「ですが、玲菜様がこの程度コトで、手を出せなくなるはずはありません」

「この程度って……」


 十分な悪行ぶりだと思うが、下手したら退学ものだろう。

 いや、逮捕もありえるんじゃないのか。


「手を出せなかった一番の理由は、たぶん最後に書かれてあることです」


 メルが指さしたそれを見て、俺は頭がカッと熱くなった。

 玲菜の悪行の最後の一行。

 『不純異性交遊』それも俺の名前と一緒に書かれてあった。

 昨日、俺がここに泊ったことが、すでにバレていたのだ。

 何もないとは言え、同じクラスの男子を家に泊めたのはまずい。

 詮索すればいくらでも疑えるし、騒ごうと思えばいくらで出来るだろう。

 そうなったらどうなるか。校内一の優等生であり、生徒会長でもある玲菜を学校が裁くはずがない。俺を悪者にして、事を穏便に済ませようとするはずだ。

 玲菜はそれが気に入らなかった。

 俺を守るために手を出せなくなってしまったのだ。

 相澤の卑怯な手口に激しい怒りがこみ上げる。


「くそっ――」

「赤羽様!?」


 俺はメモ書きをクシャッと握りしめ、屋敷を飛び出した。

 今日は土曜日で学校は休み。

 しかし、結界を作っているのなら、アイツは絶対に学校にいるはずだ。

 俺は急いで学校に向かう。

 

 ※ ※ ※

 

 学校に到着すると、途端に嫌な空気に包まれた。学校全体が何か悪いものにとりつかれているような感覚。

 これはなるべく早く魔力をまとった方がいいだろう。


回路変換モードチェンジ


 俺は精神を落ち着かせ、静かに呟いた。言葉には意味はない。

 自分なりに切り替えるきっかけにしやすい言葉なら何でもいいようだ。

 俺が選んだのが、この『回路変換モードチェンジ

 言葉共にカチンと、体内のスイッチが切り替わる。二日間の特訓で、魔力を走らせることだけはうまく出来るようになっていた。

 心臓を中心に暖かいものが全身を駆け巡っていく。この暖かいものが魔力らしい。

 玲菜曰く、魔力のコントロールは難しくない。

 難しいのは、詠唱に合わせて魔力を紡ぎ合わせていくことらしい。

 まだ何一つ魔法が使えない俺には、先が見えない話だ。

 それでも、魔力を扱えるようになると、ソードを握ったときの感覚がまるで違う。

 水を得た魚のように、のびのびと体が動く。

 昨日は魔力を走らせるだけで激痛が走ったが、今日は痛みをほとんどない。

 魔力が体になじんできた証拠だろうか。


「マスター、見事な魔力の集約です。これなら私も多少は力を出せる」


 今までは魔力をうまく扱えなかった。言うなれば、自転車にジェット機のエンジンを積み込んだようなものだ。

 本気で踏み込めば、自転車はいともたやすく壊れてしまう。

 魔力をうまく扱うことで、自転車をバイク程度までは底上げできたらしい。


「結界ってこんなに強力なのかよ……」


 魔力を扱えるようになったからこそ、結界の威力がわかる。

 校舎に近寄るたびに、全身に悪寒が走り、気持ちが悪くなった。


「強力な結界が張ってありますね。昨日まではなかったのに……」


 ソードは言葉を濁した。

 玲菜が相澤に負けた事で、結界を作る時間を与えてしまったようだ。

 結界の影響で、魔力が空回りしている感じがする。


「魔力を乱す結界か?」

「……それだけなら良いのですが……」


 校舎に足を踏み入れると、悪寒はますます厳しくなった。

 ゲームで言うところの『毒の沼地』を歩いている気分だ。

 倦怠感で体が重く感じる。それでも玲菜の仇を討つには行くしかない。

 昇降口を抜け、廊下に出ると相澤が立っていた。

 俺を見て、相澤が少しばかり口角を上げ、余裕に満ちた表情を見せる。

 苛立ちを抑えきれず、ソードを掲げ、高らかに叫ぶ。


「相澤っ! 覚悟はいいか!?」


 刃先が太陽の光を浴びてキラキラと輝く。

 相澤は全くひるむ様子はない。


「はははっ、やっぱり来たか。雪城生徒会長のあんな姿を見せられたら我慢できないだろうな! 苦痛に歪む彼女の顔は格別だったぞ?」

「テメエ……っ、テメエだけは絶対に許さねえ!」

「せいぜい吠えるがいいさ。もう結界は完成している。君なんぞ敵じゃあない」

「その自慢の結界ごと、ぶん殴ってやるさ!」

「はっ、はははははっ! 笑えない冗談だね」

「思いっきり笑ってんじゃねえかよ!」


 相澤は顔をしかめ、コホンと咳をした。


「いいだろう。ならば来るがいい! 最強の神器ソード。その力を見せてみろ!」


 相澤は右手を前に伸ばし、下から上に持ち上げる。

 それに合わせて、廊下を泥が這い上がり、巨大な人形が姿を見せた。


「な、なんだ、それは……」

「これは僕の神器の力だ。土巨人ゴーレムだよ」


 土で出来た化け物。身長は軽く俺の二倍。腕が異常に発達しており、丸太のような大きさだ。それに長さも身長と大差なく、圧倒的なリーチだ。

 校舎裏に穴が空いていたのは、このゴーレムの仕業なのだろう。


「……なにが『破壊』の固有能力だ、全然違うじゃねえか!」


 思わず玲菜の見通しの甘さに愚痴がこぼれた。


「あれは、護符アミュレットの固有能力『召喚』です」


 ソードの声が響く。


「どんな能力なんだ?」

「術者によって喚び出せる物は異なりますが、あのような生物を呼び出す力だとお考えください」

「だったら、ぶっ壊せば良いってコトだな!」


 ソードを固く握りしめ、ゴーレムに向かっていく。それを迎えるように長い手が振り下ろされる。威力はでかそうではあるが、速度は大したことない。

 ソードによって『強化』されている俺には、止まって見える。

 ゴーレムの拳をかわすと、派手に廊下が歪む。

 次の攻撃がくるまでに大きく時間を稼げたようだ。

 俺は絶好のタイミングと判断し、ゴーレムに斬りかかる。

 ――しかし、鈍い音が響き、刀がはじかれた。

 びりびりとしびれる腕。ゴーレムには傷一つついていなかった。


「う、うそだろ、この堅さは……」

「ははは! 無駄だ、無駄。この結界の中では君たちの力は弱体化し、ゴーレムの力は強化される。その中でゴーレムを切り裂くなど、君程度では無理だよ」

「なろっ!」


 続けざまに横になぎ払うが、それもゴーレムを軽く削るにも至らない。

 ゴーレムの攻撃を後ろにステップし避ける。

 昇降口はゴーレムによってめちゃくちゃになっていた。


「壊しすぎだろう……風紀委員が風紀乱してんじゃねよっ!」

「それは笑える冗談だね」

「笑ってねえだろ!」


 相澤はまた顔を歪めて、小さく咳払いをした。

 何にしても硬い。攻撃をかわす度に、これだけ色々と破壊されるとなれば、場所を変えた方が良さそうだ。

 俺は昇降口を駆け抜け、校庭を目指した。

 それを追って、ゴーレムが遅い動きでついてくる。

 校庭には誰も人がいなかった。休日とはいえ、部活などはあるはず。

 もしかしたら、人避けのような結界がすでに発動しているのかもしれない。

 俺は覚悟を決めると振り返り、刀を構えた。


「逃げるのはもう終わりかな?」


 相澤を守るようにゴーレムが立ちはだかる。

 動きは遅いが、その守りは鉄壁だ。

 攻めあぐねている俺に、相澤が勝ち誇った顔を見せる。


「ソードは最強の神器と聞いているが……マスターが君ではその程度か……」


 冷静に、そして淡々と人をバカにしてくる。その態度が気にくわない。

 俺は怒声をあげ、ゴーレムにぶつかり、何度も切りつけた。

 しかし、どんなに攻撃しても、ゴーレムにはダメージが与えられない。

 攻撃した分だけ、こちらの体力が削られていく。最悪な展開だ。


「マスター、ゴーレムを倒すには、あの体を破壊できるだけの高魔力をはき出すしかありません。しかし、あなたではまだそれだけの魔力を生み出せない」

「じゃあ、どうすればいい?」

「結界の外に逃げるか、結界を壊すか……マスターを直接叩くしかありません」


 玲菜の仇を取りに来てみすみす逃げるなんて出来るわけがない。

 とはいえ、結界の壊し方もわからない。


「だったら、マスターを直接狙うのが一番簡単だな!」


 俺は左右にステップを刻み、ゴーレムの攻撃を空ぶらせ、大きな隙を呼び込む。

 硬くて頑丈であるが、動きは遅くいびつだ。

 思った通り、激しい動きにはついて来れずに、ゴーレムはバランスを崩した。

 そこで俺は刀を握り、相澤に突っ込んでいく。

 相澤の表情には戦慄が浮かんでいた。

 ――勝ったと頭をよぎった瞬間、突風のような力に煽られた。

 俺は激しく吹き飛ばされ、校庭を転がる。その勢いに負け、刀を離してしまった。

 顔を上げると、相澤の側に紙切れが浮かんでいた。


「惜しかったな坊主。俺のことを忘れてるんじゃねえよ」


 あと一歩、あと一歩で相澤の切りつけられるはずだった。

 しかし、その攻撃は相澤の手にあった護符アミュレットに防がれた。

 マスターを守るため、魔力を放出し、俺を吹き飛ばしたのだ。

 ソードが自主的に動いて攻撃を防いでくれることを考えれば、他の神器もその程度のコトは出来ると考えておくべきだった。


「ふん、アミュレット、まさか君に助けられるなんてね」


 相澤は眼鏡を指であげ、不機嫌な顔を見せた。

 俺は横目で辺りを探る。ソードは二十メートル先に突き刺さっていた。

 呼べば飛んでくるのだろうが、ソードが戻ってくるまで、あのゴーレムが待ってくれるはずがない。

 走って拾いに行こうにも、ゴーレムの動きを遅く感じられたのは、ソードの強化あってのものだ。

 いや、それどころか、結界の威力が強烈に体に響いてくる。

 さっきまでのような動きはとてもじゃないが無理だ。

 体中を冷たい汗が襲う。


「全く相手にならないな、赤羽君。遺言はあるかい? ……雪城生徒会長はわざと逃がしたが、君は逃がすつもりはないよ」


 相澤は鼻の上に人差し指を置き、眼鏡をくいっとあげた。

 それに合わせて、ゴーレムが俺の方に近づいてくる。

 もう逃げることも出来なくなった。

 ソードの加護がない俺は、ただの高校生。

 魔力を扱えても、打開策となる魔法は何一つないのだ。


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